7話:色欲の国の女王と名前の呪縛
前話の修正点
・設定上矛盾の指摘をできそうな後半の会話に補足と言えるセリフを数行追加
面会可能時間が迫り俺達はサキュバスクイーンがいる城へと入城する。門番がおらず誰でも簡単に入れる様は大丈夫なのかと心配をしてしまうが、城の内部に入ると今度は多くの部屋の前に見張りがいる。
「こんなに人員を配置するなら城門前に門番を配置したほうが効率良くないか?」
「それは管理してるサキュバスクイーンに言ってくれ」
グランルーンもサキュバスクイーンの人員配置判断には納得しかねているようだ。
「ところで見張りがいる各部屋には何があるんだ?」
「イルシオンとの取引に関するものだが具体的には機密事項だ」
「……ということは各部屋の見張りはイルシオンの騎士か?」
「ああ、そうだ。 俺もここへ派遣されることがある」
ドルミナーの城は元々イルシオンがサキュバスクイーンとの取引の為に建てたイルシオンの外部施設であり庶民が暮らす家と建築構造の水準が違うのはそうした背景があるようだ。その取引はイルシオン側が必要としているものである為、警備の人員も全てイルシオン側から派遣された騎士達でその騎士達への給与の支払いもイルシオン側が行ってるらしい。
「取引内容は知らないがイルシオン側は伴うリスクに対するリターンは得られてるのか?」
「ああ、それは間違いなく得られている」
「そうか」
何の取引か答えられない以上聞きだせそうな疑問点はこのくらいだろうか。そう判断して俺はサキュバスクイーンがいる場へと足を運ぶ。
扉を開くとそこには玉座に座るサキュバスクイーンとその両隣には二人の屈強な騎士の姿があった。
サキュバスクイーンはティアラほどの大きな子供がいるとは思えないほどの若々しさで、腰のラインを強調するパーティドレスのような衣装を身に纏い、豊満な胸と、綺麗なブロンドヘアーが目を引く。
外見上の年齢は20代後半くらいだろうか。
両隣に立つ騎士がさらに大きい為、気づきに遅れたが身長もかなりの長身で190cmはあるだろう。
あくまで種族サキュバスではないため、角や黒い翼、それに淫紋など悪魔としての要素は無いが、彼女の姿は「この作品のサキュバスはこのデザインです」と出されたら十分サキュバスとして納得できる風貌だった。
「なっ、ファーシル。 やっぱ噂通りだったろ」
「あ、ああそうだな」
サキュバスクイーンの姿を見たマケマスは勝ち誇った表情で俺にそう言うとサキュバスクイーンの元に何の警戒心も無く足を運ぶ。近づきすぎて両隣の騎士に斬られないか心配したが、マケマスは一定の距離まで近寄ると何かを言い掛けるも口籠ってしまう。
そして俺のほうを向き
「え~っと何て言えばいいんすか?」
「知るか」
女好きな割に上手く話しかけることもできないのか。そういえばこいつ俺には気軽に話しかけてくるがセレディアやリプサリスとまともに話してる姿を見たことがなかったな。
「キミ達はコントをしにきたのかな?」
「え、いや違います。 俺はあの、サキュバスクイーン様と……」
「へぇ…」
サキュバスクイーンはマケマスの元に近づきその華奢な体型からは想像できないほど意図も簡単にマケマスを抱き上げる。マケマスは小太りで体重は恐らく80kg近くはあるだろう。
「女の子を侍らせてるチキュウ人が羨ましくて辛かったよね。 でも私ならきちんとキミを見てあげるから大丈夫よ」
「サキュバスクイーンさま~」
マケマスはお姫様抱っこをされた状態で出会って30秒も経たないうちにサキュバスクイーンに心を射止められる。まるで即堕ち2コマ漫画、いや即堕ち1コマ漫画展開だ。
サキュバスクイーンは再び玉座に座り直す。
「もう一組のお客さんがいる間はこうしていようね」
まるで赤子をあやす言葉でマケマスに話しかけすぐに俺との対話に移ろうする。このまま対話する気か、もはや羞恥プレイだろ……
マケマスは気にしてない様子だが、よく人前でこんなことをできるものだなと思わざるを得ない。
「キミもする? それともそっちの子にしてもらう?」
「しません!」
さすがに人前でそんな羞恥プレイをする趣味はない。
「ええっと、俺がサキュバスクイーン様にお聞きになりたいことは……」
「そんなかしこまらないでいいよ。 お堅い喋りかたされると私まで疲れちゃうし……」
「あ、はい。 分かりました」
喋りやすそうな人物だと分かり安堵する。俺も正直お堅い会話をするのはどうにも苦手だ。
それから俺はサキュバスクイーンに開拓任務における建築士の確保が出来ないこと、収入手段が悉く法律で禁止されてることなどを伝える。
「やりたいことが政治や経営なら開拓任務を降りた後になるけど、イデア人の誰かに役職だけの村長や経営者をやってもらって実際はキミが取りまとめるって形なら簡単にできるんじゃない?」
開拓任務を降りた後でも自営業者や経営者になることを禁じられてはいるがそういう抜け道もあるのか。
「サキュバスクイーン殿! ファーシルにそういう悪知恵を教えるのはやめていただきたい」
「へぇ~ この子の名前はファーシルくんっていうんだ?」
サキュバスクイーンが提案したイデア人の傀儡を立てて事実上の管理者になるのは、発覚がしづらくそうした状態がグレーゾーンのように成立してるだけであり実際は違法状態にあるようだ。発覚した場合でも傀儡化を支配強要した場合はそれなりの重罪となるが、双方の合意に基づいていた場合は責任は主に傀儡となっていたイデア人側にあるとされる。
罰の内容はその店の営業資格の取り消し及び軽い罰金くらいであり、店舗を構えるコストの少ない露天業などならほとんどノーリスク状態にあるという。
たまにその罰を避けるため、チキュウ人側に責任を押し付けようとするイデア人もいるらしいが村の政治などは言うまでもなく、店の経営なども傀儡経営者及びその身内以外の店舗関係者と普段から接していればそういった人物の証言から冤罪を被ることはほとんどないらしい。
グランルーンが悪知恵を与えるなと言いたくなるのも無理はない。
開拓任務放棄後の人生案は以前セレディアから聞いていた内容と比べれば魅力的な選択肢があることを理解できたが、違法状態にあるためグランルーンの前では検討するとも言いづらい。
それにもう一つ問題があった。開拓任務後ではリプサリス以外とは恐らく全員関係が解消される。
よって人脈形成をほぼ一から行わねばならない。俺がこの開拓任務の指揮官であることを利用したいのは苦手な人脈形成の手順をカットできることにもある。
「倫理主義ではないがさすがにな…… それにできる限り今いる仲間と共に第一歩は踏み出しておきたい」
「じゃあそうだ。 ファーシルくんは政治活動する名目上の土地を確保してたんだよね」
「ああ、何か利用できるのか?」
「私のお手伝い」
「……」
「えーそんな露骨にガッカリしないでよ」
「そう言われてもな」
具体的なメリット提示もなしにお手伝いなんてこちらの目的と噛み合わない。ただでさえイデアに来てからチキュウ人を上手く利用しようとする政策に振り回されてるのだから、同じチキュウ人のサキュバスクイーン相手とて警戒してしまう。
「グランルーン、この提案に対して何かメリットを感じられるか?」
「いや、そもそも手伝いだけじゃ何をさせたいのかすら分からぬ」
「詳しくは本人に」
「まずは本人に」
俺がグランルーンに問いかけるとサキュバスクイーンの両隣にいた騎士達までなぜか反応する。
「……何で関係無い二人が反応してるんだ?」
「彼らもグランルーンだからだ」
「は?」
「今まで聞かれなかったから言わなかったがグランルーンという名はイルシオンの最高位騎士に与えられる称号だ。だから複数いる」
「ならお前の名前は?」
「グランルーン」
「いや、それは称号なんだろ? その称号を獲得する前に親か誰かに与えられてた名前は無かったのか?」
「元の名前は破棄され名乗ることは禁じられてる」
名前を奪うだけでは確信できないが、イルシオンはどうやらグランルーンにもチキュウ人対策と同様に何かと心理コントロールを試みているのかもしれない。それにサキュバスクイーンの両隣にいる二人のグランルーンも俺と共にいるグランルーン同様に、どうもロボットのような無機質さを感じる。
「しかし、毎回三人に反応されても困るんだが……」
「それならキミのところのグランルーンはこの場に限りでグランルーンA、私のところのグランルーンはグランルーンαβと呼ぼうか」
仮にも最高位の騎士をABCαβγで表現するのはどうかと思うが別の名前を与えることも禁じられているため、結局この場はサキュバスクイーンの提案した形でグランルーンA、グランルーンα、グランルーンβと呼ぶことになった。
「そうそう、名前って言えばファーシルくんの名前さ、それって神にはん……」
「ストーップ! 確かに俺の名前の語源は推察通りだがグランルーン達がいる前でそれを言うのはやめてくれ」
俺がサキュバスクイーンという名前の城主がいるという話からサキュバスクイーンがチキュウ人だと察したように同じチキュウ人なら俺の名前の語源を推察されることがあるのも無理はない。
俺がイデアで名乗ることにしたファーシルという名前は神話上で神に叛逆を起こし悪魔に堕とされ、魔王となったルシファーから取っている。
神に叛逆した魔王の名を借りてる人物なんて普通に考れば今まで以上に警戒対象になる。
そもそも俺がルシファーの名を元にファーシルと名乗ることにしたのはテロリストになるつもりでなければ、傲慢に振る舞うつもりでもなく、ただ他者に縛られず自分の我を通せる生き方をしたいと望んで名乗っただけだ。
「グランルーンA、いやグランルーン全員向けへの提案というかお願いなんだがすまない。 退室してもらって構わないか? なんというか変に警戒される理由を増やしたくない、というか増やされたくない」
サキュバスクイーンがグランルーンの前で違法状態にある抜け道を喋ったこと。
ファーシルという名前の語源を喋りだそうとしたこと。
そうした相手の立場をあまり考えないサキュバスクイーンの発言によって何かを知る、知らされることで何もしてないのに印象を悪くされるのは避けたい。
グランルーンには余計な警戒義務を増やされるのは迷惑だろうし、とグランルーンの立場に立ってメリットを提示するが彼はいつもの如くロボットのように命令、義務なら遂行するだけとし俺の言葉は響かない。
「ねぇねぇファーシルくん。 そんな言い方じゃだめだってぇ。 グランルーンの命令意思決定順序を理解してないでしょ?」
お前が空気読んで発言してれば俺もグランルーンの退室を提案する必要もないんだよ、と苛立ちつつも興味のある話を引き出せると思い俺は冷静を装う。
「まあ分かってないが何が言いたいんだ?」
「グランルーンは王の命令が第一、第二に法律なんだけど、第三は派遣先の主の命令が絶対。 つまりさ、第一、第二に反しない命令ならファーシルくんに従う義務がある」
要は提案という表現ではなく、命令表現をすればいいらしい。
「グランルーンαβを退室させるのは第一、第二の命令に反するから退室させられないけど、グランルーンAは役割上今は可能なはずだよ」
尚、グランルーンαβはサキュバスクイーンの機密暴露に関する監視及び護衛が主な役割なので、彼らのことはあまり意識する必要はないらしい。
……とはいえ、イメージが神話上のルシファーになれば重犯罪者予備軍と見られかねないのでさすがに避けたい。
それからサキュバスクイーンに教えられた通りグランルーンAに命令という形で指示し退室してもらう。
「さて、話の続きだが……」
サキュバスクイーンのお手伝いという提案をされた後に何の目的か、何のメリットがあるのかも分からないまま話が逸れてしまったが再びその話へと戻り利害関係を結べるようにしなければ……
そう考え俺達は再び開拓任務を通じた独立への道を探る話を再開するのだった。
現状1話あたり平均5000文字と全体的に長いですが、今回は特に長くなってしまいそうなので途中で区切り分割しました。