70話:洗脳社会の黒幕を知る者
俺たちはグラトニアから2~3時間歩き、人目に付きにくい森の深部にたどり着いた。
「この森に危険な生物はいるか?」
「さぁ?」
「行動圏内じゃないから分かりませんね」
「そうか」
俺は彼らの言葉から、危険な生物はいないと判断した。
「よし、このあたりにするか」
隠れ里のような村を作るなら、人目に付きにくいこの森の奥は地理的に適している。
そう考えた俺は翌日からここに簡易的な建物を建てることにした。
翌朝、俺は昨日ビンワーンに声を掛けた男から、その後の彼の様子を尋ねた。
「ビンワーンはあの後どうした?」
「特に何もしてないですよ、今は酒場で酒を飲んでたと思います」
「まだいたのか」
どうやら彼は視察に来たわけではなく、ただ余暇を楽しんでいるだけのようだ。
「誰か一緒に飲んでいるのか?」
「ダスティナさんが一緒に飲んでたと思います」
「……」
あの二人が一緒にいるのか。
相性は悪くなさそうだが、一応様子を見ておくか。
俺が酒場に入ると、ビンワーンとダスティナが飲み比べをしており、周囲はどちらが先に酔い潰れるか賭けをしていた。
「ほぉお前さん、なかなかいけるじゃねぇか」
「あっはっは、他人の金で飲む酒が進まないわけないじゃん」
仲良く飲んでるようで、ひとまず安心した。
アキナイ家の当主と親交を深めていると考えると、俺が干渉する理由はない。
……とはいえ酔いつぶれたときの対策はしておく必要はあった。
俺は酒場の入り口にいた男に、誰かが倒れたらリプサリスに治療を頼むように伝えた。
それから数日かけて、日当たりの良い森の中心部に簡素な家一軒が完成した。
村とするには最低でもあと二軒ほど建てておきたいが、急ぐ必要はなかった。
俺は一軒の家を完成させた翌日も、引き続き開拓のために森を訪れていた。
しかし、晴れた昼間にも関わらず空が急に暗くなった。
「何が起きたんだ?」
「ファーシルさん、アレじゃないですか?」
俺に同行していた一人の人物が真上を見上げて指を差す。
俺は彼の指さす方向に目を向けると、一匹の巨大な竜が俺たちの真上で羽ばたいていたのだ。
「まさかミウルスか?」
「多分そうですね」
俺はミウルスに目を付けられたのかと動揺するが、同行者の男はただミウルスがそこにいるくらいの認識で警戒する様子がない。
俺はミウルスが民間人に危害を加えることはないと聞いているが、何を考えているのか分からないため警戒心を解くことはできないでいた。
一方で、グランルーンはただ一人交戦する構えを取っていた。
「グランルーン、イルシオンにとっては敵かもしれないが、今の俺たちがミウルスと交戦する理由はない」
「分かっている、あくまで騎士としての戦いだ」
戦わないでくれという意図で言ったのだが、国の命令なのか彼は交戦姿勢を崩さない。
国の命令ならば、俺の命令より優先される彼の立場では、俺が武器を下ろせと指示しても従わないのは目に見えてる。
だったら、せめて俺たちが巻き込まれないように遠ざけるか。
「奴と交戦するつもりなら、せめて俺たちが巻き込まれないように距離を取ってくれ」
「いいだろう」
だが、彼が何歩か歩いたそのとき、ミウルスが上空から鈴の音が鳴らし、グランルーンはその場に倒れてしまった。
どうやらミウルスも、グランルーンが鈴の音色を聞くと倒れることを知っていたか。
俺はミウルスが鈴を鳴らしたことで、国がミウルス討伐のために墜征隊を結成した理由を察した。
ミウルスが騎士ら共通の弱点を知っているから、わざわざ扱いにくい無法者を国家戦力として起用しなければならなかったのだ。
ミウルスはグランルーンがその場で倒れたことを確認したのか、竜と共にゆっくり地上に降りてきた。
30歳前後と思われる女性で、ウェーブのかかった長い金髪で、王族のような衣装とマントを身にまとっている。
大きなフレイルの他、複数の武器を携えており、まとった覇気から戦いに秀でた者であることは明らかだった。
「貴様はグランルーンが倒れても驚かぬのだな」
「……」
まずい、俺が鈴のことを知っているとミウルスに悟られてしまった。
彼女はイルシオンで指名手配されているとはいえ、俺を告発する可能性はある。
「そう警戒するな。余は貴様と交戦するつもりはない」
俺は今までミウルスとは何の関わりもない。
強いて言えば、彼女がエンドフォール家の貴族を扇動して俺への敵意を煽っていたくらいだ。
その目的は分からないが、彼女自身に俺への敵意があったわけではないだろう。
「俺に何の用ですか?」
「なに、貴様と少し話に来ただけだ」
ミウルスは用があるのは俺に対してだけらしく、他の者らへは気にせず作業をしていろと言い放つ。
「何で貴方が彼らに指示を出しているんですか?」
「用があるのは貴様だけだからだ」
「そういう問題じゃないんだが……」
ミウルスに彼らを動かす権利などないが、彼女はそんなことお構いなしだ。
元々ミウルスへの警戒心がない彼らは、彼女に言われた通り作業を再開していた。
……せめて俺に確認を取れよ。
イデア全土で最強と謳われる彼女が相手では、交戦すれば今いる全員で戦ってもまず勝ち目はないし、護衛が何人いようと意味を成さない。
そう考えれば、予定通りに作業を続けてもらうのは最適な判断かもしれない。
何の権利もないミウルスの勝手な命令に彼らが従わされているのは癪だが……
「イルシオンの王が演説中に倒れたことを貴様はどう思っている?」
「えっと、何が起きたんだろうなって……」
「ふふふっ、貴様はごまかすのが下手なようだな」
「何!?」
ミウルスは再び鈴を鳴らす。
原因は鈴の音色であり、その音色によって王様が倒れた原因は俺にあると分かっているかのようだった。
「この鈴のことを詳しく知っていたのは、余を除けば三人だけのはずだ」
「その中に俺が含まれていたと?」
「いや、貴様が知る前の話だ」
「ふむ……」
ミウルスの言う三人のうちの一人は間違いなくジャーマスだ。
それ以外の二人のうちの一人は、イルシオンで暗躍していると思われるチキュウ人だろう。
ただ、あと一人は見当も付かない。
ビンワーンはこの前話した時の様子から知っていたとは思えない。
王様自身ならば、なんらかの対策はしているはずだ。
だから残りの一人は王様とビンワーンのどちらでもない。
「余の知る三人以外がやったとなれば、その三人のいずれかから漏れたと考えるのが妥当だ」
「それでジャーマスの向かった先から俺だと断定したのか」
「そうだ、貴様が鈴のことを知ったきっかけはジャーマスだろう?」
彼女は俺が鈴のことを知っていると確信を持って話している。
ここで誤魔化しても無駄だろう。
ならば、素直に喋ってしまったほうがいいか。
「ああ、やつがグランルーンに向けて鈴を鳴らしたんだ」
「やはりな……」
彼女は再び鈴を鳴らす。
いつもならグランルーンが目を覚ます頃合いだと判断し、眠っていてもらう時間を延長するためだろう。
「貴方は何を目的に動いてるんですか?」
イルシオンに指名手配されている彼女が、王様に危害を加えた犯人捜しに協力しているとは思えない。
「ただの興味だ」
「……」
おそらくミウルスは嘘をついていない。
彼女の置かれた立場を考えれば、もっとも辻褄が合うからだ。
「もっと聞き触りの良い回答のが良かったか?」
「いえ……」
彼女の回答では俺の不安を拭えなかった。
ただ、彼女の言うような都合の良い言葉で、俺を肯定してほしいわけではない。
俺が知りたいのは彼女が何を目的として、指名手配犯となるような行動を繰り返しているのかだ。
しかし、これもただの興味と言われてしまえばこれ以上何も聞き出すことはできない。
せめて彼女は俺の敵か味方だけでも把握しておきたい。
「率直にお聞きしますが、貴方は俺の敵なのですか?」
「少なくとも今は敵ではない、どちらかといえば今は味方だ」
「どうしてですか?」
「貴様はクサリとジャーマスの描いた洗脳国家イルシオンの異分子そのものだからだ」
俺は国の思惑通りに動かなかったことで、ミウルスからある種の期待をされているのか。
理由はともかく悪い目で見られていないことは確かなようだ。
ただ、彼女の口から聞き覚えのない『クサリ』という人物の名前が上がったことが気に掛かる。
ジャーマスと共闘していたチキュウ人の名前はヒゴシだと思っていたが二人いたのだろうか?
「クサリ?」
「イルシオンの元大臣で、イルシオンに洗脳社会を作り上げた首謀者だ」
「そうですか」
「何か言いたげだな?」
「ヒゴシという者を知っていますか?」
「なるほど、そういうことか」
どうやらミウルスはヒゴシのことを知っているようだ。
「ヒゴシとは、クサリの家名だ」
「何!?」
つまり、イルシオンで暗躍する者のフルネームはヒゴシ・クサリというわけか。
チキュウにいた頃の名前をそのまま使っているのなら、漢字で『日越鎖』と書くのだろう。
「奴のことを詳しく知りたいのなら、サキュバスクイーンを訊ねるといい」
「え?」
俺はミウルスの口から想定外の名前が出たことに驚く。
「サキュバスクイーンはクサリが最初に召喚したチキュウ人だ。何も驚くことはあるまい?」
「それはサキュバスクイーン本人から聞いたのか?」
「そうだ」
もしや、鈴のことを元々知っていた残りの一人はサキュバスクイーンなのか?
ミウルスがなぜ国の秘密が多々知っているのか分からないが、今思えばサキュバスクイーンにも謎が多い。
彼女はドルミナーで二十名近い最上位騎士と共に、国のどんな秘密を管理しているのか未だに分かっていない。
娘のティアラと親子で召喚された話も半信半疑だ。
「余はこれからの貴様の行動に期待しているぞ」
「あ、ああ……」
俺はサキュバスクイーンのことを考えていると、ミウルスは俺との対話に満足したのか待機させていた竜と共に去っていった。
「ヒゴシ・クサリのことをサキュバスクイーンに訊ねてみるか」
俺はミウルスの言葉を受けて、後日サキュバスクイーンが領主を務めるドルミナーへと足を運ぶのだった。




