33話:刺客を送る真相
「せっかくこう対面したのです。少しお話になられましょうか」
彼らが今この場で俺を殺そうというつもりならば、簡単にできるはずだ。
そんな状況で俺とわざわざ話をしようというジャーマスはいったい何を求めているのだろうか。
「いいだろう」
今この場でセレディアやグランルーンに助けを求めるよりも、ここは彼の対話要求に応じて時間を稼いだほうが安全だろう。
それにジャーマスに対しては俺からも聞きたいことがたくさんある。
「それは良かった。それではまずファーシル殿はイルシオンの国の政策についてどう思われますかな?」
「……」
最初に聞く質問がそれか。
下手な回答をすれば即座に始末される可能性が高い。
だが、煽てるような回答をしても俺の人物像をある程度把握されている以上、良い結果にはならないだろう。
それならば、嘘偽りのない範囲で評価できるところを評価するといった回答をするのが適切か。
「チキュウ人に対する治安管理意識の高い政策を行っているように思う」
「ほう、それはどのように?」
「チキュウ人に対する情報管理、法的な制約の数々は彼らに主導権を握らせない方針を重視していることが伺える。これはイルシオンにおいてはイルシオン人こそが主役である社会を目指す方針が軸となっており、国民のための政治を行っていると評価できる」
「ふむふむ、よく理解しておられますな」
なんとかイルシオンの政策を前向きに評価することを口にしてかつ納得してもらえたが、現在の俺の行動は合法の範囲内とはいえ、その政策方針に抗っている状態だ。
そのことを考えると墓穴を掘ったかもしれない。
「続けて質問といきたいところですが、ファーシル殿からワシに何か質問はおありかな?」
「ああ、俺たちに敵対する理由は何だ?」
「ごもっともなご質問ですな」
俺はグレーなラインを走っているようなところがあるかもしれない。
だが、グランルーンに止められたことは一切していない以上、善良なイルシオンの一員として認められても良いはずだ。
それに点数稼ぎの結果、国による評価も上がっている。
なおさら始末される理由などない。
「こう言われてもご納得できないでしょうが、ファーシル殿に向けた刃はただのゴミ処理にすぎませぬ」
「ゴミ処理だと?」
「ええ、依頼内容に見合わぬ報酬ならば正常な思考ならば怪しいと判断するものです」
「……」
「それにも関わらずなぜ飛びつく者が、どういう人々か聡明な貴方様なら分かるでしょう?」
「路頭に迷った者か、現実をまともに理解できない連中か」
「ええ、そうです。そうした者は犯罪行為に高い確率で手を染めます」
犯罪者予備軍の事前処理か。
ただ、この主張が全てでないことは確かだ。
なぜなら監視役まで付け、俺の元まで刺客として送ってくるのは無駄な手間が多すぎる。
犯罪者予備軍を始末して治安の安定を図りたいなら、法的管理の及ばないイルシオン首都圏から出た時点でさっさと始末してしまえばいい。
ならば……
「そのゴミには俺も含まれているのだろう?」
「ふぉっふぉっふぉっ、なるほどなるほど。そう思われますか……」
「違うとでも?」
「ええ、処理すべきゴミと判断するには時期尚早ですからね」
「要はその判断のために刺客を送ったのか」
「その通りです」
ならばセレディアが過去に担当していたチキュウ人のギシアは処分すべきゴミだと判断されたことになる。
セレディアの話ではなんでも自分一人でできる男だった。
犯罪者予備軍などとはほど遠い。
「ギシアのことはどうしてゴミと判断した?」
「彼のことはゴミと判断したわけではありません」
「どう思ったかはどうでもいい。気にしているのはどうして追い詰めたかだ」
「イルシオンとノースリアの力関係を保つためですよ」
「どういうことだ?」
もはや何を言ってるのか分からない。
どうしてギシアが村づくりしただけで二ヵ国の力関係に影響を及ぼすというのか。
それに村づくりはイルシオンの領土で行っていたはずなのだから、むしろイルシオンの国力はプラスに働くはずだ。
「彼は有能が過ぎました。そんな彼がノースリアの次期国王となればイルシオンと手を結ぶ必要がなくなるどころか圧をかけてくるかもしれません」
つまりギシアの才を恐れていたということか。
しかし……
「ノースリアの次期国王?」
ギシアがノースリアの次期国王だったとは、セレディアからも聞いていない。
「おや、その様子だとセレディアやダスティナから聞いていないのですな」
ギシアのことを聞いただけで、なぜダスティナの名前まで出てくる?
あいつはギシアとは何も関係がないはずだ。
もしや、ノースリアの傭兵やイルシオン上層部の間では、ギシアがノースリアの次期国王になると幅広く共有されていたのかもしれない。
「では一つご質問ですが、貴方様はセレディアに独立していただくよう唆されたご経験はおありですかな?」
「!?」
「心当たりがあるようですな」
「今まで聞いた話をまとめると、セレディアは野心のありそうなチキュウ人に接触して、ノースリアの次期国王の候補を探していたというのか?」
「おおまかに言えばそういうことです。政治的介入を行うXXの首領が見定めた継承者候補の三人はいずれも政治的適性がない判断されましたのでな」
「……」
ジャーマスの言葉を聞いて、ノースリア及びセレディアが何を考えているのかようやく理解できた。
なぜXXの元継承者候補ともあろう者がイルシオンまでやってきてチキュウ人の監視担当の仕事をしているのか。
なぜセレディアは監視する立場でありながら、イルシオンが隠したいであろう内情をぺらぺらと喋ったのか。
彼女がノースリアで実権を握ろうとしているかまでは定かでないが、彼女はXXの継承者候補を欲するために野心のありそうなチキュウ人に近づいていたんだと推察できる。
XXの首領とノースリアの国王は別の人物であるはずだが、XXは政治介入をしていることが分かっている。
XX出身の傭兵が見定めたチキュウ人を次期国王に選出するというのは非常に違和感のある話だが、ノースリアの王室がもはやXXの傀儡でしかないと考えればつじつまが合う。
だからXXの首領にでもなれば国の主権を簒奪するのは容易だと。
それどころか王室の支持は既に地に落ちており、国民からもXXによる統治体制を望まれているのかもしれない。
XXが現在政治的介入を行うのみで簒奪者とならないのは、政治に介入し始めたその時すでに首領がかなりの高齢、もしくは何らかの理由で長くはないにも関わらず後継者として適性のある者が現れない。
その結果が現在の状況だと推察できる。
そして俺は現状のノースリアで国王になったとしても、イルシオンとの力関係を揺るがすような脅威にはならない無能だと思われているのか。
だが、結局この男はなぜ俺に直接接触してきたのだろう。
今までの話を聞いていてもそれは分からなかった。
「ところでお前はなぜ直接俺の元に姿を現した?」
まさかダスティナに道案内させることくらい、この男の力が無くてもできたはずだ。
「おぉ、それはそろそろこちらから話そうかと思っていたところです」
「???」
「取引ですよ」
この明らかに不利な状況で求められる取引。
それは一体……




