37話:「墜征隊」
カタオクリナと対峙したグランルーンが大剣と大盾を構える。
その姿は見ただけで戦うべき相手ではないと感じるほどだが、カタオクリナにそのような意識は微塵も見られない。
「おっとそうだった、お前にも自己紹介しねぇとな」
「墜征隊のカタオクリナだろう」
「ほう、俺様のことを知ってたか。ならばとっとと始めるか!」
武器と武器が重なり合い甲高い金属音が周囲に鳴り響く。
片方が力をためて大きく振り下ろせば、もう片方は後方へとステップを踏んで回避する。
その戦闘の激しさは先程までの戦いとは比較にならない。
「墜征隊?」
初めて聞く言葉に俺は戸惑う。
恐らくなんらかの組織、団体だと思われるが、この女は補助機関とは別の組織に所属しているのだろうか。
俺がそんなことを考える傍ら、セレディアはショックを受けている様子だった。
「どうした?」
「どれだけ手加減されてたんだろって思ってさ……」
確かに今のカタオクリナの動きを見ると、セレディアとて安定して回避できるような攻撃速度ではない。
相手の力量を見極めて、的確に力加減を調整する。
そして、そのことをセレディアにでさえ悟らせないほどの演技力がある。
やはりその実力は並大抵の者ではない。
「そうか、まあ今は一旦体を休めておけ」
「……うん」
肉体、精神共に疲弊したセレディアの息遣いは荒く、いつ意識を失ってもおかしくないとさえ感じる。
そのため、安全に休息を取れる場所へ連れていく前に、この場で少し休ませることにした。
グランルーンとカタオクリナはまだ交戦中で、この場が安全とは言い難い。
しかし、カタオクリナは好戦的で狂人とも言うべき人物だが、疲弊して戦えない相手を意図的に狙う卑劣な人物ではないだろう。
交戦中の二人の流れ弾がセレディアに当たることがないように、俺は彼女を覆うように座り込む。
俺はそこまで疲弊しているわけではないが、今他にそれしかできることがない。
「!?」
セレディアを休ませ、二人の戦いに目を向けるとカタオクリナに決定的な一撃が入ったことを確認する。
激戦を繰り広げるかと思われた戦いは意外にも早く決着がついたのだ。
「ぐおっ……」
グランルーンの激しい斬撃がカタオクリナの脇下に直撃したのだ。
斬られた部位からは血飛沫が上がり、周辺の皮膚は火傷のようになっていた。
「このくらいでいいだろう」
「ちっ、魔法を使われることもなくこのザマか」
カタオクリナは好戦的な態度に反して、意外にもあっさりと敗北を認める。
さすがにこの女も自分の命は大切にしてるのだろうか?
何はともあれ今は大きな被害が出ることもなく、戦いに勝利したことを喜ぶべきか。
カタオクリナは出血を続ける脇下を抑えながら、後ずさりする。
「待て」
敗北を認め、その場から立ち去ろうとするカタオクリナをグランルーンは制止する。
「なんだ?俺様に止めを刺すのか?」
「そのままでは止めを刺さずとも道中で死ぬことになる」
「だったら、最期のそのときまで戦うか」
「早まるな」
グランルーンは武器を下ろし、治癒魔法をカタオクリナにかけると彼女の傷がたちまち回復した。
「お、おいグランルーン。何をしてるんだ?」
「なんのつもりだ?」
カタオクリナに治癒魔法を掛ける姿には俺だけでなく、カタオクリナ本人も困惑する。
「墜征隊の意義を思い出せ」
「俺様は何を言われようが、例え殺されようが、誰かのために戦おうなんて思わねぇよ」
自分の快楽と、力を誇示するために戦う。
ただそんな生き方をするカタオクリナにグランルーンの言葉は響かない。
「墜征隊は……」
その後もなお彼女に墜征隊の存在価値を説明しようとする。
しかし、彼女はグランルーンの言葉を遮った。
「俺様は俺様だ、墜征隊の意義なんかどうだっていい」
自分は国や社会のために生きるつもりなどないと強く主張する。
裏表のない分かりやすいタイプだ。
戦い方では相手の心理を読み取り、的確な身のこなしをするが、対話能力に関してはバカ正直で不器用なことが伝わる。
「グランルーン、代われ」
「どうした?」
「俺も対話は苦手だが、今のグランルーンの説得よりかは余計な溝を作らないはずだ」
「……」
俺はグランルーンに彼女の処遇をどうしたいかだけ確認する。
彼女に打ち勝ち、生かした彼の判断ゆえに、処遇は彼の判断に委ねるのが道理だ。
……ということにしておきたい。
そう思うのも彼女を今までの刺客と同じように扱うのはあまりにもリスクが高い。
まず一番問題なのはグランルーン以外に戦いで勝てる人物がいないことだ。
さらに好戦的かつ自由奔放で、余計なトラブルの増加が目に見えている。
一方で実力こそ圧倒的な違いがあれど、罪の程度は従来の刺客と変わらないどころかセレディアに手加減していたことを考えれば彼らよりも軽いと言える。
そのため処刑とするのはさすがに気が引ける。
だから本来なら罪に対する罰は一律に与えるべきだが、例外を作るためにグランルーンの判断に委ねたいというのが本音だ。
そんなことを考えながら、俺は二人の間に割って入り対話を始める。
「……戦いに楽しみを見出せないお前が俺様を説得しようとは笑えるな」
「説得する必要などない」
「あぁん?」
「グランルーンはこれまで通りに生きていろと言いたいだけらしい」
「……」
グランルーンは彼女を生かす意味を本人に訊ねられ、その答え方から滲み出る思想が彼女の思想と対照的であったがゆえに不和が生じかけた。
処遇の結論だけを言えば「これまで通りに生きろ」というだけにも関わらずだ。
「そうか、そういうことかよ」
彼女はグランルーンの言ったことに対する俺の説明を聞くとなんとか理解してくれた。
「一応俺からも要求を付けるなら、ここを襲うのはもうやめろとだけ言っておく」
「雇い主からの指示がない限りは安心しておけ」
「そうか、これで安心できるよ」
「お前、ジャーマスと対話してたときに比べると随分愚直に信じるんだな」
「嘘をつくのは苦手なタイプだろう?」
「ちっ、そういうところは勘がいいんだな」
彼女ほどの実力者ならば味方に引き入れられれば、そう思わないこともない。
しかし、我欲に忠実な彼女の事だ。
グランルーンがいないときにトラブルを起こしでもしたら誰も止められないし、自分より弱者である俺の意向になんかまず従わないだろう。
一方で正直者で、無暗やたらに相手を殺すような真似はしなかった。
自分勝手で協調性は無いが、悪人ではない。
そんな彼女なら、グランルーンの判断が後々悪影響を及ぼすこともないだろう。
「じゃあな、個人的にリベンジしたくなったらいつでも受けてやるぜ」
「ああ、そのときはよろしく頼む」
そうして、カタオクリナはその場を立ち去っていく。
辺りを覆っていた戦いの熱気は消え、静寂を取り戻す。
ようやく一息つけたのだ。
……だが、一つ気になることがある。
「グランルーン、さっき言ってた墜征隊って何なんだ?」
「騎士には不適格だが、高い戦闘能力を認められた者を集めた集団だ」
「ジャーマスはそんな組織まで作っていたのか」
「いや、ジャーマスは関係ない」
「どういうことだ?」
「墜征隊は国がミウルスの討伐を目的に作った組織だ。それに緊張が高まるサグラードとの争いにも投入すべき戦力として見込まれている」
「ふむ……」
「だが、墜征隊にはカタオクリナのように秩序を守る役割などは到底任せられない無法者も多くいる。ならば、平時の彼らは何を対価に収益を得る仕組みを作ればいいかと国は考えたのだ」
「その結果が傭兵業か」
「そうだ、雇う権利があるのは国との提携機関に限るが、実際にやってることは傭兵業だ」
「なるほどな」
つまり、上位傭兵か。
しかし、我が強くて扱いにくいのだろうな。
それに自分の快楽のためだけにカタオクリナの性格と、墜征隊の国防理念は明らかに噛み合わない。
そのことから小さな疑問が浮かぶ。
「カタオクリナは墜征隊を抜けられない行動制限でも受けてるのか?」
「ああ……」
「やはりな、どう考えても組織に適応する人間性ではない」
彼女は今回と同様、過去にも強者との戦いを求めてグランルーンの一人に戦いを仕掛けたという。
その戦いで互いに大怪我を負い、国に捕まったのだ。
そんな彼女だが、実力は高く評価され国から墜征隊に抜擢されたのだという。
墜征隊は彼女のような前科者も多数在籍しており、その危険性からチキュウ人と同様冒険者ギルドの利用をはじめ、多くの経済活動を禁止されている。
「まあ、なんというかあいつらも大変なんだな」
おそらくセレディアが始末した刺客の何人かも墜征隊の者だろう。
墜征隊は危険人物が多かれど、国防戦力と見做されてる。
そんな彼らを過激な愛国者のジャーマスはどう見ているのだろうか?
俺との取引で彼らに手を出すなと要求してきたことを考えると、ゴミ扱いして送りだしている捨て駒たちとは異なる認識であることは間違いない。
……ジャーマスからしても彼らへの想いは複雑なところだろう。
「セレディアはこれからどうする?」
「……」
セレディアの目的はジャーマスへの復讐と、ノースリアの後継者擁立にある。
カタオクリナが現れたことで結果として再び共闘することになったが、俺と共にいる理由が今の彼女にはない。
「少し考えさせて」
「分かった。とりあえず今日はグラトニアで休んでいけ」
「うん、そうする」
それから俺たちはグラトニアに戻り、激戦の疲れを癒すべく朝までゆっくり休むことにした。