76話:失神事件の捜査終了
リプサリスとの結婚手続きを進めるために、俺たちはイルシオンへと向かう。
新たな村を作れという国からの要望に応じた功績を認められたため、監視役の同行は不要になっていた。
だが、イルシオンに辿り着くと俺たちはすぐさま騎士らに取り囲まれた。
「何のつもりだ?」
「ファーシルさんですよね?」
「ああ」
「持ち物検査にご協力をお願いします」
「大したものは持っていないが……」
「それはこちらで判断しますので」
本当に単なる持ち物検査なら、抵抗する必要はない。
俺は護身用の武器は手放さないことを条件に、彼らの持ち物検査に協力することにした。
彼らは俺の所持品を入念に確認する。
所持品にはそれなりにゴールドの詰まっている金貨袋もあったが、奪おうとする様子はない。
本当に持ち物検査をしているだけのようだ。
「特に問題はありませんね」
「それでは自由にしていただいて結構です」
「分かった」
一体何の目的だったんだ?
彼らは俺の持ち物を入念に確認していたが、同行していたリプサリスの持ち物は確認しようとすらしなかった。
つまり俺に対して何らかの疑念を掛けられていたのだろう。
持ち物検査を終えてから、書類の申請をするために国の窓口に向かった。
俺たちは結婚の書類申請を行う。
手続きは簡単なものですぐに終わり、これで俺とリプサリスは正式に夫婦となった。
俺はリプサリスの顔を見るが、結婚の意志確認をしたときのような微笑みは見られなかった。
いつもと変わらない表情だ。
彼女は書類申請の効力をよく分かっていないのかもしれない。
まあ、あまり気にする必要はないか。
手続きを終えた俺たちは帰り際、先程の騎士らが何やら話し込んでいるのを見かけた。
俺は疑念を向けられた理由が気になり、近くで聞き耳を立てることにした。
「ファーシルさんも黒幕でないなら、あの事件は結局何だったんでしょうね?」
「俺たちが気にしてもしょうがないだろ」
「どうせ上の連中は、事件対応のマニュアル通りに動くことしか考えてないもんな」
「王様に危機感がないんですよね」
「そうだな」
どうやら俺が持ち物検査をされたのは、王様失神事件の黒幕捜査の一環だったらしい。
鈴を持ち歩いていたら、とんでもないことになっていたな。
上位騎士らは自我の希薄化によって、単純な命令に従うのみか。
このありさまでよく治安がそこまで乱れないものだな。
「黒幕説のある人らはあの人で最後だし、社会停滞要望が解除できると思えば一安心だよ」
「それもそうですね」
「ヤリテナさんが市場を仕切ってると、取り締まりが厳しすぎて息苦しいんだよな」
「俺は酒場が閉鎖されてるほうがつれーわ」
国から出された意図の分からないあの要望は社会停滞要望と呼ばれているのか。
実際に社会を停滞させるだけの要望だった気がする。
「あっ……」
「どうした?」
「ファーシルさんに俺らの話を聞かれちゃってますよ」
話していた騎士らのうちの一人が、近くで聞き耳を立てていたことに気づいた。
「別にいいんじゃないですか?聞かれて困る話はしてないですし」
「それもそうですね」
聞かれても問題ない話だったのか。
だったら直接彼らと話すか。
俺は彼らの前に出て、先程話していた内容について訊ねる。
「王様失神事件のことはファーシルさんも知ってますよね」
「ああ」
「その実行犯がなんか変な道具を王様の前で使えって指示されたらしいので、ここ最近その捜査をずっとしていたんです」
「変な道具ですか?」
変な道具というのは鈴のことだと、聞かずとも分かっている。
だが、何も知らないことを装うためにも聞いておいたほうがいいだろう。
「俺たちにも分からないんですよね」
「俺たちは音が出る金属状の道具を持っていたら捕まえろって連行しろって指示されています」
「対象物が具体的に分からないのでは、持ち物検査をしても意味がないんじゃないか?」
「ははは、俺たちもそう思いますよ」
「俺らがそう言っても、先輩方は命令だから意見せずに従えとしか言わないんですよね」
「昔は柔軟だった先輩も、今は全く融通利かなくてほんと困りますよ」
「それは大変だな」
今俺と話している騎士らは、みなきちんと自我がある。
堅物になってしまった先輩騎士も元々は彼らと同じように柔軟な会話ができていたようだ。
つまり、イルシオンの騎士らは時間と共に徐々に自我を奪われているのか。
「ああ、そうだファーシルさん」
「どうした?」
「王様失踪事件の捜査は終わったんで、新しい村はもう無理に維持しなくても大丈夫ですよ」
「ああ、分かった」
アキナイ家当主のビンワーンは以前、国からの要望はパフォーマンスだけしておけばいいと言っていたが、新米とはいえ国に仕える騎士の彼らでさえ同じ認識なのか。
「それでは、俺はグラトニアに帰りますので」
「ええ、お気を付けて」
「またな」
彼らとの別れの挨拶を告げて、俺はリプサリスと共に王都から出る。
すると俺は見覚えのある赤いドレスを身に纏った女性が現れた。
「アケディネア?」
「ひさしぶり~」
「スロウス家はどうなった?」
「アキナイ家に吸収されたよー」
ヤリテナがチェタランを連れて行った目的は、俺の想像通りスロウス家を併合だったようだ。
意外だったことは彼女が今も自由に生きていたことだ。
彼女ら兄妹は経済に貢献できないどころか、生活力すらない。
その上、アキナイ家の人間が保護する理由もないのだから、野垂れ死ぬかもしれないと考えていた。
「チェタランも生きているのか?」
「わかんなーい」
分からないか。
アケディネア以外の誰からも嫌われる彼が、彼女に現状を把握してもらえていないならもう死亡している可能性が高いな。
「今はどうやって生活しているんだ?」
「たまにお散歩して、家でごろごろしてるよー」
「そうか」
収入や食事のことを聞いたつもりだが、彼女には俺の意図伝わらなかった。
こんなやりとりになるのが平常運転だから、スロウス家の終わりと共に生きていくことはできないと思っていたんだ。
大方彼女に憑依しているβが生活に必要な行動を全て行っているのだろう。
スロウス家の当主でなくなった今の彼女なら、グラトニアに呼び戻すこともできる。
しかし、彼女は非常に高い戦闘能力にも関わらず、積極的な対応をしないと明言されたことがある。
そのため、彼女はグラトニアに居てもいいが、わざわざ勧誘する必要はないと思っていた。
「俺はこれからグラトニアに帰るが、アケディネアも自宅に帰るのか?」
「そのつもりー」
「そうか、じゃあまたな」
「ばいばーい」
彼女は俺に生活の助けを求めてくることはなかった。
ならば彼女のことを気に掛ける必要はない。
そう決断した俺は彼女に別れを告げて、グラトニアに帰還することにした。




