69話:国が出す要望の本質
あれから数日、イルシオン側がなぜ次の村を作ってほしいと言ってきたのか、俺は不安に駆られていた。
そんな不安から、俺はリギシアに避難施設の設置を要請し、グラトニアの運営権を失ったときに備えていた。
「なぁお前さんいくら何でも疑心暗鬼になりすぎじゃねぇか?」
「否定はしない」
俺はタンゾウに、制圧目標となり得る建物の建設を依頼していた。
その構想は敵が雪崩れ込んだ際に、建物を爆破して迎え撃つものだ。
俺は侵略への対策をリギシアに頼り切らない姿勢を示す手段としても考えていた。
ところが、リギシアからの移住者らも反対の姿勢を示す。
反対の理由は主にコストに見合わないことだ。
多くの労力を費やすなら、武器の発注と戦闘訓練に力を入れるべきとの意見も出た。
またイルシオン側の要望に従い、村という名目の避難所を作る案も上がった。
「その選択肢もあるか」
俺は出てきた案を元にどう対応していくべきか検討することにした。
「失礼します」
会議の最中に、聞き覚えのある声が聞こえた。
先日もグラトニアを訪れた若い騎士の声だ。
俺の疑問に対する答えを持ってきたのだろうか?
俺は会議を中断して、彼の元に向かう。
「この前の続きか?」
「はい、まずメリットは点数稼ぎです。点数稼ぎの意味が分からなければグランルーンさんに聞いてください」
「ふむ」
点数稼ぎについては分かっている。
国の管理する点数を稼げば、行動制限が撤廃されていく仕組みだ。
「拒否すると逆に点数が下がります」
「なるほど」
「他に何かありますか?」
「なぜ俺にそんな要望をするのか理由を知りたい」
「えっと、それなんですが……」
「どうした?」
「ファーシルさんは王様が演説中に突然倒れたことは知っていますか?」
「ああ、知っている」
「怪しげな行動をしていた人物はその場で捕縛したのですが、その者は冒険者ギルドで依頼を受けてやっただけだと言われまして……」
「そこで俺が疑われているのか?」
「いえ、そうではありません」
王様が倒れたことを理由にしているのは分かったが、その原因と要望が一致しない。
そもそもこの騎士は説明が下手すぎる。
結論から言え!
「経緯の説明は後回しにしてくれ」
「えっ……」
「俺にそういう要望がきた理由をまずは聞きたい」
「……」
彼は結論から話すことに慣れていないのか、俺の要望に困惑する。
そこまで難しいことを言ってないのだが……
「何て言うべきなんでしょうか……」
「新たな村を作れという要望を出す理由を説明してくれと言っただけだが、そんなに難しいことか?」
「えーっと……」
彼はどう言うべきか口ごもった。
俺は彼の反応から、イルシオンによくある秘密主義の問題が絡んでいると推測した。
だから直接的なことを告げられず、遠回しな経緯しか説明できないのではないだろうか?
「俺に言えないことがあるのか?」
「そうですね」
「だったら、言えないことはふわっとした言葉でぼかして伝えてくれ」
「分かりました」
彼は一旦考え込むが、10秒ほどの間を置いた後に口を開く。
「えっと、ファーシルさんにはイルシオンの敵でないと行動で示してほしいのです。これでよろしいでしょうか?」
「ああ、なんとなく言いたいことはわかった」
「良かったです。それでは私はこれで……」
そういうと、彼は俺が国の要望に応えるかどうかの確認すらしないまま帰っていった。
俺の説明を求める姿勢に、疲弊させられたのだろうか。
……とはいえ反省するつもりはない。
とりあえずイルシオンの要望が、俺をグラトニアから追い出すものでないと分かっただけでも十分だ。
これでしばらくは防衛に意識を囚われずに済みそうだ。
それから数日の間、イルシオンから戻ってきた人々はいつものように噂話に花を咲かせる。
しかし、この数日間、俺の耳に入ってきた彼らの噂話は噂の範疇を超えた話題ばかりだった。
「ヤリテナさんがアキナイ家の当主を継いだらしいです」
「ドルミナーでは、ティアラちゃんがしばらくライブを休止するんですって」
「一部金属の物価が急騰しててさ……」
国からの要望は俺のところだけでなく、アキナイ家やドルミナーにも届いたのだろう。
この他にも聞き覚えのない貴族が税率を大きく下げたり、武器職人が突如武器の製造中止をするなど、明らかに国の動きによる影響と思われる事案が多数あった。
そんな社会の動向を耳を立てていたある日、60歳前後のサングラスをかけた男がグラトニアに姿を見せる。
髪型は短髪で身体つきはがっちりしている。
服装は派手な龍の柄が入った赤い服をまとい、腰には鎖をジャラジャラさせていた。
その外見はまるでギャングのボスだ。
国の関係者とは思えないが、普通のイルシオン人には見えない。
彼は何者なのだろうか?
「お前さんがファーシルかい?」
彼は俺を見てすぐにグラトニアの代表だと理解したのか声を掛けてきた。
「ああ、そうだが……」
彼は俺に圧を掛けてきたわけではないが、怖い印象を受ける外見から俺の声は普段よりも小さくなっていた。
「ここじゃぁ、国からの要望が届いてねぇのかい?」
「まだ着手していないが、新しい村を作ってくれとだけ言われている」
「ほぉん、新しい村かぁ」
「どうしました?」
「チキュウ人の割にさほど警戒されてねぇんだなってよ」
「え……?」
コワモテの男は国の要望に、不満げだった。
彼も俺と同じように国から要望を受けたのだろうか?
「あなたも国から何か要望を受けたのですか?」
「おぅよ、そろそろ当主の代替わりをしたらどうだってな」
「……どこかの当主の方でしたか」
「あぁ、つかお前さんは俺を知らねぇんかい」
「今までお会いになったことはないと思いますが……」
「確かに顔を合わせたのは初めてだったな」
この男は有名人なのか?
そんな疑問を抱いていた時、グラトニアに滞在する一人の男が彼に声を掛ける。
「あれ、ビンワーンさんじゃないですか。どうしたんです?」
「国の要望で一時的に当主の座を退いたから、グラトニアがどんなところかと観光に来たんだ」
「そうなんですか」
この男の名前はビンワーンというのか。
……待て、ビンワーンという名前は聞き覚えがある。
そうだ、アキナイ家の当主が確かビンワーンという名前だったはずだ。
「えっと、もしかしてアキナイ家の当主の方ですか?」
「おうよ、今は当主を娘に任してるがな」
アキナイ家の当主がこんなコワモテの男だったとは……
娘のヤリテナは冷徹でお堅い貴族といった印象だが、ビンワーンはフラットな喋り方で階級意識を感じさせず、外見も親子とは思えないほど似つかない。
「お前さんも早いところ国の要望に従っておいたほうがいいぞ」
「点数への影響と、敵でないことを態度で示せとしか言われてませんが、そんなに重要なことなんですか?」
「あれは重大事件が起きたときにやる帰属意識の調査だからな、反抗的な態度だけは示すもんじゃねぇ」
「そうなんですか……」
俺は各地の有力者に発した要望が、どうにもイルシオンらしくないと感じる。
少なくともチキュウ人向けの法律は、思惑通りに生活しないと違法になるほど厳しく整備されていた。
対して今回発された要望は曖昧で、所謂『空気を読め』といった主張に思えてならない。
俺はそのことを疑問に思いビンワーンに質問を投げかけた。
「……という印象なのですが、ビンワーンさんはどう思いますか?」
「チキュウ人向けの対応じゃねぇからだろ」
「どういうことです?」
「お前さんも真っ当なチキュウ人なら分かると思うが、イルシオンの奴らは全体向けの法律は軽視しがちなんだ」
確かに身に覚えがある。
イルシオンでは冒険者ギルドを始めとして、責任の所在が自分になければ違法性を気にしない人物が多い。
「だから形式ばった法律よりも、個別に要望を出すほうが影響を与えやすいんだ」
「なるほど……」
法律を軽視しているというより、個人宛に求められることを重視しているのか。
少なくとも人を動かしやすい手段として、個別に要望を送っていることは理解した。
「この手の要望は今までにも何度かあったが、従う素振りだけ見せておきゃいい」
「必要なのはパフォーマンスですか」
「そういうこった」
「なるほど、大体のことは理解できました。ありがとうございます」
「礼をするくらいなら、稼げそうなネタを見つけてきな」
「は、はぁ」
稼げそうなネタを見つけてこいと言われて、彼が経済界のボスともいえるアキナイ家の人間だったことを思い出す。
アキナイ家のことはエンサが敵と判断していたことから、彼がどう動くものかと気になる。
しかし、エンサがアキナイ家を敵視する理由は、既に死亡しているジャーマスの仲間と認識していたことだ。
国と癒着をしている様子もなく、彼への警戒は見送ってもいいだろう。
とりあえず彼の案に倣い別の村を作ることにしよう。
そう考えた俺は適切な土地を探すために何人かを引き連れて歩き回ることにした。




