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異世界開拓戦記~幻影政治と叛逆の翼~  作者: ファイアス
滅ぼすべきは全ての悪にあらず

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78話:無秩序な自己責任の街

 翌日俺たちはノースリアに向けて出発した。


「まずはリギシアに向けて進もうか、ファーシル」

「ああ、そうしよう」


 リギシアはグラトニアと同様、イルシオンとノースリアの経由地として作られた村である。

 ノースリアを目指すなら、立ち寄るのが賢明だ。


「セレディア、次の休息ポイントまでどのくらいだ?」

「まだ結構あるかな?」


 ノースリアとイルシオンの往来を何度もしていたセレディアは、休息に適した場所や道中の食料調達を熟知している。

 そのため、旅の段取りはセレディアに任せていた。


「ところで先日話していた動く死体のことだが、生態や習性は分かっているのか?」

「生態ははっきりしないけど、動きが鈍いから大した脅威じゃないよ」

「ふむ……」


 俺はセレディアから動く死体の特徴を具体的に聞くことにした。

 動く死体はゾンビと呼ばれ、俺が創作上で見てきたゾンビとよく似ていた。


「あの動く死体をゾンビって命名したのは、多分チキュウ人だからね」


 ゾンビという言葉は元々イデアで定着していたわけではないのか。


「ノースリアにもチキュウ人はそれなりにいるのか?」

「数は少ないけど、何人かはいるよ。以前ファーシルにだけ伝える目的で、暗号文の書かれた手紙を送ったけど、あの手紙を書いたのもチキュウ人だよ」


 確かに以前リギシアから半分英語の手紙を受け取ったことがある。

 英語の苦手な俺には正しく伝わらなかったが……


「あの暗号、ファーシルも読めなかったの?」

「ああ、チキュウは国によって言語が全然異なるからな」

「あの暗号はチキュウの共通語って言われたよ?」

「共通語なのは間違いないんだが……」


 英語はチキュウの共通語だが、第一言語でない国の人々は正しく運用できる割合が低い。

 リギシアにいるチキュウ人はその感覚が抜け落ちているのだろうか。


「とりあえず英語の話はどうでもいい。問題はゾンビの話だ」

「そうだったね」


 セレディアからゾンビについて詳しく聞くと、創作上でおなじみのゾンビとは異なる厄介な点が幾つか浮上した。

 その問題の一つはとにかくしぶといことだ。

 彼女によるとゾンビは首を刎ねたり、腕を切り落としても、切り落とされた体の部位ごとに動き続ける。

 完全に動きを止めるならば、全身を粉砕しなければならない。

 そのため、ゾンビの駆除は非常に手間がかかる。

 さらに至近距離まで近づかなければ襲ってこず、動きも鈍いことから、駆除依頼が舞い込むことはほとんどない。


「死体がゾンビ化する条件は分かっているのか?」

「ゾンビの近くで死んだら、ほぼゾンビになるね。稀に生きたままゾンビ化することもあるって聞くよ」

「生きたまま!?」

「ひぇっ……」


 生きたままゾンビ化する可能性があると聞かされたアナドールは顔を青ざめさせた。


「あ、あの何かは対策できないんですか?」

「普通ならそんなこと滅多にないからへーきへーき」


 セレディアは生きたままゾンビ化するのは不運な人だけとばっさり割り切っていたが、俺は生きたままゾンビ化する人々の傾向が気になっていた。


「生きたままゾンビ化した人々に何らかの共通点はあったか?」

「聞いたことないかな、あんま興味もないし」

「そうか」


 傾向さえ分からないなら、対策を考察することもできない。

 さすがに手詰まりだ。

 もっとも俺たちはゾンビ討伐をするわけではない。

 続きは対策を考える必要が出てきた機会にするか。


 ゾンビの話を終えてから歩き続けること数日間、俺たちはたわいもない話をしながらリギシアへと足を進めた。

 薄暗い森を抜けることもあったが、ノースリアからイルシオンに向かう人が多いため、道は比較的整備されており、道に迷うことはなかった。

 道中でガラの悪い傭兵と出くわすこともあったが、セレディアの顔を見るとすぐに静かなった。

 XXの元後継者候補であり、リギシアの代表でもあった彼女の人柄と実力は広く知られていたからだ。


「見えてきた見えてきた」

「何がだ?」

「あそこにリギシアの目印があるんだけど見えない?」


 セレディアは遠くにリギシアの目印が見えてきたというが、目印がどんなものかよくわからなかった。


「あそこにドラゴンの頭みたいな岩が見えるでしょ?」


 彼女が指差す先は何の変哲もない岩だ。

 星座を見ても獅子や蠍を想像できないように、俺はその岩が全くドラゴンに見えなかった。


「まあ、リギシアまでもうすぐってことだよ」

「そうか」


 十数日の間、食料や水の確保はセレディアが全てやってくれたが、十分とは言えず常に空腹感があった。

 さらに長旅で疲労も溜まっていた。


「旅慣れてるセレディアとアナドールはともかく、リプサリスも随分余裕そうだな」

「長旅の準備をしろってファーシルさんから言われてましたので」

「確かに言ったが、体力の余裕は作れないだろう」


 リプサリスは普段家の中で錬金術の作業をしており、体をほとんど動かしていない。

 それなのに俺より体力があるのは不思議でならない。


「体力なら治癒魔法で解決しますので」


 治癒魔法にそういう使い方もあったのか。

 だが、自分にだけ使っていたとは彼女らしくもない。

 何か理由があったのだろうか?


「俺にも使ってくれないか?」

「この使い方はできるだけ避けるように教えられているのですが……」

「副作用が大きいのか?」

「体力が付きにくくなるそうです」

「なるほど、そういうことか」


 俺は彼女の言葉に納得すると、今しばらく体の疲れを我慢して乗り切る判断をした。

 なぜなら筋肉が増強される過程は、損傷した筋繊維が回復期を経て以前よりも太い筋繊維になった結果だ。

 この過程は超回復と呼ばれるが、治癒魔法による回復は損傷した筋繊維を元に戻すだけで超回復が行われないのだろう。


 それから再び歩き続けること約20分、ようやくリギシアへとたどり着いた。


「どう見ても街だな」

「みんなで発展させたからね」


 入口にあまり建物はなかったが、奥に続く道の向こうには大小様々な建物が立ち並ぶ。

 リギシアを囲む外壁はドルミナーを超える規模で、誰も村とは呼べないだろう。


 リギシアの中に入ると、イルシオン市場の中心部にも劣らない商魂逞しい商人たちの声がうるさいほどに聞こえてくる。


「てめぇら買ってけ、買ってけー!この武器が今ならたった15000ゴールドだ!」

「今はこの野菜が豊作だから、もったいないくらいの価格で販売してるよ!」


 娼館への客引きを堂々と行っている人物もいる。


「兄ちゃんども、いい子が揃っているが遊んでいかねぇか?」


 楽器を奏でながら、店の宣伝をしている者もいた。

 辺りは店を構える人ばかりで建物はほとんどない。


「どう?ファーシル」

「凄まじい活気だな」

「でしょでしょ?」


 セレディアは自分が中心となって作り上げたリギシアを評価してもらえたのが嬉しいのか、いつもより上機嫌だ。

 だが、ここに住みたいかと言われたら俺は間違いなく否定する。

 イルシオンの商人らと比べてみんな口調が荒々しく、そこら中にゴミが散乱している。

 市場のど真ん中で殴り合う者や、泥酔して倒れている者さえいる。

 なんというか一目で見て分かるほど治安が悪い。


「宿はどこにある?」

「この市場をまっすぐ抜けた先にあるよ」

「すぐ近くか」

「そうだね」

「……」

「どうかした?」

「これだけ騒がしい市場の近くでは、まともに眠れないだろう」

「えー、そんなことを言われたの初めてなんだけど」


 セレディアの作り上げたリギシアは何でも自己責任で結果が全ての社会だ。

 だから俺が言った問題点は宿の経営者にしか届かなかったのだろう。


「じゃあ、アタシの家まで行く?」

「そうしてくれ」


 俺はセレディアに案内されて、リギシアの居住区へと足を運ぶ。


「家の構造は随分とバラバラだな」

「ファーシルみたいに家造りの規定を定めてないからね」


 それは言われずとも分かっていたが、俺が気になったのは質の問題だ。

 何軒かあからさまに造りの雑な家が見られた。

 さらに家の造りも、木造、レンガ造り、石造りと統一感が全くない。


 作物は各家の畑で自由に栽培しているようだ。

 イルシオンでは栽培が違法とされている植物を堂々と栽培している家もあった。


「ファーシルさん、この辺りを見てて思ったんですけど、グラトニアの米と麦の栽培量を増やしませんか?」

「ちょうど同じことを考えていたよ」

「え、何二人で急に意気投合してんの?」


 リギシアの治安状態では、長期の栽培期間を要する作物を安心して育てることはできない。

 それが俺とアナドールの共通見解だった。


「……てかさ、米と麦が本国やイルシオンからの輸入頼りになってる話したっけ?」

「話してなかったと思うが、リギシアをある程度回るとなんとなく分かるんだよ」

「商人をしていると、そういう勘は鋭くなりますよね」

「あんたはともかくファーシルは商人じゃないっしょ」


 リギシアは取り締まりを最小限に抑えていることで、活気がある街になっていることは間違いない。

 しかし、作物以外にも治安の悪さが発展の足を引っ張っていると感じるところが多々あった。

 俺はリギシアの商業区と居住区をさっと見てきたが、この街は一言で表すなら巨大なスラム街だ。


「着いたよ」


 彼女が指を差した先にあった家はそこらに建っている一軒家と大きさは然程変わらない。


「質素だな」

「家の大きさで見栄を張る必要ないからね」


 セレディアはそう言うと、自宅の扉を開けて奥まで進んでいく。

 だが、リビングへの扉を開けると、見知らぬ男女があたかも自分の家かのようにくつろいでいた。


「あれ?お頭戻ってきたんですか?」

「うん、一泊したらノースリアに向かうけどね」


 相手はセレディアの顔見知りのようだが、彼女はなぜか自分の家で勝手にくつろいでる彼らを見ても何も気にせず会話を進める。

 どうしてこの状況を問題視せずにいられるのか。


「ここはお前の家じゃなかったのか?」

「そうだけど、どうかした?」

「この二人は兄弟家族ってわけでもないだろ?」

「ああ、そのことね。10日以上家を空ける場合は、街の制度で借家として扱われるよ」

「……」


 たった10日空けただけで借家として貸し出されるのか。

 あまりにも怖すぎる。

 だが、この制度を採用すればチキュウで目に付くことの多かった空き家の問題がある程度は解決する。

 自動的に借家とされる放置期間を数年にすれば悪くない制度かもしれない。


「結局どこで泊まればいいんだ?」

「通路以外ならどこでもいいよ」

「……」


 ここまでくると彼女の返答はもう予想の範疇だった。

 それにうるさくて眠れない宿屋よりは、見知らぬ男女と一日同居するほうがマシだ。

 布団の数は当然足りないが、キャンプ用の寝具を使えば問題ない。


「やはりそうなるか」

「とりあえず時間も時間だし、食事の準備をするね」

「……料理はリプサリスに任せてもいいか?」

「はい」

「えー、せっかくファーシルに手料理を作ってあげようと思ったのに」


 野外調理ならセレディアほど手慣れた者はいない。

 だが、室内は様々な物が散乱しており、この家の家主に料理を任せたいとは思えなかった。


「この物の管理状態を見るとさすがにな……」

「え、アタシの料理がまずいとかじゃなくて、問題はそこなの!」


 家の管理状態から衛生面への不安が生まれることは想像すらできなかったか。

 ちなみに野外での彼女の調理はせいぜい味付けが濃い程度で特に問題はない。


「一応俺たちでちょっと片づけたんですけどね」

「使わなくなった戦闘用のナイフを何本も床に置いてるのはさすがに危ないと思いました」

「他の人を家に入れることは想定してなかったからねぇ」


 さすがに自分でも良くない管理方法だと自覚していたらしく、彼女にしては珍しく歯切れの悪い返事だった。


 その後、俺たちは滞在していた二人分の食事もまとめて買い出しを行い、食事を作ることにした。

 リプサリスの料理にはその二人も満足したようだ。


「リギシアから、ノースリアまではどのくらいだ?」

「3日もあれば着くよ」

「そうか、それならばあと少しだな」


 俺はそれだけ確認すると、みんなで休むことにした。

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