32話:開拓構想を練る最中に現れた者は……
それからの十数日。
刺客が再び襲ってくることはなかった。
ノースリアからやってきた傭兵には何人かに遭遇したが、安易に略奪行為はせずに特に問題を起こすこともなかった。
この一帯が今までのエサ村とは違うことを皆すぐに察したからだ。
十数日前に刺客が襲撃してきたことで有耶無耶になっていたこの村の名前は、最初に俺が提案したグラトニーグロースに基づいて『グラトニア』と正式に命名することになった。
そんなグラトニアの発展状況はこの十数日で大きく動いた。
リプサリスは鍬や釣り竿を作り終えていた。
完成した鍬や釣り竿は形が歪んでおり、その歪みもバラバラで職人が作り上げたものとは程遠い。
しかし、目的に沿った運用は可能で普通に使う分には十分だと俺は判断していた。
そして現在は囚人向けの服の作成に取り掛かっていた。
囚人服用の染料は元々血で色を付けることを考えていたが、エサ村で収穫前に野生動物に齧られたりして人間が食べられなくなった果実を使う方針に切り替えている。
農作物は仕入れてもらった数々の種で種類を大幅に増やしていた。
収穫こそまだほとんどできていないが、あと数日もすれば野菜だけはエサ村の人々が作った作物に頼る必要もなくなるだろう。
何せイモシオンのように種蒔きから収穫までの期間が短いものを中心に種を仕入れてもらったからだ。
一方で主食となる米や小麦は栽培期間が長くても欠くことができないと判断し、米の種籾と小麦の種も仕入れてもらっていた。
炭水化物の摂取につながる主食として重要な米やパンの材料になる小麦だが、それらは貨幣による取引を行わない小さな村では貨幣の代わりともなる。
そういったことからもこれらを自分たちで作ることは欠かせない。
「米を育てるにあたって必要な溜池と土地はどのあたりにすべきか……」
「ファーシルさんは米作りはやったことあるんすか?」
「いや全くない」
「ですよね。なんかファーシルさんの野菜選びのセンスからして米作りするイメージ沸きませんもん」
どうやら俺はすぐに収穫できる、まともに手入れしなくても育つ野菜ばかりに目をつけていたことから米や小麦を育てられるような性格ではないと思われているようだ。
まあ、あながち間違っていないか……
「米に関しては収穫までが長い上に、管理を怠ると周辺の田んぼにまで被害が出るといったことは知っている」
「そうなんすよね」
「家づくりだけでなく米作りも俺にはあまりやらせたくないと思ったか?」
「ファーシルさんは大丈夫でしょうけど、あいつにはやらせたくないなって……」
俺と話していた補助機関の男が指を差した先にいたのは、先日捕らえた元刺客の女だった。
全体的に考え方が雑なあの女と米作りは確かに相性が最悪だ。
またその場にはいなかったが、チキュウ人の元刺客にもさせたくないという。
ろくにしゃべらないチキュウ人の男のことは米作りの適性がなさそうというよりは、意志疎通が難しいことから何をするか分からないことで彼を不安にさせているようだった。
実際妥当な判断だ。
加えてあの坊主頭の元刺客にも個人的には任せたくない類の仕事だ。
彼は勝手な思い込みで判断する傾向があるからだ。
「まあ、田んぼに関しては適性のありそうな人物だけに厳選したほうがいいだろう」
「その方針で頼みます」
田んぼを作るにあたって、俺がすべき仕事は田んぼや溜池の場所の調整だ。
米作りは貨幣化することも念頭に入れてできる限り大規模に行いたい。
そのため、できるだけ広範囲に展開できる場所を選ぶ必要があった。
現在このグラトニアの中心となる場所から西側には滝の下流があり、北側には崖がある。
南側には併合予定のエサ村がある。
これらを念頭に入れて考えると、まず北側は崖を上がれる人物が限られているため問題外だ。
続いて西側は雨などで水かさが増して河川の氾濫が起きたときのリスクが大きい。
何せ米作りは長期間の栽培となるので、畑で作る他の作物よりできる限り天災などによるリスクを減らしておきたい。
よって選択肢は南側か、東側だ。
今後開発・発展させるときに元々静かに暮らしたいだけだったエサ村の人々は開発に伴う大きな環境変化を嫌うかもしれない。
それならば南側に田園地帯を築き、東側は居住区や商業区として発展させたほうがいい。
そうして、俺の中で今後の開発における構想がまとまった。
「ファーシルさーん」
「どうした?」
「あの崖の上に簡単に登れるようにできませんか?」
俺に声をかけてきたイラはあの崖の上に簡単な店を構えたいらしい。
ただ、彼女は魔法によって崖を登ることができないため、なんとかしてほしいとのことだった。
「商業区は東側を考えているのだが……」
「崖の上には何を作るつもりですか?」
「そもそも簡単に行き来ができないことから手を付ける予定がない」
「危険じゃないですか?」
「……というと?」
俺たちを攻撃したいなら高所から狙撃武器や魔法による攻撃をすればいいので、明らかに敵にとって優位になる。
そのため、滝の上流にあたる崖の上付近は生活拠点と意識すべきかどうかはともかく空白地帯にすべきではないとイラは言う。
「なるほどな」
言われてみれば確かに危ない。
すでにノースリア方面からくる傭兵の何人かが崖から当たり前のように降りてくる姿も確認している。
刺客は主に南側からくるが、北側からの流入経路には何らかの安全対策が必要だろう。
また、イラはイルシオンにおける居住区のイメージから崖の上一帯の高所エリアは裕福層や貴族の居住区とする方向でどうかと提案した。
下流に住む人々に対して「下」と印象付けるようなことをしたくはないが、一方で高い位置に住むことで心理的に満たせるならば検討の余地はある。
「ところでイラはもっと売り出したいと思うものはあるのか?」
「いろいろありますけど、やっぱり食料ですね」
現在イモシオンなど過剰に生産された食物は通りすがりの彼らに無償で提供している。
従来のエサ村のように敵対的に荒らして奪うよりも、現在のグラトニアである方が友好的に分け与えてくれるから自分たちにとって都合が良い。
そう思わせておくことで発展段階から妨害されないことを目的としている。
イラは方針に反対していないが、来訪者に向けた店を繁盛させたいという想いがあるようだ。
「そういえば刺客としてやってきた人たちって今のところまともに戦えない人ばかりですよね」
「偵察でやってきた最初の男は辛うじて戦えるレベルとは聞いてる」
「う~ん……」
「どうした?」
「村としてではなく、私個人で仕入れもしたいんですけど……」
「人手が欲しいのか」
「はい」
少し前に襲撃してきた刺客たちも今ではチキュウ人の男を除きすっかり溶け込んでいるが、まだ誰も明確な役割を得られていなかった。
そんな中でイラは彼らのうちの一人を起用できないかと考えていたのだ。
「検討しておこう」
それから俺はセレディアと話して、彼が最低限の護衛の役割くらいはできるようにと訓練をさせることにした。
その話を聞いた瞬間、元刺客の男は露骨に嫌そうな顔をする。
この男も後から来た三人の元刺客と同様にセレディアの指導は受けたくないらしい。
グランルーンは元刺客への訓練はグレーだと判断し、容認はするが自分で指導することはしないと判断した以上彼女に任せるしかないので「諦めてくれ」とだけ伝えた。
かわいそうな気もするが仕方ない。
「しかし、崖上までの整備と開発か」
イラから指摘された地理的な危険性を理解すべく、俺は崖上に登りグラトニアの様子がどれくらいまで見えるものなのかを確認しに向かう。
そして崖のてっぺんまでたどり着くと今までに感じたことのない空気の違和感があった。
標高が高くなると感じる酸素の薄さが原因だろうか?
しかし、そこまでの標高差はないはずだ。
そんなことを考えていると目の前に突如として6人の人物が姿を現す。
「!?」
まるで最初からそこにいたかのように、歩いてやってくる様子さえないまま俺の視界に入ってきたのだ。
魔法で姿を隠していたのだろうか。
しかも、彼らは明確に俺の姿を捉えている。
新たな刺客がこのタイミングで現れたというのか。
中央にはリーダーらしき小柄の老人がいた。
白く長い髭が特徴的で、羽根飾りの付いた帽子を着用している。
服装は中世ヨーロッパの貴族風のロングコートを身にまとって、片目にはモノクルを付けている。
姿恰好からしておそらく相当上位の刺客だろう。
その老人を取り巻く護衛らしき四人は鎧を身に纏っているが、イルシオンの騎士らが身に纏うものとは明らかにデザインや構造が異なる。
彼らは軽装の鎧であり、素早く動くことを重視した装備であることが分かる。
そしてもう一人は……
「ダスティナ?」
そこには彼らに捕まっていたダスティナがいた。
手や足にこそ拘束具をつけられてはいなかったが、首輪をつけられておりリーダーと思わしき老人を護衛する中の一人によって手綱を握られていた。
「ファーシルの作戦はバレちゃったみたい」
バレる可能性自体は想定の範囲内だ。
しかし、セレディアからも逃げ足だけは速いと言われていたダスティナが捕まるのはさすがに想定外だった。
「ふぉっふぉっふぉっ、邪魔が入らずにファーシル殿と直接対面できたのは運が良いですな」
優しそうな口調で話す老人だが、ただ者ではないことは明らかだ。
「お前もイルシオンのギルド依頼を受けた刺客か……」
「ふぉっふぉっふぉっ、ワシはギルド依頼など受けておりませぬよ」
「???」
一体どういうことだろう。
彼らはダスティナのデマがジャーマスの依頼に対する妨害工作であると見抜いた時点でジャーマスの依頼のことを間違いなく理解している。
その上で捕らえて連れてきたにも関わらず冒険者ギルドの依頼で来てるわけじゃないとは……
「ねぇ、ファーシル」
「なんだ?」
「目の前にいるその爺さんこそがセレディアの言ってたジャーマスだよ」
「嘘だろ!?」
ダスティナの口から告げられたことに衝撃が走る。
かつてギシアが刺客らと戦っていたときには黒幕が誰であるかすら気づかれないよう動いていたジャーマスが俺の元へ直接出向いてきたというのだから……
一体何が目的で……




