12話:齢知らざる知られざる幸福
俺達はエディの雇用主から許可をもらいエディに声を掛ける。
するとエディは一瞬思考停止したように止まり、それから何かに気づいたのか大慌てで
「うわああぁぁぁ…… ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
なぜか俺達に向かって何かに怯えるように謝ってくる。
「いきなりなんだこいつは……」
「あのー、エディさん。 落ち着いてください」
パニック状態になっていたエディに対し、リプサリスが魔法で静めていた。
リプサリスが魔法を使うところは初めて見たが、育ちや性格から想像していた通りヒーラータイプの魔法を得意としてるようだ。
エディが落ち着きを取り戻したあと、俺はエディの雇用主から仕事のことは気にせず用があるなら話し込んでいいと言われたことを先に伝える。
「で、俺達を見て何で急にパニック状態になったんだ?」
「さ、妻子を置いて、僕を愛してくれる妻子を置いて出てきてしまったんです。 それでイデアの法律もよく知らないから追手がきたんだって……」
聞くところによるエディには妻との間に子供ができて幸せに過ごしていたようだ。
しかし、日に日に原因不明の空腹感に襲われるようになったという。
毎日料理を作ってくれる愛する妻の食事に感謝しつつも空腹感に耐えきれず日々イルシオンの市場で店主の居ない隙を見て盗みを繰り返してしまい罪悪感から逃げ出してしまったという。
エディの語る妻子のことは幻影ハーレムのことを知ってる俺には当然幻影の作った幻影の料理など食べても腹は膨れないだろうとすぐに理解する。
しかし、幻影がしっかり見えるエディにはそんなことを理解できるはずはなかった。
「リプサリスはエディが開拓任務を降りたその後、世話やサポートを国からしろとか言われてなかったのか?」
「はい、最初は規定通りしようとしていたんですが、エディさんに断られてしまって……」
幻影の異性に本気で恋愛感情を抱いてしまった人向けに国側からサポート体制も取っていたらしいが、幻影の女に一途になるあまりリプサリスの訪問も断ってしまった結果が今の惨状なのだという。
ドルミナーを発つ前、リプサリスがエディを探す提案をしてきた理由がよく分からなかったが、単純に心配していたのだろうか。
主張を良しとしない教育を受けてるリプサリスにそれを問いただすのは酷だろうと判断し特に聞くことはしなかったが、彼女自身に意思はしっかりあるのだと感じる。
「リプサリスがエディの担当をしていたのはいつ頃だ?」
「ファーシルさんが来るより前です」
「いや、それは分かるんだが、具体的に一ヵ月とか一年とかあるだろう」
俺達の会話を聞いていたエディが口を開く。
「そんなものないよ」
「は?」
「イデアは日の浮き沈みから一日の時間の基準はあるけど、四季は無いし、一週間、一ヵ月、ましてや一年なんて意識してるのチキュウ人だけです」
「イデア人の一人に年齢のことを話したときは理解してるようだったが、ならば年齢はどうやって理解してるんだ?」
「見た目や雰囲気でなんとなくそういうことだって理解して返してるだけじゃないです? 年齢を聞くチキュウ人が多いから、年齢ってどういうもなのかは分かってるつもりの人が多いし」
「ふむ、リプサリスは年齢って言われて分かるか?」
「なんとなくは……」
なんとなく……
つまりはエディの言う通りか。
マケマスにはティアラの外見の年齢からサキュバスクイーンの年齢を想定できないか?という質問をしたが、あの時も具体的な数字による年齢の話には発展しなかった。
だからギリギリ違和感の無い会話が成立してた、ということか。
「えっとファーシルさんだっけ?」
「ああ」
「ではファーシルさん! 間違ってもチキュウ人の感覚で一年を測って年齢なんて呪いの基準をイデアに作らないでくださいね。 そんなことしたらもうそれはイデアへの冒涜だから!」
「何が呪いで、何が冒涜か分からんのだが……」
どうやらエディにとって年齢を把握するチキュウでのシステムが「もう〇〇歳なのにまだこんなことを……」などと言われる原因だと意識してるらしく、年齢を互いに把握できない社会がイデアのすばらしさなのだと語る。
「つまり妻子の年齢も把握してないのか」
「当然です。 そもそも年齢なんて禍々しいものはないんですから!」
禍々しいとまで言うこいつは年齢という基準にどれほどの恨みがあるのか……
俺個人としてはエディの子供というのがどのくらいの年齢なのか把握することでリプサリスと共に開拓任務に駆り出された時期を把握しようかとも思ったが、この調子では聞き出せそうにない。
……そもそも食事をとらずになんとかいられるのは普通であれば3日程度が限界だ。
対して性行為をして子供が生まれるまでは約9~10ヵ月は掛かる。
このことから幻影の影響でエディ自身がまず月日の経過を正しく認識できていない可能性が高い。
「それで本来僕に会いに来た理由ってなんだっけ?」
そういえば、俺達がここに来たのはエディの錬金術を役立てられるかどうかという目的だったことを自分で説明しながら思い出す。
気にならないわけではないが、エディがいつ開拓任務をしていたかなどという話はこの際どうでもいいだろう。
「錬金術を活かせなんてのは無理だよ、ファーシルさんって上手に絵を描けます?」
「いや、ほとんど描けないがそれがどうかしたのか?」
「想像した物の形は浮かんでもそれを形にする錬金術ってそういうもんだから…… しかも物質化するってことは3DCGを描きあげろっていうレベルの話なんです」
形を構成する知識、能力、物質同士を繋ぎ合わせる過程、さらに使う素材に対する理解、と錬金術を使いこなすのが難しいのは感覚的にはそういったことが求められるのだという。
「逆に言えば形の精度は然程重要ではなく、機械のような機能が無い物、あとはサイズの小さい物なら比較的簡単にできるということか」
「まあそうなんだけど、そんなんなら錬金術を使わずに各分野の専門の人が作れば時間も素材コストも軽いから」
「なるほど」
エディの錬金術に俺も興味が無かったわけじゃないが期待はしてなかったので、あれこれ実用には至らないとだけ一通り聞けたらもう十分だった。
「そういうことらしいが、錬金術に興味津々だったイラはどうだ?」
「はい、それではエディさんに質問します。 錬金術のことは全く分かってない素人なんですけど、錬金術に必要な専用の設備環境があればどれくらいの種類の物を作れますか?」
「えっ…… 急に言われても……」
イラの構想では専門家たちと比べて物を作る早さ精度、共に敵わずとも一つの設備で様々な物を作り出せるのなら総合的にはパフォーマンスの良い仕事をできるかもしれないという見立てだ。
「あとは必要な設備の小型化ができるなら、設備そのものを持ち運んでイルシオンから離れた場所でも気軽に物を作れますよね? そうなれば物流コストの面でも専門でお仕事されてる方達が相手でも価格競争をしたときに優位に立てると思うんですが、その設備を作る手間やコストはどれくらいですか?」
「えっ、えっ、ちょちょっとそんな本格的なこと言われても……」
制作設備の一つで様々な小道具が作れることに加えてコンパクト化ができれば確かにイラの構想通り色々できるかもしれない。
しかし、まずはエディが物凄い質問攻めをされて動揺してしまってるのだから一旦止めたほうがいいか。
「ふぅ助かりました。 え~っとファーシルさん、この子もチキュウ人?」
「いや、イラはイデア人だが」
外見の年齢に見合わぬ商売構想だったがため、実年齢に噛み合わない容姿で召喚されるチキュウ人なのでは?と思ったらしい。
その後、錬金術に興味を持っていた補助機関会員の何人かも質問をぶつけるが、基本「無理です」の一言で済むような内容ばかりであったため、エディは再び慌てふためくことはなかった。
そんな話をしてる間に一人の若いイルシオン男性騎士がこちらに来てグランルーンと話し込んでいた。
どうやら俺よりも後に召喚されたチキュウ人の女が何かわけのわからない反応をしてるらしい。
それからイラはエディに話を付け、錬金術が捗る簡易的な道具くらいなら買ってあげるのだという。
その金を出すのは父親のオウボーンだが……
その代わりに非効率でもいいから俺が主に聞き出した情報を元に作れそうなものをメモ帳にまとめあげて作れるだけ作れと要求していた。素材は一応エディが自分で採集及びミカケダオシ村の中で譲ってもらえそうなものの範囲を想定したものばかりだという。
「よくこれだけまとめられたな」
さすがは経営者路線を目指してるだけあるというべきか、イラがエディに向けてまとめた制作試験道具一覧の数々に俺も目を通すが、この短時間にこれだけ思いつくだけでもすごいとしか言いようがない。
それからグランルーンと話し込んでいた若いイルシオンの男性騎士との会話は一旦まとまったようだ。
「ファーシル、少しいいか?」
「ん、どうかしたのか?」
「お前は点数稼ぎに興味はあるか?」
「は……? 点数稼ぎ……?」
グランルーンから唐突に点数稼ぎなる言葉を聞かされる。
さっきまで話し込んでいた隣にいる若いイルシオン男性騎士と何か関係があるのだろうか?
言葉の内容からして俺にとって悪い話ではないだろう。
そう思いながら何が言いたいのか聞くことにした。