90話:『叛逆の翼』
チェイが俺の魂の核を用いたニアソウルコアを作り始めた翌日、今後の方針が決まったため、イラはセレディアと共にノースリアに帰っていった。
イラがいつまでも戻らなければ、留守を任されたビンワーンがイルシオンに経済制裁を始める手筈になっていたからだ。
さらに四日後、チェイは採集した魂の核で作れる限りのニアソウルコアを作り終えたらしい。
その数は約100人分だ。
俺のニアソウルコアを投与されることになった最初の被験者は最上位騎士の一人だ。
実験結果はチェイの予想通りで、俺のニアソウルコアを投与された最上位騎士は自我を取り戻す一方で、戦闘能力は平凡なレベルとなってしまった。
「この騎士はどうするつもりだ?」
「ファーシルくんが好きに使うといいさ」
そう言われた俺はニアソウルコアを投与された騎士に目を向けるが、彼は状況がまるで分かっていない。
長い間自我を失っていた状態から目を覚まし、突如俺の部下として配属されることになったのだ。
その上、彼はチェイの正体を知らない。
どこの馬の骨とも分からない少女が、なぜ自分の人事権を握っているのかと不思議な様子だ。
「お前が状況を理解できないのは分かっている。だが、王様の命令であることは間違いない」
「は、はぁ……」
俺は最上位騎士だった彼をまだ見習い騎士であると扱い、自我を失っていた間に起きた変化への違和感を、長期の昏睡状態から目覚めたのだと説明した。
俺は洗脳システムの被害者に本当のことを教えるべきでないと判断したからだ。
そして洗脳から目覚めた彼に余計な情報を与えまいと、イルシオンの宿で休むよう指示をした。
次に俺のニアソウルコアが投与されることになったのはリプサリスだ。
リプサリスは元々自我が希薄なことに加えて、エディの魂の核を過去に取り込んでいたことから、自我の維持と錬金術を引き続き扱えるかが焦点となった。
程なくしてリプサリスに俺のニアソウルコアが投与された。
「大丈夫か?」
「はい」
俺のニアソウルコアを投与されたリプサリスの意識に問題ない。
元々自我が希薄な彼女だけに、俺のニアソウルコアが悪影響を及ぼさないか心配だったが、普段と変わらない様子だった。
その後、錬金術は引き続き扱えることが確認された。
「後はチェイのニアソウルコアに対する耐性テストか」
「先程の彼が問題なかったんだ。不安になる必要はないだろう」
リプサリスは俺の不安をよそに、チェイに言われるがままに扉の奥へと進む。
30秒ほど経ってから、俺たちの元に戻ってくると、いつもと変わらぬ様子が確認された。
「やはり私の見立ては正しかったようだね」
「他者との前提確認が疎かなことを除けば完璧か」
「まだ根に持っているのかい?」
「根に持っているというわけではないが、前提確認を欠いたのはあの時だけじゃないし、常に言われるくらいでちょうどいいだろ」
「やれやれ、君は本当に面倒な人間だね」
想定通りに動く人間を正常なプログラム、俺のように想定外の動きをする人間をバグと扱うのも相変わらずだ。
とはいえ、チェイの言葉遣いはどうでもいい。
俺はチェイの言い回しには口を挟まずに、引き続きニアソウルコアの実験を見守った。
実験を兼ねない純粋な投与が始まると、墜征隊員がチェイの元を次々訪れた。
その中にはかつてジャーマスに雇われて俺と対峙したカタオクリナの姿もあった。
「くっくっくっ、こいつが手を焼く相手と戦うみたいじゃないか」
「まずは様子見をしてからだがな……」
「興覚めすることを口にするなよ」
カタオクリナは既に寧々の話を聞かされていたのか、戦闘意欲を沸き上がらせていた。
彼女が味方ならば戦力としては頼もしいが、命令を軽視することから扱いにくいのは想像に難くない。
ジャーマスに雇われていたときも命令を無視して、グランルーンを誘き出す目的でセレディアを襲撃したほどだ。
カタオクリナを今後起用するならば、彼女を抑制できるだけの戦闘力を磨かねばならないだろう。
墜征隊の隊員らが次々と俺のニアソウルコアを投与されていく中、もう一人顔見知りの人物と再会を果たす。
「アケディネアが何でここにいるんだ?」
「わかんなーい」
何で呼ばれたかすら分からないのか。
まあ、彼女は意思疎通に難があるが、迷惑行為や命令無視はしない。
行動を共にするならば歓迎しよう。
「君たちは顔見知りなのかい?」
「ああ、一応な」
チェイはアケディネアの異能力について説明する。
彼女の異能力は特殊な軌道を描くことで魔法の威力を高めることができるのだという。
「放たれる攻撃そのものは魔法だったのか」
「見たことがあるなら、これ以上の説明は不要だね」
異能力は人格に依存すると聞いたことから、異能力の持ち主であるチキュウ人の人格βは欺くことが異能力の本質だと推察する。
初見では誰もが軽視するような微弱な魔法でありながら、爆発的な破壊力を見せるからだ。
チェイは彼女の異能力を用いた特殊な戦術を説明するが、アケディネアの体に二人分の人格が介在していることには触れなかった。
どうやらアケディネアの異能力こそ俺より詳しく理解しているが、βが独立した意識を持っていることは彼女でさえ気づいてないようだ。
それからしばらくして墜征隊員たちへの投与が終了した。
だが、ニアソウルコアはまだ半分ほど残っていた。
「残りはどうするんだ?」
「君が自ら投与するんだよ。やり方は見ていただろう?」
「お前なぁ……」
チェイの判断は相変わらずだった。
残りは俺が投与したい相手を選べとのことだったが、投与は自分で行えと言い出したのだ。
ニアソウルコアを投与する光景は確かに見ていたが、見ていただけで安心できるはずがない。
俺はチェイにまたしても前提の確認不足が欠如していることを指摘する。
俺はチェイからニアソウルコアの投与手順を確認すると、残りのニアソウルコアを袋に詰めてもらいその場を後にした。
「既に知っている者もいるだろうが、ニアソウルコアが投与された目的について説明する」
俺はニアソウルコアを投与された人々を引き連れて、寧々の討伐とゾンビ化への免疫獲得について説明した。
「はーいしつもーん」
「何だ?」
質問をしたのはアケディネアだ。
表に出ている人格がβでなければ彼女はそもそも話を理解していないと思うが、何を聞くつもりだろうか?
「作戦名はなーにー?」
「……どうでもいいだろ」
心底どうでもいい質問だった。
「いや、意外と必要かもしれねぇぜ」
墜征隊員の一人が作戦名の必要性を主張する。
「寧々ってんのは、あいつの弟子なんだろ?」
「ああ、そう聞いている」
「だったらニアソウルコアって言葉も知ってんだろ」
「だからどうした?」
「復讐のために差し向けた刺客だと警戒されないために言葉を迷彩すべきだ」
「なるほど、それは一理あるな」
だが、それなら命名すべきは作戦名ではない。
ニアソウルコアの隠語だ。
俺は当初自分で名付けたソウルコアパウダーと呼ぼうとしたが、ソウルコアという言葉から何か推測される可能性があると考えた。
別の隠語を考えたほうがいいだろう。
「ならば、俺のニアソウルコアは『叛逆の翼』と名付けよう」
チェイと寧々、二人の支配者が持つニアソウルコアが他者の精神を乗っ取るためのものなら、それに抵抗を示す俺のニアソウルコアは叛逆の象徴ともいえる。
「質問は以上でいいか?」
「んじゃ俺様からも質問させてもらうぜ。今のお前は俺様より強いか?」
「何か特別な力を得たわけじゃないんだ。こんな短期間でお前より強くなれたわけがないだろ」
カタオクリナは相変わらずだった。
実力は墜征隊員の中でもトップクラスらしいが、やはり俺が手綱を握れる相手ではない。
やはり彼女を起用するのは極力避けたほうがいいだろう。
その後は新たな質問が出なかったので、その日は解散とする旨を伝え、俺も宿へと戻った。




