47話:無能な当主
アケディネアがグラトニアに来てから約10日。
何か変わった出来事はなく、平和そのものだった。
変化があったとすれば移住者の増加を目指して、建物を増やしたことくらいだ。
「そろそろグラトニアの社会体制を貨幣経済に変えられるだろうか」
「それって大事なことなんですか?」
リプサリスは俺に疑問を投げかける。
現在グラトニアは金銭のやりとりがないことで誰かが困っているわけではない。
むしろ経済格差が発生しないため、このままのほうがいいと考えるのも無理はない。
「小さい村のままでいるなら、変わらずともいいのだがな……」
個々が自立した経済活動を行うようにならねば、グラトニアは今後も家族経営のような村でしかいられない。
貨幣の価値がないままの環境では、宿屋などに来るノースリア人が対価としてお金を支払っても俺たちには価値のないものになってしまう。
つまり宿の経営をする価値がなくなる。
宿だけでない、全ての店を経営する価値がなくなる。
そうなると、外部の人間がグラトニアに足を運ぶ価値がない。
来客、移住者が増えなければ、税収を増やすこともできない。
税収がなければ、設備投資をすることだってできない。
貨幣経済なくしてグラトニアの発展は難しいだろう。
「えーっと……」
リプサリスには難しい話だったのだろうか。
納得はしてくれたが、理解はあまりできていないようだった。
まあ、反感を持たれなければ問題はないか。
そんな話を彼女としていた時、メイド姿の女性がグラトニアに駆け込んできた。
「突然の来訪で申し訳ございません」
「どうかしたのか?」
「こちらにアケディネア様はおりませんか?」
「アケディネアなら、あっちの家でゴロゴロしてるはずだ」
「あー、よかった」
この女性はどうやらスロウス家のメイドらしい。
現在スロウス家は総出でアケディネアの捜索に必死になっているらしく、彼女も捜索をしていた一人のようだ。
「アケディネアは兄に追放されたって言ってたが……」
「それはチェタラン様が発破を掛けただけなんです」
「……」
アケディネアの思考能力を考えたら、「出ていけ」と言われたら真に受けるに決まっている。
そんなことは出会って10日前後の俺でも分かるのに、アケディネアの兄はそれすら分からないのか。
そんな男が当主を務めてると思うと、スロウス家は没落の一途を辿るとしか思えない。
「一つ聞いておきたいのだが、そのチェタランについてどう思っている?」
「……」
彼女は困惑した様子で、言いにくそうな表情で俺の問いに答えた。
「悪い人ではありません」
「……」
「しかし、後先考えずにその場の思いつきで判断する癖は直してもらいたいと思っております」
「そうか」
……ストレートな言い方をすればバカか。
彼女の話によれば、チェタランの評判はスロウス家の内外問わず褒められたものではないらしい。
そのため、スロウス家の未来を憂う声は多くあり、彼が当主になってからの短い期間で仕えていた使用人が続々と離れていったそうだ。
「アケディネアを連れていくか?」
「いえ、ひとまずチェタラン様に報告へ向かいます」
どうやら同行者が彼女だけでは道中危険だと判断したようだ。
彼女はアケディネアの姿を確認すると、安心した様子で帰っていった。
数日後、貴族らしい恰好をした男が姿を現した。
彼がチェタランだろう。
彼の周囲には執事らしき高齢の男性と、二人の護衛がついていた。
チェタランと思わしき人物は金髪のオールバックで年齢は20代前半だろうか。
派手な服装にマントを羽織っている。
身長は男性としては低く、やせ型で小さい印象を受ける。
彼は容姿からして成人していると思われるが、まだ成長期である今の俺の体と身長体重は同じくらいに見える。
「すみません、アケディネアがこちらにいると聞いてきたのですが」
「ああ、今呼んでくる」
現れた男は名乗りもせずに俺に要件だけ伝えた。
彼の人間性は先日来たメイドから聞いていたので、特に驚くこともなかった。
俺はアケディネアを呼びに行く。
「え、お兄ちゃんがきてるのー?」
「どうやらそのようだ」
俺は彼女を連れて、来訪した彼らの元へと連れていく。
「アケディネアー、心配したんだぞ!」
彼女がチェタランの前に姿を現すと、彼はアケディネアの無事を喜んで抱きついた。
「もーお兄ちゃん、暑苦しいから離れてー」
「あ、ああすまない」
二人の仲は良さそうだ。
追放されたと勘違いを生む言葉を発した人間と、発された人間の距離感とは思えない。
俺がアケディネアの立場だったら、この男のことはきっと拒絶している。
まあ、関係が良好であるに越したことはないし、距離感の不思議さに俺がとやかく口を出す必要はない。
チェタランはアケディネアとの再会を喜び、しばらくして俺に謝意を伝える。
「この度は僕の軽率な判断で、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「いえ、アケディネアのことは成り行きでこちらに滞在していただけですので」
「そうでしたか」
俺も彼に合わせて丁寧な言葉で対応をする。
丁寧な言葉遣いには慣れていないので、喋っているだけでも次にどういう言葉を選べばいいのかと頭がいっぱいいっぱいになる。
このまま会話が滞りなく進み、彼がアケディネアを連れて帰るだろうと思った矢先の出来事だった。
「おぉ、お兄さんきてるじゃん。ねぇねぇ何かお礼はないの?」
「お、おいダスティナ」
奥から現れたダスティナが、アケディネア保護の対価をチェタランにせびり始めたのだ。
ダスティナは先日のメイドがやってきたときから、貴族から大金をせびれる良いチャンスだと俺に交渉するよう提案していた。
俺は面倒を避けたいと彼女の提案を拒否したが、ダスティナはそんな絶好の機会を逃すまいとしゃしゃり出てきたのだった。
「え?」
ダスティナの軽い言葉にチェタランは困惑する様子を見せる。
チェタランは報酬を求められることを想定していなかったようだ。
この程度のことも想定できない彼の思考能力は悪い意味で聞いていた通りか。
困惑する彼は執事の男に助言を求めていた。
すると彼の護衛の一人がとんでもないことを言いだす。
「チェタラン様、いっそ彼らにスロウス家を委ねたらどうです?」
「ええ……」
いや、どうしてそうなる。
彼が当主として無能なことはわかったが、初対面の俺に委ねようというのは極端過ぎる。
そもそもイルシオンの法律の方向性を考えたら、チキュウ人を貴族に迎え入れるのは恐らく違法行為になるだろう。
彼らはいつまでも話がまとまらない様子だった。
そんなに議論をしなければいけないことだろうか?
貴族の資産ならば、発展途上のグラトニアに住む俺たちを満足させる報酬を出すなど容易いだろう。
しばらく経つと彼らは話を切り上げた。
「話はまとまりましたか?」
「えーっと、まとまったとは言い難いのですが……」
「失礼致します。謝礼の件は私よりお話させてください」
高齢な執事の男が俺たちの間に割って入る。
「お恥ずかしい話ですが、今のスロウス家の財政は極めて厳しい状態で周囲からも没落するのは時間の問題と囁かれているのです」
「そうか」
驚くことではない。
俺はチェタランの評判を聞いたときから、スロウス家が没落するのは時間の問題だと思っていた。
「ファーシル殿は驚かれないのですな」
「先日来たメイドからチェタラン殿の人物像は聞いていましたので……」
「そうですか」
「えぇ、知っていたんですか……」
俺の言葉にチェタランは驚き、がっくりとした表情を見せる。
彼は自分の評判をまだ知らないであろう俺に、好印象を持たせるべく紳士的に振る舞おうとしていたらしい。
「僕ってそんなにダメなんですかねぇ」
チェタランは下を向き溜息をつく。
さっきまでの凛とした態度は面影もなくなり、ただ卑屈な男の姿があるだけだった。
「失礼を承知で申し上げるならば、アケディネアが勘違いで出ていったと知ったときから人の扱いが上手くいってるとは思いませんでした」
「うぐっ……」
「それに加えて、彼女の捜索に総動員を掛けたとも聞いております」
「はい……」
「スロウス家が盗人に荒らされる想定をしていなかったのでしょうか?」
「うっ……」
チェタランは痛いところを突かれたらしく反論の言葉さえあげることはなかった。
「チェタラン様、警備の問題は私からも申し上げたことです」
「……」
執事の男は俺の言葉に追撃をかけるかのように指摘する。
チェタランはアケディネア失踪の報を聞いたとき、冷静さを失い大慌てで全員に捜索するよう指示を出し、周囲の声に全く耳を傾けなかったという。
なんというかこの男を見ていると、エディを思い出す。
彼も悪い人間ではなかったが、とにかく冷静さを欠いた人物であったからだ。
「私からの提案なのですが……」
執事の男はチェタランの代わりに報酬の提案を話し始める。
ダスティナの軽はずみな一言から始まったスロウス家からの報酬の提案。
俺たちは彼らから利のある何かを得られるのだろうか。




