5話:問題点だらけのギルド運営シミュレート
前話の修正点
・プロパガンダという単語がプロパカンダと濁点が一部無かったことへの修正
教会でリプサリスの育て親のシスターを尋ねた後、元々の予定であった空白地帯での政治活動を行うべく適当な場所を探して首都イルシオンの外に足を運ぶ。歩いて数分もしないうちに俺は手頃な倒木の存在を確認すると、ここを拠点に構えることにした。
「よし、さっきのカーペットをここに敷く。 あと誰か適当な石を数個拾ってきてくれ。 魔法で削って釘代わりになるよう加工してこのカーペットを固定する」
補助機関会員達は案の定動かないが、オウボーンを通じて彼ら数人を動かす。
彼らが動かないことを察知してオウボーンに動かすよう取り付けるという行動過程を見れば、オウボーンや補助機関会員達も俺が見えない人だと気づくのも時間の問題だ。
見えない人であるということ自体は罪ではなく警戒対象の一種になる程度のことなのでセレディアからは気づかれるとよくないと言われたグランルーンやオウボーンにもそのうち機を見計らって伝えるつもりでいる。何せ意思疎通に余計な手間がかかる。
それから俺は作業に取り掛かるため魔法で一時的にチェーンソーを作り出す。
正確にはチェーンソーの形をした魔力の塊だ。この魔法は魔力の塊を一時的に生み出して、その魔力の塊を維持し続けながらさらに魔力操作することでチェーンソーのような動作をするという工程を経てるので、魔法の価値を威力や命中率など戦闘目的だけで判断したらエネルギー効率はかなり悪い魔法だ。
しかし、破壊するのではなく形を整えるために削る切るといった精密な作業にはこういった魔法が打ってつけとなる。
俺は簡単なテーブルを作るために倒木を切断して、大きな板1枚と脚となる小さな板2枚に加工する。
「おぉ、あれすごくねぇか」
「なぁなぁファーシルさん、この開拓が終わったら俺のところで仕事しないか」
魔法で木材を切断するというのは別にチキュウ人特有の異能力ではない為、イデア人でもできることだが補助機関会員達の目に高く留まったらしい。
「検討しておきます」
別にその気はないが、とりあえず保留にしておく差し障りの無い返しをしておけばそこまでマイナス感情を生み持たれるもないだろうと考え適当に返答をしておく。
それから拾ってきてもらった石の加工を行おうとするが、こちらは苦戦を強いられる。
……というのも木材の加工はある程度どう行うかテレビなどのVTRで見てきたが、石材の加工はどういう加工手段があるのか知識としてすらなかった。だから魔法を用いるにも適切な加工処理が上手くいかないのだ。
「石材ってどうやって綺麗に形作るかって誰か分かるか?」
案の定誰も分からない。
ならば仕方ない。
「誰かナイフは持ってるか」
「あー、アタシのならあるよ」
セレディアが一本ボロボロのナイフを俺に手渡す。
俺はそのナイフでカーペットの四つ角に穴を空ける。
「先に穴を空けておけば木材でも固定できるだろう」
テーブルについても石材を魔法で加工して釘を作り止める予定だった。しかし、それができなくなったので結局円柱状の木の幹の一部をそのままテーブルとすることにした。
「なぁなぁこれよ、盗賊とかに占拠されたり、盗まれたら終わりじゃないか?」
「こんなん盗むやつなんているかよ」
「こんなセットなんかよりはさっきあのチキュウ人が加工した木の板のが使いやすくて価値あるだろ」
「簡素過ぎて気晴らしに壊そうってことにも向かんよなぁ」
補助機関会員達がそれぞれ好き勝手に今セットしたカーペットとテーブルのことを話し出す。一言で言えば無価値と扱われてしまっているのだが、その評価はちょうど良い求めていた評価だ。
何せ価値があったら盗まれる。
元々グランルーンに政治活動する為の土地の移動は可能かと聞いた理由は盗まれる可能性を想定していた。政治活動をする場所の移動が禁止ならば討伐が禁止されてる盗賊などに占領された瞬間に開拓任務は失敗が確定するからだ。
カーペットの固定、そこにテーブルということにした木の幹を置き、さらにその上リプサリスから手渡されたノートを一冊置く。これで店の受付っぽさが最低限は出ただろう。
その後、今いる補助機関会員達全員に向けてこのノートに「もしギルドに依頼するなら」という内容を仮依頼として鉛筆で書き込んでもらった。
全員が書き終えると俺はノートを見返す。
すっかり忘れていたが、俺はイデア人の書く文字が読めない。
仕方ないのでリプサリスに書かれていた依頼内容を朗読してもらう。
【補助機関の制度をぶっこわしてくれ 報酬:1000G】
【オウボーンを殴らせろ 報酬:10G】
【俺に100万G投資してくれ 報酬:出世払いで120万G】
【リプサリスちゃんを俺にくれ 報酬:ミカケダオシの肉3日分】
【補助機関を牛耳るモンスターの討伐 報酬:5500G】
その他約10件
どれも舐めた依頼しかない。
補助機関の制度が成り立ってるのは国の制度の一環なので、これを政治的に介入せずにやってくれというのはテロ行為の依頼も同然だ。オウボーンを殴りたいのは自己責任で勝手に殴れとしか言いようがない。投資詐欺に、人身売買と並び、依頼風の大喜利でもやってるのかと言いたくなる。さらに報酬は1Gも出さずにミカケダオシの肉とする始末だ。下手すれば賞味期限切れの腐った肉を出される可能性さえ想像できる。
そんな中、一つ気になる文言を見つけセレディアに問いかける。
「補助機関を牛耳るモンスターって何だ?
補助機関って裏ではモンスターに支配でもされてるのか?」
「あー、そのモンスターってまず隠語だから注意したほうがいいよ」
「えーっと、つまりどういうことだ?」
どうやらイデアにモンスターと呼ばれる者は存在していないが、チキュウ人にはミカケダオシを始め、チキュウに存在しない生き物の多くをゲームなどの創作物知識を元に「モンスター」とカテゴライズする風習がある。
そして、中には人間に化けるモンスターも創作物には存在することから殺してほしい人物をモンスターとして扱いチキュウ人に安い前金だけ払い暗殺を請け負わせようとするものらしい。
「闇バイトかよ!」
一見この中では一番マシな部類に見えた依頼だが実際は特に酷い内容だった。
依頼内容の問題についてリプサリスは問題ぶりがよく分かってない様子で、特にイデアに来て数日の俺から見ても分かる相場音痴ぶりだった。舐めた依頼を躊躇いも無く書き込める補助機関会員達が管理する側なら、ギルドマスターの役割を担ったときに何をするのか分からない。
グランルーンはコミュニケーションに難がある。
俺はイデアの文字が読めない。一応俺自身は記述された内容を一人で管理するなら成立するが、引き継ぎが困難になるのは問題だろう。
この時点でギルドマスターの仕事ができるとすれば、オウボーンとその妻のエンサ、娘のイラ。
あとはセレディアくらいだ。セレディアは逆に何でも卒なくこなせるから他に誰かできる内容ならばセレディア以外に任せたい。
よって今後ギルドを正式に作り運営を任せるならオウボーン一家の誰かになるだろう。
「まさかギルド運営のシミュレートをするだけでこうもイデアの社会勉強をさせられるとはな……」
こんな何も無いところにカーペット1枚引いただけのところでギルド運営の真似事やったところでまともな依頼なんかくるわけがない。シミュレートを終えたあとはそこからどうするかを考える予定だったが、そのシミュレートすら考え直すべき点が幾つも見つかった。
そもそもイデアにはモンスターと呼ばれる対象が存在しない為、ファンタジーRPGの世界によくある設定から想像できるほど戦闘力さえあれば出来る仕事というのはかなり少ないらしい。
その戦闘力で解決できる仕事の多くは盗賊の討伐などだが、このカーペット1枚に固定した2000㎠程のエリアを土地とする状況では盗賊の討伐を国防の為の政治活動として正当な理由にするのは無理があり、チキュウ人ならではの禁止制限に当たる賊の討伐行為を政治活動として例外的に認めさせることも不可能だ。
政治活動という名の最初の収入手段にギルド運営を考えたが、まずそこから考え直すべきか検討する必要があるようだ。
「おーい、ファーシルさん。 ちょっといいすかぁ?」
「お前はリプサリスをミカケダオシ肉3日分と天秤に掛けた男だったか」
「さすがにその覚え方はやめてくれないすか… 一応俺にもマケマスって名前があるんで」
「それで何か用か?」
「ああ俺、補助機関の会員を抜けようと思うんすよ。 それで挨拶だけはしておこうかなと」
「そうか、なんか代わりの目的でもできたのか?」
「おっ、気になります? 近くにドルミナーって自治国家があるんすけど、そこの城主様がめっちゃ美人で誰とでもいいことさせてくれるって話なんすよ」
こいつ女のことしか頭に無いのか。
しかもその目的なら1日だけ休暇を取れば済む話だろう。
「サキュバスクィーンって人らしいすけど、もしかしてファーシルさんも興味持っちゃったりします?」
「待て!? イデアにはサキュバス族がいるのか?」
「サキュバス族? いや、サキュバスクイーンって名前らしいっすけど」
創作物によく出てくる神話上の悪魔としてトップクラスに認知度が高いと言ってもいいサキュバスだが、今のマケマスの反応からして創作物としてのサキュバスも知らないようだ。
サキュバスが種族としても、創作物の存在としても存在しない世界でサキュバスクイーンを名乗る城主がいる。ならばその城主はほぼ間違いなくチキュウ人だろう。
チキュウ人に開拓任務を与えながら、その開拓を全くさせる気のないイルシオンでイルシオンの領土内に、チキュウ人の城主がいるならばその城主サキュバスクイーンからもう少し効率的な独立手段を聞き出せるかもしれない。
「お前と目的は異なるが確かに興味は沸いた。 別に抜けることに引き留めはしないがその前に案内は任せていいか?」
「おっけーっす。 あ、今からいくと帰りは真夜中になると思うんで明日でいいすか?」
「分かった。 他の皆にも伝えておこう」
チキュウ人と思われる自治国家城主サキュバスクイーン。
名乗ってる名前やマケマスから聞いた話から話しやすい相手だろうと思われる。
むしろそうであってくれと思いながら、その日の活動を終えて帰路につくのであった。