17話:錬金術を託し去ることを望む
リプサリスから告げられたエディの意識の薄弱化
それは一体どうして起きたのか……?
「何か原因は分かるか?」
「いえ、ただエディさんはもういなくなったほうがいいって思ってたみたいで……」
やはり俺の発言が原因だろうか?
エディは一度自らが原因で死んだ。
それに彼は俺の為に動いてたわけではない。
加えてあのときリプサリスの命を危機に晒さないようエディの精神を傷つけてでもなんとかしようとしたことが間違った判断だとは思ってない。
だから俺の発言が原因で今意識が消えかけているとしても、セレディアの件のときのような罪悪感には見舞われはしない。
ただ、それでも何も感じないわけではなかった。
「エディさんが私の中に取り込まれてから気づいたんですが、自分が役立たずで迷惑ばかり掛けてると負い目を感じていたみたいなんです」
「それはなんとなく分かるが」
「それで私と比べても錬金術が辛うじて使えること以外は何もかもが劣ってる上に、一つの身体で共生するなんて迷惑にしかならないって……」
「だからリプサリスに錬金術を引き継がすことが出来たならもう自分は不要だって考えたのか」
「はい……」
俺の責任ではなかったことに一安心する。
しかし、数日前話したときは消えようとするような素振りなど微塵も見せず普通に話していたというのに……
「リプサリスは消えようとするエディのことは止められなかったのか」
「そんな迷惑なことは……」
「……?」
俺はリプサリスの「そんな迷惑なことは」という発言に違和感を拭えなかった。
少なくともチキュウでは死のうとする人を止めることは反発を食らっても止めるべきだという考えが一般化されている。
しかし、リプサリスの発言は本人が望んだのだから止めることはない。
そんな風に聞こえた。
死にたければ勝手に死ねばいい。
自分にとってどうでもいい人間なら、そんな解釈をするのは何ら不思議なことではない。
ただ、リプサリスはエディの話を聞いたその時から常に心配するように気を掛け、一度彼が火災で死んでからも必死に救護活動をしていたくらいだ。
それに先ほど意識が消えかけていることを俺に伝えたときも悲しんだ様子だった。
そんな彼女が消えたいと言ったら止めることすらしないのか。
恐らくなぜと聞いても俺が納得する回答は返ってこないだろう。
チキュウ人の俺の感覚とは倫理常識の根底から違うからだ。
意思尊重を最優先する。
俺はそう良心に基づいた判断と解釈して自分を納得させることにした。
「リプサリス、エディの分まで頑張ってくれ」
「はい」
リプサリスにはプレッシャーを掛ける言葉かもしれない。
それでもリプサリスがエディに錬金術の異能力を託されたという事実からそれだけは言っておきたかった。
翌日
今日から俺は食料調達に向けて試行錯誤する予定だ。
「ファーシル、二つほど報告がある」
「どうした?」
朝起きて外に出るとすぐにグランルーンから声が掛かる。
「今日から街中であれば一部区域を除き監視役が同行する必要は無くなる」
「え、急にどうしてだ?」
泳がせて尻尾を出す機会を伺ってるのだろうか?
点数稼ぎ以外で俺が国から良い意味で評価を改められるようなことは何もしていない。
それに点数稼ぎの評価がきっかけなら窓口で報酬を受け取ったときに既にその扱いが変わったはずだ。
「お前が数日前に対話したチキュウ人の女がいただろう?」
「ああ、あいつがどうしたんだ?」
「あの女が殺人事件を起こしたのだ」
「え……?」
「それで事前に危険人物であることを見抜き、監視強化を提言していたお前に対する評価点数が大きく加算されることになった」
想像もしていなかった。
それに、あのチキュウ人を危険人物として報告した俺の評価内容は明らかに盛っている。
だから殺人事件を起こしそうな人物だなんてことは正直俺でさえ思っていなかった。
「動機は分かっているのか?」
「分かっていない。 それに本人は殺害したことを否定している」
しかし、血の付着した刃物を所持していたことから犯人と断定されたようだ。
以前対話したときは俺に殴りかかろうとしてきたことから、その当時は刃物を持ち合わせていなかった可能性が高い。
ただ、それ以上のことは何も分からなかった。
「それでもう一つの報告っていうのは?」
「そろそろ給料日の時期だ。 だから一旦全員イルシオンに戻る必要がある」
そういえばグランルーン、セレディア、リプサリスには国から給与が支払われてて、補助機関の管理者としてオウボーンもまた給与が支払われてたな。
それに補助機関会員達もある程度は企業からの給与でスカウトの機会を伺ってることを考えれば給与の確保は必要だろう。
ただ、ここで一つの疑問が生まれる。
エディが言うにはイデアに一週間、一ヵ月、一年という日数経過を確認する指標が無い。
給与の支払いの日数や周期はどうやって確認しているのかと。
「……という疑問が浮かぶんだが、給料日ってどうやって判断してるんだ?」
「チキュウ特有の日にちの区切り方がイデアには無いだけで、どのくらい日数が経過したかの管理は各組織でそれぞれやってる」
「なるほど」
当たり前か。
日数経過を管理できない社会なら、給与は日払いでしか対応できない。
そんな社会ならグランルーンを含む俺達に付いてきてる人々が日々給与補充の為に毎日イルシオンに戻らなければいけなくなっていただろう。
「グランルーン、イルシオンに戻るのはいいんだが……」
「どうした?」
「ドルミナーを発つときは改築中の家をまともに住める状態にしていけとティアラから言われてる。 ただ今の状態だとしばらく給料の受け取りに向かうことはできない」
「それは長期間戻らない場合の話ではないのか?」
「そうかもしれないが、一応ティアラに再度報告してからにしておきたい」
「わかった」
昼過ぎ
ティアラに確認を取った後、彼らの給料の受け取りの為に俺達はイルシオンへ向かう。
彼らが給与を受け取ることは俺の生活にも大きく関わることだった。
なぜなら、リプサリスの給与は俺の食費込みで支給されるからだ。
イルシオンに向かい1時間ほど歩き続けたそのとき、突如俺達を照らしていた陽の光が遮られる。
俺は何が起きたのかと上空を見上げると大きなドラゴンが俺達の上空を通過していったのだ。
「!?」
向かう先は明らかにイルシオンだ。
「あのドラゴンは何なんだ!?」
大きさや鱗の色こそ似てるが、食用ドラゴンのミカケダオシとは明らかに違う。
なぜならミカケダオシは羽が退化しており空を飛ぶことができないからだ。
「ミウルスか」
「ミウルス?」
グランルーンの言うミウルスとは恐らくあのドラゴンのことだろう。
しかし、一体あのドラゴンはなぜイルシオンに……?