27話:これまでの歩みと治安悪化への対策
イデアに召喚されてから今までの日々。
思えば、異世界生活のイメージが描く理想的な日々とはかけ離れていた。
むしろ、異世界だろうが『これが現実だ』と言わんばかりに何かと上手くいかないことに直面していた。
臆病ゆえの過剰防衛行動、社会不適合者ゆえの遠回り、転生前の腕力の無さゆえの魔法への依存意識。
嫌というほど自分の弱さを痛感させられた。
ただ、転生前の自分とは変わったこともあった。
一つは立場上周囲を動かす側である以上、他者からあれこれ納得いかない命令を受け従うか離脱するかといった選択を迫られる機会はほとんど無いことだ。
さらにもう一点。
それは成長の実感を出来ることだ。
与えられた環境と肉体的強化。
それらによって様々な体験をしようと考え実際に幾つかしてきた。
そうした体験を積み重ねることで自分の中にあった学習性無力感が大きく薄れたのだ。
そう、それは成長への希望が生まれたといっても過言ではない。
そんなことを振り返りながら現在の状況を確認する。
・現在グランルーンたちのグループが給料を受け取りにイルシオンへ向かっている。
・ダスティナはセレディアが戻るまでの一時的な監視護衛を務めると言われていたが、セレディアは現在個人的にここへ来ており仕事として戻ってきたわけではない。その為、ダスティナは引き続き俺の監視護衛を担当することになっている。
・イラがリプサリスに大釜を先行投資したことでじきに解決すると思われるが、現在この村全体でお金を獲得する手段が存在しない。
・現在確認されているジャーマスの刺客は先程セレディアが捕らえた一人のみ。
・この村の場所はノースリア人がイルシオンに渡る際の通過ポイントとなっており、ジャーマスが送った刺客のみならず彼らもまた治安悪化の原因として懸念される。
「こんなところか」
現在の状況を確認した後、俺は先程セレディアが捕らえた刺客の様子を確認しに向かう。
するとなぜか先程の刺客が素っ裸で農作業をしている。
「え、お前は何で裸なんだ?」
「はぁ?お前があの女に命令したんだろ!」
「いや、してないが……」
「え……」
どうやらこの男が裸になってるのは露出症というわけではなくセレディアが無理やり衣服を剥ぎ取ったらしい。
セレディアのような若い女性に無理やり脱がされるのはそういうプレイとして捉えれば快感に感じる者もいるだろうが、少なくともこの男の心境はそういうものではなくただただ屈辱感にまみれた様子だ。
しかし、なぜわざわざこんなことをしたのか?
まさかセレディアにそういう趣味があるわけではないだろう。
「セレディア、何でお前はあいつの衣服を剥ぎ取ったんだ?」
「決まってるじゃん、脱走対策だよ」
「裸にすることがか?」
「うん、服を剝ぎ取られるってことは敗者の証。 傭兵、冒険者問わず信用を失うからね」
なるほど、仕事が入らなくすることで脱走対策になるということか。
セレディアは独断で行動することが多いのが気に掛かるが、方針的に間違った判断をしてるとはいえない。
むしろ俺が気づかないことをやってくれる以上、独断に関して今は口出ししないほうがいいだろう。
「ところであの刺客の件で一つ疑問に思うことがある」
「ん?」
「お前が捜査の際に脅して情報を吐かせた連中がそのことをジャーマスに伝えたなら、普通は冒険者ギルドで依頼を受けたことを隠すようあの刺客にも伝えられると思わないか?」
「ああそれさ、さっきはグランルーンがいたから言いづらかったんだよね」
「お前が捜査の際に接触した刺客、実際は脅しに留まらず始末してたか?」
「うん」
「そうか」
当たり前のように対象を始末していたセレディアはやはり怖い女だと感じる一方、セレディアがそうしていたこと自体は予想の範疇だった。
何せわざわざ冒険者ギルドで依頼を受けたことを隠さずに話す偵察を放ったのだから、捜査の際にセレディアと接触した連中は既に消されてるのではないかと。
「ああ、そうだ。 今後の刺客への対応について伝えておきたいことがある」
「何?」
「お前は出来る限り、捨て駒にされた連中の監視者を真っ先に始末してほしい」
「おっけー、あいつと同じように住民にしていくつもりなんだ」
「理解が早くて助かる」
セレディアに確認したいことはまだまだあった。
「ああ、あとそれから……」
その一つがノースリア人の価値観だ。
この村は明らかにノースリアよりもイルシオンの方が距離的に近いが、冒険者ギルドの依頼を受けてくるのはノースリアの傭兵が中心であることに加えて、ノースリアからイルシオンに向かう連中がエサ村をエサ場として付近を荒らしにやってくるからだ。
もちろんそういった人物も捕らえる方針でいる。
そう、ここはノースリア人中心の村になることが想定されるのだ。
そして、捕らえた人々を奴隷として酷使するつもりはない。
始めのうちこそ更生、教育の為にあれこれ行うが、ある程度の更生期間を経た後は普通の一住民として扱うつもりだ。
最終的には一人の住民として受け入れる前提である以上、ある程度彼らの満足度を得られるようにノースリア人特有の価値観を理解しておきたかった。
「……ということなんだが」
「そう言われてもねぇ、価値観なんて人それぞれだし」
「難しいか」
「あっ、でも識字率の違いは意識したほうがいいよ」
「そういえばセレディアも文字があまり読めないんだったな」
ノースリア人の識字率の問題か。
指示書を出す場合には極力簡単な言葉と〇×で判断できるなど配慮が必要か。
……とはいえ、俺もイデア語が分かるわけではない以上、その時は誰かに頼まねばならない。
「あと文字を必要とするのは法律の条文か」
「ファーシルはまだ独立したわけじゃないから法律じゃなくて条令ね」
「ああ、まあそれは別にどうでもいいんだが、条令の制定は早めに行っておきたいな」
この先、大いに懸念すべき点がある。
それは捕虜にした刺客の脱走や暴徒化などではない。
本当に危惧すべきは真っ当に生きてるつもりの者同士でさえトラブルの火種になりうる前提の違いだ。
宗教の風習が無い人間にとってはそれを日常として他の大事なことよりも優先する敬虔な信者の姿に苛立ちを感じてしまうように、互いの前提が噛み合わなければ同じ言語で話していようと会話が成立しないといっても過言ではない。
人数が少ないうちは何か問題が起きれば俺やセレディアがその場に出向き、どうしようもない場合は戦って鎮圧してしまえばいい。
しかし、人数が増えてくればそうはいかなくなる。
だからこそ法律、ではなく条令の制定は早急に行いたい。
グランルーンたちのグループがイルシオンから帰還したらまずはその話を進めていくことにしよう。