54話:娘を蝕む承認欲求中毒
「あのヒョロガリ行商人いるじゃん?あいつを罠に嵌めて篭絡すればいいと思うんだよね」
ヒョロガリ行商人とはここ最近グラトニアに姿を見せるようになったアナドールのことだろう。
彼女以外にそんな表現が当てはまる行商人はいない。
年齢は大体15~16で、髪が淡い紫色で、ショートヘアーの薄幸そうな少女だ。
「ダスティナが言ってるのはアナドールのことだと思うが、アナドールに狙いを定める理由は何かあるのか?」
「あいつ訳ありっぽいし、引き込みやすいと思うんだよね」
「確かにそんな印象はあるな」
都市部から外れた辺境地域は法律があまり機能していない。
そんな場所を一人で歩けば、当然野盗に襲われる危険性が高い。
そのため行商人は護衛を雇ったり、元傭兵の強者が多い。
しかし、アナドールは弱々しい印象でありながら一人で行商をしていた。
「アタイが賊だったら、絶対あいつのこと襲ってると思うんだよね」
「分からんでもない」
賊がアナドールを見たら、鴨が葱を背負って来たと思うだろう。
「ところでダスティナが最初に言った罠に嵌めるとはどういうことだ?」
「ああそれ、この前生産してた絹がまだあるじゃん?」
「あるけど、それがどうした?」
「わざと盗ませればいいかなって」
「は?」
「犯罪者として捕らえちゃえば、ある程度言うこと聞かせられるっしょ?」
ダスティナの分析によれば、アナドールの危険を顧みない行動は精神的に追い詰められている可能性が高い。
そのため、高価な絹が乱雑に置かれていれば、彼女は隙を見て盗むだろう。
だからこの前生産した絹を意図的に盗ませて捕らえようというのだ。
「敵でもない他人を犯罪者に仕立てるって、ジャーマスとやってることが同じだろ」
「別にいいじゃん。他人を襲わせるわけじゃないんだし」
相変わらずろくでもない発想だ。
だが、確かにある程度イルシオンで仕入れた商品を販売している彼女を篭絡できれば、安定した販売ルートを確立できるだろう。
「盗人に仕立て上げるのはさすがに避けたいが、上手く利用できそうではあるか。イラはどう思う?」
「まずはアナドールさんの人となりを判断してからかなって思います」
「確かにそうだな」
数日後……
アナドールはこの日も100g前後のイモシオンを5ゴールド以下で買い漁っていた。
買い叩きをする行商人は彼女だけでないが、ギリギリまで値切ろうとする姿勢は買い叩きをする行商人らの中でもひときわ目立つ。
俺は彼女の人となりを知るために声を掛けた。
「少し話をいいか?」
「え、ええっと、あなたは村の代表の方ですよね?私に何の用ですか?」
俺が声を掛けると、彼女は慌てた様子で反応する。
買い叩き行為に後ろめたい気持ちがあるのだろうか?
「護衛なしで行商人をしている割に、自衛するだけの力があるのかと思ってな……」
「……」
「危険だと思わないのか?」
「こうでもして仕入れないとお母さんが怒りますから……」
わざわざ命を危険に晒してまでするほどの理由ではない。
確かに何らかの事情を抱えているように思える。
話を聞くと彼女の母親は趣味で料理店を経営しており、貧困街に住む人々にタダ同然で料理を振る舞っているらしい。
しかし、生活費を稼いでいたアナドールの父親が病気で亡くなると、赤字経営の料理店は次第に立ちいかなくなった。
それでも日々感謝の意を伝えてくれる貧困層の客を裏切ることはできないと、店を畳めなくなったらしい。
その結果、アナドールが赤字経営の店を支えるべく、身の危険を冒してまでグラトニアに足を運んでいるという。
初めは純粋な善意だったのだろう。
だが今はそんな善意から始めた活動がきっかけで、娘を蝕む毒親と化したようだ。
さらに話を聞くと、彼女の母親はお客様の笑顔や感謝が一番の宝物だそうだ。
それだけ聞けば善良な母親と言えよう。
だが、アナドールの置かれた状況と照らし合わせれば、もはや承認欲求中毒者だ。
「何か見限れない理由でもあるのか?」
「え、そんなことしたらお母さんに……」
とっくに自立する力はあるだろうに、自分がどうしたいかよりも先に他人の顔色を伺ってしまうか。
虐待が常態化している家庭環境でよく見られる洗脳状態だ。
洗脳状態に陥ってるアナドールなら、そんな毒親はさっさと見限れと言っても『お母さんは私のために……』などと庇うだろう。
そうなれば彼女の母親は毒親だと評価する俺たちとの溝が開いてしまう。
説得は難しいだろう。
ならば方針は決まりだ。
ダスティナの提案を採用して、彼女を罠に仕掛ける。
「分かった。質問に答えてくれて感謝する」
「はい、じゃあ急いで帰らせてもらいます」
彼女はカバンいっぱいに買い込んだ作物を詰め込んで、急ぎイルシオンに帰還していく。
足の速さはなかなかのものだが、賊を振り切れるというほどの速さではない。
やはり危なっかしい。
俺は彼女と話したことによる印象をイラとダスティナの二人に報告する。
「ダスティナの読みは完全に当たっていたな」
「ダスティナさんの案が、まさか人助けの手段になるとは思いませんでした」
「罠に嵌めて犯罪者に仕立てることが、人助けになるなんて誰も思わないだろ」
「それもそうですよね」
「ところでダスティナは罠に嵌めるといったが、具体的にどう準備するつもりだ?」
「空き家に『絹保管庫』って書いた看板でも立てて、周りに誰もいなければ勝手に盗ってくっしょ」
……雑過ぎる。
準備の手間はさほどかからないが、そんな方法で上手くいくとは思えない。
「さすがにアナドールのことを侮り過ぎてないか?」
「まあ失敗したら次の方法を試せばいいんじゃない?」
それは一理あるか。
何せ、この作戦における失敗はアナドールが何もしないで終わるだけだ。
作戦失敗のリスクが少ない。
ならばダスティナの雑な案を採用してしまってもいいだろう。
翌日。
一軒の空き家に自分たちで仕掛けたにも関わらず笑ってしまうほどの露骨な罠が用意されていた。
しかし、昼過ぎになって現れたアナドールはそんな雑な罠に嵌まり室内にあった絹を盗み出す。
俺はすぐさま彼女の元に近づき声を掛ける。
「待て」
「え、えぇぇぇななななんですか?」
アナドールは明らかに動揺する。
彼女の態度からして盗みには慣れていないのだろう。
「室内に置いてあった絹を盗んだな?」
「うっ……」
彼女はまるで時が止まったかのように固まる。
俺は彼女をあまり目立たない場所まで連行すると、尋問を開始した。
「ごめんなさいごめんなさい許してください」
「手薄な警備だと侮ったな?」
「うぅぅ……」
泣きながら謝るアナドールの姿はあまりに弱々しく責め立てるどころか、俺が罪悪感を持ってしまうほどだ。
「こんな、こんなことをお母さんに知られたら私は……」
しかし、毒親としか思えない母親の話が出てくると、そんな罪悪感はすぐに引っ込んだ。
「知らせないから安心しろ。ただし会わせるつもりはない」
「うぅぅ……」
洗脳状態を解くのに一番大事なのは、洗脳元から距離と時間を置くことだ。
ただ、それ以外はどうすべきか。
……それを考えるのは後だ。
彼女は何が悪いかをしっかり把握しており、本来悪人でないことは分かっている。
さらに他人のために命懸けで行動することに躊躇いがない。
彼女自身の問題が解決せずとも、協力を取り付けることは簡単なはずだ。
彼女の保護はその後で考えればいい。
「悪いようにはしないが、お前には監視を付けた上で幾つかの要求に従ってもらうが構わないな?」
「……わ、分かりました」
「まず幾つかの質問をするが……」
どうやらアナドールは仕入れた品物の7割ほどを母親に渡し、2割ほどを販売して、1割ほどを自分で食べているらしい。
イルシオンで商品を販売するときは露天商でいるらしいが、最近になって商売人として顔を覚えてもらえるようになったそうだ。
一人で往来する体力、商人としての認知度、販売ルートの確保に最低限必要な条件は揃っているか。
ならばグラトニアで価値あるものの生産さえできれば、冒険者ギルドを活かすこともできるはずだ。
冒険者ギルドを長期的に活かすことができれば、安定した仕事とみなされて定住者も増えていくだろう。
一方イルシオンとグラトニアを繋ぐ販売ルートが、アナドール一人によるものだけでは心もとない。
イラの計画している商人向けの観光案内の他に、アキナイ家に取り入るなど、手数を増やしていく必要があるだろう。
「えぇっと、私はどうすれば……」
「幾つか行動に制約を掛けるが、それ以外は今まで通りにしていて構わない」
「わ、わかりました」
俺はアナドールの監視をダスティナに任せて、しばらくの間様子を見ることにした。




