20話:後任のクズ傭兵
今日は釣りと狩りによる食料確保を目的としてグランルーン、リプサリスと共に三人でドルミナーの周辺を散策する。
潮の香りが強くなる海辺にまでたどり着くとそこには釣りを楽しんでる人々の姿が確認できる。
あたりを遮る木々は無く、野生動物が突然物陰から襲ってくる心配も無い。
釣れるかどうかはともかく安全性という意味では絶好の釣り場だろう。
「リプサリスは釣りをしたことがあるか?」
「いえ……」
まあ、そうだろうな。
なら、まずは俺が釣りを……
「あ……」
「あの、どうしました?」
「釣り具を持ってなかった」
持ってくるのを忘れたならまだしもそもそも釣り具を所持してすらなかった。
無ければ買えばいい。
そんな転生前の当たり前の感覚でいたが、自由に使えるお金がろくに無い今の状態でそんな安易に散財するわけにもいかない。
それに食料確保における先行投資を行うならイモシオン、タイダイコンとは別の野菜の種でも買ったほうがいいだろう。
「リプサリス、今錬金術で釣り具を作れたりするか?」
「いえ…… 私の能力の問題以前に大きさが……」
当たり前か。
容器を使わずその場で作れる物なんて手のひらサイズの物に限る。
「釣り具が無ければ潜って捕まえてくればどうだ?」
「泳げないわけじゃないが、銛やヤスも無しに捕まえろと?」
「お前ならそれらを魔法で作り出して運用もできるだろう」
「出来るっちゃ出来るが……」
グランルーンに自覚は無いだろうが言ってることは明らかに無茶ぶりだ。
なぜなら俺は……
①市民プールでの深さ以上は潜水経験が無い
②水中での魔法運用経験は無い
③水着などは持ち合わせていない為、着衣泳となる
④泳ぎながら魔法の形状化+操作という魔法の二重操作が必要
⑤銛やヤスで刺した魚は即死するわけじゃない以上、魔法の二重操作をかなりの間しつづけながら地上に運ぶ
いくら何でもいきなりハードルが高すぎる。
素手で捕まえるなら④⑤は必要無いが、素手で捕まえるのが困難なんて言うまでもない。
「ああ、そうだ。 間違っても水中で電撃魔法は使うな」
「さすがにそれはチキュウ人の常識でも分かってるから大丈夫だ」
それ以外は全く大丈夫じゃないが……
ただ魚を一匹も確保できなかろうと今日の食事にありつけないわけではない。
そう考えたら魚を捕まえることは二の次にして今日は水中での動作訓練を主としてやればいい。
「何の経験も道具もなしに潜って魚を捕まえろというのはさすがに無理があるから、今日はしばらく水中での動作及び魔法運用の訓練を主として行うことにする」
もちろんこの訓練はリプサリスにもさせることにする。
恐らくリプサリスは泳いだことが無いからしばらくは自分の訓練どころかほとんど彼女の様子見しかできないだろう。
海に入る前に俺は手で水に触れおおよその水温を体感でチェックする。
気候相応の水温だ。
「グランルーンは水中だろうが何でもできるのか?」
「一通りのことはできるつもりだ」
それならば共に訓練する必要はない。
……とはいえ、出来ることを増やす、出来ることの選択肢を増やすことが主目的であり、魚の確保はついでのようなものなのだからグランルーン一人に魚を捕まえさせる必要はない。
その為、グランルーンにはリプサリスの面倒を見させておくことにする。
それから俺達は水中での動作及び魔法訓練を行う。
水中での魔法運用は実際にやってみるとかなり違和感があった。
簡単な魔法弾を打てばシャボン玉を飛ばしたかのようなゆっくりとした速度で威力もかなり低くなる。
銛を魔法で生み出した後もマナの固定化がされないためか、魔法で生み出した銛だけが陽炎のようにゆらゆらと揺れているのだ。
ただそんなエネルギー効率の悪い魔法の二重操作だが、通常の発射型魔法の威力が落ちることから、水中での戦闘なら実戦向けの魔法と言えるかもしれない。
数時間訓練をこなした後、なんとか自分自身で一匹小さな小魚だが捕まえることに成功した。
そして地上まで戻り捕まえた魚を地面の上に置く。
すると、それを見計らったかのように近くにいた見知らぬ女に盗られてしまった。
「は?」
女は俺から魚を盗るとその場で調理もせずにがぶりつく。
何なんだこいつは……
外見は20代後半くらいで、セミロングヘアーの茶髪。
服装はセレディアと似通った軽装で黒いショートパンツと白を基調としたキャミソールの上にジャケットを纏っている。
「いやーごちそうごちそう」
血色は良く飢えていてどうしようもない状態だったという雰囲気でもない。
「別に食に困っていたわけでもなさそうだが、突然人の捕った魚をパクって何のつもりだ?」
「何のつもりってもちろん食べるつもりだよ。 っていうかもう食べちゃったけど」
本当になんなんだこいつは……
悪気も無く逃げもしない。
さも日常の一環と言わんばかりの振る舞いをするこの女は恰好こそそれっぽいが盗賊の類でもないだろう。
それからグランルーンとリプサリスも地上に顔を出し陸に上がる。
「え~っとこの人誰です?」
リプサリスは俺と話してる見知らぬ女に当然の疑問を抱く。
「知らん、分かるのは俺の捕った魚を何の躊躇いも無く盗って食べたくらいだ」
「ノースリアの問題児か」
どうやらグランルーンはこの女が誰か知ってるようだ。
しかし、セレディアと恰好が似てると思ったがこいつもノースリアの傭兵か。
イルシオンの騎士達の間ではノースリアの傭兵というだけで信頼が無い。
セレディアと別れた件があった時の何気ない会話から俺はそのことを知っている。
その時は立場だけで決めつけすぎだろうと思ったものだが、いきなり人の物を盗み食いして平気な顔をしてるこの女みたいなのがいると思うとあの共通認識は適正な判断だったんだとさえ思わされた。
「ファーシル、こいつはダスティナ。 どういう人間かはもう言わずともいいだろう」
「……ああ、そうだな」
「お~、グランルーン。 アタイの代わりに自己紹介の手間カットあざっす」
このダスティナと呼ばれた女。
今自分のことを紹介した騎士がイルシオン最高位の騎士に与えられる称号を名前とするグランルーンだと分かった上でこの態度か。
盗みの罪でしょっぴかれることを意識すらしてないのだろうか?
「グランルーン、平気で人の捕った魚を奪ったこいつは罪にならないのか?」
「罪にはなるが大した罰にもならない」
「具体的には?」
「奪った物の約1.5倍ほどの物品か金品で被害者に返却義務、もしくは被害者側が加害者側を一発殴打する権利を獲得するといった内容だ」
「ちなみに殴打刑のが圧倒的に人気でーす」
どうやらこのダスティナという女は軽犯罪行為を度々繰り返しているものの、被害の度合いは大きくなくその場での注意という形で見逃されるか、被害者に一発殴られる殴打刑で罪を解消するという形で今日まで過ごしてきたらしい。
常に金欠らしいが、その原因は収入が少ないからではない。
収入があればその度すぐに酒に浸ってしまうのだという。
そう、この女は典型的なクズだ。
「それならば一発殴らせてもらうか」
「おぉ、可愛い顔して顔面にえっぐいパンチをお見舞いしてくれるのかなー?」
何で楽しそうなんだこいつは……
ドMか?
それに顔面はさすがにまずいだろう。
まあ、こいつが痛がるかどうか、反省するかどうかなんてのはどうでもいい。
イデア人の体は転生前のチキュウ人に比べて頑丈だと言われてることから、ちょうど試せる機会がきたと思ったまでである。
尚、この『殴打刑』では被害者加害者共に魔法や異能力による攻撃がNGなのはもちろんのこと、魔法や異能力による身体能力の強化もNGとのことだ。
「それじゃいくぞ!」
俺は拳を振り上げダスティナのお腹に向けて全力で拳を振り下ろす。
どさっという音と共にしっかり決まった。
さて、当のダスティナの反応はどうか?
「どうだ」
「まあまあだねー」
無傷どころか痛がりすらしない。
転生前の非力な俺の拳ならともかく今は標準的なイデア人よりも腕力があると言われたはずなのだが……
「お前、特別身体が頑丈なのか?」
「殴られ慣れてるのはあるけど、別に特別じゃないよー」
普通でこれほどまで反応が薄いのか。
イデア人の身体の頑丈さは想像以上のものかもしれない。
「そういえばさ、グランルーンはさっきこの子のことファーシルって呼んでたよね」
「それがどうかしたか?」
俺の名前を気にするダスティナ。
嫌な予感がする。
「実はさ、セレディアの後任でファーシルってチキュウ人の監視護衛に付く任務引き受けてたんだよねー」
やっぱりか。
セレディアは俺の嫌う上から目線で説教するような人物は確かに避けてくれた。
どう考えてもこの女はそういうタイプではない。
むしろ、上から目線で説教されるべき人物だ、というか今までも散々されてきてるのだろう。
「まあ、後任って言ってもセレディアが戻るまでの間の繋ぎでって感じだけどさ」
「セレディアは戻れるのか?」
「うん、戻れるよ。 ってかいつでも戻れるみたいだけど他にやっておきたいことがあるってさ」
俺のあのときのやらかしがそこまで大きな問題にならなくて済んだんだなとホッとする。
ただ頼むセレディア、早く戻ってきてくれ……
こいつが常に近くにいるとなると俺達はいるだけで迷惑な連中と判断されかねない。
少なくともティアラには事情を伝えて迷惑掛ける可能性を事前に理解してもらったほうがいいだろう。
それから俺達はダスティナも連れてドルミナーに戻り事情を説明するが、ダスティナのことを知らなかったのは俺とリプサリスだけだったようで皆「あ、こいつがきたのか」といった反応だった。
どうやら悪い意味で相当有名人らしい。
酒場では払ってないツケが溜まってる上に傭兵仲間とよく乱痴気騒ぎを起こす。
異性慣れしてないチキュウ人男性相手には身体で迫りツケの肩代わりをさせようとする。
などなど耳に入ってきた話はいずれもろくでもない。
ちなみに俺達がドルミナーに初めて来た日にセレディアが傭兵仲間と長時間酒を飲んでいたが、その時一緒に酒を飲んでたいた傭兵仲間はこのダスティナだったらしい。
二人は比較的仲が良いようだ。
仕事に関してははきちんとこなすらしいが、暗殺の依頼は全くこないという。
当たり前だ。
この性格で何かやらかすなどして捕まれば平気で依頼者の名前を口にしかねない。
盗賊の討伐では割と信頼されていたが、それは対象となる盗賊から逆に金品強奪どころか衣服までひっぺがして売り捌いたことから盗賊達に恐れられているためだ。もはやどちらが盗賊かわからない。
「ところでお前は監視、護衛の役割とは他に何かできるのか?」
「できない、ってかやらない」
既に傭兵として最低評価扱いの彼女は今更評価が下がろうと知ったこっちゃないという感じらしい。
まあ給与に影響しないのならその判断は当然かもしれないが、俺としてはこんなクズだろうと何か活かしてこそ人の上に立つべき者だと考える。
「ああ、そうだ。 お前がノースリアの傭兵なら聞いておきたいことがある」
「おおっと? ノースリア傭兵団の仕事に興味あるのかなー?」
「いや違う。 大体俺はチキュウ人の制約上、そういう仕事はできないだろ!」
「そだっけ?ま、そんなこと気にしなくていいじゃん」
「気にするわ!」
こいつはセレディアと違ってチキュウ人向けの法律のことをまるで把握してない。
分かってた上でいい加減なのかもしれないが、イルシオン側はよくこいつを監視役として派遣することを認めたものだとさえ思う。
むしろ俺がこいつを監視しておかねばならないのかもしれない。
「それはともかくだ、ノースリア人がイルシオンに来るとき大体寄るような場所ってあるか?」
「幾つかあるけど、それがどうかしたー?」
「独立して治める土地を持つならそういった場所のが経済発展を望めるだろう?」
「まーそうかもねー。 絶対治安は悪くなるけど」
「お前みたいなのが他にもいっぱいいるのか?」
「アタイみたいなのなら無害も無害だよ」
「お前で無害だっていうなら、どれだけやばいのがいるんだ?」
「一夜を過ごす食料と寝床の確保が目的で集落ごと葬ったとか武勇伝語ってた仲間がいたかなー」
「……」
ダスティナのような問題児が……と思ってはいたが、それどころじゃなかった。
ノースリアの傭兵達の通り道に村や街を築くという考えは想像以上に危険なのかもしれない。
幸い俺には戦闘能力がある程度はあるし、独立といってもドルミナーと同様自治国家として認められる程度のものだろうからグランルーンも留まるはずだ。
そう考えれば自衛能力はある程度確保できる。
また、先ほど聞いた凶行の話では一夜を過ごす為という動機だった。
それはノースリアからイルシオンに渡る長旅自体が命懸けとも受け取れる。
つまりそれだけ中継地点とする場所への需要があるとも判断できるのだ。
そして何より危険なノースリア人にイルシオンの秩序を叩きこむ場所として、イルシオン側にメリットを提供できるということが大きい。
これにより建前上の独立権利を本物の独立権利として認めてもらう為のアピール材料に繋げられる。
「危険性が高いことは理解したが、とりあえず近場で該当する場所があるなら案内してくれ」
「ん~、まいっか」
ダスティナは俺の要求に対して、何か代わりの要求をしようと考えたようだが大した対価は得られないと判断したようで何か面倒な要求されることもなく案内してくれることになった。
こうして明日、俺達はダスティナの案内の元、開拓地の視察をすることになった。