15話:隠し事の終わりを目指して
倒れていたリプサリスが目を覚ます。
しかし、目覚めたリプサリスの反応は明らかにリプサリスのものではなくエディの反応だった。
「お前、リプサリスじゃなくてエディだな?」
「は、はい」
なぜリプサリスの身体にエディの意思が宿り喋っているのか?
エディ本人も理解できてない様子だ。
「リプサリスの意識はどうした? もしこのままリプサリスの意識が戻らないというのであればお前のことはリプサリスを殺害したものとしてイルシオンに突き出さねばならない」
「え、えぇぇぇぇ、ちょっと待ってくださいって」
「リプサリスの意識はどうしたと聞いている!」
セレディアの件もあって、冷静さに欠いていた俺は思わず声を荒げてしまう。
しかも状況は悪化し、エディは慌てふためき、殺されると思ったのかエディはその場から走り去ろうとする。
「止まれ!」
俺はリプサリスの身体で逃げ出すエディに神経毒を流し込む魔法を叩きこみ全身を麻痺させ動きを止める。
「う、わぁぁぁぁあ」
今のエディに魔法を叩きこむことは同時にリプサリスを攻撃することになるが躊躇ってなどいられない。
なぜなら、チキュウ人に与えられる情報を徹底的に遮断することで秩序を守ってるイルシオン側に知られるわけにはいかなかった。
もし知られた場合、エディと身体の持ち主であるリプサリスはもちろん、そして身体を乗っ取ることができたチキュウ人の存在を知った俺ごと抹殺される可能性が否定できないからだ。
俺が声を荒げたことで異変を察したグランルーンは様子を伺いに家の中にまで入ってきていた。
俺はすぐさまリプサリスの身体で動くエディに眠りの魔法を仕掛け意識を奪うと、グランルーンにはリプサリスが既に死亡したエディに執着しすぎていたことから俺は無理やり引き離すことにしたと伝える。
それから確認してもらっていた適当に使える空き家が何軒かあることをグランルーンから聞かされる。
「分かった。 俺はリプサリスを連れて今日は一日そこで待機する」
オウボーン一家と補助機関会達はミカケダオシ村に留まる必要が無くなったことを理由に、俺はグランルーンに彼らをイルシオンまで護送するよう要求する。
しかし、俺が外出する際は監視役のどちらかが同行する必要があるものの今セレディアはいない。
室内にいる状態でも就寝時間以外は近くに留まる必要があるため、要求を通すことはできなかった。
さてどうするか?
俺は一度彼らを護送させるという選択を諦めることにした。
グランルーンには俺が使える空き家の外で室外待機させ俺が出るまで誰も入れるなと言わば門番を命ずることにした。
そしてエディをどうにかする手段は極めてシンプルかつ原始的手段となるが、目を覚ます前に縄で捕縛しておき口を手で塞いだ状態から会話を始める。
今の環境下で内緒話をするにはその程度のやり方が限界だった。
それから5分ほどでリプサリスが目を覚ます。
強めの睡眠魔法を掛けたつもりだったが、やはり魔法は持続性が弱いらしい。
「目を覚ましたか」
「■■■■■■!?」
俺が口を塞いだ状態で目を覚ましたこともあって当然上手く喋れておらず何を言ってるかは分からない。
ただ、その状況でも一つ理解できたのは慌てる様子は然程無く今目覚めたのはエディの意識ではなくリプサリスの意識としてということだ。
リプサリスがきちんとリプサリスの意識で目覚めたことに俺は一安心する。
「あの、これはどういうことなんでしょうか? 私、何か悪いことを……」
「良かった、どうやら無事のようだな」
「???」
「エディに身体を乗っ取られていたことに気づいていないのか?」
「いえ、それは……」
どうやらリプサリスはエディが自分の身体で動いていたことに自覚はあるらしい。
俺はリプサリスの身体にエディの精神が一体となって滞在してる状態が国にとってどれほど危険と認識される可能性があるかを説明する。そして、エディの人格は必要なとき以外表に出させないことについてもだ。
一通り現在危惧していることを説明した後に俺はリプサリスを縛っていた縄を解く。
「今からエディさんにも説明します」
「意思疎通できるのか」
「はい」
意思疎通を開始したというリプサリスの状態を俺はしばらく眺める。
口は動いておらず、誰かと話しているんだなという印象にはならない。
しかし、何か物思いにふけるような周りが見えてない様子から普段の様子とは違うリプサリスがそこにいるということが見て取れた。
俺が見えない人であることと同様に事情を知らない第三者とて、違和感に気づくのは時間の問題だ。
特に他人の仕草、振る舞いの違和感に敏感なセレディアとイラならすぐに気づくだろう。
その様子から他人の前では極力意思疎通をさせないようにと決める。
「ところで身体の痺れは残っているか?」
「多少ですが、この程度なら自分で回復可能です」
そういえばリプサリスは治癒魔法が得意だったのだからその心配はいらなかったか。
それを聞くと同時に別の一つ可能性が俺の中で浮かび上がる。
「今リプサリスは錬金術を、エディは治癒魔法を使えるのか?」
「えっ……?」
どうやら一体化したら一体化した相手の力を使えないだろうか?というのは本人が考えることさえしてなかったようで「そんな可能性が」と驚く様子を見せる。
「錬金術はすぐに確認できないのでエディさんに変わっていいですか?」
「分かった」
表の意識が入れ替わるとすぐにエディは治癒魔法を使い始める。
「一応使えましたけど、魔法って誰でも使えるんですよね?」
エディは魔法適性自体は低かったらしいものの使えなかったわけではない。
さらに治癒魔法は使ったことがなかったらしく、元々自分自身でどれだけ治癒魔法が使えたのか理解できてないようだ。
ただ、俺の目で見て魔法適性が低いとされる人間が使う治癒魔法にしては明らかに魔力の動きが大きい。
これは恐らくリプサリスも錬金術が使える可能性が高い。
一方一つの身体に他人の人格が宿ることでそれぞれの能力を引き出せるというのは恐ろしい可能性をも感じる。
リプサリスとエディが一つの身体で共生してる状況は恐らく事故の結果起こったことだが、これを意図して起こせるとしたらどうか?
チキュウ人狩りを行うことで何十人、何百人分ものチキュウ人の能力を宿した化け物染みた人間が現れてもおかしくないのだ。
「エディは俺の身体を乗っ取ることも可能か?」
「い、いやそんなのわかりませんよ。 気づいたらこうなってたんですし」
「そのときの状況を元に少し試してみろ」
「え、ええ……」
エディは俺に恐る恐る手を当て、目を閉じ、当時の状況を元にそれらしいことが起きないかと確認する。
すると俺は強烈な何かを感じ取り、反射的にその何かを弾き飛ばす。
実際に弾き飛ばしたのかは分からないが、その何かがエディだったのかもしれない。
「わあああぁぁぁぁぁ」
その何かの動きを感じたのはエディも同様で身体はそのままの状態ながら宙に吹き飛ばされたような感覚を体験をしたらしい。
それから約10秒ほど掛けてエディは平衡感覚を取り戻す。
「なんか途中まではいけた気がしたんだけど……」
「悪い、多分俺が弾いてしまった。 もう1回やってくれ」
「え~、またやるんですか」
どうやら乗っ取ろうとする行為にかなりの精神的負担がかかるらしくあまりやりたくはないらしい。
それでももう一度同じ動作を試させる。
しかし、俺は再びその何かを弾いてしまった。
「俺の意思がしっかりしてるときでは恐らくダメか」
大きな蜂が舞っていたら「うわぁっ」と声を出し距離を取ろうとしてしまうように、大きな物理的衝撃を受けたら思わず「いたっ」といった声が出てしまうように、条件反射的にその何かの受け入れを拒否するのだ。
それから再度何か確認できないかと模索してるうちはエディは自らの意識を内に引っ込めてリプサリスの意識が表に出てきていた。
まあ良い、必要最低限のコンタクトは済ませた。
俺はリプサリスと共に外に出て、グランルーンにはリプサリスの意思が戻ったことを伝える。
ただ、これから皆に伝えるような指示や明日の予定は何も決めていなかった。
そのことからここに来るまではセレディアの件があって開拓任務を降りるかどうか迷っていたことを思い出す。
開拓任務を降りるということは国の思惑通りにいずれ起こる敵対国サグラードとの戦争に備えて尖兵となるべくイルシオン国民として守るべき者を持つということ。そしてその守るべき執着対象になりうるべく与えられたリプサリスと結婚して共にそれまでは普通の一国民として生きるという選択肢だ。
しかし、今のリプサリスはエディが一緒になってる状態だ。
さらに言えばリプサリスは俺とエディのどちらを選ぶかと判断に迫られたら多分エディを選ぶだろう。
それはエディのが俺より愛嬌や人柄は良いだろうが優れてるからというわけではない。
むしろ自己管理のできないダメな点が献身的なリプサリスにとっては相性が良く心から感謝される機会を得られやすいからだ。
そう考えたら今このタイミングで開拓任務を降りるなんて判断はあり得ない。
それにセレディアはいずれ戻ってくると言ったのだからな。
「グランルーン、幾つか聞きたいことがある」
「何だ?」
グランルーンが従う命令の優先順位は以前サキュバスクイーンから教わったように
①王の命令
②法律
③派遣先の司令官の命令
となっている。
つまり、上手く情報を引き出し①②に抵触しない形であると認識させて、その上でリプサリスとエディの状態を理解、共有した上で現状の関係を維持しておきたい。
「少し気になったんだが、イデア人にも異能力を持つ人はいるのか?」
もう隠し事をしながら立ち回るのは辞めて、本当の仲間と認識できる関係を目指すために……
その第一歩を今この瞬間にするのだ!