23話:かつて独立したチキュウ人を襲った惨劇
「セレディア、お前は何を考えてるんだ?」
俺の為に独立を阻害する何者かを探っていたと聞いてるが、こうしていざ再び会えたら戦うつもりで来たなどと言う。
セレディアは敵か味方なのか、今はそれすら分からなくなっていた。
「ファーシルにギシアの話をしたことはあったっけ?」
「いや、そんな単語は聞いたことない」
「ギシアってのはファーシルの担当する3回前に担当したチキュウ人の名前なんだけどさ、ファーシルみたいに元々見えない人でもなかったのに何だかんだあってイルシオンから独立したんだ」
そう、あれは今からもう多分数百日以上前のこと。
アタシはギシアの監視護衛の任務に就いた。
銀髪のツーブロックヘアー。
白いタンクトップTシャツにジーンズの服装で、外見はアタシより少し若いの少年といった感じの容姿。
それがギシアだった。
ギシアの護衛監視担当になった初日。
「へぇ~、俺好みの女に監視されるのは悪くねぇな」
ギシアにはカナハというあてがわれた子が、つまりファーシルにとってリプサリスちゃんに当たる子がいるにも関わらず初日からアタシを口説いてくる。
無類の女好きなのはすぐに分かった。
転生前とは違う外見で召喚されるとはいえ、ここまで外見、性格、口調、声と何もかも噛み合わない人はそうそういない。
口を開くたびに違和感があるくらい強い男らしさが強調された人、ギシアはそんな人だった。
ギシアの異能力は説明されてもよく分からなかった。
けれど、アタシよりも強いことだけはすぐに分かった。
アタシが担当したチキュウ人の中でもまともに戦ったら絶対勝てないと思った人は今もギシアだけだ。
ギシアを中心とした活動メンバーはファーシルが今行動してるメンバー構成と大体同じ。
一点違うのは護衛監視担当の騎士がグランルーンのような上級騎士じゃなくて新米の騎士だったってことくらい。
そう、ギシアは強さこそグランルーンに匹敵するほどだけど、危険人物扱いはされてなかった。
そんなギシアは幻影ハーレムに浮かれながらも開拓任務は順調に進めていた。
ギシアは転生前建設業をしていた人間だったらしくて、建築技術を独占するイルシオンの方針など障壁にならない。
農業経験もあって補助機関会員達の手も借りずにほとんど一人で開拓活動を成し遂げていった。
「なあセレディア、俺の嫁達を知らないか?」
「え?」
「やっぱお前も気づいてないのか。 あたかも最初からいなかったのように一人、また一人と気づいたら姿を見せなくなるんだ」
ギシアを魅せる幻影ハーレムは時間と共にその効力を弱めていった。
幻影ハーレムのことは制度として以上のことは知らないけど、見えなくなっていく人の傾向からして依存心の弱い人ほど必要無いと判断されて時間と共に見えなくなっていくんじゃないかって思う。
時が経つと共にギシアもファーシルのような見えない人と同様いつしか見える対象は実在する人や物だけになった。
それからギシアは自分が開拓していった場所で独立を果たす。
ここまでは順調だった。
順調過ぎたくらいだ。
けれど、ギシアの独立生活は長く続かなかった。
「なぁっ!? 家が燃えてる」
最初の異変は火災だった。
ギシアの魔法で火の手はすぐに消し止められたが、その時の原因は分からなかった。
それから数日するとノースリアの傭兵がギシアの村に襲撃してきた。
襲撃は一度や二度じゃない。
ギシアはアタシの力も借りずにほとんど返り討ちにしていったけど、その精神は次第に疲弊していくのが見て取れた。
「おいおい、なんなんだよ。 どいつもこいつもよぇー癖して何で俺の村を襲ってくるんだ」
「ねぇギシア、ちゃんと寝れてる?」
「あんま寝れてねぇかもな」
「見張り変わろっか? 本来はアタシが護衛する側なんだしさ」
「でもよ、あいつらってセレディアの仲間なんだろ?」
「うん…… 仲間って言っても出身組織が同じだけで雇い主が変われば殺し合うことがあるのは互いに分かってることだし、ギシアが気にすることじゃないよ」
かつての仲間と殺し合いになる戦いをさせたくない。
ギシアからはそんな優しさが伝わる。
捕らえた襲撃者は皆イルシオンの冒険者ギルドを通してやってきた金目当ての冒険者もしくは傭兵達ばかりだ。
依頼主の特徴を聞いても一致せず、黒幕の特定は出来なかった。
「ねぇ、冒険者ギルドの依頼の件はアタシが調査してくる」
「わかった」
それからアタシはイルシオンの冒険者ギルドに向かう。
けれど、ギシアの監視護衛担当を務めるアタシにはそれらしき依頼を受けることができなかった。
潜入調査をする可能性を最初から見抜かれていたからだ。
冒険者ギルドのマスターから話を聞くと襲撃や殺害といった依頼内容は盗賊相手でもない限り最初から依頼として掲載しないよう弾く管理体制を取っているという。
それにも関わらず彼らの襲撃は続いていた。
そのとき確認できた怪しい依頼内容は「新しく出来た村の調査と交渉」というもの。
少なくともこの表現からギルド側は違法性が無い依頼と判断して掲載をしており、アタシがギシアの村に襲撃してくる連中の話をするまでこの依頼には危険性さえ低い内容だと判断していたらしい。
依頼主は狡猾だ。
一筋縄でいく相手ではない。
何の成果も得られなかった。
「ごめん……」
「セレディアが無事だっただけでも良かったさ」
そんな報告をするもギシアは優しく受け入れてくれた。
それから何人かの傭兵仲間に代理調査を頼んだものの分かったのは手口だけだった。
まず下っ端らしき代理の依頼主がいて、応募者が3~4人集まらない時は依頼は後日となる。
深夜の3時くらいを目安に再度指定の場所で3~4人集まるまで待つことになるという。
集まったあと具体的な作戦内容を説明した後、仮の依頼主が少し離れた距離から監視を行い3~4人のグループメンバーで襲撃をさせるといった形だ。脱走しようとする者はその場で始末する。
はっきり言ってノースリアに本部があるアタシ達の組織XXでもこんな恐怖で支配するようなやり方はしない。
幸いアタシが代理調査を頼んだ仲間は逃げることができたものの、代理の依頼主は下っ端にしてはかなりの手練れだったと話していた。
それからまた数日経ったある日。
今度は食糧庫が荒らされる事件が発生した。
そのときギシアはあることに気づく。
「この食糧庫を荒らしたやつら、多分あいつらじゃねぇ……」
「どういうこと?」
「この食糧庫ボロ家の地下に隠すように保存してあんだろ? 単なる金目当てで襲撃してくるあいつらがそんな事情まで知ってるとは思えねぇんだ」
「つまりアタシ達の中に犯人がいるかもしれないって……?」
「ああ、そうだ。 誰か分かったらただじゃおかねぇ!」
この日を境にギシアは疑心暗鬼になっていった。
そのことからアタシ達の間での空気は悪くなり、補助機関会員の何人かが離脱し始めた。
それからも絶えず襲撃者はやってくる。
この頃からはアタシも積極的に襲撃者の対処をしていた。
互いに顔を知る相手だって何人も手に掛けた。
数日後、食糧庫を荒らした犯人が判明する。
それは補助機関会員達を管理をしてる男。
ファーシル達の中ではオウボーンの役割に当たる人物だ。
「てめぇ覚悟はいいだろうな」
「ひ、ひぃっ…… お、俺はただそうしろって言われて」
「言えっ! 誰の命令だ!」
補助機関の管理者に指令を出したのは伝達役でしかないので黒幕が誰かは分からない。
そんな濁すような返答に怒りを爆発させたギシアは彼をその場で殺めてしまう。
「お、おいギシア。 それは正当防衛の範囲から逸脱した行為だ」
「うるせぇ! 俺の判断にケチを付けるなら先にこいつらの黒幕をとっちめろっつうんだ!」
ギシアの判断に監視役の一人であるイルシオンの騎士が制止しようとするも、まだ新米だった担当のイルシオン騎士にギシアを止められるわけがない。
その新米イルシオン騎士は自分では何もできないことを思い詰め、自分の力でなんとかこの事態を解決せねばと意気込み、ギシアの監視護衛をアタシに任せるとこの日から彼は一人で行動をすることが多くなった。
しかし、彼は襲撃者達に顔を覚えられていたのか十日ほどたったある日、近くの海岸で殺害された状態で見つかった。
次第に共に過ごしてきた村人や補助機関会員達も精神的な疲弊から離脱していき、最後は3人だけになった。
ギシアとアタシとカナハだ。
カナハのお腹にはギシアとの子供ができていたから4人っていうべきかもしれない。
そんな彼女とそのお腹の子もすぐに命を絶たれることになる。
偏った教育を受けてきた世間知らずの彼女はギシアに限らず他者の為に役立とうとする意識があった。
その価値観が仇となり、善良な旅人に扮した襲撃者にアタシ達の行動パターンから食料財源など全て教えてしまったのだ。
結果、襲撃者はギシアとアタシの二人とも警戒態勢を取れない時間帯を見計らい就寝中の家に火を放たれ全ての家が全焼した。
アタシとギシアはなんとか生き延びたものの彼女は逃げ遅れ死亡した。
そして、その場で捕らえた放火犯の供述から事情に精通していた原因はカナハだと分かったのだ。
彼女による情報漏洩は二度目だった。
一度目は補助機関管理者が食糧庫を荒らしたときのこと。
カナハは彼がなぜこのボロ家のことを気にしてるんだと聞かれると何の疑いも無く話してしまったことがある。
ギシアは彼女を溺愛していたが、そのときばかりはかなり厳しく注意していたことを覚えている。
しかし、彼女は何が悪かったのか理解してなかったんだと思う。
結果、彼女はまた繰り返し自らも巻き込まれる形となった。
ついに残ったのはアタシとギシアだけになった。
「俺は今からイルシオンに戦争を仕掛ける。 そしてノースリアにもだ」
「……」
もうギシアの心は完全に壊されていた。
まるでこの惨劇は人類がいる限り終わらないといわんばかりにイルシオンとノースリアを滅ぼすと言う。
「ねぇ、さすがにそれは考え直そう」
「わりぃ、もし俺に何か別の道があったっていうんならそれはお前が成してくれ。 俺に残されてるのはお前だけだ……」
ギシアはもう最初から死ぬ気だった。
「待って、ギシア!」
イルシオンに向けて足を進めるギシア。
しかし、何歩か進んだあとギシアは足を止めて振り向く。
「そういえばお前は俺の監視役だったよな」
「え? うん……」
「セレディア、ならば俺を殺せ。 そうしなければお前もこれから先イルシオンで生活できないだろう」
自分一人で暴れるよりもアタシに後を託したほうが復讐は果たされる。
ギシアはそんな風に期待してくれたのかもしれないって思った。
それでも俺を殺せと言われてもそんなことすぐにできなかった。
「え、そんなことは!」
「ならば……」
そう言うとギシアはアタシに向けて武器を構える。
ギシアはアタシに向けて武器を振るうもその力は明らかに手加減されていた。
それでも余裕なんてなかったアタシは暗殺用のナイフでギシアの心臓を狙い突き刺す。
「ごめん!ごめんなさい!」
ギシアは即死する。
だからそれ以上の言葉を交わすことはできなかった。
「黒幕は必ず突き止める。 そしてその犯人が例えイルシオンの王だろうと必ず生かしてはおかない。 だから待ってて、すぐにアタシも後を追うから……」
それがあの時に交わした誓い。