42話:遺体処理
「ファーシルさぁ……」
カウラミに止めを刺すと、近くを偵察させていたダスティナが戻ってくる。
「見てたのか」
「途中からね」
「……」
正直仲間には見せたくない光景だった。
あれだけ過激な制裁を加えれば、恐怖や非難を招き、俺の印象は悪くなるだろう。
一方で、前向きな評価を得ることはほぼ望めない。
今後はカウラミのような人物が現れたとしても、理性を保つよう注意したほうがよさそうだ。
見ていたのが倫理意識に欠けるダスティナだったのは、まだ良かったように思う。
そんなダスティナですら、カウラミへの苛烈な攻撃には引いている様子だった。
「さっき見た光景は胸の内にしまっておいてくれ」
「ふ~ん?」
「……税収が入るようになったら、酒を奢ってやる」
「おっ、さすがファーシル分かってるじゃーん」
俺の評判を下げることはダスティナだって得をしないだろう。
だが、酒の一杯を奢るだけで面倒事を起こす可能性を減らせるならば奢ってやった方がいいだろう。
その後、足元に残っていたカウラミの遺体を燃やす。
遺体はまだ他にも幾つかあるが、この遺体だけは他の人の目に入れるべきではない。
暴行を受け、滅多刺しにされた遺体もかなりの惨状だったが、俺が手に掛けたカウラミの遺体の惨状はその比ではなかった。
「もらっていくぞ……」
彼の持っていた鞭とレイピアは、俺の新たな武器として携えることにした。
今の腕力なら重い剣や斧とて扱えるだろうが、普段から重い物を携えることには抵抗がある。
そのことから、比較的軽いこの二種類の武器は俺にとってちょうどいいものだった。
「ところでダスティナ、亡くなった仲間の遺体はどう処理すればいい?」
「え、知らない」
「そうか」
こいつはそういうことへの関心はないか。
俺は避難のために室内に待機させていた人々にも同じ質問を行う。
しかし、どうすべきか誰も分からないという。
どうやらイルシオンでは遺体の処理を国が全て行っているらしく、引き取ってもらったあとはどう処理しているのか分からないそうだ。
そのため、俺はグランルーンが帰還するまでの間、近くの開けた場所に犠牲したグラトニアの者らの遺体を安置することにした。
生き残った人々はカウラミを始末したと伝えると、皆すぐに安心した様子だった。
犠牲になった人々は皆グラトニアで捕らえられてから間もない者たちだったため、彼らを悼む声が聞こえてくることはなかった。
そんな中、一人の男が想定外の理由で沈んでいた。
「俺はまた君の元へ行く機会を失ってしまった」
最初の襲撃のときにやってきたチキュウ人の元刺客だ。
どうやら亡き妻に想いを馳せており、死に場所を探しているようだった。
その感情を否定するつもりはない。
ただ、この男は今でも失うものが何もないように思う。
何の生きる希望を見出せない者は、何らかのきっかけで凶行に走りやすい傾向にある。
それは転生前にテレビや新聞記事で見てきた事件傾向からも明らかだった。
俺は念のため、ダスティナにこの男をマークしておくように指示する。
それに悪い遊びの一つくらいは覚えさせてもいいかもしれない。
皆がダスティナのクズ思考に感化されればそれは大きな問題になる。
しかし、生きる希望を見出せない人間にはダスティナのような生き方を体験することが薬となり、何か変われるきっかけになるかもしれない。
「俺にもそういう体験が必要かもしれないな」
俺は死にたいと思ったことはない。
ただ、神経質で溜めこむストレスが多いことから、もっと楽観的になれればと常々思っている。
襲撃事件から数時間が経過するとグランルーンたちがイルシオンから帰還する。
給料を受け取りに行った彼らだが、グラトニアでは現状使い道がないことから、各自好きなように買い物を済ませて戻ってきた。
また、ダスティナが酒に使い込んでしまい仕入れることができなかった幾つかの物を各自で買ってきてくれた者もいた。
「ありがとう、おかげで助かった」
明るい雰囲気であった彼らだが、俺は皆にグランルーンらが留守の間に起きた出来事を伝える必要がある。
そう考えると少し気分が重くなる。
「何かあったんですか?」
リプサリスは俺の様子に何か気づいたのか声を掛けてくる。
「ああ、皆が留守にしていた間、三人の犠牲者が出た」
「……」
周囲が静まり返る。
俺はそのときの状況を簡潔に説明する。
「正直戦うまでは今度こそ終わったかと思った」
その話を聞いた彼らは自分らがいるときに襲われなくてよかったといった心情だろうか。
彼らも待機組と同じく、ここに来てから間もない犠牲者らのことにあまり関心がない。
それは結果としてグラトニア全体が沈んだ雰囲気にならずに済むといえるが、犠牲になった彼らのことを思うとなんとも言えない気持ちだ。
それからグランルーンには遺体の処理手段の確認を取る。
しかし、騎士らは遺体を運ぶことこそするものの自分で処理する場面を見ることはないのでやはり分からないという。
そのため、最終的に全て俺の判断で行うことになった。
「あっ、ファーシルさん。それならリプサリスちゃんに使ってもらったらどうです?」
「は?」
一人の補助機関会員が遺体の処理案を提示する。
錬金術の素材にしてしまってはどうだろうかと言うのだ。
この発言をした者に限らず、その場にいた他の人々もその案には肯定的だ。
どうも彼らとは遺体の扱いに対する価値観、倫理観の違いを感じる。
なんというか、死んだ時点でもうその人ではないという感覚だ。
「お前たちは自分が死んだときはそういう扱いで構わないのか?」
「いいすよ」
「え、何か困るんですか?」
まるで俺のほうがおかしいかのようだ。
いや、イデア人の倫理観基準で考えたら実際俺の方がおかしいのだろう。
それにここはイデアであってチキュウではない。
郷に入れば郷に従えという言葉があるように、チキュウの倫理観を持ち出すべきではない。
遺体の素材利用する案を条令案として検討することにした。
しかし、イデアには俺以外のチキュウ人も大勢召喚されている。
そのことを考えると何らかの配慮をするシステムはあったほうがいいだろう。
「ドナーカードのような制度を作っておくか」
俺は今後提案予定の条例案に「死後の肉体提供許可証制度」としてメモに書き留める。
また、遺体を素材として見ると、肉、骨、毛、臓器など様々なパーツからなる集合体であるため、ばらさずに運用するのは難しいと俺でも分かる。
今のリプサリスの能力では素材として扱うことは困難だろう。
まず錬金術そのものよりも、遺体の解体、解剖を行う技術と、精神的な負担が大きな課題だ。
遺体処理の問題はあまり気にしない彼らではあったが、一応一目に触れないよう意識した上で焼却処理することにした。
これでようやく襲撃事件の事後処理が終わった。
「ふぅ……」
肉体的な疲労はさほど大きくない。
しかし、多数の犠牲者を出した襲撃、その影響による生き残った人々へのアフターケア、さらには遺体の処理と、精神的な疲労感はイデアに来てから今日までで過去一番のものとなった。
「長い一日だったな」
「お疲れ様です」
「ああ、リプサリスもゆっくり休んでくれ」
今日の事件はしばらく尾を引くことになる。
そんな気がしていた。