44話:無駄への恐れ
それから二日後、俺は再びイラと話すことになった。
二日前に話した後、彼女は一人泣いていたらしく、俺はそのことでオウボーンから注意を受けていた。
俺の言葉選びが下手なのは昔からだった。
だから、繰り返してしまう可能性は否めないが、細心の注意を払うことにする。
「ファーシルさん、あれから何の指示も聞いてませんが、私はどうすればいいんですか?」
この二日間、イラには何の指示も出していなかった。
『私はやりたいことを奪われたんだ』
そんな意識があるときに代わりの役割を与えたら、その役割そのものを忌み嫌うかもしれないからだ。
そうならないためにしばらく役割を与えず、自分で何かしたいと思うまで待つ必要があった。
時間を置くことで冷静さを取り戻すだけでなく、何もしていないことへの罪悪感も生まれる。
その罪悪感が新しい役割への意欲に繋がることを期待できる。
「今のグラトニアを見て、こういうのがやりたいというのは何かあるか?」
「ありますよ、でも……」
また需要がないと分かっていてのことだろうか?
彼女は言葉を詰まらせる。
「言うだけならタダだ」
「あ、そうですね。えっと、私が新たにやりたいと思ったのは服作りです」
「なるほど」
「やっぱり上手くいくわけないですよね」
「いや、悪くはない選択だ」
「え?」
俺の反応に意外だと思ったのか彼女は驚きを見せる。
現在グラトニアにいる人々が着ている衣服は、元々着ていたものかリプサリスが錬金術を通して再加工したものしかない。
衣服の洗濯は各自魔法で日々体ごと洗っているため、不衛生ではないがボロボロになった服を着ている者も多い。
そんな中で衣服を作ろうと思える人材が出てきたことは喜ばしいことだ。
「むしろ何で上手くいかないと思った?」
「ノースリアの傭兵たちが買うとは思いませんので……」
「ああ、そういうことか」
どうやら彼女は売上を出す商品としての意識しかなかったため、役に立たないと考えていたようだ。
まず俺は彼女に、金儲けだけが全てではないと伝える。
それに衣服の作成は技術として身に付く。
たとえグラトニアで必要とする人がおらず、売上が期待できなかったとしても、その技術の会得を否定する理由はなかった。
「技術は無駄にならないですか……」
イラは技術が無駄にならないと言われたことに少し疑問を抱くような反応を見せる。
何か違和感を持つようなことを言っただろうか?
「どうした?」
「服作りってリプサリスちゃんの錬金術で間に合ってませんか?」
なるほど、元刺客らが更生期間であることを示すために着る服は全てリプサリスが作っていたからその疑問を抱くのも無理はない。
しかも本来とは異なる手法でだ。
錬金術による製作技術、速度が裁縫技術を用いて作るより、全てにおいて上回るというのなら確かに無駄だと思うのも無理はない。
「衣服の雛型を作ることはリプサリスのほうが早いかもしれないな。ただ、細かいデザインや装飾などは見ている限りどう考えても手作業のほうが早い」
「そうなんですか」
「それにリプサリスには元々裁縫技術がある。だから、リプサリスの衣服製作はあれでも錬金術としては早い方かもしれない」
イラは安堵した表情を浮かべる。
技術の会得が無駄になるかもしれないという恐れはよく分かる。
産業革命が多くの人々の仕事を奪ったことは歴史を浅くしか学んでいない俺でも知っている。
最近の出来事ならば、生成AIの登場によって仕事や趣味への価値が奪われることを恐れる人々も見てきた。
だが、そんなことを知っているチキュウ人の俺だからこそ、無駄にはならないと確信できることだってある。
たとえ裁縫が錬金術の完全下位互換の技術だったとしても、裁縫という手段を用いることに価値を見出して金を落とす者がいるはずだ。
何より衣服は身に纏う物であることから、得体の知れない錬金術で作られたという製作過程に恐怖を感じる者だって間違いなくいるだろう。
「一応確認だが、衣服の作成技術はこれから学ぶ認識で合ってるか?」
「はい」
「ならば、リプサリスの時間が空いたとき基本的な作り方を教えるように伝えておく」
「ありがとうございます」
彼女の目標、役割は定まった。
俺は二日前の出来事から彼女がどうなるか心配であったが、これで一件落着だと言える。
「さて、次はどうすべきか」
グラトニアを発展させる上で、次は何をすべきか思考を巡らす。
問題はまだまだ山積みだった。
「おーい、ファーシル」
ダスティナの声だ。
俺は彼女の元に向かい、何があったのか確認に向かう。
声のトーンからして、何らかの問題が起きたわけではないだろう。
「どうした?」
「ほら、そこに金を持ってそうな女がいるじゃん?」
俺はダスティナが指を差した方向に目をやると、そこには確かに彼女の言う通り金を持ってそうな女がいた。
「なんか移住希望者なんだってさ」
「!?」
グラトニアの数ある問題のうちの一つは移住希望者が未だに一人もいないことだった。
だが、どうやらその問題が解消されるときがやってきたようだ。
どんな希望を抱いてこのグラトニアへ来たのだろう。
俺は自分が主導となって築いてきたこの村がどのように評価されたのかと、気になって仕方がなかった。
俺は期待に心を躍らせながら、初めての移住希望者だという人物に話を伺うことにした。




