106話:サグラード城の調査に向けて
サグラード城へと続く道の整備が始まってからの10日間、寧々が妨害してくることはなかった。
俺は寧々に進路開拓を妨害する意図はないと判断すると、今後の方針をイラに提案することにした。
「イラに提案なんだが、サグラード城への道が整ったらまずは冒険者を利用してほしい」
「どうして冒険者なんですか?」
「仕事で動く兵士や傭兵よりも、自由に旅する冒険者の方が好都合なんだ」
寧々が居を構えるサグラード城はどういった状態か分からない。
ただし、罠を仕掛けて始末するのが目的でなくても、防衛用の罠や侵入者対策はしているだろう。
そのため、俺は冒険者たちに調査を促し、サグラード城の情報を得ようと考えていた。
あえて雇わないのは、報酬目当てでろくな調査もせずに報告する連中に利用されないためだ。
それに真面目に調査する冒険者であっても、依頼主の好感を得ようと情報を脚色することが容易に想像できる。
だからこそ純粋な好奇心で調査し、情報を持ち帰ってくる冒険者に期待したかった。
「良いですね」
イラは俺の考えに同意すると、彼女はすぐさま冒険者をどう動かすかの提案を始めた。
「サグラード城に残された王家の財宝は高く売れると言ったらどうでしょう?」
「ありきたりな誘導方法だが、効果は十分期待できそうだな」
「それではそういった情報を流しておきます」
「ああ、頼んだ」
サグラード城への進路が開拓されるまでの間、俺はノースリアにいても特別できることはない。
ならば、一度イルシオンに向かい、黒いリンゴの芯がもたらした事故をチェイに伝えるべきだ。
俺はイルシオンまで向かうと、すぐさまチェイの元を尋ねた。
「……というのがノースリアで起きたできごとだ」
「ふむ……」
「それで見てもらいたいのがこの黒いリンゴの芯だ」
俺はチェイに持っていた黒いリンゴの芯を見せ、この芯が引き起こした事故の詳細と考察をチェイに伝えた。
チェイは俺の見せた芯を数秒眺めると、すぐに結論を出した。
「これはファーシルくんの読み通り、魂の核を爆発させる仕組みだ」
「やはりそうか」
読みは当たっていたが、それだけに過ぎない。
俺はそのことを自覚し、チェイに可能な対策の提示をお願いした。
「さほど難しいものじゃないよ」
チェイの提示した対策は誰でも簡単にできるものだった。
しかし、その問題とは別の懸念すべき問題を彼女は指摘する。
「随分粗雑な造りだが、本当に寧々が作ったのかい?」
「は?」
寧々に仲間がいるのか?
いや、彼女に仲間意識があるなら、かつてのチェイを裏切るようなことはしないはずだ。
チェイの疑問から考えられることは、黒いリンゴが寧々の手抜き作品ということだ。
つまり俺は彼女が遊び半分で作った玩具にすら対処できなかったことになる。
「あいつ以外こんなものを作るやつはいないだろう」
「寧々が君たちに反発的な人間を利用して作らせた可能性だって否定できないよ」
「言いたいことは分かるが、そもそもノースリアにチキュウ人はほとんどいないんだ。反発的で錬金術が使えるチキュウ人がいたら、とっくにマークされている」
「ニアソウルコアは自分の異能力を付与する使い方だってできるんだよ」
「あっ……」
言われてみればそうだ。
叛逆の翼だって、劣化版とはいえ俺の異能力を付与している。
ならば寧々だって自分の異能力を他人に付与していても不思議ではない。
それに彼女が自分の知恵を与えていれば、黒いリンゴだって作れるかもしれない。
「そういった可能性もあるか」
「もちろんただの手抜きな可能性もあるよ」
要は両方の可能性を考慮しておくべきということか。
もっとも後者なら、すぐに尻尾を出すだろう。
こんなものをいきなり作れるようになった人間ならば、力に溺れるのは想像に難くない。
「他に何かあるかい?」
「いや、気になる問題は大体解消できたように思う」
「それなら良かった」
俺はチェイとの対話を終えると、グラトニアへ帰還した。
「よっ、ファーシル久しぶりじゃん」
グラトニアに戻ると、軽い口調でダスティナが挨拶に来た。
「ああ、そうだな」
ここ最近はノースリアに遠征することが多く、本来俺がいるべきグラトニアにはほとんどいない。
俺はそのことに少し罪悪感があった。
「最近の様子はどうだ?」
「うーん、特にないけど、あっ……」
ダスティナは何かを思い出したように「あっ」と言う。
それが深刻な問題でないことは、彼女の軽い口調から推測できた。
「何かあったのか?」
「ファーシルの見つけてきた連中が行方不明になったんだよね」
「え……?」
サグラード王国の生き残りが行方を晦ませたのか。
彼らには食糧の支援と引き換えに、サグラードへの開拓を依頼していたはずだが……
「何があったんだ?」
彼らが消えたとなると、真っ先に思い浮かぶのはグラトニアの誰かが皆殺しにしたことだ。
俺はサグラードの開拓に彼らは役立つと判断したが、そこに価値を見出せない者なら彼らは邪魔でしかない。
何せ食料を分け与えるには彼らの元へ向かう手間もあるし、彼らはゾンビ化している間にニアソウルコアを嘔吐する問題もある。
あんな奴ら死んでしまったほうがいいと考える者が出てきても不思議ではない。
「どっかに逃げたんじゃない?」
「お前も知らないのか」
「うん、興味もないし」
彼らを探すなら彼女が一番適任だが、不真面目な彼女が自らそんなことをするはずがなかった。
「みんなめんどくさがってたし、誰も探す気がなかったんだよね」
「そうか」
彼らは殺害されたわけじゃないようだが、ある意味似たようなものかもしれない。
みんな厄介払いしたかったのだ。
俺は行方不明になったときのマニュアルまでは書き残さなかった。
そのため、誰かを責めることはできない。
それに俺だって行方不明になったなら、ちょうどいいかと思っていた。
寧々の居城はここよりもノースリアのがよっぽど近い。
そのノースリアで今イラが主導で進路を開拓しているのだから、もう彼らに頼る必要はなかった。
「今から探しに行けとか言わないよね」
「ああ、言うつもりはない」
開拓を続けていたなら、彼らの必要性が薄れた今でも取引に基づき食料支援を続けるべきだと考えていたが、姿を消したならもう気にかけなくていい。
そう判断した俺は彼らの支援や警備に回していた人材に別の仕事を割り当てることとした。
翌日から俺はグラトニアの事業の見直しを始めた。
特に気になったのは武具の売買価格だ。
タンゾウが丹精を込めて作った割には安価すぎる。
「この相場はどうなっている?」
「こいつらに最低限の装備は与えなきゃいけねぇと思ってな」
彼はグラトニアに滞在する傭兵や冒険者が死なないようにと、赤字ギリギリの価格で武具を販売していたらしい。
最近まで彼は「仕事を押し付け過ぎだ」と俺に文句を言っていたが、どうやらそれ以上の仕事を自分からしていたらしい。
「お前はしばらく休め。これは命令だ」
「お、おぅ……」
俺は他にも幾つか気になる点を指摘し、業務改善を図ることにした。
「そういえばファーシルさ、ノースリアのほうはもういいの?」
「いや、まだだが当分は進展がないだろう」
「どういうこと?」
俺は疑問を投げかけてきたダスティナに進路開拓が当分かかるであろうことを伝えた。
「へぇ……」
「ある程度経ったら、ダスティナはノースリアへ進捗の確認に向かってほしい」
「んじゃ今から行ってきまーす」
「いや、まだ早すぎるだろう」
俺がそう言い終える間もなくダスティナはノースリアへと駆けていった。
そんなに故郷へ帰りたかったのだろうか?
それとも俺が近くにいると、堅苦しくなるとでも考えたのだろうか?
「あまり気にしなくてもいいか」
彼女の気まぐれな行動は今に始まったことではない。
そう判断した俺はそれ以上彼女のことを考えはしなかった。
だが、翌日……
「なあファーシルさん、ダスティナがどこに行ったか知らないか?」
声を掛けてきたのは酒場のマスターだ。
何か嫌な予感がする。
「あいつならノースリアに向かったが……」
「はぁ、やりやがったか……」
「何かあったのか?」
「あいつもうずっとツケを払ってねぇんだよ」
「……」
ダスティナはまだそんなことをやっていたのか。
俺はダスティナの代わりに酒場のマスターに賃金を支払うと、彼女のここ最近の話を聞くことにした。
「ほとんど一日中飲み浸って何もしてないんだよ」
「あいつらしいな」
平和なやりとりだ。
近頃は寧々の脅威にどうすべきかと対応に追われ、こんなやりとりをしただけで平和を意識させられた。
そんな日々が約40日間続いたある日、ダスティナがノースリアから帰還した。
「おーい、ファーシル」
「どうした?」
「サグラードに乗り込む準備できたってさ」
「……早すぎないか?」
開拓作業には一年以上かかると思っていただけに、この作業速度には驚くしかなかった。
「そう?」
俺とダスティナで想像している進路開拓のイメージに開きがあるのだろう。
ダスティナは俺の疑問を理解することはなかった。
翌日、再びグラトニアを皆に任せると、俺はダスティナとイラを連れてノースリアに向かった。
「イラ、本当に進路が整ったのか?」
ノースリアに着くと、俺は第一声で本当にサグラードへ向かう状況が整ったのかを確かめる。
「はい。既に十人以上の冒険者がサグラード城の調査を終えて帰還しています」
想像以上の早さだ。
それだけに整備の程度に不安が残るが、往復に成功した冒険者がいる点は一安心だ。
「彼らの報告内容を聞かせてもらって構わないか?」
「はい」
サグラード城では岩でできた巨人が道を塞ぎ、石像が動き出して襲い掛かるといった情報が複数の冒険者が語っていたらしい。
「ゴーレムにガーゴイルか」
「ファーシルさんは知ってるんですか?」
「チキュウの創作物ではお馴染みの存在だから、イメージが簡単に沸いただけだ」
実際に見たら俺の想像とは全く異なる化け物だと感じるかもしれない。
しかし、寧々も同じチキュウ人だ。
創作物でお馴染みのゴーレムやガーゴイルを想像して作り出した可能性が高い。
「危険性は分かっているのか?」
「はい、どちらも並みの冒険者が処理できる程度らしいです」
「拍子抜けだな……」
「でも油断しないほうがいいと思います」
「ほう……」
ゴーレムは主に扉や建物の入り口を守る番人であり、積極的に襲ってくることはないらしい。
ゴーレムと戦った冒険者たちの判断によれば、強さはDランク相当の討伐依頼対象とのことだった。
ガーゴイルは強さの指標はEランクとされゴーレム以下の評価だが、気配を感じさせることなく突如動き出すことから恐怖を感じた冒険者も多いようだ。
「厄介なのはガーゴイルか」
「はい、存在を認知してなかったとはいえ、Bランクの冒険者も殺害されています」
Bランクといえば、出会った頃のセレディアと同じランクだ。
それだけのライセンスを獲得できる冒険者が殺害されたとなれば、相当注意する必要があるだろう。
「それ以外の報告は何かあるか?」
「いえ、特にありません」
サグラード城で寧々の姿を見た者はおらず、彼女に関する手掛かりも特に見つかっていないようだ。
ノースリアでも寧々が何かしている様子はなく、彼女がどこにいったか誰も知らなかった。
「今のところ聞く限りだと、入り口があることを示唆してるだけに思えるな」
「どういうことですか?」
「自分を知りたいなら来いと言った割に、何一つ寧々に関する情報がないだろ?」
「それはそうですね」
「だから冒険者たちはおそらく一番肝心な場所を調査できていない。例え全てを調べ尽くしたつもりであっても……」
サグラード城の近くに別の拠点を構えている可能性もあるが、わざわざ誘ってきたことを考えると城内のどこかに隠し部屋があると考えるのが自然だ。
もしくは招待した者にしか入れない空間があるのだろう。
「俺たちが向かわなければ、姿を現さないつもりだろうな」
「ファーシルさんもそう思いましたか?」
「ああ、それにイラも向かうべきだろう」
ノースリアを治める立場であり、戦闘能力に欠けるイラが戦いの場となるサグラード城へ赴くのは明らかに場違いだ。
しかし、ノトの体に憑依する寧々のことを考えたら、イラなしでは全ての自己開示をしないだろう。
そう考えた俺はイラも同行することを前提にサグラード城へ向かう計画を立てることにした。




