8話:報酬よりも重要な交渉条件は…
前回話が長くなるので…と区切った続きになります。
連続した内容なのでここから読む場合いつもより冒頭の展開が分かりづらいかもしれません。
「話を戻すが手伝いとやらで俺に何かメリットはあるのか?」
「もちろんあるよ」
これで「私の好感度アップ」とか言われたら今度こそ俺はサキュバスクイーンを殴ってやろうかと思ったが、提案された内容は建築技術者との交流及び収入手段の確保という魅力的な内容だった。
「ね? 手伝うメリットしかないでしょ?」
「ああ、確かに今の状況的にありがたい話だ」
「それじゃ決まりってことで」
「待った、そもそも何をやるか聞かされてないのに「はいやります」なんて言うわけがない」
メリットのことといい、内容のことといいやたらと伏せて話を進めたがるのは嫌な予感しかしない。
抜け道やグランルーンへの指示の出し方は具体的に問いたださずともここまで喋っちゃっていいのかというくらいペラペラと喋ったのにお手伝いとやらはどうも話をぼかしたがる。
先に約束だけ取り付けて、実態に不満を抱く内容でも後はその責任感とやらでやり通せ。
そんな算段だろうか?
「あーそういえば言ってなかったね。 空き家の修繕作業をしてほしくてさ、人手が足らないんだよね」
「まともな内容で逆に驚いた」
「もう~、何させると思ってたのよ」
本当にまともかどうかグランルーンAに聞きたいところだったが、先ほど退室させた以上その質問はできない。リプサリスは今も隣にいるが彼女がこうした懸念に対して適切な指摘ができるとは思えない。
ならば彼らはどうか?サキュバスクイーンの両隣にいるグランルーンαβは基本的にサキュバスクイーンの命令に従うが、監視の役目もあり本当の部下とは言えない上に懸念点についても答えてくれるかもしれない。
「グランルーン達は彼女の提示した案に何か懸念点はあると思うか?」
「はい、技術提供のメリットを与えていること及び、開拓任務中のチキュウ人に本来与えられない報酬を与える特例で雇う提案なので支払われる報酬はイルシオンで定めてる最低賃金を大きく下回ると思われます」
「え、ちょっと…… 何でそんなこと言い出すのよ」
「修繕対象となる空き家の数からしてドルミナーにしばらく住み込みをすること前提になると思われます。よって仕事の報酬は宿代分が差し引かれる計算になると見込まれます」
「二人とも黙りなさーい!」
読み通り、彼女側のグランルーン達は中立だった。
しかし、やたらと話をぼかしたがるのは払える報酬がろくになかったからか。彼らの言葉がただの懸念で実際は問題が無いならわざわざ黙れと命令を出す必要はないのだから図星だろう。
黙りなさいと明確に命令を出したのだからこれ以上の懸念点を聞き出すのは不可能となったが、とりあえず命に関わる問題は無さそうだと安心する。
「国の財政状況はどうなってるんだ?」
「財政も何もないわよ、税収だってしてないし…」
グランルーンAから聞いていた政治に興味が無いというのは確かなようだ。
サキュバスクイーン自身の収入はイルシオンとの取引のみでそれもそこまで高い金額をもらってるわけでもないらしい。その結果、金が無いにも関わらず人を使いたいと考えた結果がなけなしのポケットマネーで雇用しようとするこの提案だ。
安い報酬でコキ使おうなどという悪意は無く、むしろ本人にできる範囲で精一杯良心的な形にしようとしていたと言えるだろう。
「グランルーン達に手伝ってもらえないのか? 各部屋の見張りの配置とか明らかに人員の無駄遣いだし、城門の門番に一人二人置けばあと全員動かせるだろ」
「私のところのグランルーンの任務って私と城の護衛だけなのよ。 ねっ、だからお願い!」
建築技術者の知恵を借りれるだけでもメリットはある。
ただ、俺個人としてはこの提案に一つ大きな問題があった。
非力なのは転生してから肉体的に強くなってるから然したる問題はないと思われるが、仕事という在り方をサキュバスクイーン及び現場の人間がどう見てるかだ。
「その依頼について俺からも提案がある。 まず報酬についてはこの際破棄しても構わない」
「えっ!」
「ただし、現場の人々からはモノづくりや加工の教育を受けるのみで仕事の指示には従わない」
「えーっ!? それただ技術泥棒しますってことよ。 ダメに決まってるじゃん」
「いやそうじゃない。 俺は意思決定の主導権を手放さないというだけだ」
「えーっと、どういうこと?」
「同じチキュウ人相手ならこう言ったほうがいいか。 仕事はバイトとしてじゃなくてフリーランスとして行う」
「何で……?」
同じチキュウ人相手とはいえ出身国によっては伝わらなそうだが、とりあえず伝わったようだ。
「俺は縦社会の下として置かれる人間関係ってものに適応できないんだよ」
雇われ仕事として現場監督の元で動くとなれば納得のいかないペースの要求や罵詈雑言に耐えなければならない。
サキュバスクイーンや現場の人が修繕作業についてどういう意識で考えているか分からないが、少なくとも俺は日本での仕事経験から仕事として雇われる立場を考えるとそんな嫌な思い出ばかりが蘇る。
そして耐えられずに途中で投げ出せば取引がパーになるだけに留まらず俺をサポートしてくれてる人達にまで迷惑をかけかねない。
それならば最初から給与を放棄してカルチャーセンター感覚で学ばせてもらうよう提案するのが俺にとっての最適解だ。
そもそも俺は職業適性診断ですら適性のある職業とされるのは研究者、芸術家、司法書士、社長と、遠回しに「あなたは社会性の無い人間です」と、言われるのだから…
「ファーシルくん、もしかして仕事でのパワハラが原因でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患ってる?」
「受診してないから分からん。 ただ、なんとなくだがそういうのは無いと思う」
「そう、なら良かった」
喋らないほうがいいことをペラペラ喋っちゃう一方で他人の心配はしてくれるんだな。
なんというか彼女はただ自分のやりたいようにやって、自分の思った通りのことを喋る。
そこに善悪は無い。純粋とでも言うべきだろうか。
「それで、分からないところは担当の者達に聞きつつ修繕作業のペース判断は俺のほうで判断する形で構わないか?」
無論労災問題が発生しないように明らかに問題のある各々の行動及び俺の指示にはその場で指摘してもらうつもりだ。基本的なことを一切分かってない俺がこれから学び即現場指揮を執るというのは安全性はもちろん、作業の質においても懸念は払拭できない。
「せめて1日、他の参加者だけでもいいから現場の子達に指揮を任せてもらえない? その後どうするか決めるって感じで……」
「分かった」
俺はわざわざ指揮を執りたくて仕方ないわけじゃなくて、単に自分のペースを他者にコントロールされたくないだけなのだから何も問題はない。最適な判断がすぐに浮かばずに自己裁量権を求めるがあまりすぐに指揮権を求めてしまっただけにむしろこの申し出は願ったり叶ったりだ。
「その後どうするかの判断報告は明日またここへくればいいか?」
「ティアラちゃんに報告してくれればいいわ。 ある程度の時間になったら向かわせるから」
「分かった」
「あー、あと現場の建築士さん達なんだけどオーガ族だから見ればすぐに分かると思うわ」
サキュバス族はいなかったのにオーガ族はいるのか。
ドラゴン族はいるのだから、創作物でお馴染みの種族が他にいてもまあ今更不思議がることではないが……
「名前がオーガゾクなんてことはないよな?」
「そんなわけないじゃない 赤い肌で二本の角があるから見ればすぐよ」
「そうか、しかしそう疑いたくなる理由が目の前にな…」
「あっ、そういえばそうね」
サキュバスクイーンを名乗ってる人物が目の前にいることで本当に種族として存在してるのか疑問が浮かぶのは当然だが、サキュバスクイーン本人はその可能性を意識しておらず言われて初めてその疑問が浮かぶ理由に気づいたようだ。
「ああ、そうそうオーガ族を表現するときにモンスター、亜人って表現はNGだから注意してね」
「モンスターって分類の仕方はチキュウ人スラングになってるとは聞いたが、亜人もその類なのか?」
「そういう問題じゃないんだよね。 亜人って表現さ、人間がその種族の中心でその他の人間っぽい種族を亜種って扱うわけじゃん。 だから彼らからしてみれば亜人って言い回しは自分達人間が生物の中心だと思い込んでる傲慢な選民思想って認識されるのよ」
亜種という言葉。
言葉の通じない生物への分類判断として創作物でなくとも表現として使われることもあるが、言葉が通じる者同士、ましては自分の種族ベースで亜種と判断されるのか。
チキュウでの少数民族などへの表現配慮要求は過剰でバカらしくて勝手に言ってろとさえ思ってしまうが、そんな俺でもオーガ族に対する表現配慮要求は十分納得できる内容だった。
また、モンスターという表現は純粋な差別用語と認識されるらしい。
もっとも相手がチキュウ人だと分かれば最初のうちは悪気無く言ってしまったものだと理解してもらえはするらしい。
「あー、あとオーク族と間違えないでね。 種族対立してるから」
「分かった」
こちらは分かりやすい理由だ。
疑問に思うことは何もない。
「それと場所なんだけど……」
それから向かう場所と待ち合わせ時間を確認して明日からの活動に向けて体を休めるのだった。




