89話:魂の核を差し出す時
チェイが仲間から受けた報告によると、寧々が今も生きているらしい。
そのことを踏まえて俺たちに提案があるようだ。
一体どんな提案だというのか?
「君たちに寧々の討伐を頼みたい。サグラード領を報酬とすれば対価は十分だろう」
「何だと!?」
俺はチェイの提案に思わず息を呑む。
今は無人化したと考えられるが、一国の領土を全て差し出すというのだ。
だが、冷静に考えればサグラード領の所有権がチェイにあるわけではない。
チェイの提案は寧々から奪い取った領土を好きにしていいと言っているだけだ。
とはいえ、広大な領土の所有権を一国の支配者に認められるのは大きな利点となることは間違いない。
今の俺にサグラード領をきちんと管理できるとは思えないが、チキュウのように土地の管理責任を問われ、手放す必要がない。
報酬の条件は十分だ。
しかし、わざわざ俺たちに寧々の討伐を頼む理由が分からない。
俺のニアソウルコアを用いれば、ゾンビ化への免疫を獲得できるなら、戦うのは誰でもいい。
それならば俺に任せず、チェイが最上位騎士を派遣すれば済む話だ。
「最上位騎士らに任せれば済む話だろう」
「ゾンビ化の対策には君のニアソウルコアが必要不可欠だ。そうなれば最上位騎士らがどうなるか分かるだろう?」
「俺のニアソウルコアと共存できないのか」
「君の異能力、干渉抵抗能力は君以外の魂の核の影響を遮断するんだ。それは私のニアソウルコアとて例外じゃないのさ」
「自我を取り戻した上で、圧倒的な力を振るえるならば、より優秀な人材になるのではないか?」
「君は物作りをするときに安全対策を考えないのかい?」
「……」
安全対策という言葉を口にしたチェイの意図をすぐに理解できた。
機能の一部が不具合を起こしたときに、正常に動いている機能も全て停止させて安全を図るように、チェイのニアソウルコアによる力も操り人形であるときしか発揮できないように設計されているのか。
チェイが自らの魂の核を削り、新たなニアソウルコアを生み出せば、強大な力だけを与えるニアソウルコアを作ることだってできるのかもしれない。
だが、安全対策を口にした彼女は間違ってもそんなことをしないだろう。
「つまるところ、この国の騎士らは使い物にならないってことか」
「その通りさ」
だが、騎士らが使い物にならないことを踏まえても、俺たちは彼女の戦力に劣る。
まだ何か意図があるのだろう。
俺はチェイにその意図を訊ねようかと思ったが、疑問を口にするよりも前に俺の中で答えが出た。
俺のニアソウルコアを量産、改良するための研究を優先するのだろう。
そうすれば、俺たちが寧々に敗れ死亡しても、寧々に対抗できる第二の戦力を整えられる。
最初から俺を期待せずに、捨て駒として解釈している可能性も否定できない。
慎重に交渉を進めなければ……
「ならばまずは条件がある」
第一の条件は、チェイ自身の魂の核を削る姿を俺に見せて安全性を提示することだ。
この要求に彼女は迷わず承諾する。
第二の条件では寧々に対抗する戦力として、墜征隊の戦力を俺に貸し出すよう要求した。
セレディアと共闘してもチェイ一人に勝てない俺たちが、何をしてくるか分からない寧々と敵対するのはあまりに危険だ。
寧々の脅威は未知数であり、戦力の増強は当然の要求だ。
「寧々の戦闘力は私も見当がつかない」
「ならば構わないな?」
「許可するけど、制限は付けさせてもらうよ」
寧々の戦闘力はチェイも知らないようだが、彼女は寧々の戦闘力をさほど高くはないと考えていた。
チェイを超えるほどの実力者なら、事件を起こしたときに自分の死を偽装せずにチェイたちを皆殺しすれば良かったからだ。
「……」
条件として提示した二つの取引は無事に成立した。
しかし、問題は三つ目の条件だ。
それは可能な限り錬金術の知識をリプサリスに伝授することだ。
寧々に教えた錬金術の知識がサグラードを滅ぼすほどの災厄を招いた以上、チェイが慎重になるのは容易に想像できた。
案の定、返ってきた言葉は予想通りのものだった。
「全ては私の教えた知識が仇となったのだ。君は私に同じ過ちを繰り返せというのかい?」
「教えるのは俺じゃなくてリプサリスに対してなんだ。それで再び同じことが起こるなら、お前が孤児院で行っている社会実験が失敗したことを意味する」
「随分攻めた言い方をするね。それほど君は私が怖いか?」
「……」
「私と、いや君は誰とでも対等以上の関係になりたいのだろう?」
俺はチェイの言葉を否定できなかった。
俺は誰かを支配したい欲に駆られているわけではない。
しかし、誰かに支配されることへの適応力に欠けていることから、今でも絶対に支配されないだけの力が欲しいとどうしても考えてしまう。
「異能力は人格に基づいて付与されるんだ。だから君の異能力を考えれば、他人に意思決定のコントロールをされないために力を追い求めていることは容易に想像できる。だから私はあえて普通の人々が住めないサグラード領を君に与えると提示したんだ」
そこまで考えて報酬の提示をしていたのか。
確かに俺の異能力の影響がなければゾンビ化の危険が伴うサグラード領は、自衛に適した領土といえる。
だが、これから行おうとしているのは、俺の異能力の影響を付与するニアソウルコアを生み出そうというものだ。
それに問題はサグラードを奪取する前の話だ。
「お前の意図は理解できたが、俺が捨て駒でないと納得させられるだけの説明はできるか?」
「その説明なら簡単さ。私は寧々の討伐にファーシルくん自ら向かってほしいとは一言も言ってない」
「……そうか」
あくまで俺に求められているのは司令官としての役割か。
グラトニアの軍事力では現状乏しく、軍団といえるだけの戦力を確保できていない。
そういった背景から、俺が自ら出向く前提の提案だと思い込んでいたようだ。
これで捨て駒として扱われているのではないかという疑念は消えた。
あとは寧々と対話の機会を経ずに攻め込むことだ。
討伐すべき危険人物と断定する前に、対話の機会を設けたいのだが、おそらく寧々の手駒はゾンビのみで対話ができるのは寧々一人だ。
「それで返事はどうだい?」
「まずは調査とさせてくれ、討伐すべき対象かはその後に決める」
「分かったよ。動機は私だって気になっていたからね」
結局リプサリスに錬金術の知識を伝授する要求は通らなかったが、捨て駒にされていないことは分かっただけでも十分だ。
俺はチェイの寧々討伐に協力する方針を固めた。
目標を達成する第一歩は俺のニアソウルコアを生成することからだ。
俺はチェイが自らの魂の核を削る光景を見届けると、一度セレディアにその場を離れてもらうことにした。
「俺に何かあった場合の対応を任せる」
「分かった」
セレディアもあまりチェイを信用していないようだ。
たった一言の返答だったが、いつもの軽やかな口調でないことからその心境が伝わってきた。
セレディアが外へ出て行ったことを確認すると、俺は自らの魂の核を採集しやすい位置へと動かし準備を整える。
俺は意を決し目を閉じてから数秒後、チェイが自らの魂の核を削っていたときと同じ音が響いた。
ついに魂の核を削るのだろう。
俺は強烈な痛みを覚悟していたが、感じたものは痛みではなかった。
軽い眠気に似た感覚から始まり、あらゆる意識が少しずつ失われ、まるで自分が消えていくかのようだった。
それからどのくらい経ったのか分からない。
俺は目が覚めると、周囲にチェイの姿はなく、イルシオンの宿屋でセレディアたちが俺を心配するような眼差しを向けていた。
「目が覚めたんですね」
「良かった」
「……」
セレディアは何も話さず、ただ俺を見ている。
何を考えているのだろう。
「何があった?」
「魂の核を削られてからすぐに意識を失ったのを覚えてないの?」
ああ、そうか。
俺はチェイの計画に協力姿勢を示して、魂の核を差し出したんだ。
「ねぇ、ファーシルはチェイのために自分の命を投げだす覚悟でいる?」
「何を言ってるんだ?」
俺はセレディアの質問の意図が理解できなかった。
俺は最初から自己犠牲精神を口にするようなことをしていない。
チェイと対話していたときからその主張を貫いていたはずだ。
「良かった。ちゃんとファーシルなんだね」
「ああ、そういうことか」
セレディアは俺がチェイのニアソウルコアに支配されて、最上位騎士らと同じような操り人形にされたのではないかと考えていたのだろう。
だから目覚めた俺を見ても、本当にファーシルなのかと懐疑的な目を向けていたのだ。
「痛みはどうでしたか?」
「いや、痛みは全くない。意識が薄れていくような感覚があっただけだ」
リプサリスは俺の心配をするが、魂の核の問題は肉体の傷ではない。
何か起きても彼女の治癒魔法が意味を成さない可能性が高い。
「チェイはあの後は何か言ってたか?」
「ファーシルさんは魂の核の操作が不十分って言ってました」
「あいつなぁ……」
俺が魂の核を削られたことで意識を失ったのは、チェイの技量の問題ではなく前提意識のズレが原因か。
彼女は俺が自分と同等まで魂の核のことを熟知している前提で削り始めたのだろう。
その結果、削ると危険な部分に触れてしまった可能性がある。
要は相手の理解度に合わせて対話する意識に欠けるチェイが原因の事故だ。
翌日、俺はチェイの前提を確かめる意識が不十分なことを咎めつつ、引き続き魂の核の採集に協力するのであった。




