74話:紛い物の子供に注ぐ本物の愛
俺はサキュバスクイーンと行為を終えた後、服を着ると彼女は意外な質問をしてきた。
「ファーシルくんって、子供はいるの?」
「いや、いないが……」
なぜ彼女がそんなことを気にするのか。
少なくとも『恋人はいるの?』ではなく、『子供はいるの?』と聞くのは、俺を恋人や夫にしたいと思っているわけではないだろう。
孫の顔が見たいとでも思っているのか?
「ファーシルくんが召喚されたときにあてがわれた子はどうなったの?」
「今はグラトニアで待機してもらっている」
「そうじゃなくて、関係性は進んでないの?」
「ああ、同じ家で生活をしているが進展はないな」
「どうして?」
「俺一人で盛っているわけにはいかないだろ」
みんなで村を作って独立しようとしているときに、代表の俺が性欲に溺れていたら示しが付かない。
それに最近まではジャーマスが刺客を送りこんできたり、リギシアからの移住者問題でそれどころではなかった。
「我慢し過ぎじゃない?」
「忙しかっただけだ。それにお前が気にすることか?」
「先生が気にするのよ」
そういえばクサリは守るべき者を持つことが犯罪の抑止に繋がるって考えで、召喚したチキュウ人に孤児の子らをあてがっていたな。
彼とはいずれ敵対するかもしれないが、この問題で彼の方針に抗う理由はない。
だからグラトニアを守る意味でも、リプサリスとの関係を進展させるべきというサキュバスクイーンの考えに俺は納得した。
「ところでチキュウ人の子供はみんななり損ないになるのか?」
「そんなわけないじゃない」
それもそうか。
チキュウ人の子供が全員なり損ないなら、その話はもっと広く周知され、俺もとっくに知っていたはずだ。
「ならば生まれた子供がなり損ないになる原因は何なんだ?」
「きっと、先生の実験のせいだと思うの……」
「そうか……」
彼女自身も詳しい原因を分かっていないのか。
ただ、クサリがなり損ないを引き取り利用していることから、彼に原因があることは間違いないようだ。
「そういえばファーシルくんは元々この子らのことを聞きにきたのよね」
「ああ……」
俺はなり損ないについて、彼女の知る全てを教えてもらった。
彼女によると、なり損ないは性行為をしてからたった数日で産まれる。
一度に十数人産まれ、産まれた直後の体長はわずか5cmほどだ。
「まるで昆虫のようだな」
「そうね……」
「そんな産まれ方をしたチキュウ人が、どうして普通の子供を作れる?」
「私も分からないわ」
原理は分からないか。
彼女の話で分かったことは、水や食事を必要とせずに、なおかつ成長速度が異様に早いことだ。
チキュウ人の器を作るための道具として考えるとあまりに都合が良い。
おそらく人間の子供が体内で育つ過程を体外で行うことで繁殖速度と数に品種改良を加えたようなものだ。
それに水や食事を必要としないことから、生まれた時点で成長に必要なエネルギーを体に溜めこんでいると思われる。
そう仮定すると、なり損ないなどと呼ばれているが、肉体成長の容易さと安定性では間違いなく人間の上位互換だ。
俺はなり損ないの話を聞き、似たような特徴の食用の竜を思い出した。
「ミカケダオシに似ているな」
食用の竜として飼育されているミカケダオシは、繁殖が早く、非常に弱く、味が良い。
都合の良い食料として生まれたかのようなミカケダオシは、なり損ないと用途は違うがよく似ている。
「そういえばそうね」
「ミカケダオシを作ったとされる英雄がクサリだった可能性はないか?」
「それはないわ」
サキュバスクイーンが召喚された当時、クサリはまだ不老不死とは無縁だったらしい。
ミカケダオシはその頃からずっといたことから、彼が当時の英雄だった可能性はないようだ。
「……それよりファーシルくんは魂の核のことをいつ知ったの?」
「その言葉はさっき初めて聞いたが、チキュウ人が他者の体を乗っ取るケースは既に二回見ている」
「そうなんだ……」
彼女はなぜか不安そうに答える。
イルシオンの機密事項をぺらぺらと喋る彼女でさえ、魂の核のことは安易に知るべきではない危険な知識と認識しているのだろうか?
「それで何でこの子に乗り移ろうと思ったの?」
「自我のない体なら上手くいくと思ったんだ」
俺はリプサリスの体から自分の体にエディの魂を移し替えようとしたときと、セレディアと戦ったときの戦闘手段として過去に二度ほど魂の核の移動を試したことがある。
その結果はどちらも失敗だった。
俺はそこで憑依に成功していたエディやアケディネアのケースから、憑依の成否を分ける決め手は憑依先の自我の強さに起因すると考えていた。
それがなり損ないに憑依しようとした理由だ。
「鈴だけじゃなくて、魂の核の検証もしてたのね」
「ああ……」
「ファーシルくんはショックを受けてない?」
「今回の失敗は正直ショックだったさ」
「そうじゃなくて……」
「……?」
「魂の核に気づいた人は、よく自分を寄生虫って卑下するのよ」
「寄生虫か……」
確かに自分の体を持たずに、他者の体を乗っ取ることで生きているチキュウ人は寄生虫そのものだ。
「言われてみればそうだな」
俺はそう言った途端、サキュバスクイーンは俺の体を抱きしめる。
「お、おい……」
「ファーシルくんの体は決して偽物じゃないからね」
涙を浮かべながら、俺の体を本物だと強調するサキュバスクイーンは何を見てきた?
「何かあったのか?」
「自殺よ」
「……」
どうやらサキュバスクイーンは昔自分に依存していたチキュウ人に魂の核のことを教えたことで、その人物は自分自身の生を否定して自殺してしまったらしい。
それ以来彼女は魂の核の話だけは避けていたそうだ。
「俺は人間であることに拘らないさ」
俺の言葉に彼女は安堵する様子を見せる。
彼女はどうやら俺を自分の子供として意識しているようで、その俺が自殺することにだけはなってほしくなかったそうだ。
普通の子供を産めない彼女は、なり損ないに憑依した他人に妥協して自分の子供と言い聞かせるしかないのだろうか。
しかし、それならばティアラはどうなる?
サキュバスクイーンとティアラは転生前から親子でいると聞いているが、彼女に本物の子供がいるならば俺のような器だけの子供を自分の子供代わりになんて考えないはずだ。
「なあ、ティアラはお前自身なのか?」
俺は昨日サキュバスクイーンにティアラのことを訊ねたときに、今は会わせることができないと言われたことを思い出す。
機密事項さえぺらぺら喋る彼女がティアラのことを話したがらなかったのは、魂の核に関する問題だからだ。
さらにティアラの活動休止と共にサキュバスクイーンの活動時間が増えたことなどから、俺は彼女ら親子が親子ではなく同一人物である可能性が高いと判断した。
「そうよ」
「やはりそういうことか」
彼女に本当の子供は一人もいなかった。
だから俺のような他人で妥協するしかなかったんだ。
今まで彼女がなぜ俺の味方をしてくれるか分からなかったが、その理由は紛い物でもいいから子供を愛したい一心だったと知った。
その後も俺は製造部屋に留まり、彼女としばらく話し続けた。
「失礼します、サキュバスクイーン殿お時間がとうに過ぎております」
最上位騎士がいつまでも製造部屋から出てこないサキュバスクイーンを呼びに入ってきた。
「ああ、そうだったわね」
どうやら次の来訪者をかなり待たせてしまっているらしい。
「ファーシルくんはそんなに慌てなくても大丈夫よ」
俺はサキュバスクイーンと一緒に部屋を出ると、彼女に別れを告げた。
「また来てね、いつでも待っているから」
「ああ……」
俺は城を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「予定よりだいぶ長居してしまったな」
宿に戻ると、酒の匂いが漂う部屋でダスティナが泥酔していた。
「もー、ファーシルってば帰ってくるのおそーい」
「いつも以上に酔っぱらってるな」
「あははははっ、だってさー」
どうやら、彼女は見知らぬ男と同席して酒を奢ってもらっていたらしい。
「お前、そのうちどこかに連れ込まれて痛い目を見るぞ」
「そうなったらそのときに考えればいいじゃん」
「お前なぁ……」
そこらの雑魚なら返り討ちにできると思っているからか、ダスティナは泥酔させられる危機管理意識がなさすぎる。
……とはいえ、こいつは金をろくに持ち歩いていなければ、性的暴行を受けても気にしない。
彼女なら平気とは言えないが、本人がこの調子だ。
俺が言い聞かせたところで意味がないか。
「とりあえず明日にはグラトニアに帰るから、しっかり睡眠は取ってくれ」
「すぴー……」
「はははっ、もう寝ていたか」
これなら明日ダスティナが睡眠不足になる心配はない。
俺もさっさと寝ることにしよう。




