85話:治安対策課の少女
クサリとの直接対話を目指し、イルシオンへ向かう途中、俺たちはグラトニアに立ち寄った。
グラトニアに戻るのは約70日ぶりだ。
長らく留守にしていた間、何か起きていないだろうか?
俺は不安を胸に抱きながら、近くにいた村の男に質問を投げかけた。
「俺が留守の間に何かあったか?」
「いえ、特に何も起きていません」
グラトニアの住民たちと再会した後、俺はすぐに街の様子を確認しに行った。
「せっかく戻ってきたんだから、まずは再会を喜びましょうよ」
「悪いほうに考えてしまう癖は治らないよね」
「代表の俺が気楽に構えていたら、ろくなことにならないだろ」
彼らが俺の振る舞いを神経質だと揶揄する姿を見て、俺は一安心した。
彼らの気楽な態度はグラトニアに大きな問題が起きていないことを意味するからだ。
その夜、俺はオウボーンとタンゾウに明日イルシオンに向かう予定と目的を説明し、早めに就寝することにした。
翌朝、俺たちはすぐに出発した。
「もうちょっとゆっくりしていっても良かったんじゃない?」
「少し思うところがあったからな」
グラトニアのゆったりとした暮らしは、女王として忙しい日々を送っていたイラの生活とは程遠い。
そんな彼女が再びグラトニアに長居すれば、役目を放棄したくなるかもしれないと考えたからだ。
グラトニアを出発してから数時間、俺たちはイルシオンに到着した。
「ようやく着いたが、まずはどう動く?」
「ゾンビに詳しい人がいないか、聞き込みをしたいと思います」
ノースリアの会議では、自我の希薄な王様に不平等条約を突きつけ、クサリを誘き出す方針を固めていたが、より平和的な接触手段があるならそうしたい。
そう考えていたのは俺だけでなく、イラも同じだった。
そのため、まずは王様と接触する前に、ゾンビに詳しい人を知らないか騎士たちに聞き込みを始めることにした。
「よろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「ノースリア周辺のゾンビ化問題に対応すべく、専門家と協議するために来ました」
「専門家ですか?」
若い騎士はイラの質問に戸惑い、理解していない様子だった。
「私には分かりかねます」
「そうですか」
それからもイラは洗脳されていないと思われる若い騎士を中心に声を掛け続けた。
「いえ、誰のことか分かりません」
自らの存在を晦ますクサリを若い騎士が知るはずもない。
「当初の予定通り、王様に交渉を仕掛けるか?」
「そうですね」
聞き込みでの情報収集を諦めようとしたその時だった。
「君たちが探しているのは私のことかい?」
「え?」
俺たちの前に姿を現したのはオレンジ色のツインテールの少女だった。
この15歳前後の少女と会話するのは初めてだったが、彼女のことは強く印象に残っていた。
リボンで飾られた紫のフリルスカートと、露出度の高いトップスがあまりにも目立つからだ。
お姫様のようなティアラも、目立つ理由の一つだ。
「私はイルシオンの治安管理課のチェイさ」
こんな格好をして街中を歩いているのが治安管理課とはな……
「俺は……」
「あー、ちょっと待って」
彼女は俺の自己紹介を遮った。
「君たちのことは全員知ってるから、自己紹介は不要さ」
「俺のことはともかく、他の三人のことも知っているのか?」
「グラトニア代表ファーシル、現ノースリア女王イラ、リギシア代表セレディア、君の妻リプサリスだろ?」
「あ、ああ……」
チェイは俺たちのことを知っているのが当然のように答えた。
確かにこれだけきちんと把握しているなら、今更自己紹介の必要はない。
「ゾンビのことは詳しいのか?」
「うん、多分この世界で二番目に詳しいよ」
随分な自信だな。
彼女ならクサリのことも知っているのだろうか?
「とりあえず、場所を移そうか?」
「そうだな」
俺たちはチェイに連れられ、イルシオン城近くの小屋に案内された。
小屋は極めて簡素な造りだったが、地下へと続く階段は明らかに異なっていた。
「この小屋はただの入り口か」
階段の下に広がる光景から、俺は率直に思ったことを口にした。
この小屋は階段の入り口を隠すためだけに建てられたものだと察したからだ。
「まるで秘密基地だな」
地下に降りると、会議用の机と椅子が揃っていて、空間は地上の小屋の三倍ほどの広さだった。
少数ながら明るい松明が、整備された空間だと感じさせた。
「ゾンビの話は人々を不安にさせるからね。人目につかない場所で話すのは当然さ」
得体の知れないゾンビは確かに人々を不安にさせる。
彼女の判断は正しいと思うが、まるで国の機密に関わる話が出てくることを想定しているようだ。
それにこの少女、末端の人間だろうに妙に侮れない雰囲気がある。
「私の生活空間に招待されて、感動で声も出ないのかな?」
周りを見渡すと、確かに生活感のある物がちらほらと見える。
ここで生活しているという彼女の言葉は本当のようだ。
「確かにセレディアの家と比べると、行き届いた整理整頓に感動する」
「ファーシルは余計なことを言わない!」
イラは俺たちのやりとりにふふっと笑う。
「さぁさぁ、みんな椅子に座って」
俺たちはチェイと対面して椅子に座った。
「さて、まず君たちはゾンビをどう解釈しているか教えてくれるかな?」
「ああ……」
まずは従来のゾンビについての一般常識を彼女に伝えた。
「うん、そのくらいは当然知ってるよ」
ここからが問題だ。
知っていることをそのまま話すのは簡単だが、指名手配犯ミウルスからの情報や、ゾンビに魂の核や錬金術が絡んでいたことなどイルシオンの機密を避けて話すには慎重な発言が求められる。
「体が衰弱した者や、眠っていた者が生きたままゾンビ化する条件であると判明しました」
「……」
彼女は頷くだけで口を挟まなかった。
俺はさらに説明を続けた。
「さらにゾンビ化した囚人を処分すべく攻撃したところ、このような物体が検出されたのです」
俺はチェイにソウルコアパウダーを見せる。
「俺はこの物体がゾンビ化の原因だと考え、専門家に頼ればゾンビを浄化できると考えたのです」
するとチェイは突然ふふっと不敵な笑みを浮かべた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「ああ、言ったよ。君は何も知らないふりをしているけど、その物体を見ただけでゾンビ化の原因だと特定するのは魂の核のことを知っていなければ不可能だ」
「なっ!?」
こいつ、魂の核のことも知っていたのか。
「君たちがイルシオンを訪ねたのはこれが人為的に作られたものだと考え、ゾンビ発生の首謀者がこの国にいるからと考えたのだろう?」
「……はい」
いくらなんでも察しが良すぎる。
彼女の鋭さはまるで俺の心を見通しているかのようだった。
「君の意見は理解したけど、女王様の意見はどうなんだい?」
「私は従来のゾンビの常識を覆す情報をとある方から聞いたのです」
イラはミウルスの名前こそ伏せたが、ゾンビとサグラードに関する従来の常識と異なる説を説明した。
「私はその仮説を検証するためにファーシルさんに協力していただきました」
「それで結局ファーシルくんじゃ力不足だから、前政権と同盟を結んでいるイルシオンに協力を求めたんだね?」
「はい」
チェイはイラの話にもスムーズに受け答えた。
まるで俺たちの意図を最初から知っていたかのようだ。
「ファーシルくんは私に何か言いたげな表情だね」
「ああ、不気味なほど物分かりが良いのは何か裏があるのかと思ってな」
「それは私が私だからとしか言いようがない」
「心を読む異能力でもあるのか?」
「いや、私にそんな力はないよ。私の持つ異能力は錬金術だからね」
「!?」
彼女もまた錬金術の使い手だったのか。
ならば彼女はクサリの弟子だろうか?
「錬金術の師はいるのか?」
「弟子ならいたけど、師はいないよ」
彼女はクサリの弟子ではないか。
嘘を付いてるようには思えない。
だったら彼女は一体……




