84話:直接対話へと乗り出す
「以上のことが地下牢で確認できたことだ」
俺は囚人の一人がゾンビ化していたこと、当該の囚人以外にゾンビ化の影響が見られなかったこと、ゾンビ化の原因がソウルコアパウダーであることをイラに報告した。
「おかしいですね」
「何がだ?」
「ファーシルさんがその手に持ってる物体が体内に入ったなら、周囲にいる全員が気づくはずです」
確かにそうだ。
ソウルコアパウダーは数センチほどとはいえ、肉眼で十分に見える。
「それに砂嵐が吹き荒れても人の鼻や口に入るほど浮き上がるとは思えません」
「そうだな……」
おそらくソウルコアパウダーはこの状態で人体に入ったわけではない。
もっと微細な状態で体内に侵入し、体の細胞を吸収して大きくなったのだろう。
俺はソウルコアパウダーが体内に入ることで、変異する可能性をイラに説明する。
「……」
彼女は俺の仮説に納得いかないのか首を傾げる。
無理もない。
俺は突然変異するウイルスについて知っているが、彼女はウイルスの存在すら知らなかったのだ。
「私からも質問させてもらっていいですか?」
「何だ?」
俺たちの話を聞いていたアナドールが何か違和感に気づいたようだ。
「ゾンビは本当にクサリさんが生みだしたものなんでしょうか?」
「どうしてそんな疑問が沸くんだ?」
「なんていうかゾンビはただ社会を害するためだけに作られたと思うんです」
「設計思想への違和感か」
なり損ないとゾンビは似ているが、彼女の言うように設計思想が異なっている気がする。
ゾンビは純粋に他者を害する使い道しかないからだ。
しかし、錬金術で社会に影響をもたらしている人物などクサリしかいない。
彼以外に誰がやったというのか。
結局その答えは出ないまま、その日は解散となった。
それから数日間、俺たちはノースリアの安定を図るため、引き続き活動を続けていた。
そんなある日のこと、俺は近くで兵士たちがひそひそと話しているのを耳にした。
「さっき城内でおっかねぇ大男を見たんだが、お前はあいつを誰か知ってるか?」
「いや俺は見てねぇし、知らねぇよ」
「女王様の元に向かったみたいだけど、大丈夫かな?」
「おいおいお前、さすがにそう思うなら止めろよ」
見慣れない大男がイラの元に向かっただと?
俺は不審に思い、イラの元へと向かった。
駆けつけると、そこには見覚えのあるコワモテの男が彼女の隣に控えていた。
アキナイ家当主のビンワーンだ。
「お前さんもノースリアに来ていたとは驚いたもんだ」
イラに英才教育を施し、彼女に強い影響力を持つアキナイ家の当主ビンワーンがノースリアを訪れることは、俺の危惧していた問題の一つだ。
彼女が心酔しているビンワーンとの接触は、国を簡単に明け渡す原因になりうると考えていたからだ。
「なぜ貴方がここに?」
「俺の教育を熱心に受けていた奴が女王になったんだ。協力関係を結んでおこうと思うのは当然だろうよ」
ノースリアを訪れた動機は俺と同じか。
「はっはっはっ、さてはお前さんはもうノースリアを自分の国のように思っていやがったな」
「そういうわけではない。俺は貴方が王位簒奪者になることを危惧していたのです」
「ほう、気が合うじゃねぇか」
どうやら彼もまた俺がノースリアの王位簒奪者になることを危惧していたらしい。
「俺が国を奪うつもりなら、彼女が即位する前にやってましたよ」
「まあ、それもそうか」
ビンワーンはイラが女王に即位した経緯を聞いていたらしく、俺の言葉にすぐさま納得した。
「イラは血の繋がった娘じゃねぇが、娘のようなもんだ。わざわざ俺が国を乗っ取る理由はねぇ」
「なるほど……」
俺もまたビンワーンの言葉にすぐさま納得した。
イラは母親の育児意識の欠如から、アキナイ家の屋敷で生活することが多かったのだ。
彼がイラを娘のように思うことに違和感はない。
「お二人とももう話はいいですか?」
「ああ、構わない」
「おぅ、わりぃな」
「ファーシルさん、ちょうど話したいことがあったので皆さんを呼んできてもらって構いませんか?」
「ああ、分かった」
俺はノースリアに共に来た三人を探し出し、再び謁見の間へと戻る。
先日のゾンビ化問題を受けて、彼女から何か提案があるらしい。
「本日皆さんに集まってもらったのは、クサリさんと直接交渉を行うためです」
「……」
いきなり何を言い出すんだ!
表舞台に姿を現さずに暗躍する男と交渉できる余地があるとは思えない。
「先日ファーシルさんからゾンビ化の原因を巡り、私はいずれこのノースリアもゾンビ化の悲劇に巻き込まれてしまうのではないかと考えました」
なるほど、ゾンビ化の感染地域拡大のおそれか。
ソウルコアパウダーが風によって運ばれていると仮定するなら、彼女がノースリアの女王として危機感を持つのは真っ当な判断だ。
「そこで私はゾンビ化問題を隠蔽して国民を誤魔化し続けるのではなく、共に解決策を探ろうと提案したいのです」
イラはアナドールの言った設計思想の違いから、ゾンビを生み出した犯人が他にいると考えているのだろうか。
そうでなければクサリがゾンビ化問題の解決に協力する理由がない。
「ただし、真の目的は彼を政治の表舞台へ引きずり出すことにあります」
「……」
「行動動機、方針が不透明で強大な力を持つ支配者はそれだけで全ての人々を不安にさせます。そのため、まずは他国の女王である私や、イルシオンの貴族らとの対話姿勢を示すよう求めるつもりです」
イラは俺がイルシオンの動きに神経を尖らせる理由をまるで言語化してくれたようだった。
神経を尖らせる原因であるクサリと友好関係を結べたなら、今ある周辺勢力からの外圧を恐れる必要は当分なくなる。
だが、俺の知るクサリの人物像は傲慢でイデア全土をまるでAI管理するような社会を生み出そうとしている男だ。
そんなクサリに対話を持ち込もうとすること自体が危険だ。
「どうやってクサリと対話するつもりなんだ?」
「私がゾンビ化問題に協議したいと言って、対話を呼びかけるんです」
「ずっと雲隠れしていた男が、それだけで姿を見せるとは思えないが……」
「ノースリアの女王が出向くんです。それだけで行動を揺さぶることはできます」
確かに一国の女王が出てきたら、相手側も応じないわけにはいかない。
しかし、出てくるのは普通に考えたら王様だ。
「クサリ自身は出てこないだろう」
「いえ、出てくると思いますよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「一方的な交渉を持ち掛ければ、自我の希薄化されていないクサリさんが対応せざるを得ないからです」
イラは王様が出てきた場合、洗脳の影響による意志疎通の脆弱性に付け込んで、不平等条約を結びつけるつもりか。
確かにそんなことをされたら相手はたまったもんじゃない。
「だが、そうした動きに力ずくで排除しようとしてきたらどうするつもりだ?」
「その対策をビンワーンさんにお願いしたんです」
「アキナイ家は経済を動かすことはできても、軍を動かすことはできないだろ」
彼らが強い影響力を持つのはあくまで経済に関してのみだ。
軍事的な対応能力があるわけではない。
「お前さんらを力ずくで処理するならまずは拘束するだろう。そのとき俺たちはノースリアの女王代理として交渉するつもりだ」
「どう交渉するつもりだ?」
「イルシオンの経済を片っ端から停滞させれば、さすがに焦るだろうよ」
経済制裁か。
文明の発達が進んでいないこの世界では、水と食の確保さえできればどうとでもなる気もするが……
「最悪の事態になったときはミカケダオシを絶滅させてやる」
ミカケダオシはイルシオンの主食だ。
しかもミカケダオシは大昔の錬金術士による遺産で、類似の食料を再び生み出すことはまず不可能だ。
そんな生物を絶滅させたら、イルシオンの餓死者は計り知れない。
彼もそれだけの覚悟で交渉するつもりか。
「国の最高意思決定権を担いながら、他国の女王と意思疎通さえ拒むってんなら、そいつは排除しねぇとならねぇ」
「そうだな」
俺はビンワーンの言葉に同調する。
「ビンワーンさん、私が留守の間、この国の管理をお願いします」
「おぅよ」
イラはノースリアの女王代理をビンワーンに預け、イルシオンへ向かう決意を固める。
「アナドール、お前は当初の予定通りここに残れ」
「ええっと、私がビンワーンさんと直接やりとりするんですか?」
「そういうことになるな」
つい最近まで危険を冒して買い叩きをしていた貧乏行商人が、経済界の首領と直接やりとりをするのは恐れ多く感じるのだろう。
だが、気に掛けることではない。
そして翌日。
「それでは行ってきます」
「おぅ、行ってきな」
イラはビンワーンにノースリアから出発する意志を伝えた。
「その服装のままでいいのか?」
「女王として出向くんですから、むしろこの恰好でないといけません」
「そうか」
俺はイラに出発前の確認を行い、ノースリア城を後にする。
こうして俺たちはゾンビ問題に対する二国間協議を名目に、ついにクサリと直接対話を試みるのであった。




