9話:魔法と異能力は不得意からの逃げ道にはならず
前話の修正
()の中と外の入れ替えをしました。
ルビで対処しようとしたものの文字数制限の都合でルビを打てなかったため、そのまま()表現で投稿したら発言と正式名称が逆になってしまったため
サキュバスクイーンから空き家の修繕作業を依頼され、俺達一行は修繕予定の空き家の一画に泊まることとなる。
しかし、その空き家の床は床板が敷かれておらず地面そのままで雑草も伸びきっており、廃棄された食料が悪臭を放っているなどして到底のんびりと心身を休められる状態にはなかった。
食事もイルシオンにいるときと違い十分な品質と量を調達できずに味が悪い。俺は刑務所に入ったことが無いから分からないが、これなら多分刑務所暮らしのがマシではないだろうか?そんな環境下であったためきちんと眠れないまま朝を迎える。
集合予定場所には少々早く着いたのもあるが、グランルーンと補助機関会員5~6人の姿が見えない。
「まだ結構来てないな」
「それなんですけど、今居ない補助機関会員の方は全員離脱されたそうです」
「えっ?」
唐突に補助機関会員達が離脱したことをリプサリスから告げられる。
さすがにこのボロ家に泊まらされるのは我慢ならなかっただろうか?
「突然どうしたんだ?」
「開拓任務が当分終わりそうにないってことと、ファーシルさんが人に使われる立場を忌諱してたことが原因って聞いてます」
「ああ、なるほど。 あいつらの立場を考えたら至極当然の判断か」
補助機関会員達のことは当初セレディアからビジネス相手なんて説明をされたが、関わっていくうちに分かったことは彼らはこの開拓任務を通して優秀な人材かどうかを見極めてスカウトしようという立場だ。彼らにとってこの開拓任務は言わば合同面接会場である。
そんな彼らにとって我が強い俺の存在は能力を抜きにしても扱いづらいと判断して事実上の面接を終えるのも当然だ。
「そう考えるとむしろよく抜けたのが5~6人で済んだな」
もっともイラから補助機関会員達はチキュウ人を利用して一発逆転を狙うろくでなしが多いと聞いていたことを考えると、今残ってる多く補助機関会員は企業のような集団の中の一人ではなく適当にガラクタを売り捌く個人経営の商人みたいなものだろうか?
それで生活がどう成り立つのかは不明だが、給与が出ないどころかヘッドハンティングの機会を得る権利として補助機関に会費を支払う義務があるくらいだから一応は成り立ってはいるのだろう。
一方、昨日サキュバスクイーンに抱きかかえられながら寝ていたマケマスは補助機関会員としては離脱を決定したが、ドルミナー住民として生活拠点の確保するために引き続き俺達の修繕依頼の一員として参加していた。
「ところでグランルーンはどうした?」
「離脱した方々をイルシオンまで護送しています。 グランルーンさんは立場上今回のお仕事の研修を受けることができないみたいなので……」
「そういう制約まで掛けられてたか」
まあ、あのグランルーンの重装備では高所の作業はどちらにしろできないだろうし、荷物運びと加工作業さえしてもらえれば良いだろう。
「あ、ファーシルさん。 多分あの人達が建築士さんです」
リプサリスの視界の先には赤い肌で角が生えたオーガ族が二人と人間一人の三人がいた。
オーガ族のイメージからグランルーン達よりも長身を想像していたが、一人は推定170cm前後、もう一人は推定165cm前後と人間の平均的身長と変わらない。
「おう、みんな揃ってるか?」
「離脱者と護送してるグランルーンを除けば多分揃ってる」
「なんだ、始める前から離脱者が出ちまってるのか。 ところで俺達の指揮からは外れるっていう生意気なチキュウ人はおめぇか」
「あぁ」
対面早々「生意気な~」か。
間違っちゃいないだろうが、こういう上から説教するかのような態度が嫌いなんだ。
指揮下から外してもらう交渉をしておいたのは正解だった。
力仕事現場特有の~といえば悪い偏見になるが、その偏見通りの口調が荒っぽく縦社会意識の強そうなオーガだ。正直、第一印象は最悪だ。そしてそれは相手にとっても同じだろう。
「俺は現場の管理をしてるオガカタだ。 それとこいつは息子のオガレだ」
「みなさん、よろしくお願いします」
オガカタとオガレか。
尚、オーガ達二人といた一人の人間は雑用係で建築士ではないらしい。
オガカタは木材や石材の加工から早速実践して見せる。
しかし、昨日上手く眠れなかった上に元々人の話を一方的に見聞きするのが苦手な俺は睡魔に襲われウトウトしだす。
「補助機関の連中が眠たくなるならともかくおめぇがウトウトしてどうすんだ」
「ああ、悪い。 まともに眠れる環境じゃなくてな……」
「おめぇ男の割にティアラの嬢ちゃんやサキュバスクイーンよりデリケートだな」
それは多分彼女達が大雑把過ぎるだけだろう。
一通り基本的な話が終わった後は休憩の時間となった。
休息時間になるとオガカタはこの近辺に初めてきたときティアラとサキュバスクイーンからモンスターだ、亜人などとオーガ族の地雷を悉く踏みぬかれたことを笑い話として話し出す。
それから彼女達の話を終えた後オガカタの口から個人的に興味のある話が出てきた。
どうやら少し前にもチキュウ人向けに個人的に建築講習をしていたらしい。
「エディっておめぇと違って素直なやつなんだが、とてもじゃねぇがこういう仕事やらせちゃいけねぇ人間だってなったよ」
「え、エディさんがここに来てたんですか?」
「ああ、お嬢ちゃんの知ってるエディかどうかは知らんがな」
「リプサリスはそいつのことを知ってるのか?」
「はい、ファーシルさんの前に私の派遣先になった開拓任務をしてたチキュウ人の方です」
つまりそのエディっていう男はリプサリスとはくっつかずに開拓任務から降りたのか。
「あいつは錬金術の異能力があるみてぇだが、あそこまで会得した異能力と性格が噛み合ってねぇやつはいねぇだろうな」
「それじゃやっぱあのエディさんなんですね。 でも何でここに来たんでしょう?」
どうやらエディというチキュウ人は召喚されて半日も経たずに幻影ハーレムで生み出された幻影の女に夢中になり開拓任務から降りてイルシオンでの生活を決めたらしい。
幻影とはいえ本人が気づかない限り幸せな気分でいられるらしいが、わざわざイルシオンを出てここに来てた理由はわからないそうだ。しかし、リプサリスは半日も関わることの無かった相手をよく覚えてたものだ。
一方、オガカタの語るエディの人物像は素直で人柄は良いが、注意散漫で高所に登らせても関係無いことにすぐ気を取られるといった問題児だったようでオガカタ側から労災を起こすわけにはいかないと、途中で研修を打ち切ったらしい。
その注意散漫な性格で異能力は錬金術なのだから異能力もまともに使いこなせないだろうという話だった。ちなみに外見は所謂典型的なチキュウ人顔で俺にそれなりに似てるらしい。
「チキュウ人が標準で異能力を得る中、俺は能力無しっていう事実に今でも少しガッカリするけど、噛み合わず使いこなせないくらいなら最初から諦められるだけ能力無しのがマシかもな」
こう多少は前向きに考えられるようになったのは能力無しのほうが魔法適性が高い傾向にあることが大きいだろう。グランルーンには及ばないだろうが、チキュウ人同士の比較だとだいぶ俺は魔法適性が高いらしいのだから。
「そういえば開拓任務を終えたチキュウ人ってイルシオンで生活する前提の法律があったと思うが、住み込み前提でここに来たエディの行動は違法行為にならないのか?」
「俺はそこら辺はよく知らねぇんだ」
「セレディアは分かるか?」
「イルシオンの首都外で生活するのは違法にはなるけど罰則は無しって感じだね。 チキュウ人用語で努力義務っていうんだっけ?そういうの」
「ああ、なるほど。 そんな表現もあったな」
そもそもチキュウ人用語というか日本の法律用語だが、わざわざ指摘する必要もないので適当に流すことにした。
「あれ、あんま馴染みない言葉だった?」
「あんま伝わらんだろうな」
「へぇ~」
元々危険人物扱いされてた場合は問題視され声をかけられることもあるらしいが、エディは俺と違い危険人物判定とは無縁だった。
その上、異能力がどんなものかはっきりとしていながらきちんと使いこなせず、魔法適性もなかったため最悪敵対国のサグラードに渡っていても見過ごされるだろうという話だった。
そんな雑談交じりの休憩時間を終え実習活動の時間に入る。
俺以外は主にオガレの指揮の下で簡単な作業演習をすることになった。セレディアは飲み込みが早く、オガレは修繕作業を始めたらあっという間に自分の技量なんか追い抜いてしまうと焦る様子も見受けられた。
俺はオガカタから個人単位で加工作業を中心に実習と質問を繰り返す。
互いに第一印象は最悪だったが、ある程度話慣れてきたあとは最初のような悪い印象はなくなった。
一方のオガカタは俺の我儘ぶりがサキュバスクイーン以上だと評する一方で、エディと比べればきちんと教えても大丈夫な相手だと安堵していた。
しかし、実習そのものが上手くいってるとは言い難い。
俺は幾つか荷物を運ぶとオガカタは俺の荷物の持ち方に違和感を持っていた。
「おめぇきちんと力はあるのに持ち方がなんかアレだな?」
「どういうことだ?」
「多分おめぇ、転生前はだいぶ非力な人間だったんじゃねぇか。 やたらと荷物を引きずろうとしたり、すぐに手放そうとする癖なんかもそうだ」
転生後の腕力は標準的なイデア人と比べて人並みよりだいぶあるらしいが、非力だった頃の転生前の癖から、そういった思考の問題点までオガカタには見抜かれていた。
それから脚立を用いて屋根の修繕作業を実践を始める。
俺は脚立の足場の不安定さが苦手で、まして自分の身長以上の高さになる場所まで登るのはどうにも気が進まない。そんな苦手意識から俺は魔法で自分で浮かせ高所作業をできればいいじゃないかと魔法を用いてみる。
「うわっ、と」
「ん、おめぇ何で何もないところでコケてやがるんだ」
「飛べればと思ってな…」
脚立への苦手意識をオガカタに説明する。
「おめぇ、魔法は物理の上位互換じゃねぇんだぞ」
浮遊魔法も木材をカットしたときに作り出した魔法エネルギーによるチェーンソー同様に魔力の維持にエネルギーコストがかかる。加えて浮遊とはいうが頑張っても浮ける範囲は自分自身を取り巻く極僅かな空間のみで水の中を泳ぐように周囲全体を浮遊可能領域にするには魔法適性が高いと評された俺でも不可能な領域だった。その状態で作業をしようとなればさらに厳しい。
「俺は魔法をそんな使えねぇから詳しくは説明できねぇが魔法ってのは吐いた息みたいにすぐ消えるもんだ。脚立みたいに物質として維持ができねぇんだからよ」
魔法が万能じゃないと痛感するのは脚立の代用をしようとしたときだけではなかった。
重い荷物を運ぶときに魔法で浮力を発生させ作業負担を軽くしようとした結果荷物のバランスを崩して転倒することもあった。魔法を使えば苦手意識のあることやめんどくさいことを楽できるというのもではないと現実を突きつけられる。
こんなことをエディも錬金術で似たようなことをしていたらしくやはり上手くいかなかったらしい。
それから高所作業だけはお前は危ないからやめろと判断される。
不名誉な扱いではあるが正直ホッとする判断だ。
「お、おやじぃなんとかしてくれぇ」
「あぁん、オガレ何があった?」
「あいつすごいんだけどあまりにも危険なこと平気でやるからどう言えばいいかって…」
オガレが指を差した先には屋根の上に登っていたセレディアの姿があった。
「脚立がねぇのにあいつどうやって登ったんだ?」
「そうなんだよ、俺が脚立を移動してる間にいつの間にか一人で登ってて…」
軽装な傭兵だから身のこなしが軽やかなのはイメージ通りだが想像以上らしい。
ロッククライミングをするように登ったのか、とんでもない跳躍力なのか分からないが、とにかくオーガ族の二人が驚くほどの身体能力のようだ。
「脚立を用意すれば今度はどこにも捕まらず平気で駆け足で登ってくしで…」
俺はオガレもオガカタから教える立場として注意する立場の振る舞いくらいは経験してきてるのに何でこんなに焦ってるのか疑問だった。
そのことについて問いただしてみるとどうやら俺がサキュバスクイーンに提案した交渉のせいらしく、俺以外に対しても暴言口調での注意は亀裂を生むから絶対にやらないよう強く言われ、危険行為に怒鳴ることもできずにどうすればいいか対応が分からず途方に暮れてたとのことだ。
「こいつとは正反対の問題児か。 なあおめぇ明日から指揮権取るかどうか今日で判断するって話だったよな」
「あぁ」
「それならあいつの指揮だけは少なくともおめぇが取りな。 俺達の指揮の元で事故を起こされたんじゃ信用に関わる。 おめぇなら最悪何かあってもあいつの自己責任で済ませられるだろう」
「分かった」
まだ離脱した補助機関会員の護送からグランルーンが帰還してないが、明日以降も一部の作業に参加できないグランルーンには安全管理をしてもらう選択もあるだろう。
それからせめて今日もまた休むことになる空き家の整備くらいは、と自分でできる範囲の作業は進めることにした。正直まずは自分の生活環境こそ、というのが最優先だったのでやることはほとんどゴミの片付けだ。不衛生さ漂う悪臭だけはさすがになんとかしなければ、と。
講習時間を終えた後は俺以外も各々空き家の整理を進め就寝する流れとなった。