異世界に召喚されたけど、罵倒されたから逃亡した ①
「戦闘系の称号持ちでないじゃとっ!? 何故穀潰しの役立たずが混じっておるのだ!?」
聞かれた事を答えただけなのに、豚のように肥えた偉そうなジジイの第一声はそれだった。
カチンと来たが、面倒事から逃げられるチャンスだと思い、睨み付けて言い放った。
「元居た場所に戻せないのなら、慰謝料として生活費用を要求する!」
背後でクラスメイト達が『何を言ってんだ?』『頭がおかしい』とひそひそと話している。当然無視だ。こいつらとの縁切りも出来るのなら、この程度は恥にもならん。
目の前のジジイは言われた事を理解すると、自分を蔑んだ目で見て鼻で笑う。あれは出来ないと思っている眼だ。ジジイが部下に指示を出し、暫くすると部下らしい額が脂でテカったオッサンが革袋を持って来た。
「自らの発言に責任を持て。泣き付こうが、助けぬからな!」
侮蔑の感情に満ちたジジイの発言に、内心自分は笑い飛ばした。
――出来るから言っているのに、どうして気付かないんだろうね。
オッサンから革袋を受け取る。直径ニ十センチちょいか。広げた自分の片手よりも大きい革袋の口を開けて中身を確認する。中身が金銭以外ではないかのチェックだ。銅貨はなく、金貨と銀貨が混じって入っていた。比率的には銀貨が多い。治安状況の良し悪しが判るまでは野宿をするつもりでいたので、食料の買い込み程度は出来そうだな。
唯一の心配は、この金が本物か否か。偽金を作る程の犯罪組織が早々いるとは思えないので、当面は大丈夫だろう。
革袋の口を締め、周囲を見て一言。
「では今後二度と会わない事を祈りますね」
「口だけは達者な小娘だな」
苛付いているジジイの戯言はこの際聞き流そう。
ジジイとクラスメイトに背を向けて立ち去る。せせら笑いや嘲りの声が聞こえるが無視。
転校先の高校で異世界召喚に巻き込まれるとは想像もしなかったな。でも、威張り散らしと嫌がらせに精を出しているあの集団が、大人の手もなしに上手くやって行けるとは思っていない。
ここに召喚されたのは生徒だけ。今頃学校では『白昼の集団失踪事件』と大騒ぎになっている事だろう。
屋外に出ると、青い空が広がっていた。日も随分と高い。正午前後の時間かな。
建物から歩いて離れ、敷地から出る。森のど真ん中に在ったようだ。暫し、森の中に出来た街道を無言で歩き続けて……頃合いと見て背後を振り返る。
「よしっ。見えないところまで来た」
大聖堂とジジイが言っていた建物が見えなくなった事に喜ぶ。
金が入った革袋を常時首から下げていた道具入れに仕舞い、街道から逸れて森の中に入る。道具入れに制服のブレザーを脱いで収納。続いて装備を吊り下げるベルトを取り出して装着。剣を下げていれば近づいて来る馬鹿な男が減る。威嚇も出来る。愛用の刀『漆』を下げたいところだが、細い日本刀では威嚇にならない可能性を考慮してカットラスを選ぶ。
投擲用のナイフを脇下に装備するか悩むが、暗殺者と間違われると厄介なので諦める。代わりに短剣を装備するか。
続いて、黒コートを取り出して羽織る。ついでに編み上げブーツを取り出して上履きから履き替える。上履きはバレーシューズではなくスニーカータイプだが、森の中を歩くのならブーツの方が良い。
どうせなら着替えたいが、制服は丈夫に作られている。暫くの間はこのままでいよう。臙脂色のネクタイを外して道具入れに収納すれば準備完了。
異邦人風の見た目から冒険者風にチェンジ。
幼く見られるだろうが、そこは我慢。何しろ、この世界の事を殆ど知らないのだ。幼い子供の振りをして情報収集するのも良いだろう。
ここで生きて行く為の常識や知識が、平成の日本とは違う事は知っているからね。
今の自分の名前は『明山佳凛』だが、三年程前に母方の伯父が引き起こした『遺産目当ての殺人事件』で殺されかけて、菊理としての記憶を取り戻した。
久し振りの『平成の日本』に転生で喜んだが、両親は殺されていない、祖父母もいない、親戚は当てにならないの『ないない尽くし』に頭を抱えた。
親戚から逃げるように、地方都市に移住して、地元の公立高校に入学したが、問題児を集めたとしか言いようのないクラスに入ってしまった。
余所者と虐め嫌がらせをして来るクラスメイトを無視して半年後。衣替えもしてすっかり秋だなーと思っていたら。
昼休み。教室の床に幾何学模様が浮かび上がって、白く光った。一瞬強く光ったら、全く知らない場所にいました。
ラノベで流行している『異世界召喚』です。それも、一クラス丸ごと。
いかなる目的で召喚されたかはどうでも良かったが、召喚の実行指揮の責任者らしき冒頭で暴言を吐いたジジイが説明してくれた。
これまた使い古された理由だった。
『魔王が復活した。ペネロペ王国は対策として召喚の儀を行った。勇者か聖女か転生者が召喚者の中にいる』
その転生者は自分だよ。二度と助けないがな。
そして、この世界では『称号=天職』と認識されていた。
ジジイの説明によれば異世界召喚者は『全員戦闘に特化している。全員戦闘系の称号を持っている筈』らしい。ついでに、ステータスやレベルと呼ばれるものが有り、見る事も出来る。そう言われて、全員が己のステータスを見た。
自分の称号は『創生神』、『大魔女』、『黄金の大聖女』、『管理化身歴任者』、『女神の転生者』に加えて他にも幾つか有ったが挙げるとするのならこの辺りだろう。ヤバいものが混じっていたけど、今そこは見ない。
確かに自分は戦闘系の称号は持っていないけど、戦えないとは言っていない。『転生者か否か』の質問も受けていないので教えていない。
だけどね。
ジジイは頭頂禿げの頭を掻き毟って、冒頭の暴言を吐いたのだよ。ジジイの質問が『称号は戦闘系か否か』だったから、嘘は言っていないぞ。
帰れないと言葉を濁され、暴言を聞いてやる気をなくした自分は、早々にこいつらから離れる事にしたのだ。
切実な理由で召喚されたか否かは、召喚を指揮した奴の態度で大体判る。
国の重鎮らしき人間はいないし、俗世に浸りきった豚のようなジジイがふんぞり返りながら説明をする。一目で差別主義の奴だと分かった。
そして、冒頭に繋がる。
余りの嫌がらせの酷さに、高校を中退してどこかの異世界に転移しようかと考えていた矢先に『異世界召喚被害』に遭遇とは。天を仰いでため息を吐きたくなった。
本当は中学を卒業したら実行しようかと思っていたが、知識のアップデートは必要なので遠方の高校に通う事にしたのだが……とんだ誤算だ。
「あ~、やってられん」
召喚時にお昼ご飯のパンを食べていた事を思い出す。教室の床が光った時、道具入れに鞄として使用しているリュックと一緒に食べかけのお昼を収納した。
周囲を確認し、適当な樹の上に移動。上層部の太い枝に腰を下ろして食べかけのパンを道具入れから取り出す。
登校途中のコンビニで買ったのは、紙パックのジュースに菓子パンと総菜パン合わせて六種と食べかけのクロワッサンを入れると七種か。複数個入りが幾つかあるから半分食べて夕飯分にするのも良さそう。飲み水は魔法で作ればいいし。道具入れの食糧確認は夜で良いな。昼間だと目立つし。
クロワッサンを食みながら夕食について考えていると、下が騒がしくなった。
気配遮断を使って隠れると、樹の下に鎧を身に纏った複数人の男が駆けて来た。
「いたかっ?」「いや」「くそっ、どこに行ったんだ?」
誰を探しているのか。自分だったら、マジでジジイの首を狩りに行くぞ。
食事を中断し、上から眺めていたが、向こうに行くぞと、男達は自分に気付く事なくどこかに去った。尋ね人が自分でない事を祈るばかりだ。
クロワッサンを食べ終え、ストローを咥えてジュースを飲む。温いけどレモンティーが美味しい。
総菜パンを一袋食べ、ジュースを飲む。飲み過ぎるとトイレに行きたくなるので少量だ。
パンとジュースを道具入れに収納し、代わりに手鏡を取り出す。
「髪色はこんな感じで良いかな?」
魔法を使い髪色を黒から金に変えて行く。金髪にするだけだったら、装着するだけで色を変えられる眼鏡が有るのだが、眼鏡が存在しない世界がたまに存在する。在っても珍しがられる場合も有る。手間だが魔法で色を変える。ついでに瞳の色も変えてしまおう。薄い水色で良いかな。
鏡でチェックしながら色を変えて行き、髪を蜂蜜のように濃い目の金髪に、瞳をスカイブルーに変えた。目立つようならまた色を変えればいい。
「よっと」
鏡を仕舞い、枝から飛翔魔法を使って降り、木々の間を縫うように宙に浮く。邪魔な枝がない高さにまで浮き、宝物庫から空中移動用魔力駆動のバイクを取り出して乗る。更に高度を上げ、大きい街を目指して飛んだ。
森を抜けると草原が広がっていた。
どこまでも続く草原は『ここは異世界で、日本ではない』と再認識させる程の広大さだ。
ただし。どう言う訳か、緑が溢れているのではなく、枯れ草がやたらと目立つ。休憩時に降り立った時に枯れ具合を見たが、水不足や生育過程で枯れたようには見えなかった。茎が折れている訳でもない。何が原因で枯れているのだろうか。
草原を超え、小さな町を超え、何度か休憩を挟み、遂に高い壁に囲まれた街が見えて来た。さしてスピードを出した訳ではないが夕方前の到着だ。
空から街の出入り口を探して降りる。入るには長蛇の列が出来ていたが、検問の処理が速いのか、余り待たずに街に入れた。入場料金は銀貨一枚。身分証や通行証は不要なのか。革袋から出して払う。ジジイから貰った偽金じゃないかと心配したが……本物だった。流石に偽金を作る集団はいなかったか。
検問から去る際に『初めて街に来た。食事が美味しくて警備がしっかりした宿を知っているのなら教えて欲しい』と髭のオッサンに訊ねてみた。不審がられる事もなく『子供だからしょうがないな』と教えてくれた。意外な事に地図が存在し、検問所の外に展示されてた。街名は『ブランチ』と言うのか、地図の上にでかでかと書かされ在った。髭のオッサンの名前も教わった。西門のジェイと言うらしい。
……西門と言うのはこの検閲所の事を言うんだろうね。
わざわざ外の地図で教えてくれた礼を言うとジェイのオッサンは去った。改めて地図を見る。観光地図並みの出来映えだ。
無料配布していないところから察するに、紙とインクは高価なんだろう。
場所を確認してから宿に向かった。
紹介された宿の名は『アビー』と言う。街中を観察しながら辿り着いたそこは、恰幅の良いおばちゃんが仕切る宿だった。サービスが良いと聞いたがどこまで良いのかは不明だ。宿は三階建てとちょっと大きい建物で、街の規模を考えると小さい方だろう。
西門のジェイの小父さんの紹介で来たと言えば、おばちゃんは『あら、そうなの?』と笑顔で対応してくれた。親について聞かれたが『孤児院の出です』と言うと、頭を撫でられ謝罪を貰った。両親がいないのは本当だけど、『孤児院出身。街での生活に不慣れ』と言う設定でいないとボロが出そう。
小さい個室銀貨三枚で朝夕の食事付き。ただし、料金は前払いだ。おばちゃんもしっかりとしていそうなので今日はここに泊まっても大丈夫だろう。
金貨と銀貨の紙幣価値差を知る為に、敢えて金貨で支払う。金貨一枚で銀貨何枚か不明で、聞けば不審がられるのは間違いないだろう。大体金貨一枚で、銀貨が十枚か、五十枚か、百枚のどれかだろう。半金貨と言う珍しいものが存在すれば、銀貨の枚数は変わる。
銀貨を持っていないのかと、おばちゃんに聞かれたが『入場料の支払いで、銀貨の残りの枚数が心許ない』と言えば納得してくれた。住民だから入場料に銀貨一枚がかかると知っている。
この時、おばちゃんから『銅貨を百枚持っているのならそれでも良いよ』と提案を受けたが、百枚もないと返せば仕方ないねと、諦めてくれた。
事実としては、革袋のお金の枚数を数えていないだけなんだけど……口には出さない。
良心が痛んだので一泊ではなく三泊する事にした。お釣りとして銀貨を九十一枚受け取る。
これで『金貨一枚=銀貨百枚』と判明した。先程の問いからも『銀貨一枚=銅貨百枚』であると推測出来た。金貨よりも上の貨幣として『大金貨』や『白金貨』か存在するかは分からないが、この二種は高額決済用の金だ。貰ったところで使い道は限られる。持つなら金貨までが良いな。でも銀貨の残り枚数に気を付けないとだ。
ここまでの経緯でもう一つ分かった事がある。
それは『半金貨、半銀貨、半銅貨』と呼ばれるものが存在しない事。この三つが有れば、銅貨百枚ではなく『半銀貨二枚』と言うだろう。金貨支払いも『半金貨を持っていないのか』と尋ねて来る筈。
ちょっとしたやり取りで色々と情報を得た。物価感覚に関してはお店や市場を見ないと何とも言えないけどね。
今日を入れて三日の余裕が出来た。街中を見て回れば他にも何か判るだろう。
借りた部屋は二階の一室。鍵を受け取って向かい、部屋に入る。成人男性用のベッドしかない六畳間程度の小さな部屋だが、掃除が行き届いている。
部屋の鍵を掛ける。夕食まで時間が有るので、その間に荷物のチェックをしよう。
ジジイからもらった金の残金は、金貨九枚、銀貨十四枚とお釣りの九十一枚、銅貨二十五枚。受け取った時に見たが、銀貨で隠すように銅貨が混じっていた。とは言え二十枚以上有る。物価にもよるが多いだろう。
続いて、召喚時にとっさの判断で道具入れに入れてしまった鞄。総菜パンとジュースは休憩時に飲食した。菓子類は今後、貴重になると想定して菓子パンは残した。食糧と調味料の残量次第では、クッキーぐらいは作れるだろう。朝食用としてビスコッティを作るか。
最後に道具入れ。
高校で受けていた嫌がらせは結構酷かったので、学校で使うものは全て道具入れに入れていた。ロッカーも悪戯対象だったので、ロッカーに入れる振りをして道具入れに入れていた。下駄箱も対象だったな。
教科書、ノート、筆記用具、体育用のジャージ、ブレザー、ネクタイ、通学用のスニーカー、上履き、スマホ、太陽光発電式充電器。この辺りはリュックに纏めよう。でも、充電器はライト代わりにもなるから別でいいか。周囲に誰もいないところで使う分には問題ないだろう。食糧の残量チェックでメモ書きするからルーズリーフを一枚とシャーペンも出す。ルーズリーフ用のファイルを下敷きにすれば問題なく書ける。
次に食糧。冷凍冷蔵庫は一般家庭用のおよそ三倍の大きさを誇る。部屋に出したら手狭になった。
この冷凍冷蔵庫は普段使いしているので日本の食材が大量に入っている。幸いな事に買い出しをしたのが一昨日だった事もあり、食料は潤沢。でも、解凍済みの肉や魚は日持ちさせる為に冷凍庫に仕舞う。道具入れに仕舞って根菜などの保管庫を出す。こちらも沢山ある。
保管庫を仕舞って次に出すのは調味料庫。醤油や味噌はこちらの世界にはないだろう。顆粒出汁も貴重だな。出汁用の昆布と鰹節が有るからこっちを優先的に使うか。砂糖などの甘味料類はこういった世界だと高級品扱い。日本で安い時に買い溜めしていたし、蜂蜜も有る。お菓子を作るのを我慢すれば結構持つだろう。
調味料庫を仕舞い、次に出したのはクローゼット。過去転生した世界で個人保有していたドレスを収納していたものとはまた別のもので、こちらは平民の振りをする際に着る衣類が入っている。日本で購入した衣類もこちらに入れていたので、下着込みで割と大量に有る。まぁ、現状を考えると服が駄目になるまで着倒すのが良さそう。そう考えると、制服から早々に着替えた方が良さそうだな。街から出たらどこかで着替えればいいか。
他、日用品のチェックをする。
思っていた以上に入っていた。買うものはなさそうで安心だ。買うものを強いて挙げるのなら、心許ない『衣類用と食器用の洗剤』だろうが、これは石鹸で代用可能。柔軟剤がなくとも日本の洗剤なら暫くの間は大丈夫だろう。
結局、使用しなかったルーズリーフとシャーペンを仕舞う。
ふふふ。何故道具入れに収納しているものを普段使いしているのかと言うと、原因はクラスメイトに在る。
市議会議員の娘が自分が嫌がらせに反応しない事に痺れを切らし、実家の権力を使用してアパートの大家に『自分を追い出せ』と脅迫したのだ。愚かな事に脅迫を手紙で行ったので、警察で被害届の相談をしてから、対立している市議に相談として手紙を送った。
市議はあっと言う間に辞職に追い込まれた。賄賂までやっている事がバレたので復帰は難しいだろう。
この一件で銀行も利用し難くなったので、預けていたお金は全て出して道具入れに移した。通っていた高校も『親戚都合で転校する』と言って退学を相談していたから未練は無いな。
夕食までもう少し時間がある。尋ね人の存在の有無の確認は休憩時に行い『否』と判明している。この世界は召喚される前までいた日本とかなりの距離が在り、最低でも一年の準備期間が有れば(問題、騒動に巻き込まれない事が前提)自力で帰還は可能。
今の内に目標を立ててしまおう。