13話:幻影ハーレムの欠陥が下す裁き
今回は性的というか政的で、思想強めな所謂ざまぁ回になります。
グランルーンから点数稼ぎなるものに興味があるかと聞かれた俺はとりあえず何が言いたいのか確認する。
「国営ギルドの臨時依頼だと思ってくれればいい」
「チキュウ人はギルド利用が禁止されているのにか?」
「そういうことになる」
チキュウ人にギルド利用が禁止されているのに国営ギルドから依頼が出されることには今まで見聞きしてきた情報を元に考えれば特に疑問に抱くことではない。
しかし、それとは別にもう一つの疑問が生まれる。
その国営ギルド依頼がどうして「点数稼ぎ」という呼び方になるかだ。
「その国営ギルド依頼の呼び方が何で点数稼ぎなんだ?」
「ああ、それは……」
それはどうやら依頼を達成すれば印象の回復に繋がるらしく、それを一番の報酬として依頼を提示するからだという。
そしてこの評価は点数上で管理しているらしく、そのことから国からの臨時依頼を点数稼ぎと呼ぶようだ。
再評価の機会を与えることを釣り餌として垂らすのだから、危険人物認定された俺に声がかかるということか。
「大体理解した。 それで依頼はどんな内容になんだ?」
「それはこちらの男が監視担当していたチキュウ人の女が何やら訳の分からない不快感を繰り返し口にしているらしく、同じチキュウ人としてその意図を探れというものだ」
なるほど、依頼内容もチキュウ人だからできることか。
開拓任務中のチキュウ人同士の接触は原則禁止となるが、その原則から外れるのが大体この点数稼ぎのときだという。
注意点として言われたことは一つだけ。
それは点数稼ぎのときにお互い名前を名乗らないこと。
点数稼ぎは時と場合により相手に恨みを募らせることがあるからだ。
これはあくまで互いの安全性向上が目的となるため、自分から名乗ってしまっても罰則があるわけではない。
「安全の為に先に魔法で縛り上げてもいいのか?」
「やめておけ」
グランルーンは禁止とは明言しなかったが、魔法の性質上持続効果に欠け縛り上げるような行為にそもそも向かないという。
その結果、トラブルの危険性が増すだけでメリットがないといった結論だ。
「会話の最中はこちらで防護魔法を常にかけておく予定だ。 ただし、チキュウ人相手である以上、想定外の異能力を使われた場合は防護魔法を貫通する可能性がある」
十分な支援はするが、危険性を完全には排除できないといったところか。
まあ危険性など誰と会話していてもあるのだからわざわざこれを理由に断ることなどないだろう。
多くないとはいえ自由に使える資金も得られるのだ、やっておいて損はない。
「分かった、引き受けよう。 ただイルシオン方面まではまたあの山道を下らねばならないと考えるとリプサリスや補助機関会員は置いていったほうがいいか」
クネクネと往復するように登ってきた山道だが、魔法を用いて飛び降りるように下ればそう遠くはない。だが、そうしたことをできるのは俺とグランルーン、それにセレディアが身体能力を駆使してできるくらいだろう。
「リプサリスには同行してもらうべきだ」
彼女もまた防護魔法を張る目的で参加すべきだという。
グランルーンの防護魔法は主に物理魔法問わずダメージに対する防護魔法を、リプサリスの防護魔法は精神作用をもたらす魔法に対する防護魔法として同時にかけておくことでより安全を図れるという。
「わかった。 一人くらいなら、特にリプサリスなら抱えていけるだろう」
「はい、同行させていただきます」
「だが、出発の前に明日に向けた指示と予定を皆に伝えておきたい」
イラがエディに向けて提案した錬金術の製作試験を明日以降に確認する必要があることから明日の集合場所はこのミカケダオシ村となる。
ただし、ミカケダオシ村には各自が体を休めるべき家がなく、宿代を俺が支払えるわけでもないので彼らもまたイルシオンか、修繕した空き家は自由に使っていいと言われたドルミナーへ行く必要がある。
そして、俺達とは別で動く一行が出る場合に護衛も一人は必要だ。
「セレディアには彼らの護送を頼みたい」
「はいはーい」
ミカケダオシ村からはドルミナーよりイルシオンのほうが近い。
その為、結果的には全員でイルシオンに向かうと判断する。
「あーちょっといいっすか」
「どうした?」
「また明日もここに集合ならわざわざ行き来するのめんどいから俺はここで野宿でいいすわ」
何人かの補助機関会員達は山道の往復を何度もするのは苦だとしてここに滞在したいという。
また何人かはミカケダオシの焼肉がミカケダオシ村ならほぼ無料で食べ放題だかららしいが結論は同じだった。
「ああ、構わない」
またオウボーン一家は宿で休むという。
それから結局全員余計な往復はしたくないと意見が一致する。
「え~っとそれじゃアタシは護送する人がいなくなったし、ファーシルに同行ってことでいい?」
「ああ、セレディアも同行してくれ。 え~っとあなたはどうするんです?」
「私はもちろん同行しますよ」
問題となるチキュウ人の監視担当の騎士。
彼も同行するようだ。
点数稼ぎに伴い同行者の確認と非同行者との滞在合流手段の確認を終えると、俺達は同行者と共に約1時間弱かけて問題の人物がいる場所へ辿り着く。
金髪の姫ロングカットで二十歳前後と見られる女が何も無い、周りに誰もいない場所で一人喚いている。
そのことからすぐに当該の人物だと判断できた。
「気持ちわりぃって言ったんだろ、近寄るなよ、近寄るんじゃねぇ!」
幻影が見えてるのだろう。
俺は今現在露骨に幻影が見えていると思われるチキュウ人と接触するのは初めてだった。
そしてそれは傍から見れば麻薬でもやって精神がおかしくなったのか?というのが第一印象だ。
「これと話すのか……」
幻影が見えてない前提で考えたら、どう考えても関わりたくない存在だ。
……というか見えてる前提でも正直関わりたくはない。
「グランルーン、リプサリス 支援を頼む」
「分かった」
「分かりました」
彼らは目標から20mほど距離を空けて支援体制に入る。
セレディアは対象が暴れた場合に備え、暗殺も視野に入れてスタンバイする。
それから俺は意を決めて恐る恐るもその女に話しかける。
「何がそんなに気持ち悪いんだ?」
「あぁん?なんなんだよおめぇは! おめぇも……いやなんかちげぇな」
幻影達とは違う会話が通じる相手と判断したのか、少し落ち着いた口調になるがそれにしてもせっかくの綺麗な容姿があまりにも台無しな喋り方だ。
「お前を警護していた騎士から代わりに事情を聞いてくれと頼まれて来た」
「あの透かした野郎の差し金か。 おめぇは俺に言い寄ってくる女装した男共が見えてるか?」
「悪いが見えてない」
「あぁん? なんだてめぇも俺が薬をキメてるイカれた奴だって言いてぇのかよ」
見えてないとストレートに伝えたのは失敗だったか。
これでは何を考えてるのか聞き出す前にさらに会話が通じない状態になりかねない。
しかも麻薬をやってるんだろ?とは遠回しにすら言ってないのにそう決めつけて言い返すあたり被害妄想が激しい。
傍から見れば確かに麻薬をやって幻覚症状が出てるのではないかと思うが……
「そうは言ってないが、見えてるものに対する状況が違うことは確かだ」
……とはいえ、今更やっぱり見えてると言って会話を繋げるにも無理があるので一旦双方の状況認識の違いがあるとだけ伝える。
「だから悪いが、俺のこと以外で不快に感じてる状況を説明してくれないか?」
「説明したらなんとかなるんだろうな?」
「少なくとも今のままよりは改善するはずだ」
「仕方ねぇな、ってうわっ…… 来るな来るな!俺はレズなんだよ」
どうやらこの女はレズビアンらしい。
そして、言い寄ってる人々はいずれも男性である一方でそれ以外は理想に近い属性を満たしている。
それが返って気持ち悪く拒絶反応を起こしてるらしい。
しかし、レズの女がこの男口調か……
俺はとある予感がした。
そう、この女はもしかして……
「お前は転生前と違う身体に生まれ変わったことについてどう感じてる?」
「それについては最高だっ! きちんと女として見てもらえるんだからな」
男に言い寄られるのは嫌いなのに、女として見られることに喜びを感じているか。
女性が女として見られてると言うときは大半が異性として魅力的に見られてるかどうかであると少なくとも俺は認識している。
ただこの女から説明された現状感じている不快感と照らし合わせれば、そういうことでなく転生前はまるで男扱いだったということだ。
そして今の容姿は最高と評価する。
そのことから容姿にコンプレックスがあったことは間違いない。
「同性愛者なのに女と見られないことで何か困っていたのか?」
「当たりめぇだろ! 競技に参加すれば男は出てくるなと誹謗中傷されて、温泉やトイレに入れば変質者扱いだ。 法律がせっかく俺は女だって認めたのにあの差別主義者共はいつまで経っても多様性の理解ができねぇんだ!」
やはりな……
俺は思わず笑みがこぼれる。
こいつは傑作だ。
トランスジェンダーと称して温泉や更衣室などで女性用の場所に入り女性に不快感を与える行為を繰り返しておきながら、自分はレズだと自称することで女性に性的興奮を示すことを正当化してきた男の末路がこれだ。
本当に女になった自称トランスジェンダーの男に与えられた幻影ハーレムはあまりにも滑稽な裁きの形だった。
「ははははっ、本当の意味でトランスジェンダーになれたんだな」
「あぁ? 誰が男だよてめぇ!」
女の身体をした男のチキュウ人は拳を振り上げついに俺を殴りにきたが、グランルーンの防護魔法がかかってるだけあって俺の身体に触れる前に相手の振り上げた拳が止まる。
「くそっ、くそっ、俺は女だ!」
事情聴取は終わった。
これだけ分かれば十分だ。
「話は終わりだ。 もう目の前に現れないだろうから安心してくれ」
「だったらさっさと消えろよ、多様性を認めない差別主義者のゴミカスが!」
一通り会話していて一つ分かったことがあった。
このトランス女は恐らく日本人じゃない。
世界の総人口から見た日本の総人口は約1.6%でしかないのだから、日本人以外と遭遇することは当たり前ではあるが気になったのはそこではない。
イデア語以外の違う言語、恐らく英語を喋っている相手との会話の自然さだ。
会話が通じることに関しては転生者には自動翻訳機能があるらしいから驚くには及ばないが、一人称、二人称が少ない英語をどうやってそれらが豊富な日本語らしい日本語に翻訳されたのか?
性自認や性的志向に対する召喚時の身体と幻影ハーレムの発生には今回の件のように複雑な場合に欠陥が生じることが分かり完璧でないことが伺える。
加えて幻影ハーレムにはエディのような自己管理ができない人間を破滅に追いやってしまうこともまた重大な欠陥があると言えるだろう。
一方でこの翻訳機能に関しては恐ろしいほど完璧に会話が出来ていると感じてる。
以前リプサリスと互いに頬に手を当て喋ることで確認したが、言葉の長さの違いからくる発話の発信と受信に対するタイムラグが口と頬の動きから全くといっていいほど感じられなかった。
俺はイデア語の発音が分からないから、たまたま音数の長さがほぼ同じだった可能性も否定できないが、日本語と英語なら一例として「私」「I」とそれぞれ発音すれば日本語の「私」のほうが発音時間が長く、口の動きも長くなる。それを翻訳して受け取ればタイムラグを多少なりとも感じるはずだ。
それも会話として長くなればなるほどその違和感はあからさまに分かるはずである。
また文法、叙述の違いもあり、こちらはもっと違和感が出るだろう。
しかし、意識してなかったとはいえ今回もそういったものは感じられなかった。
そんなことに確信と疑問を抱きながら俺はこのチキュウ人との話を終えグランルーン達の元に戻る。
「大丈夫でしたか」
「ああ、見ての通り問題無い」
あのチキュウ人の担当をする騎士は俺に何かあったのかと不安そうだったが何も問題はない。
「あの女、いやあの男が抱える不快感について大体理解できた」
「ほんとですか!」
「ああ」
俺は彼にあのチキュウ人が見ていた幻覚がどういったものか、そしてチキュウで社会問題となった自称トランスジェンダーの問題と危険性について話す。
チキュウで何かと話題になっていた頃、俺はいつ自分の国でもあのようにおかしな連中が社会的地位を得ることでおかしな社会になってしまうのかと日々恐怖していた。
そうしたことから、あのチキュウ人のような人々を強く嫌悪していたこともあり、危険人物としての評価をだいぶ盛って話してしまったがまあいいだろう。
「なるほど、状況は分かりました。 ところでファーシルさん」
「どうした?」
「あなたは恐らく見えない人なんでしょうけど、どうして幻影ハーレムのことを知ってるんですか?」
「!?」
しまった……
より分かりやすく説明しようとするあまり幻影ハーレムという具体的な政策名を出してしまった。
幻覚症状が見えているとだけ説明する分にはその詳細までは把握してないことになるから誤魔化せるが、あのチキュウ人の置かれている状況を「転生前の性別自認に基づいて女の身体として転生した結果、幻影ハーレムが恐らくバグを起こして女装した男性による逆ハーレムを体験してしまっているらしい」と伝えてしまったのだ。
「セレディア、ファーシルに教えたのはお前か?」
「!?」
グランルーンからはセレディアに嫌疑の目が向けられる。
これは下手すれば俺の迂闊な発言のせいでセレディアまで巻き込んでしまう。
この状況……どうすればいい?