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異世界開拓戦記~幻影政治と叛逆の翼~  作者: ファイアス
刺客への攻防と村の発展
43/114

43話:経営不振には早めの損切り判断を

 襲撃事件の日から5日経った昼のこと。

 イラが不満そうな表情で俺に声を掛けてきた。


「ファーシルさーん」

「どうかしたのか?」

「せっかく店を出したのに、まだ一つも商品が売れないんですよー」

「まあそうだろうな」


 イラの出した店はオープンから20日ほどが経過しており、商品は日持ちの良い食料品が中心だ。

 その他には少数だが、元刺客たちから没収した戦利品が置いてある。


「あっちの宿屋はオープンして4日で早速お客さんが来たらしいじゃないですか」

「そうらしいな」

「私の店もなんとかなりませんか?」


 経営戦略についてわざわざ俺が口を出す必要はない。

 そもそも彼女は俺に助言を求めていないからだ。

 彼女が俺に求めていることは商品が売れるための環境整備だ。


「現状でどうにかすることは難しいだろう。そのことは俺よりもイラのほうが分かってるはずだ」

「むぅ……」


 店を出しても商品が売れない原因は明白だった。

 現在グラトニア内では、住民全員が俺の与えた役割によって行動している。

 イラのように自分から何かやりたいと言って始めた者もいるが、住民全体が家族のように一体となって生産したものを俺が分配調整しており金銭のやりとりがない。

 そのため、店で商品を買う可能性のある者は、なんらかの事情でグラトニアを立ち寄る人に限定される。


 加えて、遠出によって飢え気味なノースリアの傭兵などには、無償で最低限の食料を差し出している。

 イラが店に出している商品のほうが質が良く、種類は豊富だが、ここから1日かからずに行けるイルシオンの商品はその比ではない。

 現状はただの通過ポイントでしかないグラトニアで、調理が必要な食料をわざわざ買う理由がない。


「イラは料理を作ることはできるか?」

「炎魔法が苦手で料理はあまり……」

「そうか」

「でも、何で急に料理の話になるんですか?」

「料理店なら多少は売れる見込みはある」


 そう告げるとイラは露骨に不機嫌な態度を見せる。


「ファーシルさんは、もうこの店を諦めろって言うんですか?」

「諦めるのではない」

「じゃあ何だって言うんですか!」

「お前なら、俺の言わんとすることを分かっているだろう」

「……今日のファーシルさん、なんかすごい嫌な人ですね」


 俺は『損切り』という言葉を直接言わなかった。

 だが、イラは俺が店を畳むことは諦めるのではなく、損切りして次に進むべきだと具体的に言わずとも理解していたと確信する。

 わざわざ商売人がよく使う言葉で、『諦める』という否定的なニュアンスの言葉を是正しようとしたのだ。

 嫌な人だと言われるのは当然だ。


「こんな小さな店一つに執着することで、お前の才を潰したくないからな」

「うぅ……」


 イラは今にも泣きだしそうだった。

『こんな小さな店』と言うのは彼女にとってあまりに不快な表現だったかもしれない。

 俺は彼女がこんな小さな器に収まるものではないという意図で言ったつもりだが、彼女は初めて持ったこの店を宝物のように捉えていたかもしれない。


 ……同じものに対して全く異なる価値観を抱いていると、会話が噛み合わないものだ。


「……続きはまた今度でいいですか?」

「その前に結論だけ出してしまいたい」

「もういいですよ」

「……」


 俺はまだ何をどうするかの結論を出したいとは言ってないにも関わらず、彼女は投げやり気味にもういいと答える。


「この店を料理店に改装をするんでしょう?」

「ああ、人員は他に適性のある人物を選定するつもりだ」


 彼女はすでに俺が次にどう判断するかを理解していたようで、その結論だけ伝えると彼女はそれ以上何も言わずにその場から離れた。


「精神面はまだまだ子供か」


 俺は彼女の知識や頭の回転は並み大抵の大人を遥かに上回ると認識している。

 ただし、精神面は外見通りの子供だったと彼女についての評価を改めることにした。


「一休みするか」


 俺もイラとの会話を一度終わりたいと考えていた。

 イラとは今後の発展ビジョンについても議論するつもりでいた。

 しかし、彼女の機嫌を損ねる判断をしたことに加えて、俺が言葉選びでも必要以上に地雷を踏んでしまったことが否めない。

 そのため、そんな話を今しても不必要に会話が拗れることが想像できる。


 だから今は時間を置きたかった。


「プロジェクトの打ち切りを告げる経営上層部はいつもこんな気分なんだろうな」


 インターネット上で企業によるプロジェクトの打ち切りが発表されると、経営層のドライな判断に嫌気が差す声が多かったことを思い出す。

 これからはこんなことの連続だろう。


 だが、それでも今いる立場から降りたいとは思わない。

 上に立つ苦労はこれからも思い知らされることだろうが、下にいる苦労はすでに嫌というほど知っているからだ。


 俺は彼女が経営していた店を料理店に改装するため、看板作りを自ら行うことにする。

 最近捕らえた刺客の中に、ちょうど良い人材がいたことから料理店のオープンは問題なさそうだ。


 ……イラをいつまで待つべきか。

 俺は彼女が冷静な判断力を取り戻せるときを待ちながら、看板作成の作業を続けることにした。



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