21話:統治者として望まれる
「みんな肉体強化魔法には慣れてる?」
早朝一番にダスティナから飛んできた質問。
いきなり過ぎて何が言いたいのかさっぱり分からなかった。
「朝からいきなり何を言ってるんだ?」
「普通に目的地まで歩いてたら片道8時間くらいかかるからさ」
対象のエリアは通称エサ村と呼ばれる集落跡地で、先日ダスティナが話していた一人のノースリア人傭兵によって滅ぼされたという場所だ。
エサ村がエサ村と呼ばれる理由はイルシオンの騎士が滞在しておらず、ノースリア人が餌場として農作物を堂々と奪えるからである。
そのエサ村にドルミナーから往復するなら約16時間もの間、食の確保が難しいという。
そのことからダスティナは肉体強化魔法を使い続けて移動時間を大幅に短縮するよう提案してきたというわけだ。
「ある程度食料を持参するんじゃダメなのか?」
「そんなの持っててもすぐ食べちゃうじゃん」
「お前以外が管理すればその問題は解決する」
「おーなるほど!」
肉体強化魔法の負荷に対しては他の人が不慣れかもしれないという自分との違いを想像できる知能はあるのに、なぜ他の人はもっと自己管理ができるかもしれないという想像が出来なかったのかは不思議でならない。
それはともかく、出来ない、慣れてない可能性こそ慎重に確認しておかねば大惨事を招く。
そう考えるとダスティナの事前確認は助かるものだった。
長旅への備えは持参する食料を準備して、時と場合に応じて肉体強化魔法を用いる方針に決まる。
肉体強化魔法はあくまで魔法であるため持続効果は無い。
さらに魔法運用のエネルギーでも結局負担が掛かるとあって効率的な手段とは言えない。
ダスティナが考えていたのは肉体強化魔法を掛けながら走り込みを長時間続けるというものだが、慣れない人がそんなことをすれば後から来る反動で命の危険に繋がるだろう。
そんなことを一通りの確認し終えた後、俺達はドルミナーを発ち通称エサ村と呼ばれる場所へ向かう。
道中の山道は以前学んだ魔法で縦方向に駆け上がる。
リプサリスも以前試してみたところ自分で駆け上がれたようで、皆各自で山道をものともせずに進む。
足場の悪い湿原は俺が魔法で足場を凍らすことで難なく進むことができた。
「ファーシルって使いこなす魔法の幅えぐくない?」
「魔法適正は高いとは言われてるが、使ってみようと思ったらすぐ使えたものばかりだからあまり実感がない」
「ずっる……」
ダスティナは肉体強化魔法こそ得意としており俺より遥かに使いこなしてるが、他分野の魔法に関してはほとんど使いこなせないらしい。
「多種多様な魔法を使いこなすダスティナなんていたら、何をしでかすか分からないから抹殺されるんじゃないか?」
「えっ、さすがにそんな消されるようなことはしないしない」
「どうだかな、今は本気でそう思っててもいざ力を得たらその力に溺れる可能性はあるだろう」
「いやいやいや、アタイが溺れるのは酒だけだって」
俺は力に溺れる可能性をダスティナに指摘したが、俺自身も他人事ではない。
軍隊に入隊させられたら銃を乱射する事件が起こす者がいるように、何らかの強いストレス原因となる人物や環境に耐えきれなくなったとき今使える魔法の力がどこまで危険なものになるのだろうと考えることがある。
だから行動の制約はともかく召喚されたチキュウ人にしばらく監視が付く法律は人的コストの面を無視すれば割と理にかなった判断だと考えている。
俺達はそれからもダスティナの案内の元、歩き続けエサ村と呼ばれる場所へ向かう。
鬱蒼とした森の中を突き進むこともあった。
そのとき歩いた道はあまりにも道と呼べる道ではなく、こんなところを標準ルート感覚で進んで迷わないものだろうか?そもそも俺達はきちんと目的地に進めているのだろうか?と口には出さなかったものの疑心暗鬼になりながら足を進めていた。
それでも足を進め続けた後、ようやくエサ村に辿り着く。
一本の細い道と、その左右一面にはかなりの面積の畑が広がっている。
道の奥には人が住むには心もとない建物が幾つかあり、さらにその奥には洞窟らしきものが見える。
そんなエサ村を少し歩くと俺は事前に得ていた情報との差異に気づく。
「畑に結構な種類の野菜が実ってるんだが、ここ今も普通に人が住んでないか?」
「まっ、そうだろうね。 あいつ話を盛る癖があるし」
ダスティナはそう言うと畑に向かって走り出し、近くに所有者がいるかもしれない畑の野菜を勝手に収穫して食べだす。
「道中大人しいと思ってたのに、結局これか」
「ファーシル達も食べないのー?」
「いや、そもそもお前は他人の畑の野菜を勝手に食べるな」
エサ村と呼ばれてるくらいだ。
ダスティナが勝手に野菜を食い荒らすのはここの人らも慣れてるだろうから気にしないでいいかと判断したが、人が住んでる場所と思うとそれとは別の問題が発生する。
そう、チキュウ人が開拓する土地は人が住んでない場所という規定がある。
エサ村の中をもう少し進むと、ここで生活してると思われる何人かの姿を確認できた。
しかし、彼らは俺達を見るなり怯えるように逃げ出して洞窟の中へと入っていく。
どうやら洞窟の中がこの村に住む人々の生活拠点なのだろう。
「私達が怖かったのでしょうか?」
リプサリスが疑問を口にする。
「だろうな、普通の村人が野菜や果物を食い荒らす傭兵相手に抵抗したところで敵うわけがない」
「……」
「駆除のできない害獣だなんて怯えるしかできないだろう」
「害獣ですか……」
人間を害獣と比喩する表現に若干理解に難が生じていたのか、一瞬戸惑っていた様子だったが一応言いたいことは伝わったようだ。
それからさらに奥まで進み、このあたりがどの程度生活に適した環境なのかを確認する。
しかし、生活において一番肝心な水源は近くに見当たらない。
「ダスティナ、ここの人らがどこで水を汲んでるかは分かるか?」
「そんなの分かるわけないじゃん」
「なら直接聞き込みに行くか」
洞窟に向かっていったのなら逃げるにも限界があるだろう。
「グランルーン、リプサリス、念の為防護魔法を頼む」
「分かった」
「分かりました」
洞窟の中に足を踏み入れるとそこには十数人程度の人々の姿があった。
「ひっ……」
「帰れ帰れ、ここに食料はねぇんだ!」
「畑の食料だけじゃ飽き足らずにおらぁ達まで食おうってのか」
より多くの人々に怖がられることまでは想像できたが、まさか人喰いの化け物扱いまでされるとはな。
……いや、まさかノースリアの傭兵は食料確保の目的で危険な野生生物を狩るよりも簡単という理由でここの人達を殺して食べるのか?
「ノースリアから来る連中はまさかお前達を食べるのか?」
「……おらの娘は食われただ」
そのまさかだった。
「むむっ、その風貌。 もしかしてチキュウ人の方では?」
集落のリーダーと思わしき初老の男性が俺の容姿を見てチキュウ人であることに気づく。
「それがどうかしたのか?」
「チキュウ人の方は世界を統治するお力があるとお聞きしております。 どうか我らをお守りくだされ」
「!?」
「おお、それではまさか」
「おら達は救われる!」
こいつら召喚されたチキュウ人を超越的な能力を持った神か何かと勘違いでもしてるのか……
それにしてもなんか急に異世界転生系物語っぽくなってきたな。
しかし、本当に神の如き力があれば都合の良い勘違いになるが、すぐ近くにいるグランルーン一人にさえ勝てないことは明白だ。
そんな状態では勘違いからくる信仰心などすぐに無くなり、それどころか期待に対する失望感から不都合な現実に対するやつあたりの対象として目の仇にされてもおかしくない。
だったら余計な期待を抱かれる前に失望されようとさっさと現実を突きつけたほうがいい。
「俺は盗みや殺しに来たわけではないが、救いに来たわけでも神の如き力があるわけでもない」
「そ、そんな……」
エサ村の人々が落胆する。
俺はとりあえずエサ村の人々にここへ来た事情だけ話し、情報の確認を行う。
どうやら水源はここから10分ほどの場所にあるらしく、その水源付近はここ以上にノースリアの傭兵が通る場所らしい。
ノースリアの傭兵達はあくまで生存の為に水を得てるだけなので、エサ村の人々と出くわしても基本的に危害を加えられることはない。
しかし、極度に飢えた状態のノースリア人傭兵がエサ村の人々と遭遇すればそのときは食料と見做して襲う可能性があることは否めないとして怯えてるようだ。
「では、チキュウ人様は治める土地を探しておられると……」
「ああ」
「ならばこの地を治めお守りください」
俺に神の如き力は無い。
そう伝えた上でもノースリアの傭兵達に対する抑止力になるという期待を捨てきれず、このエサ村を治めてほしいという。
「……」
いや、待て。
そもそも今考えてみればこの代表と思われる老人はチキュウ人の俺が大したことなど出来ないことは分かっていたに違いない。
何せ俺の容姿だけ見てチキュウ人と判断したのだ。
容姿だけでチキュウ人かどうかを判断するなんて典型的なチキュウ人らしい容姿がどういうものかを知らなければ判断できないし、それを理解するには多数のチキュウ人と関わらなければ不可能だ。
つまりこの老人だけは最初から俺と他の村人を焚きつけるためにチキュウ人の力を誇張して演じて見せたということになる。
かなりの策士だ。
ただ、彼に乗せられることが俺にとって何かマイナスになるかといえば今のところそう判断できる問題がない。
その為、警戒をするだけに留める。
「ここを治めるという選択肢を持ちたいのは山々なんだが、チキュウ人向けの法的な制約上不可能だ」
「そうですか、ならば少し耳をお借りしてよろしいですかな?」
「あ、ああ……」
集落のリーダーと思わしき老人は俺に耳打ちする。
「近場で集落を興した後にここを併合してくだされ」
「!?」
老人から提案された内容は法の抜け穴を利用したものだった。
こんな発想、イルシオンのチキュウ人に向けた法律をよく理解していなければ普通は出てこない。
併合に関する法律は俺が把握しきれてないが、近くで建てた集落に彼らが移住してくるという形なら少なくとも問題にはならない。
「なるほど、その提案は検討するとしよう」
「おお……」
それから近場で集落を作るまでの食料確保のことを考え、彼らの畑や果樹園で栽培された野菜、果物はある程度こちらで好き勝手に食べても良いとする約束をさせる。
……とはいえ、集落を作る準備をするにはまず補助機関会員達をここに連れてきてからの話だ。
「15日ほどしたらまた来る予定だ」
「分かりました。 お待ちしております」
そう伝えると俺は出発前に持参してきた食料とエサ村の野菜を少し分けてもらい食事を済ます。
「明日の活動に支障が出る前にドルミナーに帰らないとな……」
「支障が出てもいいじゃん」
「活動ができる上でさぼるのと、活動ができないだったら前者のがいいだろう」
「ん~、ファーシルってさ多分思想的には真面目じゃないけど、真面目をやめれないタイプだよね」
「……嫌なところを的確に突いてくるのはやめろ」
こういう視点は開き直ったクズであるダスティナだからこそ鋭いというべきか。
ダスティナの才能の一つとして気に留めておくことにした。
それから俺達はドルミナーまで一直線に帰還した。
ドルミナーに戻ると俺はまずは時計を確認する。
往復と滞在の時間は合わせて約15時間。
「滞在時間は約1時間として片道にかかる時間はあのペースで約7時間か」
まあ補助機関会員達がエサ村で滞在できれば片道時間に7時間、崖の移動で若干伸びたとしても7.5時間くらいなら許容範囲だろう。
今日の出来事を補助機関会員達にも伝えたかったが既に寝静まっており、伝えるのは明日となった。
それから俺達もこちらで食事を済ませた後に就寝することにした。