79話:ビジネスパートナーとして
リギシアを出発して歩くこと三日。
俺たちはついにノースリアに辿り着いた。
「おっ、お頭だ」
俺たちがノースリア城下町の入り口付近まで向かうと、見張りを務めていた男がセレディアの姿に気づいたようだ。
セレディアは彼の元に向かい、俺たちの入国手続きを進める。
彼女が見張りの男と話すこと数分、手続きは無事に終わったようだ。
「ところで国の様子はどう?」
「俺は基本的に見張りしかしてないんで、国の情勢はよくわかんないです」
「そっか」
彼から得られる情報は特にないようだ。
ただ、城下町で大きな騒ぎがあれば見張りとて気づくはずだ。
少なくともこの短期間で指導者が成り代わるような問題は起きていないだろう。
俺たちはノースリア城下町へと足を踏み入れる。
城下町ではリギシアと同様に荒々しく叫ぶ声があちらこちらから聞こえてきた。
だが、それ以上に目に付いたのがやせ細った人々の姿だ。
「貧困層の姿が目立つな」
「王室派の連中が好き勝手にやってたからね」
建物は古いものから新しいものまで様々だが、朽ちて倒壊したと思われる建物も多い。
そんな住居とは呼べない場所でぼろきれを身に纏い、その日を凌ぐ人らの姿が散見される。
しつこく乞食行為を行う人物に対し、腹を立てた人物が顔面を蹴り飛ばす様子も目撃された。
そんな彼らを横目に見ながら、俺たちは城に向かう。
城の入り口には門番がいたが、セレディアが口添えすると、俺たちはあっさりと城内への入場を許可された。
「イラちゃんは今寝室にいるみたい」
「入っていいのか?」
「へーきだと思うけど、まずはアタシが確認してくるよ」
「分かった」
俺たちは謁見の間まで向かうと、セレディアが戻るまでその場で待機することにした。
セレディアはイラの寝室へと向かうと、三分も経たないうちに俺たちの元に戻ってきた。
「入っていいって」
謁見の間ではなく、寝室で話をするのか。
彼女は玉座に腰をかけて対話することにまだ慣れていないのかもしれないな。
俺たちは寝室に入ると、王族らしい煌びやかな衣装をまとったイラの姿があった。
「お久しぶりです、ファーシルさん」
「ああ、女王に即位したらしいが様子はどうだ?」
「とてもいい状況とは言えないです」
そうだろうな。
まず人心を動かすには実績による知名度が求められる。
イラがリギシアでどのくらい成果を出したのか知らないが、セレディアが軍事クーデターを起こすまでノースリアに訪れたことさえない彼女の知名度はたかが知れている。
「ファーシルさんは私の代わりにノースリアを治めるために来たんですか?」
そう口にする彼女は訪れた俺の野心を警戒している様子はない。
おそらくセレディアに指導者としての力不足を判断されて、代わりに俺が連れてこられたと思っているのだろう。
「いや、そのつもりはない」
「じゃあどうしてここに?」
俺は彼女の立場が不安定な間、サポートする目的で訪れていた。
もちろん、グラトニアとの関係を強固なものにする目的も含まれている。
それに彼女が失脚すれば、双方にとっての損失だ。
だから、俺は互いのために臨時の相談役としてサポートすると申し出た。
「お前に伝わりやすい言葉で言い表すなら、ビジネスパートナーを育て上げるための先行投資だ」
「はい、お願いします!」
彼女は俺の申し出に目を輝かせて、すぐさま了承した。
彼女は一流商人に憧れていたから、ビジネスワードを意図的に使って心を揺さぶってみたが、反応があまりにも分かりやすい。
こんな簡単な言葉選び一つで冷静さに欠くのは危ういと、後で注意を促しておくべきだろう。
「では早速ですけど、お願いを聞いてもらっていいですか?」
「ああ」
引き受けるかどうかはともかく、話を聞くだけならタダだ。
彼女の心境や方針を知るためにも、断る理由はない。
「まずアナドールさんには表向き行商人として振る舞いながら、今のノースリアと私への評判の調査をお願いします」
「え、私ですか?」
面識があるとはいえ、関わりの薄かったイラにいきなり名指しで依頼されたことにアナドールは驚きを隠せない様子だ。
「はい、皆さんの中で雑談を装って情報収集できるのはアナドールさんしかいません」
ノースリアでもチキュウ人の外見の特徴は広く周知されている上に、イラが俺と関わっていたことも知られている。
そのため、イラは俺が調査すれば自分の指示だと判断され、本音を聞き出しづらくなると考えているようだ。
セレディアがイラと密接な関係にあることが周知されているのは言うまでもない。
リプサリスはそもそも情報収集に向かない。
よって支持率の調査を行うのはアナドールが適任と判断されたようだ。
「セレディアさんは生きたままゾンビ化した人たちの調査をお願いします」
「えっと、具体的に何を調査するの?」
「ゾンビ化する直前の状況がどうだったか、近くにいた人たちに聞いてきてほしいんです」
「おっけー」
周辺地域にゾンビがいて当たり前だったセレディアと違い、イルシオンの出身のイラはやはりゾンビを脅威に感じているようだ。
「ファーシルさんとリプサリスさんは、城の一階の空き部屋に大釜を設置してください。資金は国庫から出します」
「ノースリアに錬金術を使える人物がいるのか?」
「いえ、リプサリスさんに作ってもらいたいものがあるんで、そのための前準備です」
「なるほどな」
俺たちはずっとノースリアに滞在するつもりはないが、大釜を準備すること自体は大した手間でない。
彼女の判断に異を唱える理由はなかった。
アナドールとセレディアはすぐ依頼に取り掛かったが、俺は依頼をこなす前に一つ彼女に訊ねることにした。
「お前を守る配下らとの関係は上手くいってるのか?」
「いえ、舐められてばかりです」
「やはりそうか」
彼女を守る配下はXXの暗殺者集団だ。
彼らは腕っぷしで人を評価する傾向があり、セレディアが慕われているのも、その戦闘能力によるところが大きい。
さらにイラはまだ12歳前後の子供だ。
尚更舐められるだろう。
「セレディアさんから戦いの手ほどきを受けたんですが、まだ皆さんの足元にも及びません」
当たり前だ。
XXの連中は子供の頃から、戦闘訓練を受けている。
たかだか数十日の訓練で彼らと渡り合えるようになるはずがない。
「だから、皆さんと対等以上でいられるように銃を作ってほしいんです」
「お前、銃なんてどこで知ったんだ?」
俺はイデアで銃を使って戦う人物を見たことがない。
そもそもこの世界に銃があったのか?
「リギシアにいたチキュウ人に教えてもらったんです」
「やはり情報源はチキュウ人か」
もっとも彼女は銃という言葉を知っただけで形状すら知らなかった。
銃のことは当然リプサリスも知らない。
「リプサリスに銃を作れるとは思えない」
「リプサリスさんが銃を知らないからですよね?」
「分かっているならば、なぜ銃を作ってほしいと言ったんだ?」
「ファーシルさんの顕現魔法なら、チキュウ人だけが知る情報を伝えられますから!」
「……」
確かに俺は顕現魔法でホログラムのような映像を映し出して、映し出した道具の模倣品をリプサリスに作らせたことがある。
だが、あれは形状を模倣させただけの別物だ。
さらにリプサリスが今まで作ってきた道具は、単に素材を混ぜ合わせ特定の形に加工しただけのものばかりだ。
銃のような機能性のある道具を作らせたことはない。
「そんなに難しいんですか?」
「今まで作らせていたものと比べるとな……」
銃は筒の中で火薬を爆発させた勢いで、銃弾を発射させるものだ。
火薬の爆発手段を炎魔法で代用すれば、構造を簡易化することも可能だろう。
「イラは炎魔法を使えるか?」
「あまり使えないです」
「最低限は使えるのだな」
それならば銃を作るときは、炎魔法ありきの構造にする方針とすべきだろう。
第三者に銃を奪われたときのリスクを減らせるからだ。
「銃の作成は俺たちでも作れるか検証はするが、あまり期待はしないでほしい」
「そうですか……」
彼女ががっかりするのは当然か。
だが、簡易的なものなら構造はそこまで複雑ではない。
いずれ作ることができるだろう。
「それでも大釜の準備は必要か」
「はい、もちろんです」
イラが欲したのは銃だけでなかった。
それに何より彼女が欲していたのは、錬金術をいつでも城内で行える環境作りだった。
「インフラ整備は大事ですからね」
「間違いないな」
インフラ整備を大事とする姿勢は悪くない。
それに先程はそれぞれの立場、個性を見極めて、瞬時に異なる依頼を出していた。
その判断能力は間違いなく指導者の器だ。
イラが国の指導者になるのは危ういと考えていたが、今のところ問題なのはビジネスワードへの過剰反応くらいだ。
俺は彼女の無事と、振る舞いに一安心して、彼女の依頼をこなすべく大釜の調達を行うことにした。




