81話:経済至上主義者の選別政治
「切り捨てたって、お前は何をしたんだ?」
「王室派が管理していた報酬制度を変えたんです」
ノースリアの主要事業は王室派の貴族がほぼ独占しており、セレディアによって追放された後はイラが直接管理するようになった。
王室派の貴族らは周囲を自分に従順な人間で固める傾向にあった。
その従順な人たちが、イラの政策により社会的地位を失った高齢者たちだ。
王室派の貴族を支えていたのは高齢者だけではないが、長年の忠誠を重視した結果、彼らの周囲には高齢者が多く集まっていた。
社会的地位や報酬も、長年の忠誠に基づいて決められていた。
言わば年功序列社会だ。
そんな王室派の築いた管理体制をイラは即座に廃し、能力主義の経営方針に変更したのだ。
その結果、年功を重んじる家庭の親子関係が崩れ、各家庭で次々と問題が起きた。
殺人事件にまで発展した例もあり、高齢者たちが怨嗟の声を上げるようになっていた。
「そのトラブルが原因で老人以外にも不支持が波及したのか」
「家族で価値観を共有し、固く団結している家庭もありますからね」
ノースリアは決して高齢化社会ではないが、年長者の不満の声が若者に与える心理的影響は大きい。
ゆえに、彼らを敵に回したことで、政治的な不支持が大きく広がったようだ。
「自分の政治判断によって死者が出たことをどう思っている?」
「仕方のないことです」
「そうか」
俺は自身の政治判断で死者が出たことへの責任を気にかけたが、彼女は意に介さない様子だった。
心配する必要はなさそうだ。
「王室派と同じ施策を続けても、別の人が命を落とし、恨みを買っていたと容易に想像できます。だったら私は、もっと優れた人たちが生き残り、繁栄できるように選別したいと思うんです」
「俺の受け売りか?」
「そうですね」
俺はグラトニアで冒険者の男にこう言われたことがある。
「お前、自分の周りにいる人間以外はどうでもいいと思ってるだろ」
俺はこのときこの男の言葉を否定しなかった。
誰もが幸せになれる世界なんてない。資源は有限で皆が欲を剥き出しにすれば奪い合いが起こるのは必然だ。
だからグラトニアの代表として執るべき選択は、グラトニアに有益な人間を活かすための選別だと答えたのだ。
まさかあのとき近くにいたイラが俺の言葉の影響を受けていたとはな……
「ファーシルさんはこれまでの報告を聞いて、私への意見はありますか?」
俺が彼女の方針で危ういと思っているのはやはり弱者への対策だ。
彼らを放置していては治安に悪影響を及ぼす。
「ノースリアでは生活のままならない国民が多く見られたが、何か対策をしているのか?」
「各事業の中間責任者に向けて、将来性を見越した人的投資を推進しています」
「……」
あくまで助けるべき対象は先行投資対象か。
彼女は国の指導者として国民を助けるとべきという意識がまるでない。
それはセレディアも同じだったが、イラには自衛のための戦闘能力がないことが気がかりだ。
「内政干渉するつもりはないが、セーフティネットの必要性を話して構わないか?」
「どうぞ」
俺はイラに社会的弱者が暴徒化しないための保証をすることで、イラ自身を含む有益な人々の社会的安全を確保できるメリットを伝えた。
「ファーシルさんの言葉は一理あると思いますが、一方的な支援では採算が取れません」
当然の反応か。
まずこの世界では弱者の保護をすべきという考えが浸透していない。
ただでさえ彼女は国家運営を企業経営のように考えているのだ。
自領第一主義者で、この世界の人々とは異なる常識を持つ俺と感覚が異なるのは仕方がない。
「それともう一つ構わないか?」
「何ですか?」
「能力主義の導入によって、今後技能継承が途絶える可能性はないか?」
「どういうことですか?」
俺は若手に地位を奪われることを恐れ、必要な技能継承を怠る管理者が現れる可能性をイラに指摘した。
実際に能力主義の導入したチキュウの企業で何度も聞いた話だ。
ノースリアで同じことが起こったとしても何ら不思議なことではない。
「私が介入している間は心配ないですけど、介入をやめたら起こりそうな話ですね」
現状は問題が起きていないとはいえ、今後その問題が生じる可能性は十分にあったか。
俺の指摘でその可能性に気づかせられたなら、価値ある質問だったと言える。
「まだ何かありますか?」
「俺からは以上だ」
「ファーシルさん以外の方は何かありますか?」
俺以外の三人は追加の疑問や意見を口にすることはなかった。
「それでは次にサグラードとゾンビの話をさせてください」
サグラードはイルシオンとノースリア両国で共通の敵とされている国だ。
俺はサグラードが脅威であるとは聞かされたことはあるが、具体的にどんな国かまでは聞いたことがない。
即位して30日足らずの彼女がいつサグラードのことを知ったのか分からないが、話を聞く価値はある。




