19話:農業と魔法の持続性メカニズム
ドルミナーへ帰還すると皆改築中だった各家の作業を再開する。
俺は当初予定していた遠出を取り止めることを伝え、改築増築作業はもう少し期間を掛けることありきで構わないとも伝えた。
それから俺は差し出された品々の用途、特徴を差しだしてくれた本人達に確認しながらメモに書き留める。
その中で思いもよらない嬉しい誤算があった。
イルシオンを発つときに幾つかの差し入れがあったが、その時に渡された種芋だ。
この種芋はイモシオンという種類の芋で栽培からわずか15日で収穫が可能というのだ。
俺は開拓活動をする上で必要な農業をあえて後回しにしていたが、それは栽培から収穫までの管理の大事さ、そして生育期間の長さから、開拓すべき土地を決める前に農業を始めてしまうと農業に縛られいつになっても遠くに向かえなくなることを理由に避けていたのである。
しかし、イモシオンほどの生育の速さならこの問題が解消される。
問題は味が不味いということだが、今はその不味さのことは気にしなくていいだろう。
食の質は全体の士気に関わるというが、そもそも不味さを気にしてるのは俺だけだ。
尚、農業に関しては開拓任務中、降りたあと問わずチキュウ人向けの法による制約はかからない。
個人で作った農作物を売買することは制約の対象となるが、農作物同士に限定するならば物々交換も可能だ。
「リプサリス、渡された素材で何かできそうか?」
「今のところは特に何に使えるか思いつかないです」
何にも使えないという可能性も高いわけだが、貰い物を無碍にするわけにはいかないとリプサリスは必死に扱う方法を考えている。
「その素材らしきものの使い道はリプサリスに渡された物だから、俺からは何も聞いてないんだがどういうものなのかは分かってるのか?」
「錬金術の素材になるかもしれない物って聞いてます」
……ダメだ、何も分かってない。
何も分からずに何かに使おうとしたところで進展が無いことくらいは錬金術のことを分からない俺でもさすがに理解できる。
「ファーシルさん、どこかに行くんですか?」
「暇そうならイラを呼んでくるつもりだ」
その他の目的としてリプサリスにこのよく分からないものを渡した補助機関会員にも話を聞くことにした。
するとその補助機関会員もよく分かっておらず、昔いた錬金術師が遺したものとだけ伝えられてるという。
そういうものならばそれは素材ではなく、道具として使う物では?とだけメモに書き留めイラの元に向かう。
「イラは今暇……ではないな」
建築作業に伴う資材の価値、補助機関会員一人一人の作業行動における点数化。
少し前に俺が要求したことを着実にデータとしてまとめていた。
邪魔しては悪いと俺はすぐにその場を立ち去る。
家に戻った後はリプサリスに渡された素材について、違う用途がある可能性を簡単に説明した。
それから俺は自分でまとめたメモ帳を見返すことで一つの着想を得る。
魔法を使った農作業だ。
こんなことをオガカタに言えばまた魔法を万能なものと勘違いしてると言われそうなものだが、使えないと決めつけてしまう前に可能性くらいは確かめておくべきだろう。
魔法に常識という名の固定観念が無いからこそ出てくる発想もあるはずだ。
……とはいえ固定観念に縛られないことと常識を知らないのは別物だ。
把握しておくに越したことはない。
そう、今俺は何かあれば魔法を当たり前のように使ってるが、未だにその魔法のメカニズムについて理解しきれてないポイントがあった。
「グランルーン……は今いないか」
監視体制が緩くなったことから家の前でグランルーンが常時待機することはなくなった。
気は楽になったが、いざ彼に聞きたいことがあるときにすぐに聞けないことから、それはそれで些か不便だと実感する。
「魔法のメカニズムならリプサリスもそれなりにわかるか?」
「内容によるとしか……」
リプサリスは先ほどの錬金術の素材らしきものに対する返答のように理解してない問題を理解してない、そんな返答をすることがそこそこの頻度であるため、知識を得る為の質問相手としては不適切な気はするが大まかにさえ分かればいい内容なら問題ないだろう。
「俺が聞いておきたいのは魔法の持続性について、だ」
魔法は錬金術のように物質として維持ができない。
だから持続性が弱く他者を縛り付けるような魔法は発動し続けていなければすぐに抜け出されてしまう。
しかし、そんな持続性ありきの魔法の影響が消えるまでの時間はまちまちだ。
数秒程度の誤差なら気にする程度のことではないが、相当長時間効果が出ることもあった。
それがエディに身体の意識主導権を握られていたときのリプサリスに掛けた神経毒魔法だ。
強い効果こそすぐに消えはしたが、弱い効果は数日間影響が残ったらしい。
それも最終的にその影響が消えたのはリプサリスが治癒魔法を用いたことによるものだ。
「直接的な魔法の効果と、魔法の影響による間接的な効果の違いじゃないでしょうか?」
「……というと?」
「説明が難しいので、例としてファーシルさんが魔法で木を燃やしたことを想像してみてください」
「ああ」
「その場合、魔法を止めると火は消えますが木は焼けた状態で残りますよね」
「やったことないからどうなるか確信はできないが、まあそうなるのだろうな」
「この例だと持続効果が短いのはすぐに消えた炎で、長いのは焼けた状態の木ということになります」
なるほど。
つまりそういうことか。
直接的に流し込んだ神経毒は体内に侵入しても魔法効果の消失と共にすぐに消えるが、それによって傷つけた体細胞への影響などは永続的に残る。
その永続的に残った影響を体の免疫細胞が駆除して本来の正常な状態に戻る。
このことから一部の持続性魔法の効果時間に大きな影響があるということか。
今のリプサリスの魔法の持続性に対する説明を元に考えると、強力な持続性を持つ毒性魔法の型が一つ浮かび上がる。
それは癌や熱中症だ。
癌はインフルエンザやコロナウィルスのようなウィルスと違い正常な細胞が変質、増殖することで死に至る病だ。
そして、熱中症はタンパク質の変質が原因となって死に至る。
これらを毒性魔法と呼べるかはともかく、今聞いた理論を元に考えれば強力な毒性魔法となるだろう。
魔法の持続性の本質は変質にあり、か。
「ふむ、ならば……」
俺がこれから使いたいのはあくまで農作業向けの魔法であって他者を殺める為の毒性魔法ではない。
水は……少なくとも魔法で代用できないだろう。
土や根が吸収するために必要な水がまやかしの水である魔法から発生したものでは話にならない。
それから日光は魔法で代用できたとしても持続的に発生させ続けなければならないことを考えるとやはり向くものではない。
それから色々と考えてみるが中々思い浮かばなかった。
与え続けるという条件を要求される植物の生育と、対象を変質させることで持続的に影響を与える魔法というのはどうにも相性が良くない。
殺す、壊すことなら簡単なのにな、と思いはしたがそれは魔法でなくても一緒か。
俺は気分転換に外出すると何人かの補助機関会員が家の改築は個人的にもう十分やったと報告に来る。
改築に関しては技術確認の他は住まう本人の快適性が向上すればいいだけの話なので、終了して良いと告げる。
そのついでに俺は彼らからイモシオンの栽培と効果的な魔法について訪ねる。
「う~ん、農業に魔法は無いっすね。 それにイモシオンなら育てるのにそんな手間かからないですし、魔法の活用を考えるなら他で考えるべきじゃないすか?」
「そうか、ついでといっちゃなんだが農作業の手伝いを頼まれてくれるか?」
「おけっす」
それから俺は報告に来た補助機関会員達と土を耕し畑としてイモシオンの種を植える。
農作業については一応俺も家庭菜園程度は嗜んではいたが、詳しいと言えるほどの知識は無く植える種自体もイデア特有の品種であることから植え方などの手順は彼らの知恵に従い行う。
野菜の種はもう一種類受け取っており、こちらも少し場所を変えて植えることにした。
こちらはタイダイコンと呼ばれる大根の一種であり、栽培から収穫までは普通の大根と同様に約二ヵ月掛かるが、種の植え方さえきちんと行えばあまり面倒を見なくても勝手に育つのが特徴だ。
そのことから怠け者でも栽培できる大根としてタイダイコンと呼ばれている。
尚、味はこちらもやや残念である。
「そういえばこの辺で竹が多く生えてる場所はあるか?」
「そこら中にありますよ。 イルシオンドルミナー区間にもちょっと道を外れれば結構ありますし」
そこら中ときたか。
何かモノ作りの素材にできる他、筍として収穫して食料にもできるから食の幅を増やす手段として……などと考えたがそこら中にあるとなると、開拓すべき土地かどうかの指標に竹を意識する必要はない。
まあ、土地選びは後程考えるとしよう。
一通り種植えが終わると協力してくれた補助機関会員とも別れ家に戻っていった。
明日は狩りと釣りも試験的にやってみるべきだろうか。
生活手段といえる選択肢は多いに越したことがないのだからな。
リプサリスは朝から錬金術を試行錯誤してるようだが、進展は全く無さそうだった。
ドルミナーの外へ出ることになるのでグランルーンの同行は必須として、彼女も気分転換を兼ねて連れて行った方がいいだろう。
錬金術の異能力を得てこれで役立てると喜んでいたリプサリスに向けて言いたくはないが、恐らく彼女には錬金術の才能が無い。
錬金術はエディから聞いた話を元に考えると想像力、発想力が重要なステータスとなる。
しかし、彼女には欲がまるで無く、偏った一方向の教育のみを受けてきたため、想像力、発想力といったステータスが致命的に弱いのだ。
それらを育むなら人生経験は欠かせない。
それならばしばらくリプサリスには錬金術で役立つよう頑張ってもらうよりも先に、色々と人生経験を積ませたほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えながら明日の活動に向けて簡単な準備を済ませ就寝するのであった。