83話:ゾンビの正体
なぜゾンビ化が起こるのか?
俺はその原因を調べるべく、囚人の体を用いて検証することにした。
死亡リスクの高い検証を行うため、看守の男と相談して重罪人や更生の見込みがない人物を選定することにした。
「検証の詳細を伝えた上で同意を得られそうな者はいるか?」
「いないと思いますよ」
当然か。
今回行う検証は意図的に囚人をゾンビ化させて、初期症状の経過観察、可能ならば治療するのが目的だ。
だが、俺たちはゾンビ化のメカニズムが分かっていない上に、医療知識があるわけでもないことから、被験者の生還率は絶望的だ。
「一人はこちらの男を推奨します」
「ふむ……」
看守に勧められた囚人の男は健康上の問題はなさそうだ。
治療を試みる以上、耐えられる体力が必要となる。
そのため、肉体的に衰弱した囚人を使うわけにはいかなかった。
とはいえ、未来ある人間の命を奪うことはできるだけ避けたい。
罪状の確認はしておくべきだろう。
「この男の罪状は?」
「殺人、強姦、窃盗、放火など数を挙げればキリがありません」
「絵に書いたような悪人か。ある意味ありがたいな」
更生の余地がある人物にゾンビ化の検証を行うのは避けたかったが、救いようの悪人が相手なら躊躇う理由はどこにもない。
「……」
囚人の男は何一つ言葉を口にしない。
虚ろな目つきから、今がどんな状況なのかまるで分かっていないようだ。
「お前、俺の声は聞こえるか?」
「……」
やはり反応がない。
「こいつは元からこうなのか?」
俺は看守に訊ねた。
「いいえ、二日前に暴れ出したところを押さえ付けたのですが、大人しくなったのはその時からです」
「ふむ……」
大人しくなったというよりは、意識がないように見える。
もっともゾンビ化の経過観察と治療は意志疎通の必要がない。
それに自我を失ったような状態なら、ゾンビ化リスクが自我の希薄さに起因するかの確認も容易だ。
そう考えればちょうどいい。
「一人はこの男を選ぼう。牢から出してやってくれ」
「分かりました。暴れたときの危険に備えて、手足に拘束具を付けさせていただきます」
「ああ、頼む」
看守は牢を開ける。
そして囚人の手首を押さえ、縄で縛ろうとしたそのときだった。
「ぐおおおぉぉぉ」
囚人は抵抗し、看守に襲い掛かったのだ。
だが、その力は弱々しく、看守の男は何事もなかったかのように拘束具を付け終えた。
「それではどうぞ」
「一つ質問して構わないか?」
「はい、なんでしょう?」
「この男、既にゾンビ化していないか?」
この囚人は外見こそ普通の人間だが、会話が成立しないだけでなく、近寄ると突然暴れ出した。
さらに抵抗する力は非常に弱い。
事前に聞いていたゾンビの話と一致するところが多い。
「体は変色していませんが、確かにゾンビのような挙動ですね」
「セレディアはどう思う?」
「体が変色するのはしばらく経ってからだし、ゾンビ化の初期症状かもね」
この囚人の様子がおかしくなったのは二日前だ。
そのとき既にゾンビ化していたならば、なぜ他の囚人はゾンビ化していない?
寝ている間はゾンビ化の免疫がなくなるはずだ。
だとすれば……
「ゾンビ化の原因はゾンビでなく奴らのいる砂漠にあるのか?」
「え、何か気づいたの?」
「ああ、こいつが既にゾンビなら『ゾンビの近くで寝ていた者はゾンビ化する』という仮説が崩れるだろ?」
今の状況を見るに、ゾンビ化の感染原因がゾンビである可能性は低い。
ゾンビ化の感染原因がゾンビそのものでないなら、ゾンビ化が多く見られる砂漠に何らかの原因があると考えるのが妥当だ。
「しかし、この男の様子がおかしくなった場所は砂漠ではありません」
「場所はどこだ?」
「ここから北の作業場になります」
「砂漠とは方角から異なるか」
ゾンビ化の原因は目に見えないウイルスだと考えるのが妥当だろう。
砂漠にゾンビ化を引き起こすウイルスが多くあるとして、それが風で運ばれてきたと考えたらどうか?
「この男の様子がおかしくなったときの風向きは覚えているか?」
「風向きですか……」
風向きなど意識していなければ覚えているはずがないか。
「風向きは覚えていませんが、その日の風はかなり荒れ狂っていたことを覚えています」
「なるほど、その風で砂漠からウイルスが運ばれてきたと考えるべきだろう」
「ウイルス?」
「何それ?」
医療技術の発達していないこの世界でウイルスの概念が伝わるはずもない。
俺はウイルスと病気の基本的な概念を彼らに伝える。
セレディアと看守は怪訝な顔で頷いたが、理解できたか微妙な反応だ。
とりあえず概念だけでも伝わればいいだろう。
「それでどうするの?」
「初期症状のゾンビが目の前にいるなら、治療を試みるに決まっているだろう」
凶悪犯を治療したいわけではない。
今はゾンビ化への対策を知りたいだけだ。
「……」
俺は囚人に治癒魔法を施すが、変化は見られない。
「俺の治癒魔法ではダメというだけかもしれないな」
俺は魔法適性が高いと言われているが、それはあくまで平均的なものであり苦手な魔法もあった。
その一つが治癒魔法だ。
「そもそも普通の治癒魔法でなんとかなるなら、とっくに解決策が見つかってると思うよ」
「それもそうか」
どこかに医療知識のあるチキュウ人がいれば、ゾンビ化した男の解剖をして確かめられるのだが、そんな人物はどこにもいない。
そんなことを考えていたときだった。
「ウオオオオォォォ」
囚人の男が低い呻き声を上げる。
そのとき彼の腹部にうねるような不自然な動きが見られた。
まるで体内で何かが暴れるかのようにお腹が出たり引っ込んだりしていた。
「この場でこいつを刺しても構わないか?」
「いきなり何言ってるの?」
「構いませんけど、どうしたんです?」
「説明は後だ」
俺は囚人のお腹が不自然に出っ張ったときを見計らいレイピアで彼の体を突き刺す。
「これが原因か」
腹部を突き刺された囚人は紫色の液体が飛び散る。
明らかに人間の血ではない。
「通常のゾンビからも変色した血を目にすることはあるか?」
「あー、たまに見るかも」
セレディアの話では特にしぶとく動き続ける部位を粉砕したときに、この紫色に変色した血を見ることが多いという。
「でもファーシルは何でこいつの腹にこの液体が流れてるって分かったの?」
「体内で不自然な挙動をしてるのが外から見ても分かったんだ」
不自然な動きをしていたのはおそらく魂の核だ。
俺は自分の中に蠢く魂の核を認識しているからこそ、囚人の腹部の挙動に気づけたのだ。
それを俺が貫くことで体内の魂の核が砕け、漏れ出したのだろう。
だが、魂の核は本来チキュウの本体であって、ゾンビ化を引き起こすようなものではない。
ましてや体が変色することもない。
「セレディアはこいつの傷口を広げて、体内の異物を抽出してくれ」
セレディアが俺の指示に従い、傷口を広げるとぶよぶよとした紫色の物体が出てきた。
「これが魂の核か」
「ソウルコア?」
「チキュウ人の本体だ」
「言ってる意味が分からないんだけど」
今会話している俺の正体が数センチのぶよぶよした異物だなんて言われたら当然の反応か。
「これを見てくれ」
俺は自分の体内にある魂の核を意図的に動かし、腹部を膨張させる。
「このように露骨に魂の核を動かすと、明らかに不自然な体の動きをする」
「これがファーシルの本体だって言うの?」
「サキュバスクイーンの話ではそうらしい」
俺はサキュバスクイーンから聞いた魂の核の話をセレディアに伝える。
「……」
チキュウ人を同じ人間と思っていた彼女にはショックだったのか言葉を失った。
「しかし、ファーシルさんはゾンビではありません」
「うん、そうだよね」
看守の言う通り、俺はゾンビではない。
囚人から抽出した物体は魂の核だと思われるが、ゾンビは転生に失敗したチキュウ人の成れの果てなのだろうか?
「とりあえずさ、魂の核が原因ならゾンビは錬金術と関係なかったってこと?」
「いや待て……」
「どうしたの?」
そうか、錬金術だ。
俺はセレディアの言葉を聞き、一つの仮説を立てる。
クサリは誰かの魂の核を錬金術の素材に使ったんだ。
そして魂の核に何らかの処置を加えて、不完全なチキュウ人を生み出したのかもしれない。
あとはどうやってサグラードを滅ぼすほどの魂の核を用意したかだ。
積極的にチキュウ人を召喚しているイルシオンでさえ、チキュウ人の人口比率は1%にも満たない。
それに俺が召喚されたときは六人がかりで行っていた。
召喚の手間やコストを考えると、魂の核を集めるためだけにチキュウ人を召喚するのは効率が悪すぎる。
「その疑問についてはどう思う?」
「魂の核をバラバラにしたとか?」
「!?」
なるほど、確かにそれならチキュウ人の数が足りない問題も解決する。
魂の核の破片……
俺はこれを一旦ソウルコアパウダーと命名して、その旨を二人に伝えた。
「一度イラにここで起きたことを報告しよう」
「この男はどうします?」
「まだ助かるようなら生かしておいてくれ」
「分かりました」
ゾンビ化の原因を取り除きはしたが、囚人の意識は戻らない。
腹部を刃物で抉ったとはいえ、異物を取り除くために浅く刺した傷だ。
命を奪うほどのものではないはずだ。
俺たちはソウルコアパウダーを手に取ると、ゾンビの生態解明に大きく近づいたことを報告に向かうのだった。




