22話:独立目前で現れた来訪者
エサ村を訪れてから数日間。
朝起きて外に出ると何人かの補助機関会員が家の改築、増築を終えたことを伝えてくる。
「14日後からエサ村近辺で新たな村を作ることにする。 それまではフリーとするが長旅になるから携帯食の準備はしておいてくれ」
俺が呼びかけたときは応じてくれとも補足したが、基本的には現在やってることが終わった補助機関会員達から順次休暇期間としていた。
エサ村で再び訪れる日を15日後と指定した理由はイモシオンの収穫と補助機関会員達が増築、改築をこの日までに終えてくれという期限の目安を作る為である。
また、エサ村であったことの疑問についてグランルーンとダスティナを呼び出して確認を取る。
「グランルーンとダスティナはあのエサ村にいた老人のことは知ってるか?」
「いや、知らない」
「知らないけどどうかしたのー?」
「そうか、まあ知らないならそれでいい」
二人とも特にあの老人のことを知る様子はない。
あの村で辛い思いをせずに生きる為、少しでも力のあるチキュウ人を利用すればノースリア人の傭兵に荒らされずに生活がマシになると考えるのは特に驚くことでもない。
ただ、あの老人がイルシオンの出身ならば、わざわざあんな不都合なことが多いエサ村に移住する理由が思い当たらない。
村長のような立場にいたことは傭兵以外の部外者に助けを求めるように振る舞われた結果、代表の座にいるとは考えられるが、どうにも俺はあの老人には裏があると気に掛かっていた。
それからさらに何日間か経過した頃……
俺は衣食住において、衣類の作成経験が未だ手付かずであったことに気づく。
裁縫の心得がある者がいるか確認を取ったところリプサリスが得意としていたようで俺は一安心する。
もっともイデアでは季節の変化が無く、温暖な気候であることに加えて裸でいようが違法にはならない。
そのことから食住に比べると最悪欠けてても「まあいいか」と思うところがなかったわけでもない。
また早くに家の増築、改築を終えた者の何人かは暇を持て余す様子が見受けられた。
そういった者には各自冒険者ギルドの依頼などで小銭稼ぎできそうなことがあれば、と勧めていた。
そんなある日……
「お、おいファーシルさん大変だ」
「どうした?」
一人の補助機関会員が急な知らせだと声を掛けてくる。
「さっき冒険者ギルドの依頼を見てたら近くにいた傭兵達が話してたんだけど、イルシオンのほうで独立を目論むチキュウ人を阻止せよっていう高額報酬依頼があったらしいんだ」
「なんだって!」
わざわざ冒険者ギルドに依頼を通すということは国が直接俺をどうにかしてやろうというわけではないのだろう。
ただ、問題は高額報酬依頼ということだ。
「報告感謝する。 俺はダスティナに探らせてみることにする」
「わかりました」
恐らく冒険者ギルドに関する話ならグランルーンよりもダスティナのほうが詳しい。
「ダスティナ、少しいいか?」
「うん?どうしたん? そんな深刻そうな顔で話しかけられたら酔いが覚めるじゃん」
酒場に向かうと案の定ダスティナは酒を飲んでいた。
どこにいるか分かりやすいという点では助かるが、こいつに休暇を与えるとツケをため込むせいで酒場のマスターに迷惑を掛けてる気がしてならない。
それはさておきだ。
「イルシオンの冒険者ギルドで俺の独立を阻止せよと言わんばかりの依頼内容が出回ってるらしいが、ダスティナは何か知らないか?」
「あ~、それね~」
「知ってるのか?」
「まあね、前にセレディアは他にやりたいことがあるからまだファーシルの元に戻るつもりがないって伝えたじゃん?」
「ああ、それがあの依頼に繋がるのか?」
「そうそう、ファーシルと一緒だとその依頼主が誰かって探れないからさ」
高額依頼で依頼主は匿名希望か。
それでセレディアがその依頼主を探っている。
……ということは俺がセレディアと別れたあの時、既に俺の動きを阻止しようとする依頼が冒険者ギルドに貼られていたということだろうか。
その割には刺客らしき人物がまだ一人も俺の元に来ていない。
また、国側ならまだしもそうでない一般人の誰かが俺を止めて何の意味があるのか?
それにセレディアがそこまでして俺を助けようとしてるのは一体……?
あの老人のこと、俺の独立阻害を目論む誰か、それにセレディアのこと。
正直分からないことだらけだった。
そんな疑問は晴れないまま再びエサ村へと向かう予定日が近づく。
その日まで俺は潜水訓練を始め、基礎能力を少しずつ磨いていた。
イモシオンの収穫を行いその二日後。
ついに新たな土地で開拓を始める為、皆と共にエサ村付近の開拓予定地へと向かう。
長い道のりを歩き続けてエサ村まで辿り着くと、俺は一度エサ村で住民が集まる洞窟まで挨拶に赴き、エサ村の人々に連れてきた補助機関会員達のことを簡単に伝える。
その時、俺はあることに気づく。
「前回俺達が来た時にいた、長老っぽい老人は今いないのか?」
「長老? 長老かは分からないが村長ならおらだでぇ、多分あんさんの言っとるお人は預言者様のことだぁ」
「そうなのか、それであの老人は……?」
「前回あんさんらが来てから、すぐに救世主様を迎える準備があるとか言ってどっかいっちまっただぁ」
「分かった、情報感謝する」
やはりあの老人、ここの村人ではなかったな。
俺は彼らの集う洞窟から出て村の入り口付近まで戻る。
「ファーシルはそんなにあの爺さんのこと気になる?」
「気にならないといえば噓になるな」
ダスティナだけに留まらず皆俺が神経質過ぎるという判断をする。
まあ実際にその通りだろう。
神経質なのは昔からだ。
それから十数分
開拓予定地まで移動を終える。
近くには水源となる滝が流れており、その下流付近を村づくりのエリアと定める。
その地理的形状から北方面からは魔法で崖を上り下りする魔法やセレディアのような身体能力でもなければ近づかれることはない。
天然の要塞とまでは言えないが、周囲360度のうち180度の範囲は地理的に侵入口とするのが困難で中途半端な盗賊くらいなら正面からしか入れないだろう。
そんな場所に皆順次家を建てていく。
それから土を耕し畑とし、差し入れをしてもらった残り半分の野菜の種蒔きも行う。
最初の一軒が雨風を凌ぐにも心もとない状況のうちはエサ村の住民と共に夜を過ごす。
ノースリアの傭兵の一人であるダスティナと、イルシオンの領土でありながらエサ村を守ってくれないとして騎士であるグランルーンにはエサ村の人々からの冷たい視線が送られていた。
そのことからトラブル防止の為にダスティナとグランルーンの就寝は交代制として安全の確保を行う。
さらに明日以降、最初の一軒は早めに完成させて二人の負担を減らすよう皆にお願いをする。
それから十数日掛けて徐々に家を完成させていく。
数こそ少ないが、そこそこの質に仕上がったのではないかと思う。
食の大半をまだエサ村の人々に頼ってる状況である為、そちらはまだまだではあるが村としての形はある程度整ってきただろう。
「さて、そろそろまた皆の給料日の時期だな」
自給自足できる環境を進めていってるとはいえ、まだまだイルシオン側で受け取る給与などもういいだろうとは到底言える状態にない。
「俺がここで独立するってことをグランルーンには伝えてもらったほうがいいのか?」
「いや、まだやめておけ。 独立宣言をしたらリプサリスの給与からお前の食費は削られることになる上に、現状まだ宣言するメリットは何もない」
なるほど。
確かに現状まだ独立するメリットがない。
一方で独立することで得られなくなるものは多数ある。
危うく俺は独立に夢見て、現実を見失う愚か者となるところだったわけだ。
こんなときにこそ冷静にならねばならない。
皆の給料日のときは皆がイルシオンに戻りつつも皆で建てたこの新しい村とするこの場所を守らなければならない。
それにイルシオンで俺を阻止しようとする高額報酬依頼を果たそうとする刺客がもし現れるならそのときかもしれない。
「給料日でのイルシオンへの移動についてだが、グランルーングループとダスティナグループに別れてもらいここが手薄にならないようにシフト交代で向かってもらいたい。 基本的にはエサ村でトラブルを起こすノースリア人は俺が対処するつもりだが、俺一人では手に負えない可能性が十分考えられるからだ」
俺にはイルシオンからの給与はない為、基本的にここで常時待機が可能だ。
だがそれ以外の皆は給与の受け取りが必要であり、その間も作った仮の村を守らねばならない。
そこで俺はチキュウ人に課された制約の問題が気に掛かる。
「グランルーン、チキュウ人の賊の討伐行為禁止の法律はカーペット一枚の土地ならまだしも今あるこの家々を守るための自己防衛くらいは認められるな?」
「深追いしない範囲ならば許可する」
根城を探し討伐するようなことまでは禁止とされたが、最低限の自己防衛自体は許可が取れたと一安心する。
「へぇ、ファーシルが中心となってここを守るんだ。 だったら本当に守れる力があるのかアタシが確かめてあげよっか」
聞き覚えのある声。
この声はセレディアだ。
「よっ……と」
滝の上流付近から何度かに分けてセレディアが飛び降りてくる。
そしてセレディアに続きもう一人見覚えのある人物が飛び降りてきた。
「あ、あんたは……」
エサ村でリーダーらしき振る舞いをしており、後にあの村で預言者と扱われていたことが分かった老人だ。
この老人、セレディアの知り合いだったのか。
「お久しぶりですな」
「あんたもノースリアの傭兵だったのか?」
「引退して随分立ちますがな」
つまり、この老人があのとき俺に都合の良い提案を持ちかけてきたのはセレディアの差し金か。
あの老人が何者なのかというモヤモヤした感情は今この場で解消された。
だが……
「セレディア、確かめるってまさかお前と戦えと?」
「それ以外に何かあるの?」
「いや……」
基本的には戦わずに対話で済ます。
最悪交戦しそうになっても魔法の力を見せれば相手もわざわざ危険に身を晒すまいと逃げる。
よって追い払うことができる。
それに飢えた状態で身体に力の入らない相手くらいなら勝てるだろうとも。
そんな前提で考えていた。
「墓穴を掘ったって思ってる?」
「少しな……」
「あははっ、ファーシルがそんなこと言わなくても戦うつもりで来たんだけどね」
「え、どういうつもりなんだ?」
セレディアは俺の為にずっと動いてくれている。
そんな認識でいた。
イルシオンで高額報酬依頼として注目を集めていたというチキュウ人独立阻止依頼。
セレディアはその依頼主を探る為に動いてたという話だったが、もしかして依頼主に意図を勘づかれ、もしくは高額報酬に目が眩み心変わりして俺の邪魔をしにきたのだろうか?
「セレディア、お前は……」