10話:社交的な傭兵の持つもう一つの顔
前話の修正点
オガレが対応に戸惑う理由について疑問が生じるであろう部分に対して補足的な文章を数行追加しました。
翌日
昨日参加していた補助機関会員達は今日も全員いる。
イラの認識だと彼らはろくでなしだらけという評価だったことから、作業を一日終えたら満身創痍となり翌日にはさらに数人離脱すると思っていた。
サキュバスクイーンとの交渉の際に俺がかなりの労働環境不信でいたことから、オガカタ達は補助機関会員達にも緩めの指導をするように要請されていたらしいがそれでも約10名全員が二日目も揃っているのは素晴らしい結果だ。
二日目の作業で俺はセレディアが高所作業しているときのみ彼女を注視することにして、簡単にできる雑草の駆除やゴミ処理などの雑用を俺はメインにやっていた。
作業開始から2時間ほど……
セレディアが屋根に登り修繕作業をしようと脚立を駆け上がったとき問題は発生した。
セレディアが約3mの位置から足を踏み外して、今まさに頭から転落しようとしていた。
「お、おい、セレディア!」
俺は駆け付け直接衝撃を受けないように抱えようとするがこの距離だと間に合わない。
「どいてファーシル」
セレディアは今まさに落下しているとは思えないほど冷静にジャケットの内からナイフを取り出し、地面に頭が叩きつけられると思われた僅か数秒に間に両手のナイフを地面に突き刺して体制をも整えた。地面に突き刺したナイフに衝撃を吸収させて身体にかかる負担を緩和したのだ。
「ふぅ、久々にやってみたけど身体がなまってなくて一安心だね」
その姿を見ていたオーガ族の親子も驚愕する。
「昨日から薄々とは感じてたんだが、おめぇのその身のこなしと業。 ノースリアの暗殺者だな?」
「あ、わかるー?」
「は? 暗殺者!?」
俺は今まで約一週間近く暗殺者と一緒にいたのか?暗殺者のイメージといえば他者と関わることに消極的で寡黙だが、セレディアは真逆で社交的な世渡り上手だ。
一昨日のセレディアは個人的に国の状況調査がしたいという建前で単独行動しておきながらドルミナーにいた傭兵仲間と酒を飲みまくり、俺達がサキュバスクイーンとの面会を終えて外に出て再開すると酔っ払いながらおかえりーといいながら抱き着いてきたことを思い出す。
そのときは相変わらず距離感の近すぎる陽気な女だ、とだけ思っていた。
しかし、暗殺者となると知らされた今あの振る舞いそのままで命を狙われたなら普段との違いに何も感じずに抵抗すらできないまま確実に殺られる。
そんな想像が頭の中を駆け巡る。
「あれれぇ? ファーシル何かアタシのこと怖がってる?」
「そりゃそうだろ…」
セレディアは動揺する俺をおちょくるように聞いてくる。
そもそも傭兵の肩書きで暗殺者であることを覆い隠してたんだから暗殺者と聞けば怖がることは分かってただろう。
「ああ、それね。 イルシオン側がそうしたほうがいいっていうからそうしてただけ」
暗殺者の肩書きはチキュウ人には衝撃が強すぎるから傭兵の肩書きにしておけ。
そういうことらしく、本人としては別に隠す気も無かったようだ。
「まあ傭兵って仕事の時点で賊の討伐くらいやるんだし大して変わらないじゃん」
「正面から戦うのと暗殺は別物だ!」
「そう思うの単に実戦経験が無いだけだよ」
さすがにそう言われてしまうと何も言い返せない。
パワーを半殺しにしたときはどうぞ攻撃してくださいという態度で実戦経験とは言えたものじゃない。
「それに転生初日から召喚者一人半殺しにしたファーシルほど怖いことしてないと思うけどな~」
「あれは自己防衛だ」
転生初日のことを知らない補助機関会員の何人かがざわつく。
「俺らも下手にからかったりしたらやばい?」
「ファーシルって頭は回りそうだけど沸点低いもんな」
「絶対あの性格で損してるよな」
「……お前ら聞こえてるぞ」
「あーすいやせん」「すいません」「さーせん」
とりあえずすぐ殺そうとするような真似はしないし、そもそも無法地帯だろうと彼らを殺すことはグランルーン及びセレディアの監視下にある以上やったら俺が始末されるから自爆覚悟でもなければ殺すことはできないと理解させると一安心してくれたようでこちらも安心する。
「さてさてそれじゃ再開しよっか。 気になることあったら先に聞いておくよ」
セレディアが暗殺者であるということに警戒し距離を空けようにも持ち前の社交性で結局いつもの距離感まで縮められていた。
俺は他人にペースをコントロールされるのは嫌いだが、それゆえに他人との距離が遠ざかりがちだからこそ不快感の無い距離の縮められ方にはまるで心までコントロールされてしまいそうになる。
ある意味でグランルーンよりも勝つことができない相手だ。
「まあいいか。 暗殺者の話は後にしておくとしてノースリアって何だ? セレディアはチキュウ以外の異世界出身者ってことか?」
「いやー違う違う。 出身国がイルシオンとは別の国ってだけだよ」
ノースリアはイルシオン、サグラードとは別の独立国家らしく暗殺者集団が国の中枢に台頭している状態にあるらしい。
セレディアはノースリアの政府関係者ではないが、国内に蔓延る暗殺者集団の仲間を通じて政府関係者の何人かとも面識があるようだ。
暗殺者集団の中でそこそこの立場にいたらしいが、何でわざわざイルシオンで俺の護衛監視役なんかやってるんだ?俺の監視護衛任務には危険人物給与手当が付くとは言ってたが、わざわざイルシオンに来てまでやるようなことじゃない。
「えーっとそれはまああっちでやらかしたんだよね。 別に追放されたってわけじゃないから帰りたければ帰れるけどさ」
セレディアがイルシオンからの監視護衛任務を請け負ってるのはノースリアの暗殺者集団による意向らしい。またイルシオン側もセレディアがそういう人物だと最初から分かっていて起用しておりスパイではないそうだ。
イルシオン側はもちろんのことノースリア側も俺を暗殺ターゲットにしてないようだが、その目的までは話せないとのことだった。
言えることは俺にとっても悪い話にはならないというぼかされた言い方だけだった。
そして、それらの話からセレディアはイルシオンの任務に就きながら独自の価値観で俺に接する振る舞いにも若干は理解ができた。
「あーそうそうアタシからも一ついい?」
「なんだ?」
「もし本気でアタシが危うい落ち方したらさ、身体で受け止めようとしないで魔法で衝撃緩和してね」
「善処する」
咄嗟の対応など出来る前提で「わかった」などと安易に言えたものじゃない。
しかし、昨日はオガカタから何でも魔法に頼るなと言われたが、今日は魔法に頼るべきところで魔法を使う判断ができなかった。魔法適性が高いとは言われたものだが、適切な場面で適切に使えない経験不足だけは適正だけあってもどうにもならないものだな。
「……その衝撃緩和魔法とやらは自分で使わないのか?」
「いやー、それがさアタシ魔法は苦手なんだよね」
セレディアにも苦手なことがあったんだな。
……というか待て?
そういえばさっき「本気でアタシが危うい落ち方したらさ」とか言ったな。
「ところで、さっきの落下はわざとやった演技なのか?」
「まあね。 ファーシルがどういう動きするか確認したかったし」
とんでもない命知らずだと思ったが、聞いてみればイデア人の身体は転生者に限らず頑丈で3mくらいの高さから落下するくらいなら打ち所が悪くなくきちんと体を鍛えてる若い人間なら軽い骨折程度で済むらしい。
尚、先ほどの落ち方はどう見ても打ち所が悪くなる落ち方だったし、命知らずなのは事実だろう。
「それじゃそろそろ作業に戻るから」
「分かった」
イデア人は転生前のチキュウ人と比べれば頑丈だと言われても実体験として頑丈さが理解できない以上一旦は転生前のチキュウ人の肉体基準で安全作業しろと伝え作業させることにした。
それから三日、すなわち合計四日、あれからは特に何か問題、事件が起きることはなく修繕作業の全てが終了した。
修繕に携わった空き家は定住者が現れるまでは今後も自由に使っていいらしく事実上第二の拠点を獲得できたことになる。
尚、本来のこの空き家群はマケマスのようにサキュバスクイーンもしくはティアラに魅入られた者達を住まわせる為のもののようだ。
修繕作業が終わった翌日には教会の教育体験をさせていた補助機関会員二人とイラもその体験を終えて俺達と合流する。教会での教育体験を終えた三人からおおよその教育方針について聞くことができた。
・自由は地獄、答えの無い人生に自ら考え決定する苦痛は死をも勝る。
・己の価値は他者に尽くすことで評価される。
・その評価は死後も引き継がれ神の寵愛を受けられる。
直接このように言われたわけではないらしいが、教育方針を要約するとこういった感じだという。
つまるところそんな教育を受け続けたリプサリスが不満など無いというのは立場上仕方なくというわけでもないのだろう。
彼らの話を聞けたことで俺はリプサリスを少し理解できた気がする。
少なくとも本人の意思を問いただしやりたいことは何か?などと聞くべきではないのだろう。
自分の意思で動くことに対して恐怖を植え付けられてるのだから……
もし俺が彼女に対して配慮してやれるとすれば評価を適切に行うということに尽きるだろう。
チキュウでの道徳的価値観に基づいて対応するのならその洗脳を解いてやれと言われるのだろうが、それまでの価値観を、もっと言えばそれまでの人生をほぼ否定して、人間らしさの価値観を押し付けようとは思えなかった。
面倒くさいとか、大変とかそういう問題ではなく、そのままでいさせてやるのが俺なりの意思尊重だからだ。
また教育体験を受けていたイラ以外の補助機関は男性であり、男女での教育の違いも若干伺い知ることができた。おおまかな方針はどちらも同じであるが、男性向け教育の場合は責任だけ負おうとすることを美徳とする側面が強かったらしい。
これらから俺の推論ではチキュウ人の男女の思考傾向の違いに合わせて孤児達に理想の男女を目指させていたのだろう。
偏った教育の在り方のせいでコミュニケーションの取り方や常識感覚については全然適切に出来てない点に関しては理想とは程遠いのは洗脳教育にも限界があるということだ。
「さて、次はどうするか」
形式上の領地のことはもう意識する必要はないだろう。
単純にどこかで建築物を建てたほうがいい。
「あの、エディさんを探しませんか?」
珍しくリプサリスが自分から提案をしてきた。
「失踪したチキュウ人のことだったな。 何でイルシオンから出たのか気にはなるが特に探す必要は無いかな」
エディの話について知らない合流組にも説明をする。
「ファーシルさん、私も会って確かめてみたいです」
錬金術師であるという話を聞くとイラは商機を見出せると思ったのか興味を持ち目をキラキラさせる。
「錬金術師って言ってもろくにその能力を使いこなせてないらしいが」
「能力自体は備わってるなら私達で開花させましょう」
イラはエディや錬金術が有用と考えてるというよりは個人的な興味で勧めてくる。
普段はイラと仲の悪い補助機関会員達も同じように興味を持つ者が多くエディを探そうという風向きになってきた。
どうやら錬金術は転生したチキュウ人に比較的多い異能力であり、錬金術と聞いただけである程度どういうものか分かるくらい浸透している様子だ。異能力はティアラが見せたような唯一無二のものもあれば錬金術のようにそうでないものもあるらしい。
錬金術は魔法と混同されることも多いが、錬金術が魔法と決定的に違うのは生み出したものを永続的に物質化できるという点にあるとのこと。一方で大した成果は見込めずほとんどが趣味止まりになるか、たまに手品師として披露するような使い方をするのがいる程度らしい。
「まあ一応選択肢としてはありか」
正直話を聞いてる限りだと会えたとて役に立つ可能性は低いが、協力しろといえば協力してくれそうな性格だから遠くに行ってなければ話を聞いてみるくらいは良いだろう。
「ところでグランルーン。 既にサキュバスクイーンと接触した後だから今更なんだが、チキュウ人同士の接触は法的にどうなってる?」
「開拓任務中のチキュウ人同士の接触は原則禁止だが、片方だけでも終えてれば問題はない」
開拓任務で幻影ハーレムとイデア人を中心とした他者との関わりをすることで事実上イデア人教育研修を終えたと見做してるのか。
少なくともその法律設定の目的が俺の考えてることと同じだとしたならば……
「あいつが向かいそうなところはこの三カ所くらいだ」
俺はオガカタからエディが向かいそうな場所を幾つか目星をつけてもらうと次はそこを目指すことにした。
外部コミュニティを通じて作品全体 (確認したのは序盤だけだそうですが) の指摘を頂いたことで少しずつ全体的な修正を行いたいと思います。
尚、特に試行錯誤せずともすぐに対応できるセリフ内の改行に関しては既に修正致しました。