65話:決裂
俺がダスティナをリギシアに向かわせてから、不審な行動を取っていたエンサを罰さないことにした。
彼女がグラトニアに危害を加えないと判断したからだ。
彼女への裁定を下してから数時間、作業を中断して日陰で休んでいると、見覚えのある老人が二人の護衛を連れてグラトニアに向かってきた。
「あいつはジャーマス……」
彼から刺客を送られることはほとんどなくなったが、彼が姿を現した以上何かあるに違いない。
俺は戦闘になるかもしれないと考え、急ぎグランルーンの元へ向かう。
彼を呼び出し、戦闘に備えるため準備を整えた後、俺はジャーマスの元に近づく。
「ふぉっふぉっふぉっ、いやはやファーシル殿は油断なりませぬな」
「何がです?」
「ワシを失脚させようと動き回ってるようではないですか」
すでに情報が漏れていたか。
おそらくアキナイ家の者が手を回したわけではない。
単にジャーマスを失脚させる案を皆の前で出したときに、誰かが口を滑らせ、それが噂として広まったと考えるのが妥当だ。
その情報が彼の耳に届いてしまった責任は俺にある。
どう切り抜けるか……
「何か言い分はありますかな?」
「グラトニア、リギシア、補助機関の三勢力全ての人的被害を最小限に抑えるには、ジャーマス殿に引いていただくのが最善だと考えたまでです」
「イルシオンがどうなるかに視野を置いてない判断は論外ですな」
「墜征隊は本来イルシオンの国防戦力です。彼らの人的被害が減ることはイルシオンの利点でもあります」
「ふぉっふぉっふぉっ、ファーシル殿はよく勉強なされている」
ジャーマスの護衛二人は互いに顔を見合わせる。
俺の言葉に何か思うところがあったのだろうか。
「しかし、ファーシル殿はまるでワシがイルシオンに損害を与えているような物言いですな」
「事実そうではないですか?」
「ほう?」
「墜征隊の者らが殺害される原因は貴方が刺客として送ることにある」
彼の命令がきっかけで犠牲になる墜征隊は、刺客の指示役として送られた者が返り討ちにあった結果だ。
そのことから彼が国に損害を与えていることは間違いない。
「それにリギシアは国境の境目にある村です。リギシアへの攻撃はノースリアの領土侵犯にも繋がります」
「ワシを暗殺する機会を虎視眈々と狙う者が相手ならば、それも仕方がないでしょう」
「ノースリアと戦争になり得る行為を肯定する貴方は、やはりイルシオンのために身を引くべきです」
保身で墜征隊を動かしていると認めたな。
そのことをジャーマスの口から引き出せたことは大きい。
なぜなら彼の護衛をしている二人も墜征隊の実力者だ。
上手くことを運ぶためにも、彼ら二人の心を揺さぶりかけておきたい。
「しかし、ワシに身を引かせて争いを収めようとするなら、まずワシに直接相談するのが筋でしょう?」
「……」
こればかりは正論だ。
だが、彼は俺の問い詰めに答えていない。
彼は論点をすり替えた。
最初から結論ありきで話を進める人間の典型的なやり口だ。
そんな狡猾で傲慢さが滲み出る相手にはますます引くわけにはいかない。
「俺を悪者にしようと論点をすり替えてきたということは、ノースリアと戦争になり得る行為を肯定したと認めるのですね?」
俺は口調を強める。
あのときと違って、グランルーンが隣に控えていることから勝ち目はある。
だが、ジャーマスがイルシオンの騎士であるグランルーンの実力を知らないはずがない。
彼はこの状況をどう考えているのか。
「補助機関からワシを追放して、自分の制御下に加えようとするファーシル殿は、危険分子だと判断せざるを得ません」
俺の発言を無視して話を進めてきたか。
しかも制御下に加えようとしているなどと冤罪まで吹っかけてきた。
今までは取引内容を無視して不利益を与えてくることはなかったが、やはりこの男は敵だ。
「しかし、ファーシル殿も仰ったように墜征隊の犠牲が増える争いは避けたいものです」
「……」
「ですので再び取引といきましょうか」
俺は彼の言葉を聞く度に段々とストレスが溜まっていくことを感じる。
論点のすり替えに無視、そして今度は俺の言葉を一部尊重する言い回しをしながら、結論ありきの話を進めてきたのだ。
「ファーシル殿には責任を持って、リギシアを制圧してもらいましょうか」
そうきたか。
要は都合の悪い者同士を潰し合わせたいだけだ。
そんな要求を受け入れるわけにはいかない。
「断る」
「ほう」
彼は言葉に圧を強めると、護衛の二人が交戦の構えを示す。
ジャーマスを護衛する二人は墜征隊の中でも、かなりの強者と見られるが引くわけにはいかない。
「イルシオンに仇なすリギシアに付くのならば、グラトニアも滅ぼさねばならなくなりますぞ」
「リギシアが敵視しているのはイルシオンではない。標的にされているのはお前だけだ!」
俺はもう今まで整えてきた言葉遣いを崩して、完全に敵対する姿勢を示す。
「ほう?」
「過剰防衛判断で滅ぼされた村の生き残りが、リギシアの司令官としてお前の命を狙っているだけだ」
リギシアの狙いを話すべきではなくとも、リギシアがイルシオンの敵とされてしまうよりはスケールが小さくなるだけマシだ。
ジャーマス個人の敵意を抑えられずとも、護衛を務める二人の敵意を軽減することは期待できる。
「そもそも俺がイルシオンに仇なすというのなら、それを隣で控えているグランルーンが容認すると思っているのか?」
「……」
彼は無言で鈴を取り出すと、グランルーンに向けて鈴を振って鳴らす。
すると彼は膝を付き気を失ってしまった。
「なっ、お前は何をした?」
彼がグランルーンに何をしたのか分からない。
しかし、俺の言葉を無視してグランルーンを失神させた彼に正義はない。
「良からぬ知識を蓄えているファーシル殿とて知らないようですな」
ジャーマスと以前出会ったときは何らかの手段で周囲のマナ濃度を希薄化させていた。
その時はどうやっていたか分からなかったが、この鈴のように何らかの道具を使っていた可能性が高い。
彼にそんなことができるならそれは……
「まさかお前は錬金術を扱えるチキュウ人なのか?」
リプサリスが扱える錬金術は、せいぜい簡単な道具を異なる手段で作るくらいだ。
しかし、彼は明らかに御伽噺に出てくるような不思議な効果を込めた道具を用いている。
彼が錬金術師ならその腕前はリプサリスの数段格上だろう。
「惜しいですな」
「ならば、仲間内にいるのか」
「そういうことですよ」
チキュウ人の行動をコントロールする補助機関の理事長に、チキュウ人の仲間がいたとなるとその人物はイルシオンで暗躍する黒幕かもしれない。
俺はずっと前にグランルーンから聞かされた『ヒゴシ』という名の人物が頭に浮かんだ。
リプサリスやエンサの出身である孤児院で洗脳教育に使われている紙芝居の作者名だ。
「ヒゴシか?」
「……」
ジャーマスが沈黙する。
おそらく予感が的中したのだろう。
「お喋りが過ぎましたな」
ジャーマス自身も武器を抜き、俺と対峙する姿勢を見せる。
状況は3対1な上に、全員俺より格上だろう。
このまま真正面から戦っても勝ち目はない。
だが、俺はジャーマスの背後にとある人物が立つ姿を確認した。
今は亡きチキュウ人の想いを果たさんとするエンサが立つ姿を確認した。
それならば、俺が取るべき判断は一つに絞られる。
俺が囮となって、エンサがジャーマスを貫く機会を待つだけだ。




