48話:突然の仲間割れ
「ファーシル殿はアキナイ家をご存じでしょうか」
「ああ」
俺はアキナイ家という家名には聞き覚えがあった。
オウボーン一家と親密な関係にある貴族だ。
「もしお望みとあらば、私どもがアキナイ家とのパイプ役を務めさせていただきましょう」
「では、その機会があればお願いいたします」
アキナイ家は商人たちとの関係性を重視している貴族で、イラが商人を夢見るようになったのもアキナイ家の影響が大きいと聞いている。
彼らのバックアップが得られれば心強いことだろう。
……もっとも、オウボーンらから聞いているアキナイ家の気質は根っからの商売人だ。
利害関係が成立するだけの力を身に付けねば、彼らがグラトニアの支援をするとは思えない。
だから俺はパイプ役を務めるという彼の言葉に期待せず、謝意を受け取るのみに留めた。
「それでは、また何かあれば……」
別れの挨拶を告げると、彼らはアケディネアを連れてイルシオンへと帰っていった。
彼らがイルシオンへ帰るのを見送った後、俺はダスティナ、オウボーン、イラと共に、今後の対応について議論を始めた。
「ファーシルはあいつらがまた来ると思ってるの?」
「ああ、ダスティナはその場にいたから聞いてたと思うが、護衛の一人が俺に全てを委ねたらどうかなんて言ってただろう」
「言ってたね」
「仮にスロウス家の運営を誰かに委ねるとしても、普通に考えたらもう少し面識のある者に委ねようとするはずだ」
「そんだけ頼れる相手がいないってこと?」
「少なくとも俺はそう考えてる」
「そのときに備えて、スロウス家に上手く取り入ろうって算段か」
「その通りだ」
これまで聞いた話から、スロウス家の財政難や内部の不和がさらに悪化して支援を求めるべく何らかの動きを起こすのではないかと考えていた。
俺たちはその支援を求められる一勢力になるだろうと踏んだのだ。
彼らに取り入る方法を議論してから2日後、チェタランは再びグラトニアに姿を現す。
「さすがに早すぎるだろう……」
チェタランたちはまたグラトニアに来ると思っていたが、あまりにも早い。
さらに二日前は二人いた護衛が一人に減っていた。
何かあったのだろうか?
「ファーシルさん、どうか僕らスロウス家をお助け下さい」
「どうしたのですか?」
「アケディネアの捜索命令を出したことがきっかけで、賊が押し入りスロウス家の財産が……」
彼の話によれば金庫を奪われただけでなく、物的資産もそのほとんどが奪われたらしい。
さらに先日来たときにいた護衛の一人はそのことがきっかけで離職を決意したようだ。
スロウス家を離れたのは彼だけでない。
30人近くいた衛兵のうち10人以上がアケディネア一斉捜索令を機に彼の元を離れた。
そのため、スロウス家が管理する土地から税の徴収をすることさえままならない状況にあるそうだ。
「あっはははは、そりゃそうなるよね」
「おい、ダスティナ」
深刻な様子で俺に助けを求めるチェタランに対して、ダスティナは当たり前のことが当たり前に起きただけだとゲラゲラ笑う。
賊に財産を奪われたことを笑う彼女の無神経さはどうかと思うが、貴族が警備を蔑ろにしたら財産を奪われるのは当然だという彼女の考えには同調する。
「はっはは、ほんとに笑ってしまいますよね。犯人も分かりませんし……」
「見当はつくでしょ?」
「え?」
「だってさ一斉に捜索させたことを知ってる人は限られてるんでしょ?」
「まあ、そうですが……」
ダスティナは『賊は身内による犯行の可能性が高い』と指摘する。
「そ、そんな仲間を疑えっていうんですか?」
「申し訳ないが、俺もダスティナの推測は正しいと考えています」
「ファーシルさんまで……」
ダスティナは軽犯罪は平気で働く人間だ。
ましてや隙だらけで人望のない貴族相手ともなれば、尚更やりかねない。
そんな彼女だからこそ、スロウス家で盗みを働いた者がどんな人物か容易に目星を付けられた。
「……そんな人をよく傍に置いておけますね」
ダスティナの人柄を聞いたチェタランは呆れるように言う。
「ダスティナは一応監視役だからな、俺の判断で拒否することもできない」
「……」
人をまとめる側ならば、問題のある人物をきちんと扱えてこそだ。
善人か悪人か、敵か味方か……
そんな風に他人をAかBと単純化して評価判断するべきではない。
しかし、チェタランは他人をAかBかの単純化した枠の中に収めてしまう癖がある。
これだから人を上手く起用できないのだろう。
「もっとまともな方の意見を伺いたいのですが……」
チェタランがそう言った次の瞬間だった。
「愚図が、いい加減にしろ!」
「ぐあっ……」
チェタランの護衛の男は突然大声を上げ、彼の背中に思いっきり拳を叩き込んだのだ。
彼はそのまま顔面から倒れ込む。
突然の仲間割れに俺は唖然とする。
ダスティナも、護衛の男の豹変ぶりに目を丸くしていた。
「前回はアケディネアの嬢ちゃんがいたから我慢してやったけどな、もう我慢の限界だ」
執事の男は彼を止めようとしない。
チェタランの態度にイライラしているのは彼も同じだったのだろう。
「てめぇは無能でも悪政を敷かないだけ当主に据えておく価値はあると思ったんだが、このまま没落の一途を辿るなら結局スロウス家の領地はどっかしらの周辺貴族の領地にすげ替わる。そうなれば、俺たちはどうなるか分かったもんじゃない。なのにてめぇは下らねぇ理由で問題の解決とは真逆の方向に突っ走りやがる!」
護衛の男の怒りは止まらない。
「だったらてめぇを追放してアケディネアの嬢ちゃんを傀儡の当主に据えたほうがよっぽど安定するだろう」
「お、お前……」
彼らの仲間割れに俺が入り込む余地はない。
これは彼らの問題だ。
「せっかくだから教えてやるが、この女の言ったことは正解だ」
「なっ、お前がやったのか?」
「いいや、俺は話を聞いただけだ」
「……」
「やったのはメドイとエイゴだよ」
「あ、あいつらが……」
メドイとエイゴというのは誰なのか俺には分からない。
だが、少なくともスロウス家に仕える人物であることは理解した。
「どうして、どうしてみんな僕を裏切るんだ……」
「てめぇがみんなの足をひっぱるからだろ」
「……」
「人の足を引っ張らないだけアケディネアの嬢ちゃんのがまだ当主にふさわしい」
「僕はただ……ごふっ」
チェタランが何かを言おうとしたそのとき、護衛の男はチェタランの腹部を蹴り飛ばす。
言い訳の言葉を聞きたくなかったのだろう。
「てめぇはそいつらの元で一から社会勉強し直せ。スロウス家は俺が支えてやる」
そう言い捨てると護衛の男はグラトニアを後にする。
彼はアケディネアを傀儡の当主として、スロウス家を牽引するつもりなのだろう。
彼の口調は悪党そのものだったが、周辺貴族の悪政から身を守るための行動であり、そんなに悪い人間ではないだろう。
「私も失礼します」
執事の男も護衛の男と共に去っていった。
彼はあの護衛の男と協力するつもりだろう。
「戻るぞ」
彼らがこの場を後にすると、俺もまたチェタランを置いて、グラトニアの中までダスティナと戻ることにした。
「え、こいつはどうすんの?」
「あいつらの意に沿うなら、自分から俺たちの元で暮らす意志を示さない限りは放っておくのが正解だろう」
「あっははは、それもそうかもね」
彼らに見放されたチェタランを俺はもう貴族として丁寧に扱うまいと意識する。
冷静な判断、分別ができないのに主張だけ強い子供のような男だ。
対等な立場として接することにはもう疲れた。
彼を受け入れるなら、そのときは刺客としてやってきた連中以下の扱いにするつもりだ。
俺が村の中に入ってから、数分が経過する。
しかし、チェタランはその場でまだうなだれたままだった。
「いつまでそうしてるつもりなんだろうな……」
俺は彼の決断を待ちながら遠巻きに監視をするのだった。




