41話:愚かな没落貴族の末路
グラトニアを襲う悪党を始末して、皆を守らねば……
先程襲ってきた下っ端の刺客を始末したときの俺は、そんな感情のみで動いていた。
だが、カウラミは弱りながらも傲慢を貫く態度を崩さない。
その振る舞いに俺は加虐心を掻き立てられていた。
俺は自らカウラミに近づき、顔面を殴り、腹にも拳を叩き込む。
「ごぶっ、ぐぶぁっ」
拳による攻撃はダスティナに行った殴打刑を除けば初めてだったが、悪くない手応えだった。
拳による戦い方もこいつを利用して確かめてやる。
ジャーマスに戦いを仕掛けようと思ったときは、マナが希薄化されていて戦うことすら叶わなかった。
カタオクリナと戦ったときは、味方を巻き込む可能性のない戦い方を身に付けたいと考えていた。
だから今こそ拳による攻撃を会得するのだ。
こんな一方的な攻撃では訓練とも言えないが、自信をつけるにはちょうどいい機会だ。
俺はさらに肉体強化魔法を拳に付与しながら、カウラミの右肩に拳を叩き込む。
「がうわぁぁっ」
彼は殴られた衝撃で頭から仰向けに倒れる。
肉体強化魔法を拳に付与しながら攻撃を叩き込めば、痛みを与えにくい部位でも十分な威力が期待できるか。
その後、俺は倒れたカウラミの脇腹を数発蹴り飛ばす。
「ぐぶっ、がっ」
「いい気味だな」
「チキュウ人風情が、この私を何だと……ごぁっ」
俺は彼のお腹を勢いよく踏みつける。
この男、戦いに敗れたときはどう振る舞えばいいのかを知らないのだろうか。
とっくに勝負はついているにも関わらずこの態度だ。
「はぁはぁ、ジャーマス、カタオクリナ、話が違うぞ」
彼はその場にはいない二人の名前を挙げ、騙されたと言わんばかりの不満を口にする。
何を以て話が違うかまでは言わなかったが、カウラミが何を言いたいのか想像するのは容易かった。
どうせ「ファーシルなんて取るに足らない雑魚だ」などと聞いていたのだろう。
そんな彼の言葉を聞いた俺は一度攻撃の手を休める。
プライドの高いこの男のことだ。
物理的な攻撃を仕掛けるばかりではなく、次は口撃に転じるのも一興だろう。
「お前が弱いだけだろう」
「な、何だと!?」
「カタオクリナとは一度交戦したが、あいつはお前のような雑魚とは比べ物にならない実力者だ。あいつが自分の実力を基準に判断したのならば俺のことを「ただの雑魚」と伝えていても何一つ嘘にならない」
「だ、だが、ジャーマスは私の実力ならば、ファーシルなどに負けるはずがないと!」
「はっはははは」
俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
こんな雑魚が煽てられて、その気になっていたと思うと笑うしかない。
「何がおかしい?」
「バカめが、少しはジャーマスの思惑を考えてみたらどうだ?」
「ジャーマスの思惑だと?」
「ジャーマスはやってることこそ極悪人だが、その心根は熱心な愛国者だ」
「……」
「だが、お前はどうだ?治安を乱す扇動者に唆されたリビービの問題を俺に責任転嫁するだけで、イルシオンの秩序や未来がどうあるべきかなんて何も考えちゃいないだろう」
息子の凶行には何も責任を感じずに、俺に逆恨みすることしか考えてないこいつは今後国の治安を乱しかねない危険人物の一人だと考えられる。
ジャーマスにゴミと扱われ俺の元に刺客として送られてくる連中と同じく、この男もまた治安を乱しかねない犯罪者予備軍として、処分する目的で煽てられたのではないだろうか。
……というのが俺の憶測だ。
「お前は俺に始末されるべくジャーマスに煽てられたんだよ」
俺にはジャーマスの本心がどうかなど分からない。
だが、口撃性を強めるために俺は彼の思惑を知っているものとして言い切った。
「ばかなっ、ありえん、そんなことは絶対にありえん。私は名門貴族エンドフォール家の当主、カウラミ・エンドフォールだぞ!」
俺の言葉に動揺したのか、カウラミは興奮したように声を荒げて己の価値を誇示する。
しかし、誇示する己の価値が既に没落した家柄のこととは呆れるばかりだ。
そもそも家柄アピールなど、生まれの勝ち組自慢でしかない。
己に価値があるというなら、己の実績を語るべきだろう。
……どうせ何もないのだろうが。
「お前、実は墜征隊でもないだろ?」
「なっ、なぜそれを……」
どうやら図星のようだ。
「墜征隊には対ミウルスという国防理念があるのに、ミウルスに唆された犯罪者の父親が墜征隊に入れるわけあるまい」
「……」
こいつが実は墜征隊ではないと思っていた理由は他にもあった。
まず弱すぎる。
カタオクリナとこいつが肩を並べるなど違和感しかない。
さらに四人の護衛の中で一人だけ違う装備をしていたことだ。
最初は別格の実力者かもしれないと考えていたが、交戦してすぐにその認識は変わった。
自分の趣向や家紋を入れながら、墜征隊の装備に近いレプリカを誰かに作らせたのではないかと。
何せこいつの身に纏う装備は、形こそ墜征隊の装備に似ているが派手な装飾が目立ち過ぎている。
それにより重さや、迷彩性など実用性を損なっているのが俺の目で見ても分かった。
二種類の武器もまたデザイン性を意識した箇所が見られる。
「……とはいえ、使えなくはないか」
俺はカウラミの持っていた鞭を拾い上げる。
すると、彼は左手に重心を掛けて、上半身を起こすと再びレイピアを握り俺に向ける。
「死ねぇ、ファーシル!」
彼は残り少ない力を振り絞り、俺の脇腹に刺さる残り5cmほどのところまでレイピアを近づけるもその動きは止まりそのまま腕ごと地面に落下した。
「は?」
その状況に彼は一瞬何が起きたのか理解できない様子だった。
だが、次の瞬間……
「があああああぁぁぁぁぁ…… う、腕が、私の腕が……」
切り落とされた腕を視認すると、苦しみの声をあげる。
彼が反撃の動作を見せたとき、俺は縦10cmほどの小さな魔法の刃を繰り出していた。
その刃は勢い彼の右腕を切り落とし、握っていたレイピアもまた地面に落下したのだ。
「わざわざご丁寧に突き刺そうとせずに投げつけていれば、俺に一矢報いることくらいはできたろうに」
「あぁっ、ああああああ……」
俺はカウラミに向けて甚振るように低威力の魔法弾を次々と発射する。
「ごばばばばっ」
彼はもうろくに動けず片腕を失い今も大量に血を流し続けている。
もう何もせずともこいつが命を失うのは時間の問題だ。
だが、こいつはいくら甚振ろうが問題のない悪党だ。
せっかくだから今度はイデア人の体の耐久度チェックをしてやる。
俺は再び人体を切り裂く数cmほどの斬撃魔法を放つ。
「ぐおぉ」
左手の中指は一瞬で切断された。
「がああっ」
親指
「あがっ」
人差し指
「ぐぎぃっ」
薬指
「おうぅぅっ」
小指
左手にあった全ての指を一本ずつ消し飛ばしていく。
「あぁっ、だ、づ、げ……」
「悲鳴を上げて助けを求める人々を笑いながら殺した連中に指示したのはお前だ。そのお前に助かる権利などあると思うか?」
しかし、まだ生きているか。
さらに意識もしっかりしている。
これがイデア人の生命力とやらか。
セレディアにはこの程度で死なないといわんばかりに何度もナイフで刺されたが、こいつがまだ生きてるのを思えば確かにあの程度で死ぬわけないと理解できる。
「お前はグランルーンがいないときを狙ってきたのだろうがそれが仇になったな。グランルーンがこの場にいたら、ここまで執拗な攻撃は認められなかっただろう」
カウラミはもはやまともに声さえ発せなかったが、俺の言葉に対して変化するその表情から何らかの感情の起伏が読み取れる。
それからも大量に魔法を放ち続ける。
「これで最後だ」
「ごぉ─────」
最後は空いた口の中に魔法弾を叩き込み爆発させた。
その衝撃で彼の頭部は破裂し、残された肉体は胴体しか原型を留めていなかった。
「……この襲撃で亡くなった者達よ、仇は取ったぞ」
そう、この男との戦いは終わったのだ……