16話:これからに備えて
俺はリプサリスに起きた事をできる限りオープンに話せるようにすべくグランルーンから情報を引き出すことにする。
イデア人にも異能力を持つ人はいるのか。
まずはそんな誰でも疑問に持ちそうな質問からスタートしていた。
「いるにはいる」
「……というと?」
「イルシオンではほとんど確認されてない」
「ノースリアやサグラードではそれなりにいるということか」
「大半はサグラード人だ」
異能力持ちのイデア人は大半がサグラード人ときたか。
イルシオンが対サグラードに向けてチキュウ人を戦闘員にするよう画策するのも頷ける。
「仮にだが、イルシオンで異能力持ちのイデア人を見つけた場合はどうしてるんだ?」
「有用性次第で国の重要ポストとして歓迎することもあるが、基本的に何か特別待遇することはない」
続けて俺はグランルーンに質問をするが、異能力持ちのイデア人の大半が遠く離れた敵対国のサグラード出身者ということもありそれ以上の情報は得られなかった。
しかし、異能力持ちのイデア人が異能力を先天的に得たか後天的に得たかということが基本的に周知されてない以上それによって何か扱いが変わるということもないだろう。
少なくともリプサリスがリプサリスとしての意識でいる以上はこれで一安心だ。
続けてリプサリスのことを話そうかとも考える。
だが、エディが回復魔法をきちんと使える姿は確認したものの、リプサリスが錬金術を使える姿を確認していない。
そのため今はその話をするのは後回しにして、とりあえず今日これからのことを考えることにした。
「よし、今日はこれからドルミナーに向かう」
「皆をイルシオンに連れて行く予定ではなかったのか?」
そういえばエディが表に出てきたときはグランルーンを遠ざけようとして最初に要求したのがイルシオンへの護送だったな。
グランルーンを遠ざけるためだけにした咄嗟の発言だから、その先の予定など当然なかったわけだが……
「リプサリスの様態が回復したからな。 もちろん俺もドルミナーに向かう」
俺がドルミナーに向かおうと発言することもグランルーンにミカケダオシ村で休息できる場所を探すよう命じた少し前の発言と矛盾が生じてるかもしれないと思ったが、こちらのことはグランルーンも特に覚えてなかったようで特に疑問を問いかけられることもなかった。
ドルミナーに向かって何をするという具体的な目標があるわけではない。
皆が身体を休められる家のある場所へ向かうのにイルシオンかドルミナーの二択があり、その二択からドルミナーを選んだというだけだった。
それから俺達は再び皆でドルミナーへ向かうことにするが、補助機関会員の一人がまた離脱するという。
その補助機関会員はミカケダオシ村ならば食費が浮き空き家に住み着くことができる関係上、ここで生活したいということらしい。
それにこの人物はオウボーンに補助機関会費の支払いの滞納をしており、俺にコンタクトを取る権利も失い掛けていたことも離脱を決めた一因のようだ。
補助機関会員の離脱に関しては皆が興味関心の元で俺に勝手についてきてる以上止められるものではない。
俺は「分かった」とだけ返し、俺達はドルミナーへと足を進めることにした。
道中魔法が使える世界なのだから一度行った場所くらい瞬間移動できないものかとつい口にしてしまったが、残念ながらそんな魔法はないようだ。
あったとしても相当高度かつ運用に危険が伴うだろうとも言われた。
それから約3時間掛けてドルミナーに到着する。
「明日の予定だが、修繕が終わった各空き家を増築、改築することで単なる修繕ではない建物造りの実践を行いたいと思う」
特にサキュバスクイーンの許可を取ってないが自由に使っていいと言われてることだし、壊すわけじゃなきゃ別に構わないだろうと判断する。
夜中
ドルミナーでは一人一軒使えたので俺は何もリプサリスと同じ家で寝泊まりする必要はなかったが、今日はあえてリプサリスと同じ家で就寝することにした。
それはもちろんグランルーンの監視の目を逃れてまだ確認できてないことを確認できるからだ。
リプサリスはエディと意思疎通をしながら分かる範囲で錬金術がどういうものなのか学んでいた。
それから一番簡単な錬金術を試用してもらうことにする。
その錬金術は空気中の魔力元素であるマナの結晶化だった。
「あっ、できました」
リプサリスは両手で空間を包み込むように重ねたあとすぐに作業を終える。
すると手の中には小さな物質がそこに生成されていた。
「やはりリプサリスにもできたのか」
「はい」
リプサリスは自分が錬金術を使えたことを確認すると嬉しそうに報告する。
彼女のこんなに嬉しそうな表情を見るのは初めてかもしれない。
「これで私ももう少し役立てるでしょうか」
「ああ、そうだな」
錬金術を扱えて喜ぶ彼女は錬金術を会得したことそのものへの喜びではなく役立てるから嬉しい、という印象だった。思えば今まで俺はセレディアとグランルーンからイデアという世界、イルシオンという国の情報を知りたいと思って話すことばかりだった。
結果として、イデア人でありながらそれらをあまり知らないリプサリスは二人と比べて役立ってないという意識が募っていたのかもしれない。
「ところでこの結晶化したマナは何か使い道はあるのか?」
マナの結晶化は何も作業道具を必要とせず素材も空気中のマナが一定濃度あればいいだけだった。
その圧倒的に簡単な生成条件は最低限の使い道さえできれば大きな財産となる。
「ないらしいです」
現実はやはり甘くないか。
結晶化させたマナはマナ元素本来の役割機能をせず、物質として硬くもないので銃弾のような扱い方をできるわけでもない。
そもそも錬金術の異能力持ちはチキュウ人の能力として珍しくもないのだから、使い道があるならばもっと錬金術の社会的地位が確立されているか。
「分解してマナに戻すことはできるか?」
「え~っと確認してみます」
約10秒後エディと意思疎通をしたリプサリスは結晶化したマナに力を加えて再びマナ元素へと戻す。
どうやらこの分解も錬金術を扱えないとできないらしい。
その生成と分解の工程を見ていた俺は一つの可能性に気づく。
「錬金術を扱える人間が共にいる前提なら、そのマナの結晶化と分解の使い道がありそうだ」
「えっ、どういうことですか?」
「マナの無い場所では魔法を扱えないし、濃度が薄ければその威力は下がるだろ?」
「はい」
つまり俺はマナ濃度の十分なところでマナの結晶化を相当量生成して、マナ濃度の薄い場所で分解すれば大気中にマナが拡散し魔法が不発になってしまう事態を避けられると考えた。
言わば携帯マナとして持ち歩ける。
「すごい、そんな可能性が!」
リプサリスは自分の出来るようになった可能性を聞かされ、ますます錬金術の存在に期待を膨らませていた。
そんな可能性を確認したところで俺は満足し、その日は就寝することにした。
翌日
補助機関会員達には各々で好きなように家の改築をするよう指示していた。
作業の音が周囲まで響き渡るせいで、それに気づいたオガカタも俺達が戻り作業していたことに気づいたようだ。
「ああ、オガタカか。 ちょうどよかった」
「なんだ?」
「あのとき居なかった三人にもできれば建築に関することを教えてやって欲しいんだが……」
あのとき居なかった三人とはリプサリスの育った教会の内情調査で教育体験に向かわせてた三人だ。
「わりぃが俺はこれから用があるんだ。 頼むならオガレに頼みな」
「わかった」
オガレが来るまでの間、あのとき居なかった三人のうち二人には主に他の作業しているメンバーの雑用を任せる。
残りの一人であるイラには作業に伴う資材の価格、企業として行う場合の適性人件費、自分達で調達できる物資の種類と役割、及びそれらを大量消費したときに発生する環境への影響などをまとめてもらうことにした。
「え~っとキミ達は何をしてるのかな~?」
いつもの場所で、いつもの時間にしていたライブを終えたティアラも俺達の様子を見に来ていた。
サキュバスクイーンにはこれら作業の許可の確認を取っていなかったので何か言われるかとも思ったが、ドルミナーから発つときにはまたきちんと住めるようにしておけば構わないという。
「ティアラ、一つ質問だが昼間サキュバスクイーンはなにしてるんだ?」
「ほとんど寝室で寝てるよ~」
昼夜逆転生活をしてるのか。
どういうわけかサキュバスクイーンは毎日一日の時間の半分近くは寝ているらしい。
「ああ、それと……」
サキュバスクイーンに用があるとき、ティアラへ代わりに報告することの是非について確認すると基本的にそうしてくれたほうが助かるらしい。
ドルミナー国民の多くも要望、要件があるときは直接サキュバスクイーンと対話せずティアラに報告することが多いらしい。
それから数日
補助機関会員達が各々の好きなように増築改築させた結果、柱が不十分なケース、窓が無いケースが見受けられた。俺は建築技術に関して全然知識が無いものの、一応日本の建築法のことは多少知っていた。
そのことから耐震性や通気性に問題があると判断した部分はそれらの規定に基づき、一定の修正要求をすることにした。
イデアでは地震災害が発生することはほとんどないようだが、人為的には発生させられるので強度を高めておくに越したことはないだろう。
「そろそろ別の場所で本格的な開拓作業の開始を考えている。 皆は現在増築、改築中の各家についてはそれまでに元の状態よりはマシな状態に整えておいてほしい」
それを聞いた何人かは困った顔を見せる。
そもそも増築は数日でできるようなものではないからだ。
個人的には開拓任務初日に犬小屋作成を要求したときと同じようにもっと簡易的なものを確認程度でさせたかったのだが、各々で自由にやらせていたことが原因でどの程度の期間以内に……という伝えるべき情報は抜け落ちていた。
その問題の責任は俺にあることから、ドルミナーから出発する予定は延期することにした。
それと一人の補助機関会員に一つ疑問を投げかけられる。
「ファーシルさん、開拓のため遠出を検討してるって言っても食の確保はどうするんだ?」
ドルミナー、イルシオン、ミカケダオシ村ならそれぞれ食事は買えば済むが、何も無い場所に遠出して開拓するとなると食を確保する手段は確保していなければならない。
「悪い、それは失念していた。 少し対応を考えさせてほしい」
ミカケダオシ肉の確保は基本的にミカケダオシ村からの供給されている。
俺達がミカケダオシ村へと皆を連れて向かってる最中、見知らぬ男数人が魔法で俺よりも早々と崖をすいすい登っていたのを確認していたがアレはミカケダオシ肉の運搬業者らしい。
だから彼らの向かわない先には当然ミカケダオシ肉も確保できない。
そのことを問われ、明日から移動先における食の確保手段を考えることにする。
正直建物の建築は俺が高所作業を苦手とすることから、彼らを中心として動いたほうがいいだろう。
一方で魔法を得意とする俺はやりすぎて消し炭にしてしまうようなことがなければ狩りの適性は彼らより十分あるのだから。
そんなことを考えていた夜。
「あの、ファーシルさん……」
リプサリスが俯いた表情で俺に話しかけてきた。
「エディさんの意識がもうほとんど感じられないんです」
「え……?」
もしかするとイルシオン側にエディの意識がリプサリスの中にあることを知られた場合、抹殺される可能性があるから基本的には表に出てくるなと言ったことを誤った解釈して死のうなどと考えたのだろうか?
それに今のエディは自分で死のうと思って死ねる状態なのだろうか?
今のエディの状態はリプサリスの身体の中に精神を滞在させているということ以外は何も分からない。
エディ、今お前は何を思いどうして消えかけている……?