6話:色欲の国に煌めく異色の華
前話の修正
・クィーン→クイーンに表記修正
・その他細かい部分の微調整
俺と同じチキュウ人が城主と務めてると思われる自治国家ドルミナー。
補助機関会員の一人マケマスから話を聞いた俺は開拓任務を元に独立の知恵を借りれるかもしれないと考えドルミナーへ赴くとセレディアやグランルーンにもその旨を伝えていた。しかし、それを伝えたときにグランルーンから聞かされた話に俺はあまり期待できないと落胆した。
まずサキュバスクイーンは俺の予想通りチキュウ人で間違いないらしい。しかし、ドルミナーは建前上自治国家としているが、サキュバスクイーン自身は政治への興味は無く、幾つかの面倒で気に入らない法律だけを無しとしてるだけで基本的な法律はイルシオンの法律とほぼ同じである。
さらにサキュバスクイーンがイルシオンに特別視されてるのは彼女個人の異能力が重宝されているからであり、開拓任務を経て成果を出し今の独立した地位にいるわけではないらしい。
簡潔にまとめればサキュバスクイーンは特別な異能力が理由でイルシオン側に我儘を許されてるだけということだ。
ただその話を聞かされた上でもドルミナーに向かう方針を変えることはなかった。それまでの開拓任務の状況を考えればサキュバスクイーンに期待を寄せたほうがまだ幾分か可能性はあるからだ。
「ドルミナーに行ったことがあるのはセレディアとグランルーンとオウボーンだけだったな」
「それがどうかしたの?」
「片道約4時間かかるのは大変だが、別に行けない距離でもないのに行ったことあるのが随分少ないと思ってな」
「都市外は法が機能してないからねー」
セレディアが言うにイルシオンの法律は基本的に首都イルシオンの中でしか機能していない。
だから都市外で盗賊などに襲われても犯人が見つかりづらいどころか国の騎士、警備隊が動くことはなく泣き寝入りすることしかできない。そのため、騎士や冒険者以外は首都の外に出ることは滅多に無いようだ。
「俺達はよく今まで襲われなかったな」
「グランルーンがいるのに襲撃してくるバカいるわけないじゃん」
「それもそうか」
相手がグランルーンかどうかの認知はともかく騎士の姿は目立つ。特にグランルーンは身長が推定約220cmとかなり大きく、体格もがっしりしている。普通はそれだけでも襲撃するには躊躇するだろう。
「ところで俺は首都の外でも法を守らされてるけどこれもチキュウ人だからか?」
「そうではない。 法が機能してないということは逆に言えば治安を守る側も法に基づいた対応する必要が無いということだ。それは何を意味するか分かるな?」
グランルーンに言われハッとする。
法が機能してないということは法の順序を踏まない私刑もやりたい放題となる。
それは治安を管理する側もまた危険人物は雑に始末するだけで良い。
日本に居たときだって法的には破っても罰則があるわけでもないルールやモラルを大多数は守ろうとしていた。それはなぜか?自衛の為だ。悪目立ちしていればイジメの標的にされやすくなるように、無法地帯にも無法地帯なりの秩序があるのだ。
「結局空気を読めないやつが損をするのはどこでも同じってわけだな」
監視役を付けられて行動を制約されてることは腹立たしいが、同時に守られてることを実感する。
そんな会話をしているうちに目的となるドルミナーに辿り着いた。
城と思われる建物はイルシオンの都市と同じ水準の建築技術で建てられているが、それ以外の庶民が住む建物はイルシオンとは異なり木造建てで造りも粗雑なものが多い。国全体の景色は城を除けば農村そのものであり、そこに住む人々は作物の物々交換する様子も見える。
「思ったよりも田舎だな」
「土木建築の技術を国が独占してるからね。 だから見た目が余計イナカ~って感じになるんだよね」
なるほど、土木建築技術の欠如が実際の発展状態以上に貧しい田舎の雰囲気を作り出してしまっているのか。人々が通る交通路となっている場所も雑草が茂っており、整地されていないことが伺える。
そんな道を歩きながら市場が立ち並ぶ国の中心と思われる広間に辿り着くと、それまでの景色からは考えられない光景が広がる。
「みんな見に来てくれてありがとう! 今日も私、ティアラがみんなに声を届けるよー!」
ティアラと名乗る推定15~6歳の少女が人々の注目の的となり声を響かせていた。
振る舞いは言わばアイドルだが、彼女の服装はアイドルというよりアニメに出てくる魔法少女のような姿だ。そして驚くことに彼女を取り巻くその一帯だけ陽の光が遮られ、まるでライブ会場のような照明の演出、音の反響が成されているのだ。加えて魔法少女のマスコットのようなキャラクターが自立して動いている。
俺が魔法でチェーンソーを作り出したときの魔法とは明らかに規模が違った。
「あの女の子、チキュウ人で間違いないよな」
「ああ、見ての通りだ」
そもそもあの演出は魔法ではなく、彼女固有のチキュウ人としての異能力らしい。
イデア人がチキュウ人の異能力を何かと意識するのも無理はない。ティアラと名乗っていた少女はアイドル活動をする為にその能力を振る舞っているだけに見えるが、あれだけ注目を集められる彼女なら反政府活動をすればその影響力は計り知れない。
現にチキュウでもSNS上でインフルエンサー達の発信によって国、企業、著名人に大きな影響を与えることは何度も見てきた。注目を集めるスキルは直接戦闘に使えなくとも、反政府プロパガンダを始めとして、扇動、工作、カルト宗教の設立など恐ろしい影響力を発揮しかねない。
「なあグランルーン、ドルミナー内ではともかくイルシオンではアイドル活動って禁止されてないのか?」
「真似する者には問題を起こさぬようにと注意義務はある」
「随分曖昧な言い方だな」
「あーそれさ、 アイドルって具体的な線引きができないから黙認状態なんだよね」
扇動行為は明確な処罰対象となるが、チキュウ人も含めてアイドル活動自体は一応セーフらしい。
もっともおひねりの文化もなく、歌を聞きにお金を払う文化も無いので、真似する者達も個々の趣味の域を出ていないようだ。加えてティアラはアイドルとしてイデアではずば抜けた存在でありながら、ドルミナーに来れば昼間は高い頻度でライブをやっていて誰でも無料で見ることが可能だ。そうしたこともあってさらに真似事をする人達がビジネスに出来る環境ではないようだ。
「セレディアはああいうことできるならやってみたいか?」
「え?いやアタシはパス 傭兵って目立っていいことなんかないし」
傭兵も目立てば仕事が増える気はするが、どうやらセレディアはデメリットのほうが大きいと感じてるらしい。
「リプサリスはどうだ?」
「ああいうお洋服を着るってことですか?」
……まずアイドル活動の概念から理解できていない。
政治活動という枠組みでアイドル活動をしてもらう選択肢も考えたが二人とも合わなそうだ。
今この場にはいないイラも経験としてやってみるくらいは考えるかもしれないが本業にしたいとは言わないだろう。彼女が目標としてるビジョンは経営者の姿だからだ。
「ファーシル自身がやってみてもいいんじゃない? 顔も男の割に可愛いんだしさ」
「あ、それ面白そうっすね」
「はははっ、いいな」
「俺も見てみてーわ」
セレディアが俺に提案すると補助機関会員達が悪ノリをしだす。そもそもアイドルはティアラのような衣装を着る必要性はないのだが、ティアラ以外のアイドルを自称する者がイデアではアイドルとして認識されていない問題がある。
そのためリプサリスほどではないにせよ、全体的にアイドルの概念がズレてることが否めない。
「いや、俺は性格的にまず向かないし、そもそも上手く着飾れたところで声質はコントロールできないから」
「えー、残念だな~」
「お前も悪ノリしたいのが本音か」
「あははっ、だってそういうファーシルも見てみたいじゃん」
「……ところで誰か鏡は持ってるか?」
「え、急にどうしたの?」
「転生してから自分の容姿を確認したことがないなと思ってな」
転生してから自分の容姿が異なっていることには気づいていた。身長が小さくなっていること、髪が黒髪から銀髪に変わっていることが主な理由だ。ただ、可愛いなどと言い出したセレディアの言葉からすれば今は転生前の年齢相応の容姿はしていないのだろう。
「あーそっか。 他の男性チキュウ人って見たことないっけ?」
「ないな」
セレディアが言うには男女の違いは明確に出るもののイデアに転生した直後のチキュウ人は見た目が全体的に似通っているらしく現在の俺もまた典型的なチキュウ人顔らしい。
「あのティアラって子も典型的なチキュウ人顔なのか?」
「あの子はだいぶ違うかも」
そんな話をしているうちにティアラはライブ活動を終えて民衆もあたりへと散っていった。自立していた魔法少女のマスコットらしき生物も姿がいなくなっており、あのマスコットらしき生物も彼女の異能力で生み出されていた演出でしかなかったことが伺える。衣装だけはそのままの姿で異能力で生み出された服装ではなかったようだ。
その様子を見てると俺達に興味を持ったのかティアラが声をかけてくる。
「おにーさん達って開拓任務中のチキュウ人さんとそのご一行だよね?」
「あ、ああ……」
セレディア達とイデアのアイドル事情に関する話ばかりしていて、ティアラの歌をまともに聞いてなかったため話しかけられたこの状況には少し罪悪感が沸く。
「私のライブを聴きに来たってわけじゃなさそうだし、私かママに会いに来たのかな?」
「ママ?」
「この娘はサキュバスクイーンの娘だ」
「えっ!?」
「あれ?知らなかったの?」
セレディアとグランルーンは知っていたようだが初耳だ。
そもそも自分の体ごと転移するわけではないイデアでの転生状況を考えると、親子共にチキュウ人として召喚されてかつ互いを親子だと認知できる手段があるのだろうか?
体そのものが転移してないのだから、転生前に手を繋ぐなどして触れ合ってたからまとめて呼び出されたということも考えづらい。
「親子で転生されるなんてありえるのか」
「知ってる限りじゃ私達だけかなぁ ああそうそうママに会いたいならあの時計で夜の7~0時の間にあのお城に来てね。 来訪者向けの時間ってその間だけだから」
「ああ、分かった」
ティアラが指を差した先にある大時計もイルシオンにある時計と同様に0~9までの数字しかない時計だ。ただし、イルシオンの時計と違い0~9の数字がイデア文字だけなくチキュウで標準的に使われてるアラビア数字も刻まれてるためイデア文字の読めない俺でもすぐに理解できた。
「面会可能な時間が夜だけじゃ結局帰りは真夜中だな」
「えー、睡眠時間ろくに取れないのはきついって」
「面会諦めねぇ?」
「別にお前達の開拓任務参加は義務じゃないだろ。 まー俺がきつそうなら明日は休むなり午後からなりにするかもしれんが」
「ねぇ、おにーさんたち それならさ、あそこら辺の家が結構空き家になってるんだけどそこで泊まっていく?」
どうやらドルミナーには現在使われていない空き家がそれなりにあるらしい。家の造りが雑なドルミナーの中でも特に質の悪そうな家だが一晩泊まるくらいなら問題にはならないだろう。
「大丈夫なのか?」
「サキュバスクイーンの娘なんだし私がおっけーって言えば大丈夫に決まってるじゃん」
元の所有者がどういう状況で空き家になったかなどを気にしていたがティアラは問題意識どころか関心すら無い様子でそう言う。サキュバスクイーンが政治に無関心とは聞いていたがこの様子だと娘のティアラも政治への関心はあまりなさそうだ。
「あーそうそう、これ渡しておくね。 それじゃっ……」
そう言い俺に紙切れを1枚だけ渡してティアラはその場を去る。
どうやら名刺のようだ。
「いやーあの子も可愛かったすね」
「マケマス、あれだけ大きな娘がいたら母親はもう結構な年齢だと思うんだが……」
「え、あっ…… そういえばそうすね。 でも二人共チキュウ人なら転生したときに体も若返ってるんじゃないすか」
「その可能性もあるか」
そもそも本当に親子で転生して互いが互いを認識できるということが信じがたいが、マケマスはサキュバスクイーンへの興味を失うことは無かった。
「しかし、サキュバスクイーンの元に全員で行くのはさすがに邪魔になるだろう。ただでさえ面会時間が最大でも3時間に限定されてるのにこれだけ人数がいればその分余計な会話も増える」
「ねぇじゃあアタシは待機組でいい? たまにしか来ない場所だし、国の状況調査したいからさ」
「分かった。 グランルーンとリプサリスは俺と共に来てくれ」
「元よりそのつもりだ」
「はい、わかりました」
元々ここに来たがっていたマケマスは当然共に行くことになり、サキュバスクイーンとの面会は合計四人で向かうこととなった。
道中と都市内部で話を分割しようかと考えましたが、道中の話だけだとあまりにも短くなるので当初の予定通りの形になりました。前半部分は所謂道中で人によってはまるまるカットしても良いと思うかもしれませんが、イデア全体の大事な社会描写として判断しています。