4話:少女達に刷りこまれるプロパガンダ
前話の修正点
・説明の補足文章の追加
・政治活動条件とされる部分への会話文章がおかしくなっていた点を大幅修正
俺もリプサリスも積極的に話をするタイプではないからだろうか。
それまで挨拶と要件を伝える程度の会話しかしてこなかったが、従順な性格と思われる彼女と二人きりになることが気まずい雰囲気になるのは想像もできなかった。
今日この日までは……
「あの大きな教会が家か?」
「はい、でも向かうのはもう少し先です」
リプサリスは服装からして教会で育てられた孤児というのは察していた。
そしてその教会は国と繋がり、国は孤児達の支援を行い、ある程度成長したらチキュウ人の元へと送りだす。チキュウ人への徹底した管理体制を元に考えればこのくらいまで容易に想像できる。
「ここです」
案内された家の室内を見るとダブルベッドが一つだけ置いてあり、こちらも正直今まで聞いていた話から予想通りの展開だ。一方その他を見るとあまりにも質素で今までリプサリスがここで生活していたようには見えない。全体的に引っ越し直後のように最低限の物しかなく、この家の室内からは生活感が感じられない。
「この家はチキュウ人開拓の為に派遣された人が入る寮という認識でいいのか?」
「はい、そうなります」
やはり今までここで生活していたわけではないようだ。普段は先ほど通りかかった教会で暮らしてるということらしい。
それから程なくしてリプサリスが食事を用意してくれた。
「そういえばこの肉はイデアに来てからほとんど毎日食べてる気がするが一体何の肉なんだ?」
「それはミカケダオシのお肉です」
「ミカケダオシ?」
「安いものですけどドラゴンのお肉ですよ」
「は!?ドラゴン、狩るのも一苦労で高級食じゃないのか? あ、いや、それらのイメージが通じないほど弱いからミカケダオシって名前なのか」
「はい、私でも問題無く狩れますから」
リプサリスの戦闘能力がどれほどなものなのかは分からないが、とりあえずミカケダオシはドラゴンとは思えないほど弱いらしい。
味にうるさい国民性がある日本の食に慣れてるせいかイデアの食事の多くはあまり美味しく感じられなかったが、このミカケダオシ焼きだけは肉質も味も良く好みの食になっていた。
片付けは全てリプサリスが行ってくれるという。しかし、娯楽といえる娯楽がないこともあり、暇を感じてしまい手伝おうかとも考えたが彼女が本当にセレディアの言ってたような都合の良い彼女要素を凝縮したような存在なのか確認するつもりで今日は全て任せておくことにした。
それからリプサリスが片付けを終えると
「何かお話しますか?」
「ああ、そうだな」
しかし、言葉が出てこない。セレディアやイラは自分から喋りたいことと喋り、聞きたいことを尋ねるというパターンだったので、こちらが何か提供する話題がなくても話が進むがリプサリスは好きに喋ってくれるのを待つような姿勢だからだ。
人間性は今のところ悪いところが見当たらないレベルだが、会話することに対する相性だけはどうにもよくない。加えて彼女は何を考えてるのかよく分からないし、都合の良い相手を演じさせられていると聞いてるだけにその中で本心をどう聞き出せばいいかという質問をどうすべきかで言葉が出てこない。
「リプサリスは開拓任務に派遣されてから普段何を考えいるんだ?」
特に上手い聞き方が思い浮かばず結局ストレートに聞くことにした。
「お役に立てるように頑張ろうと」
典型的な綺麗な定型文の返しだ。そして結局また言葉に詰まってしまう。
怒鳴り立てたり嫌がらせでもすればその反応から本心が垣間見えるかもしれないが、敵や性格の悪い相手にならばともかくリプサリスに対して行うのはさすがに気が引ける。
不満を聞いても無いと答え、不幸を感じてもいないという。見ず知らずの、それも危険人物判定された俺の結婚相手候補として派遣された彼女の立場は奴隷も同然だが奴隷であることに慣れきってしまっているのだろうか?
「教会ではどういう教育を受けてきたんだ?」
「どういう教育って言われましても、あの何かご迷惑をお掛けしましたか?」
「いや、迷惑とかそういうことじゃない。 なんというかな、リプサリスにとっては普通のことなのかもしれないが俺にはリプサリスの考えが全く理解できないから聞いておこうと思ってさ。 指令を出す側の人間が仲間のことを理解してないのはよくないだろう?」
「そうなんですか?」
「……」
この微妙に会話が噛み合わないことが多いのも価値観がかけ離れすぎてるのか、読解力に難があるのか、それとも別の何らかの問題があるのかわからないがどうにもやりにくい。
グランルーンにはまだ王と法を守るという秩序が判断の根底にある。ただ、彼女は信仰ともいうべき行動判断の指針が分からないのだ。
「ところで教会にいるリプサリスの育て親は誰だ?」
「クロシス先生です」
「分かった。 明日早朝そのクロシスに話を聞こうと思う。 その間リプサリスは家で待機していてほしい」
「はい、わかりました」
教育方針の本音を聞かされてショックを受けることになるかもしれないという俺なりの配慮だ。
そのことだけ告げ俺達は就寝することにした。
翌朝
リプサリスを置いて外に出ると既にグランルーンとセレディアは待機していた。
「早いな」
「ファーシルが遅いだけじゃない?」
「時計が無いから早いか遅いかの判別も付かん」
「時計ならあっち見ればあるよ」
大きな建物に一際目立つ時計らしきものにセレディアの指先が向けられていた。
「ただのモニュメントかと思ったが、あれがイデアで運用されてる時計なのか」
しかし、この時計数字と思われる文字が10個しかなく、おまけにチキュウで使用されている数字とも違う。
「見たことない文字なんだが、古代言語か何か使ってるのか?」
「あっ、そういえば文字ってチキュウと違うんだっけ?」
「俺にも仕組みは分からぬが、チキュウ人は転生する際に無意識にイデア言語を習得していると聞く。 しかし、本人達にその自覚はないらしくそれぞれの言語で喋っているつもりらしいな」
要はチキュウ人とイデア人で会話は当たり前にできるが、もう片方の世界の文字は互いに読めないのが普通らしい。
「つまり俺らは翻訳機の端末を間に経由しながら喋っているようなものか」
「何を言ってるのか分からぬが納得したならそれで良い」
さすがに文明レベル的に存在しないものは理解できないらしい。言語の違いがありながら会話が何故か通じる自動翻訳機能については謎のままではあるが気にすべき優先項目はリプサリスのことだ。
それからすぐ近くにある教会に足を踏み入れるとすぐに目標の人物クロシスに接触できた。
推定年齢40前後の女性シスターだ。服装はリプサリスと似たような感じだが、生地の質は彼女よりも整った良質な物ではないかと思われる。
「リプサリスのことについてお聞きしたいのですが……」
「何か彼女に至らないところがおありでしょうか? 口数は少ないですが、とても優秀で良い子ですよ」
「単純に何を考えてるのかよく分からない子だから少しでも理解できればと思い尋ねたまでです。 見知らぬ相手に事実上結婚させる方針で送られてるにも関わらず不平不満を言わないどころか、聞いても「ありません」という反応だけでした。 その反応は俺の常識感覚からすれば不気味にさえ思う反応です。だから教会での教育方針なども含め色々と聞かせてもらえば彼女の人となりを知れるかと」
「そういうことでしたか。 それならそろそろ子供達に紙芝居を見せる頃なので一緒にご覧になってください」
そう言われ別室で子供達と一緒に紙芝居を見ることになった。子供達は3歳~15歳程度で推定100人ほどおりその全員が女の子だ。
「男の孤児はいないのか?」
「多分預かる施設が違うんじゃない?」
「いや、ここは男の孤児も預かっている。 今ここに男児がいないのは男女で若干教育方針が違うからだ」
「なるほどな」
紙芝居一つに男女で対応を変えているのか。
一つの教会にこれだけの孤児が集まってるのも驚くが、彼女達は推定7歳以上まで育った子は子供とは思えないほど互いに喋ろうとはしない。一方で健康上の問題がありそう子は然程おらず奴隷の子供として酷い扱いを受けているという感じでもなかった。
そう周囲の子供達の状態を気にしてるうちにクロシスが準備を終え紙芝居を始める。
タイトルは「正義のヒーローは暴君を討つ」
チキュウではありふれたコンセプトのタイトルだ。ただこのタイトルはどちらかといえば男児向けではないか?と思うが世界が違えば男女の価値観も変わるのかもしれない。
それから一通り紙芝居を聞き終える。正義のヒーローが暴君を討つまではありふれた内容だ。
しかし、この紙芝居にはその後があった。正義のヒーロー側と暴君側の支持者それぞれが衝突して双方に多数の死者が発生。その原因となった正義のヒーローも社会の悪と見做され国民から私刑を繰り返され最終的には自殺する。そして主人公はそんな一連の流れに一切参加せず変わらぬ日常を送り続けるだけである。そんな主人公だから一時の憤怒に駆られ死ぬこともなく、これからも平穏に生きられましたという内容だ。
クロシスが紙芝居を終えると俺達はクロシスと共にエントランスに戻る。
「チキュウ人の方でしたら登場人物の名前を聞いて気づいたことはありませんでしたか?」
「名前……? あっ!」
暴君と正義のヒーローの名前は日本アメリカなどで主流となっている二つのSNS。暴徒となり争う国民達の名前は正義、アンチ、まとめサイトなど炎上話題参加者を示す単語。それらをもじった名前の人物で物語が構成されていることに気づく。
「あの物語はSNSの炎上問題を擬人化したものか」
「はい、そういうものだと聞いています。 そうした内容なのでチキュウ人の方にも良い教育だと安心してもらえるカリキュラムになっていると伝えられています」
日和見してる主人公のような生き方をしてるのが安全で正しい在り方だという教育は昨今のSNS炎上問題を思えば確かに納得はできる。一方で自主性を否定して、主義主張せず、ただ世の流れに身を委ねろという作風は完璧な管理社会を目指す国の方針に沿ったプロパガンダそのものだ。
それから他にも幾つかの紙芝居も見せてもらった。中には幻影政策と思われる包囲網に抗い反乱を起こしたチキュウ人の末路を描いたかのような作品もあった。
リプサリスの行動判断指針になる信仰とでも言うべき価値観にも紐づく教育方針らしきものが垣間見えた。……とはいえ、彼女を理解するにはもう少し情報が欲しい。
「外部の人がここの子供達と一緒に生活、教育を受けてもらう体験をすることは可能ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
俺が必要なここでの生活の「普通の感想」を得るならば育ちの悪そうな補助機関会員達が適任だ。
そう考えると教会を後にしてリプサリスを迎えにいった後、俺はオウボーンを通じて一週間ほど数人の補助機関会員に教会生活体験協力してもらうことにした。また、経験の一環としてイラも自ら一週間ほどの教会生活体験に協力志願してくれた。
「やっぱりいるんだな、国の中枢にチキュウ人が…… グランルーンは何か知ってるか?」
「あの紙芝居の作者がヒゴシという名前であることだけは知ってる。 作者のサインをかつてお前と同様に俺が担当していたチキュウ人が解読したのだがその文字はこんな形だったはずだ」
グランルーンが書いた文字は若干文字が崩れているものの「日越」と読める文字だった。
「なるほど、確かにヒゴシと読める」
「でもさ、チキュウ人がイルシオンをコントロールしてるって気づかれる可能性があるのに自らサインなんてする?アタシはそれチキュウの文字を学んだイデア人がさ、戦争でも起きたらチキュウ人に責任をなすりつけてやっかーって感じで書いたんじゃないかなーって思うんだけど」
「確かにその可能性も否定できないな」
プロパガンダ紙芝居の作者がチキュウ人の日越という人物と情報は得られたが、それ以上は何も知ることができなかった。
「しかし、幻影政策といい孤児達へのプロパカンダといいこれらを考えたチキュウ人はすごいな。 人権やら思想の自由を与える義務が無い社会だからできることかもしれないが正直関心する」
「ファーシルでも認めるんだ」
「認めざるを得ないだろう」
好き嫌いでいえば嫌いだが、その手腕は認めざるを得なかった。だから、管理される側としては嫌いでもこれから管理する側、政治する側になるならばそのやり方を学ばない選択肢は俺の中には無かった。
今回はメインヒロイン枠の一人のつもりながら、前回まで名前は何度も出てるのにセリフがほとんどなかった彼女についての掘り下げがメインになっています。