103話:弱みを晒す過剰な自己開示
チェイと共に叛逆の翼を増産すると決めたその日から数十日が経過した。
ノースリア国民がどれだけいるか把握していないが、チェイの判断ではひとまず十分とされる数の叛逆の翼が完成した。
俺はノースリアに残してきたイラやアナドールの無事を祈りながら、イルシオンを後にした。
「イラたちは無事でいてくれるといいが……」
寧々の凶行は快楽目的だ。
特定の誰かを付け狙うとは考えづらいが、いつ誰が何をされるか分からない。
「きっと大丈夫じゃないかな」
「セレディアは不安じゃないのか?」
「不安がないわけじゃないけどさ、あいつがイラちゃんを殺すならファーシルの目の前でやるでしょ」
「……」
確かにそうかもしれない。
セレディアの言葉に安心感を覚える一方で、不安も膨らんだ。
しかし、あれから経過した日数を思えば、急いだところで意味はない。
それから約二十日後、再びノースリアを訪れた俺たちは以前と変わらぬ光景に安堵する。
城下の入り口付近にいたノースリア国民に話を聞いても、ここ最近大きな事件はなかったと話す。
「寧々は何をしていたんだろうな?」
「さぁ?」
俺たちのいない間、寧々がただ待っていたとは思えない。
自分の根城に戻ったのだろうか?
不気味に思いながらも、俺たちはイラのいる謁見の間へと向かった。
「遅くなってすまない。俺たちのいない間、何かあったか?」
「いえ、大きな事件は起きていません……」
イラは国内で大きな問題は起きてないと話すが、その表情は暗く、何かあったとしか思えない。
「事件は起きてないが、何かあったんだな?」
「はい、実は……」
イラが事情を説明しようとしたその時だった。
「大事な大事なお友達が、ある日突然メメちゃんに成り代わっていたのです」
「なっ!」
背後から聞こえてきたのは芝居がかった口調で喋る少女の声だ。
間違いない、こんな言い回しで人を追い詰めるのは寧々だけだ。
俺は後ろに振り向くと、黒いドレスを身に纏い、長い金色の髪をたなびかせた少女の姿があった。
彼女はテラスから中へと入り、ゆっくりと俺たちに近づいてきた。
この少女こそが今の寧々だ。
「お前は俺が戻ってくるのをずっと待っていたのか?」
「あははっ、お前みたいなつまらない大人を待ってたわけないじゃん。自意識過剰じゃない?」
寧々は笑いながら、俺を罵倒する。
俺を『つまらない大人』と決めつけたのか、彼女の言葉は前回会ったときよりもだいぶ刺々しい。
「お前が都合の良いタイミングで出てきたからそう思っただけだ」
「ふ~ん、まあどうでもいいけど」
俺の言葉を適当に受け流した寧々は、イラに近づき笑いながら声を掛ける。
「女王様はこれからどうするのかな~?」
「何度でも言います。ノトちゃんの体はあなたの遊び道具じゃありません!」
「……」
寧々が憑依している体の持ち主はイラの知り合いのようだ。
イラは怒りに震えながら拳を握りしめ、寧々を睨みつけている。
俺はここまで感情的になったイラを見たのは初めてだった。
ノトと呼ばれた少女とは余程深い関係があるのだろう。
「これはノトの願いでもあるって前に話したよねぇ?」
「そんなの嘘に決まってます!」
まさか寧々が憑依先の体の持ち主と事前にコミュニケーションを取っていたというのか?
イラは寧々の言葉を否定するが、彼女の感情的な反応はただ現実を受け入れたくないだけに思えた。
「これ以上女王様に近づくな」
イラの護衛を務める兵士たちが、寧々の進路を拒む。
「邪魔!」
「ぐああああぁぁぁ」
寧々は兵士たちを魔法で軽々と突き飛ばし、勢いよく壁に叩きつけた。
兵士たちに向けた寧々の態度は、俺やイラに対する態度とはまるで違う。
冷たい口調で「邪魔」とだけ言い放ち、一瞬で片づけたのだ。
戦い方は真っ当だが、普段の遊び心を欠いた態度は、兵士たちを人間として見ていないように思えた。
「ふふふっ」
寧々は笑いながらイラに近づく。
今なら彼女の意識が俺に向けられていない。
彼女の体が遠隔操作によって動かされている駒なら、操作している本体を見つけ出して始末するチャンスだろう。
俺はセレディアと共にノトを注視する不審な人物がいないか辺りを見渡した。
だが、不審な人物は見当たらない。
俺たちの知らない仕掛けがまだ何かあるのだろうか?
「な~にキョロキョロしてるのかな~?」
周囲を探る俺たちの行動に寧々が気づいた。
「お前たち、先生から入れ知恵されたでしょ?」
「!」
俺たちが周囲を観察する意図を一瞬で理解したのか。
さすが天才と称されただけはある。
「やっぱりそうなんだ。アタシの本体はここだよ」
寧々は憑依中の体を指差し、遠隔操作で動いていないことをアピールする。
「自分から弱点を晒すバカがいるか!」
俺は今の体が本体だと主張する寧々の言葉が罠にしか思えない。
なぜならそんなことを口にするメリットがない。
「じゃあ引き続きキョロキョロタイムでどうぞー。女王様はその間に殺しちゃうかもしれないけど」
「おい!」
「あっはははは、命の保険が作れない相手を守ろうとするのは大変だよねー」
このままではイラが危ないかもしれない。
ならば一度寧々をどうにかしなければならない。
ノトと呼ばれた少女はこのまま戦えば死亡する可能性が高いが、命の優先順位を考えたら戦わない選択肢はない。
兵士たちを一瞬で吹き飛ばしたことを考えると、そこそこの実力者だ。
だが、あの程度なら俺だって互角以上に戦える。
ならばやるしかない。
俺は寧々と武器を引き抜き、セレディアも俺に続く。
「ファーシルさん、待ってください」
しかし、イラは寧々がノトが心配なのか、俺たちの交戦を拒む。
「女王様のワガママでメメちゃんを殺す機会を失ったノースリアは、後に何万もの犠牲者を出すのでした。ああ~なんて酷い女王様なのでしょう」
「うるさいっ!」
「あっはははは」
悪趣味なナレーション風の芝居に、イラはさらに激昂する。
「お前はイラに何か恨みでもあるのか?」
「あるわけないじゃん」
「だったら何で執拗に嫌がらせを続ける?」
「まーた質問攻め?うっざいんだけど」
「そうさせてるのはお前だ」
「うーわっ、性犯罪者みたいな言い返し方するじゃん」
「……」
性犯罪者みたいな言い回しか。
俺はそんな悪印象を与える言い回しをしたとは思ってないが、何を思ってそう捉えたかは理解できた。
『性的に見られる恰好しているお前が悪い』といった論調と重なって聞こえたのだろう。
「例え本物の性犯罪者だろうと、殺人鬼のお前には非難されたくないだろう」
「そうした性犯罪者が殺人鬼を生み出したんだけどな~?」
「……」
転生前の寧々に殺害された被害者は性犯罪の加害者ではない。
だが、寧々が父親から受けていた性的虐待が人間性を歪めた可能性は高い。
「その話に興味あるの?」
「そうだな」
興味とはあくまで寧々が何を考えているのか気になっただけだ。
性的暴行をした父親の追体験をしたいといった歪んだ願望ではない。
「ならさ、アタシの家まで遊びに来てよ」
「家?」
「サグラード城の跡地だよ、ゾンビ化しないなら来れるでしょ?」
わざわざ自分の拠点に誘い込むのか。
普通に考えたら罠だが、寧々は自ら不利になる情報開示を行うことが多い。
余裕の表れだろうが、俺はもう一つ別の理由があると睨んでいた。
それは理解者がいない孤独ゆえの自己開示だ。
彼女を知ろうとする俺の質問は嫌うが、これも何らかの原因があると考えるべきだろう。
「あそこにはアタシの核があるんだけどなぁ」
「……」
そう言い残し、寧々は俺たちの前から去っていった。
寧々の口にした核が何を意味するかは分からない。
魂の核の本体だろうか?
だが、国を跨ぐほどの距離から遠隔操作できるとは考えにくい。
「どう考えても罠だと思うけど、ファーシルはまさかあいつの口車に乗る気でいる?」
セレディアは寧々の口車に乗るべきでないと主張する。
当たり前の判断だ。
「罠が仕掛けられていることは間違いないだろう。しかし、寧々は孤独を紛らわすためか、あえて弱点を晒す癖がある」
「孤独を紛らわすってどういうこと?」
「あー、つまりだな……」
メンヘラ感情への理解がないセレディアに、俺の考察した寧々の心情を納得させるのは難しいか。
俺は自己開示の心理的効果を説明するが、彼女の反応を見るに分かってもらえたのは半分程度だ。
「何にせよ、まずは叛逆の翼の投与からだ」
「それはそうだね」
ゾンビ化さえ防げれば、寧々の脅威は本人のいる一カ所でしか起こらなくなる。
防衛を第一考える以上、まずはそこから手を付けるのは当然だ。
寧々の不死性を突破するための方法を考えるのはそれからだ。