73話:チキュウ人たちの母
翌日、俺たちは再びサキュバスクイーンに会いに行った。
無機質な男女百人以上が、次々と城から出てきて馬車に乗り込んでいた理由を訊ねるためだ。
城からあれだけの人数が出てきたのだから、彼女と関係があるはずだ。
「あら、ファーシルくん。まだ聞き足りないことがあったの?」
「昨日見た光景について訊ねたい」
「何かしら?」
「城から大勢の若い連中が出てきて馬車に乗り込んでいたが、あいつらは何なんだ?」
そのとき、彼女の隣で控えていた最上位騎士が当然のように会話を遮った。
「それは国の機密事項に当たりますのでお答えできません」
「宿屋の一室から丸見えの光景が、国の機密事項とは管理が杜撰すぎないか?」
「サキュバスクイーン殿、言われていますよ」
「あれは私のせいじゃないでしょ!」
あれが国の機密事項とはな……
俺は気になったから彼女の元を訪れたが、あの集団が社会に何らかの悪影響を与えるとは思えない。
そのため機密事項に該当するなら、さっさと引き下がってもよかった。
「多分ファーシルくんなら、機密事項に触れる部分をぼかしても伝わるよね?」
「聞いてみなければ分からないが……」
……伝わっていいのか?
最初から機密事項を守る気のがないサキュバスクイーンはいつも通りだが、なぜか最上位騎士らも彼女を止めようとしない。
普段俺と共にいる最上位騎士の彼なら絶対に止めていたはずだが、自我を奪われた最上位騎士らにも個人差があるのか?
「あの子たちはみんな私の子供で、ファーシルくんの兄弟姉妹よ」
「は?」
サキュバスクイーンが俺の母親?
俺は彼女に育てられた記憶はない。
だが、昨日見た光景と照らし合わせると嘘とは思えなかった。
おそらく、あの集団はチキュウ人の召喚に必要な器として機能する体であり、それを彼女が作っているのだろう。
俺の体は転生前の姿と全く異なる。
さらに大半のチキュウ人は容姿が似通っていて、昨日見た集団の大半がチキュウ人の特徴と一致していたことからほぼ間違いない。
俺は自分の体を見回し、関節の動きを確認する。
何もおかしいところはない、人間の動きそのものだ。
「あっはは、何してんの?」
ダスティナは俺が自分の体を急に確認する姿を見て笑いながら問いかけた。
突然こんな風に体を動かしたら、頭がおかしくなったと思われても仕方ないか。
「俺の体が人形かもしれないと思って、確認していたんだ」
「ファーシルがサキュバスクイーンの子供だって話から、なんでファーシルの体が人形かもしれないって話になってんの?」
「昨日見た集団の人数を思い出せ」
「いっぱいいたよね」
「あれだけの人数を一人で産むのは無理だと思わないか?」
人数の問題だけではない。
百人以上いた男女の見た目はいずれも15歳前後だ。
それくらいの年齢の子供を一人で百人以上出産することは物理的に不可能だ。
「あー、そういえば……」
ダスティナは俺の疑問に頷く。
俺はイデア人と転生前のチキュウ人とで体の仕組みが違う可能性も考えたが、ダスティナが同調した以上その説は潰えた。
少なくとも標準的なイデア人ならば、妊娠から出産までの期間が俺の知る常識の範囲内だ。
「ってファーシルは疑問視してるけど、そこはどうなの?」
「そのことであれば、条件付きで伝えることは可能です」
俺とダスティナの疑問に最上位騎士が答える。
「どんな条件だ?」
「ファーシルくんが私と子供を作ってくれればいいのよ」
「いや、待て……」
仮にも俺とサキュバスクイーンは親子なのだろう?
……とはいえ、近親相姦がいけないという認識はチキュウにおける倫理的判断だ。
異世界にいる今はそんなことを考えるに値しないか。
「責任を取る必要はないから大丈夫よ」
「あ、ああ……」
断る理由はないか。
彼女の実年齢は分からないが、少なくとも見た目は若々しい。
十分守備範囲内だ。
「ダスティナはどうするんだ?」
「面白そうだからやってるところを見たいかな~」
「お前ならそう言うと思ったよ」
しかし、最上位騎士らがダスティナを制止する。
「残念ながら当事者以外は製造部屋への入室は許可できません」
「えー」
製造部屋か。
最上位騎士らは生命を生み出すという感覚ではなさそうだな。
「ダスティナは宿で待機していてくれ、酒を飲んでても構わん」
「おっ、それじゃ飲みにいってきまーす」
ダスティナはそういうと一目散に城から出ていった。
俺はサキュバスクイーンに連れられて、製造部屋と呼ばれる一室の前に来た。
普段は最上位騎士らが封鎖している部屋の一つだ。
俺は製造部屋の扉を開ける。
部屋の構造は至ってシンプルで、この部屋に特別な仕掛けはなさそうだ。
しかし、その部屋の中では俺によく似た容姿の男女がほぼ裸の状態で何人も横たわっていた。
布一枚で覆われただけで、丁寧に扱われているとはとても言いがたい。
外見は皆10歳前後で、馬車に乗っていた集団の人々より若い。
「死んでいるのか?」
「この子たちを初めて見たらそう思うわよね」
俺は横たわっている男女らに近づき、息をしているか確認する。
「息をしていないが……」
「それで問題ないわ」
この状態で問題なしか。
少なくとも彼らは俺の知る人間とは全く異なる存在なのだろう。
「ちなみにこいつらは何て呼ばれているんだ?」
「私はあまり言いたくないんだけど、先生からはなり損ないって呼ばれているわ」
なり損ないか。
確かに生み出したのが彼女なら、そんな呼ばれ方をするのは嫌だろう。
「私が先生に特別視されているのは、この子たちを作ってイルシオンに供給しているからなの」
「機密事項になるのは当然だな」
彼らを人間と見做すかどうかによるが、人身売買と言っても過言ではない。
彼女と子供を作ることが秘密を明かす条件とされた理由は、人身売買の共犯意識を抱かせるつもりだろう。
「こいつらのことは触ってもいいのか?」
「いいわよ」
俺はなり損ないの状態をもう少し詳しく知るために、彼らの体に手を当てる。
脈拍や心臓は動いており、意識がないことを除けば生きているのは間違いない。
「生きてるんだな」
「最初から言ってるじゃない」
俺はこのなり損ないを見て、あることを試したくなった。
それはセレディアと戦ったときに、体内で動く何かをぶつけたときの再現だ。
あのとき俺だけでなく、セレディアも弾かれるような感覚があったらしいが、その現象が自我同士のぶつかり合いによる防衛反応ではないかと考えていた。
つまり、なり損ないが相手ならば憑依できないだろうか?
俺は彼らのうちの一人に向けて、体の内で動く何かを放出する。
すると、突然視界が真っ暗になった。
「何が起こったんだ?」
弾かれるような感覚はなかった。
むしろあったのは吸い込まれるような感覚だ。
「……くん大丈夫?」
微かにサキュバスクイーンの声が聞こえる。
どうやら耳は正常だ。
「もしかして魂の核を、この子らの誰かに送り込んだの?」
魂の核だと?
それが俺の体の中で蠢いていたものの正体なのか?
彼女の言葉から既に俺は憑依することに成功したのだろう。
しかし、俺の視界には何も映らない。
声も発することができない。
この体はどうすれば動かすことができる?
リプサリスに憑依していたエディは、すぐに自分の体として動かせていたはずだ。
アケディネアに憑依したβからも、意識だけで彷徨っていたなんて話は聞いていない。
それなのにどうして俺は真っ暗闇の中で声だけ聞こえているんだ?
俺は暗闇の中でどうすべきかと試行錯誤していると、強い力に体が引っ張られるような感覚を覚えた。
しばらくすると、俺の眼前には先程まで見ていた景色が広がっていた。
「戻ってこれたのか?」
俺はきちんと声を出せている。
間違いない、俺は今ここにいる。
「魂の核を勝手に他の体に送り込む悪い子にはお仕置きよ」
「サキュバスクイーンが助けてくれたのか?」
「そうよ」
まさか、憑依した体の動かし方が分からずに彷徨うことになるとは思わなかった。
「すまない、助かった……」
「悪いことをした分は、体で払ってもらうからね」
「ああ……」
彼女は服を脱ぎ始めた。
どうやら子作りは普通に想像する行為のようだ。
俺はそれから数時間、彼女に体を委ねることにした。




