102話:不死なる敵のメカニズム考察
ドルミナーで新たな体を手に入れた俺はチェイがいるイルシオンに向かう。
そこで彼女を見つけると、いつもの小屋の地下室で一連の出来事を報告した。
「生き意地汚い君が真っ先に殺されるとは驚いたよ」
「何で最初の一言が俺への煽りなんだよ!」
生き意地汚いことは否定しないし、俺だって真っ先に殺されるとは思ってもいなかった。
だが、それよりも先に反応すべきことがあったんじゃないか、と思わざるを得なかった。
「他は想定内の報告だったからね」
「それはそうか」
俺たちにとっては驚くことばかりだったが、寧々の才を知るチェイならば全て想定内と思うのも頷ける。
「それでこの報告をして、どう動くつもりだい?」
「幾つか行動案を考えているが、まずは俺たちの知らない情報を確認しておきたい」
そもそも俺がチェイの元を訪れた目的は、寧々の不死性の原因を突き止めるためだ。
彼女の不死性をどうにかできない限り、俺たちは彼女の気まぐれな遊びに脅かされ続ける。
「寧々は明らかに普通のチキュウ人ができる憑依能力の範囲を逸脱していた。その原因に何か心当たりはあるか?」
「普通の範囲を逸脱していたとはどういうことだい?」
俺はノースリアでアナドールから聞いた話を基に、寧々が頻繁に体を入れ替えていたことをチェイに伝えた。
「その程度なら、誰だってできるじゃないか」
「いや、何を言ってるんだ?」
「何を言ってるんだと言いたいのは私のほうだよ。ニアソウルコアの問題を追ってきた君が、魂の核が他者の体に入り込める条件と結び付けられていないのかい?」
「ニアソウルコアは弾かれないだろ!」
チェイが俺の言葉に呆れるのは分かる。
ニアソウルコアは魂の核を削って作り出したものなのだ。
魂の核と同じような性質を持っているのは当然だ。
だが、ニアソウルコアは魂の核と違って体の防衛本能に弾かれることはない。
そのため俺は魂の核が入り込める条件を、ニアソウルコアに支配される原因とは全く別物と考えていたのだ。
「やれやれ、これは新世代の弊害だね」
「新世代?」
「なり損ないを素体としたチキュウ人のことだよ」
「そういうことか」
転生直後からなり損ないに憑依していた俺は、それが当たり前だと思っていた。
しかし、冷静に考えてみると、なり損ないを生産しているサキュバスクイーン、運用しているチェイは共にチキュウ人だ。
だからこの二人が転生した直後の体は当然なり損ないではない。
「つまり、お前のような旧世代はイデア人の体に憑依する形で転生していたのか」
「そうさ、そのせいで体の主導権を奪い合い、無意識に魂の核の強さがどういったときに発揮されるか理解している者が多いんだ」
要は俺の非常識はチェイの世代にとって常識だったという話だ。
つまり、彼女は今や非常識になっていることを、常識だという認識からアップデートできていなかった。
「ひとまず寧々が憑依を容易にやっていた理由の半分は理解できた」
警戒されていない相手を襲い、弱ったところを憑依するなら、チェイが説明した手段で納得できる。
だが、彼女の憑依能力にはまだ疑問が残る。
それは自爆後にどう生き延びたかだ。
あれで寧々が死んだとは思えない。
さらにミウルスに100回以上殺されたと発言していたことも、憑依の知識差だけでは説明が付かない。
何せミウルスは寧々と同じ旧世代で、憑依の知識で優位を得ることさえできない。
そんな彼女に何度も殺されているのに、憑依の知識一つで逃げ延びたとは考えにくい。
俺はチェイにその疑問を投げかけた。
「ミウルスは寧々の凶行に気づいていたのか」
しかし、チェイは俺の質問を無視し、自分の知らなかった情報に食いついた。
俺の質問に答えてほしいのは山々だが、チェイが食いついた情報への見解は俺も気になっていたことだ。
先にこちらから聞いておいたほうがいいだろう。
「だったら何でミウルスはお前を敵としているのか。まずはその疑問に対する考察を聞かせてもらって構わないか?」
「ああ、構わないよ」
ミウルスは仮にもチェイの元妻の一人だ。
事件を起こした首謀者が寧々だと知っていたなら、チェイを敵視しているのはおかしい。
「私の妻であったミウルスは転生者のミウルスだ。そして今活動しているのはおそらくサグラード第三王女としてのミウルスだ」
「憑依した魂が喰い殺されたのか」
「おそらく自発的に引っ込んだのさ。彼女はあの事件を機に何も信じようとしなくなったんだ。だから自分の生を第三王女のミウルスに託したと考えられる」
転生者のミウルスが憑依先の相手と同じ名前で活動していたのは、共生を意識していたことが理由のようだ。
チェイはそういった点からも第三王女のミウルスに自身を託したと結論付けたようだ。
「なるほどな……」
知識の共有はしているが、事実上は別人だ。
さらにチェイの話によると、彼女の戦闘力は転生者であるミウルスの実力によるところが大きいらしい。
「ミウルスのことは把握できた。あとは寧々がどう魂の核を退避させたか教えてくれ」
「やり方は二つ考えられる」
「二つ?」
「一つは魂の核の強度を上げる方法だ」
「強度を上げて何の意味があるんだ?」
「魂の核を安全に退避するためだよ」
強度を上げれば壊されにくい。
そのくらいは俺でも理解できるが、それだけではどうしようもない。
体を失ったときどうやって別の体に吸着させるか、そのプロセスが全く説明されていない。
「結局どうやって魂の核を次の体に取り込ませているんだ?」
「一番効率的なのは、次の憑依対象となる体を事前に細工して、今の体を自爆処理することさ」
「爆風で事前に魂の核を飛ばす位置を調整しているのか」
「魂の核は体外で自発的に動くのは困難だからね。さらに感覚以外の情報が遮断され、無防備になる。そんな状態を長時間晒していたら寧々はとっくに殺されているはずさ」
寧々が自爆したのは、攻撃と魂の核の移動を両立させるためか。
爆風で飛ばせる魂の核の距離など、たかが知れている。
そう考えると、あの場にいた誰かが寧々に憑依されてしまった可能性が高い。
その中でも、一番可能性が高いのはアナドールだ。
彼女には叛逆の翼を投与したが、事前に何度か寧々に気づかないまま接触していたのだ。
何らかの細工を施されていても不思議ではない。
「ところでもう一つの手段は?」
「肉体の遠隔操作だ」
「そんなことができるのか?」
「私のこの体も遠隔操作で動かしているんだ。寧々なら出来ても不思議ではないよ」
「嘘だろ……」
チェイの身のこなしはセレディアと比べても遜色ない軽やかさだ。
さらに戦闘能力も非常に高く、俺たちでは彼女の足元にも及ばない。
その動きはどう考えても遠隔操作された肉体の動作とは思えない。
「弱点はあるのか?」
「もちろんあるよ」
チェイによると、遠隔操作中は本体が無防備になり、さらに近くにいる必要があるらしい。
チェイは本体がどこにいるかまでは教えてくれなかったが、近くにいることは否定しなかった。
「遠隔操作中は体感的に憑依してる状態になるのか?」
「その認識で間違いない」
遠隔操作がどういう状態かはおおよそ把握できた。
これは魂が体を離れて動く、まるで幽体離脱のような状態だと考えれば分かりやすい。
幽体離脱と違うところは魂の本体が元の体に残ったままであるため、遠隔操作対象の体の操作をやめた瞬間元の体で行動できる点だ。
「俺に自爆してきた寧々は、どちらの方法を使っていたか分かるか?」
「おそらく遠隔操作さ」
チェイによると、自爆による魂の核の移動は、屋外向きの手段らしい。
室内では自爆で魂の核を飛ばそうにも、壁に遮られてしまうためあまり有効手段ではないようだ。
「なるほど、交戦場所を室内にするだけでも勝率はずっと上がるのか」
あとはどうやって対策するかだ。
叛逆の翼で対抗できるなら、あとはノースリア国民を中心に投与対象を拡大していけば済む話だが……
「寧々の憑依は叛逆の翼で対抗できるのか?」
「行動を遅らせるくらいの効果は期待できるよ」
「どういうことだ?」
「憑依への抵抗力は付与できるが、憑依を防ぐ仕組みをすぐに解明されるからさ」
「……」
寧々は他のことに例えるなら、どんなセキュリティも突破する天才ハッカーか。
そのハッキングに必要な所要時間を増やすのが、叛逆の翼の投与だ。
これだけで万全とはならないが、やっておくべき対策なのは間違いない。
「叛逆の翼をもっと多くの人々に投与したい」
「もちろん協力するよ」
他者の体を捨て駒にする寧々と安易に戦うと、無駄な犠牲を増やすことになる。
そのため、憑依を遮断するための準備が必要だ。
ノースリアに残してきたイラやアナドールが心配だが、焦ってノースリアに戻っても何もできない。
そう判断した俺はさらに多くの叛逆の翼を生成するため、しばらくイルシオンに留まるのだった。




