45話:初めての移住希望者
「おーっす」
「あ、ああ……」
移住希望者らしい女が、馴れ馴れしい口調で俺に声をかけてきた。
外見は、赤いふんわりとしたロングヘアーに、不健康に見えるほど色白な肌だ。
赤と黒を基調とした派手なショートドレスを着用しており、似たデザインの髪飾りを身に付けている。
年齢は20歳前後だろう。
口調は随分ラフだが、服装の印象からして彼女は貴族だろうか?
貴族といえば、俺がきっかけで道を踏み外したエンドフォール家の親子を思い出す。
彼らが原因となり、俺は貴族への苦手意識が芽生えていた。
「えーっと、移住希望者って聞いてるが話を聞いても構わないか」
「え、めんどくさい」
「……」
面倒くさいのは分かるが、移住手続きなどをするために会話は必要だろう。
それとも、適当な空き家を探して勝手に住みつくつもりだったのか?
「面倒だと言われても、よく分からない人が次々と近くに住み始めるのを想像したら怖いだろう」
「そうなのー?」
得体の知れない人物が身近にいたら怖いという感覚が分からないのか。
それから俺は彼女の名前、出身など基本的な情報を聞き出した。
彼女はアケディネア・スロウスというイルシオン人だ。
「格好から予想できたが、やはり貴族だったか」
「え、まだウチが貴族だなんて一言も喋ってないのに何で分かるのー?」
「家名を名乗るのは貴族だけだろ」
「そうなんだー」
何でイデアに召喚されて100日も経ってないだろう俺が、イデア人にイデアの常識を教えているんだ?
箱入り娘にも程があるだろう。
そもそも彼女は本当に移住希望者なのだろうか?
貴族の彼女がわざわざ発展段階のグラトニアに住みたいと思う理由が想像できない。
「疑問なんだが、どうしてここに移住したいと思ったんだ?」
「んーっとね、なんか強そうな人がここでなら養ってもらえるって教えてくれたんだよね」
誰だよ、そんなでたらめな嘘をついたのは!
ノースリアからやってくる人々に余った食材を分け与えることはしてるが、養っている人物など一人もいなかったし、これからもそんなことするつもりはない。
「他人を養う場所じゃないんだが、そもそも何で家から出てきたんだ?」
「お爺ちゃんが亡くなってさ、当主になったお兄ちゃんから何の役に立つ気もないなら出てけーって言われちゃったんだよね」
彼女が言うには、スロウス家の当主はこれまで彼女の祖父が務めていたらしい。
祖父は彼女を非常に可愛がってくれたらしいが、現在当主を務める兄は何事にもやる気を見せない彼女にそこまで甘くはなかったようだ。
そんな状況にも関わらず、彼女の抜けた喋り方からはまったく焦る様子が感じられない。
自分の置かれた状況が未だに分かっていないのだろう。
「俺もお前の兄の立場だったら同じことを言うだろうな」
「え~」
グラトニアは生活保護施設ではない。
アケディネアはそんな高い水準の暮らしを求めていないらしいが、世間知らずな彼女の『普通』は世間の常識とはかけ離れているだろう。
「あ、そうだ」
「どうした?」
「ここのことを教えてくれた人から言われたんだけどさ、弱い連中ばっかりだから用心棒に志願しておけって言われたんだけどどう?」
「弱い連中ばっかり、か」
……この女にグラトニアのことを誰が教えたのか分かった気がする。
十中八九カタオクリナだろう。
「用心棒の意味は分かってるのか?」
「強い敵を追い払えばいいんでしょ?」
「一応は分かっているのか」
彼女は見るからに弱そうで、とても用心棒の適性があるとは思えない。
しかし、カタオクリナが用心棒としてなどと吹き込んだのなら彼女はそれなりに強いのだろうか?
「どのくらい戦えるんだ?」
「どのくらいって言われてもねー」
彼女がどのくらい戦えるのか、そんなやりとりを始めた瞬間だった。
「へっへっへ、貴族のお嬢さん。俺らと楽しまねぇか?」
「そいつより気持ちいいこと教えてやるぜ」
「そこの兄ちゃんは貴族の嬢ちゃんの実力を知りたいんだろ?だったら手出ししないでくれっかな?」
いつもの刺客らだ。
アケディネアが本当に戦えるかどうか確認するにはちょうどいいが、いくら何でも出てくるタイミングが良すぎる。
今回の刺客らはみんなチャラい男たちだった。
グラトニアには不定期に刺客が複数人で現れる。
そんな前提がなければ、俺は武器すら持たない彼らをただのナンパ師としか見なかっただろう。
「お前が狙いらしいがやれるか?」
「うちより弱かったら勝てるよ」
「自分より弱ければ勝てるのは当たり前だろ」
リプサリスと出会ってから間もない頃を思い出す。
彼女ともしばらくは会話の噛み合わなさに悩まされたが、アケディネアはそのときの比じゃないくらい会話が噛み合わない。
もはや話をしているだけで疲れる。
この刺客らはただの女好きに見えるし、いっそ彼らに引き渡したいくらいだ。
「なぁなぁ、いつまで作戦会議してるんだ。早く遊ぼうぜ」
「へっへっへ、俺たちがずーっと可愛がってやるよ」
「え、うちのこと可愛がってくれるのー?」
「あぁん?」
「へ?」
「は?」
下心を丸出しにしたナンパに免疫のないアケディネアは、彼らが自分のことを養ってくれるとでも思ったのだろうか期待の眼差しを向けている。
その反応は想定外だったのか、刺客の彼らもまた困惑していた。
アケディネアは彼らに毎日の食事と寝床、それに日々のマッサージを求めており、苦手な食材のことも説明しだした。
彼女の世間知らずさはもはや呆れるしかない。
「なあお兄さん、上手く話をまとめてくれねぇ?」
刺客の一人がなぜか俺に頼み込んでくる。
この男が言うには、今回の三人は刺客として襲いに来たわけではなくアケディネアの実力を俺に見せるために向かわされたらしい。
彼らがあまりにも都合の良いタイミングで現れたのはどうやら偶然ではなく、最初からそのタイミングで仕掛けるように指示されていたらしい。
「今回の指示役はオーク族の女か?」
「知ってるんすか?」
「察しは付いてた」
カタオクリナはアケディネアにグラトニアのことを教えただけでなく、定住許可が得られるようにこのチャラ男たちに刺客を演じさせていたようだ。
「面倒だからカタオクリナを呼んできてくれ。それが一番手っ取り早い」
「おっ、そっすね」
カタオクリナを呼んでくるよう彼らに告げると、彼らはすぐにカタオクリナを連れて再び戻ってきた。
「カタオクリナ、お前はどうしてこの女をここに留まらせたいんだ?」
「それがこいつからの依頼内容だからな」
「依頼?」
どうやらアケディネアは家から追い出されるとすぐに冒険者ギルドに向かい、自分を養ってくださいと求める依頼を出していたらしい。
それにカタオクリナが目を付けたらしい。
墜征隊員がギルド依頼を受けることは法律で禁じられているが、ギルドの関係者が直接紹介しない限りはギルド側の責任が問われることはない。
そのため、ギルドの関係者を介せず引き受けられる掲示板依頼ならば、当たり前のように引き受けられるらしい。
「グランルーンが不在になるだけで、俺様一人に壊滅させられてもおかしくねぇ村だ。こいつが定住するならお前にとっても悪くねぇ話だろ?」
「……アケディネアが強そうには見えないんだが」
「あー、そういえばこいつら交戦するムードじゃなくなったって言ってたな」
カタオクリナはようやく俺がまだアケディネアの実力を把握できてないことを理解する。
そこで俺とダスティナは、近くにあった一本の木から50cmほど離れた場所へと移動を求められた。
どうやらこの木をアケディネアの攻撃対象とさせるらしい。
そして、カタオクリナは俺とダスティナがその木の近くまで移動したことを確認すると、アケディネアに木を攻撃するよう指示を出す。
「アケディネア、あっちに生えてる木を燃やしてみな」
「ほ~い」
彼女は魔法を放った。
放たれた魔法弾は弱々しく、対象となる木に直撃することなく手前の地面に落ちた。
だが、一度地面に落ちた魔法弾はそのまま消えることがない。
しばらくすると、その魔法弾はまるで人工知能が搭載されているかのように、対象となる木を取り囲むように円を描いた。
そして次の瞬間、まるでSFの世界にある赤透明な防御シールドらしきものが、木を取り囲む魔法弾から一斉に上へと放たれる。
その高さは10mほどになるだろうか。
しかし、木を覆った防御シールドらしき魔法は決して防御シールドではなかった。
円筒上に伸びていく魔法エネルギーは、枝と接する部分があればそれを綺麗に切断しながら高さを伸ばしていったのだ。
切断された枝と葉は地に落ち、切断部分からは焼け焦げた臭いがする。
炎と貫通の複合魔法と見られる。
それもかなり高度なものだ。
そもそもこれは魔法なのだろうか?
アケディネアが木の下に魔法弾を飛ばして地面に落ちるまでは普通の弱々しい魔法に見えた。
しかし、地面に落ちてからの挙動は魔法の動きとして考えられないし、威力も全く別物だった。
彼女がチキュウ人でないことは分かっている以上、異能力の類ではないだろう。
だとしたら、あの魔法は一体……




