獣人族とのトラブルを回避する ①
ファンタジー系の世界の定番と言えば、色んなものが存在する。
その最たる定番が『魔法・魔術』だろう。
二番手に思い浮かべるものは皆違うだろうが、自分としては人間の姿をした別種族を上げたい。
人間の姿をした別種族と言えば、笹のような長い耳を持ったエルフや、下半身が魚となっている人魚を思い浮かべるかも知れない。この辺は有名だしね。人魚と被るが、獣の耳を頭部、腰に獣の尻尾を持った獣人族も有名だと思う。背中に羽を持った種族も『鳥類系の獣人族』として含まれる。
多くの世界を旅して判明した事だが、世界によって、この獣人族の扱いや特徴は非常に違っている。
人間の見た目に近い種族だが、人間と違い魔法が使えるか否かで被差別対象だった時も在った。勿論、人間と上手く共存していた世界も在ったし、逆に人間が被差別対象の世界も在った。
獣が持つ高い身体能力を持ち、獣の固有の能力――例えば犬系の獣人族だと鼻が利くとか――を保有している。
そして、R指定の成人向け小説などでよく使われる設定こと、『番』と呼ばれる『本能が選ぶ存在』の有無。これが一番面倒臭い。
この番が存在する世界の、獣人族の評価は大分割れる。
異性を番と認識すると他の異性が目に入らなくなり、番と見初めた異性に婚姻婚約相手がいると嫉妬心から奪い取りに掛かり揉める。これは想像し易い例だろう。『仲が冷めていたから別れるわ』となれば円満な別離が可能となるだろう。でも、世の中そうはいかない。
たまに円満な関係を作っていたにも拘らず、相手が獣人族の番と見初められて揉める。これが意外な事に多い。
双方共に獣人族だったら『しょうがない』、『仕方が無い』で話は纏まる。仮に片方が貴族だったとしても、大体どうにかなっていた。
これが獣人族と人間だった場合、揉める時は恐ろしく揉める。
人間には番と言った概念が無い。人間は『知恵を得る代わりに本能を捨てた』と、言われるぐらいに本能が無い。だから、『あなたが番だ』と言われても、ピンとこないし、理解も出来ない。
世界によって違うが、番を見初めた獣人族の男性は『番の女性以外では子供作りが出来ない』と言うパターンも存在した。
……非常にレアなケースだが、雇った獣人族に番と言わせて好いていない男と離縁を目論む逞しい女性がいた。貴族令嬢だったから、親の調査でバレて失敗し、泣く泣く嫌な相手に嫁がされていた。
話が逸れた。
王侯貴族制の世界で、獣人族の国が強い力を持っていて、尚且つ貴族だった場合、国の判断で売られる事が多い。家族仲が冷めていたり、婚姻婚約者がいない場合だったら、何事も無くスムーズに事は進む。これで、獣人族の国の力が弱かったら、国益無しと判断されて、滅多な事ではスムーズに話は進まない。
家族仲が良かったら揉める時も在る。大抵は親バカが引き起こすんだけど。
婚姻婚約者がいて、仲が良かったら揉める。家の為に婚姻婚約して、互いに努力して仲良くなったのに『国の為に別れろ』って命令されたら……嫌になるよね。
最悪『駆け落ちから心中』した例も在った。この場合、獣人族は憔悴の果てに自殺する事も在るが、魔法で記憶を消すなどの対処が取られる事も在る。
駆け落ちを目論み、『己を番と呼ぶ獣人族に』目の前で相手を惨殺されて心を折られた例も在る。この場合、どれだけ溺愛されても無反応になり、相手に怯えるようになる。極まれに仇討ちを達成して、自殺する猛者もいるけど。
けどね、目の前で好いていた奴を殺して『好きだ』と笑顔で言って来る奴は、ぶっちゃけ怖い。これが人間の女性と獣人族の男性だった場合、『足は要らないよね』とか言って、足の骨を折って切り落としちゃう、サイコで猟奇的な出来事が起きる。これが一番怖い。ホラーの領域だよ。
こんな感じで獣人族の男性が、人間の女性を連れて行っちゃうケースが多いから、獣人族はたまに『人攫いの種族』と呼ばれ蔑まれる。
番の女性以外と子作りが出来ないパターンだと、出生率問題に直面するから獣人族の男性は必死になってしまうのも、要因の一つだ。
たまさか転生したこの世界の獣人族の国が幾つか存在し、表立った差別は無いけど『野蛮な人攫い国家』の蔑称が根強かった。
この世界の獣人族の男性は、『番の女性以外では子供作りが出来ない』厄介な体質だったのだ!
獣人族は嫉妬深く執念深いから、自分は四六時中『番除け』と呼ばれる、特殊な魔法のアイテムを身に着けていた。これを身に着けると『獣人族から番と認識され難くなる』らしい。無いよりはマシだろうと目立つところに身に着けていた。
この番除けは平民でも入手可能な逸品で、貴族が所有していても怪しまれない。
一応伯爵家次女(三つ上の異母姉がいた)と言う貴族令嬢の身分を持っている。隣国の獣人族の国は自国よりも大きく強かった。獣人族の男性に番と認識されると、問答無用で売り飛ばされる可能性が高かった。家に帰れなくなっても問題は無いんだけどね。
魔法の研究がしたかったので、獣人族の男性に捉まるのは嫌だった。それに奨学金の返済が終わらないと、出国許可が下りない。流石に例外を作る訳にも行かない。
面倒事を避ける為にも、番除けを身に着けなくてはならなかった。
国立貴族学院の卒業生を主役とする、デビュタントを兼ねた夜会。大人の仲間入りを祝う夜会なので、アルコールが振舞われる。飲酒可能年齢は十八歳からだ。
先月の半ばに結婚式を挙げたばかりの王太子夫妻は流石に不参加だった。けれども、夜会は周辺国の外交官と一緒に年齢の釣り合う貴族の令息令嬢も少数招いて、盛大に行われた。
ちなみに王太子夫妻が不参加なのには理由が在る。隣国が獣人族の国なので、後継ぎとなる子供が生まれるまでは獣人族の国から人を招いて行う夜会への参加を控えるのだ。これは自国だけで無く、獣人族の国と隣接する国ならではの決まりだ。結婚式を挙げたばかりの王子夫婦を裂いたら、問答無用で外交問題に発展しかねない。獣人族の国も理解を示しているので、これと言った不満は見られない。隣国に『人攫いの国との国交を見直したい』と言われては、流石に他の獣人族の国にも迷惑が掛かる。
夜会が進む中、自分はテラスで料理を食べていた。主役の一人とは言え、ドレスに番除けを堂々と着けている自分は目立つ。今夜は獣人族の国の外交官が何名か来ているから、見たら嫌な気分にさせるかも知れない。
今日の夜会はデビュタントを兼ねているが、自分は家を出る予定だ。卒業後は奨学金の返済と貯金目的で宮廷魔導士になる。
家の家督は、従兄が継ぐので問題は無い。
異母姉は二度留年した挙句、自分の婚約者だった令息(自分の一歳年上)に手を出した果てに、校則違反を重ねて一昨年の半ばに退学処分となった。自分の元婚約者に異母姉との不貞証拠を突き付けて、向こうの有責で婚約を解消した。伯爵家の三男坊だった元婚約者は、実の両親から当家への慰謝料の支払い分を借金として背負わされ、勘当と強制労働所行きをセットで食らい、異母姉と一緒に退学したのでいない。
実父は愛人を囲っていただけでなく、祖父母と伯父に黙って何かをやらかしたらしく、去年初め頃に家から追い出されて炭鉱送りとなった。実母は流行の病で十数年以上も前に亡くなっている。元婚約者は当主の祖父が仲の良い伯爵と勝手に話し合って三年前に決めたもの。一年程度しか持たなかったが、相手のやらかしようの酷さに怒られはしなかった。祖父は異母姉に怒髪天を衝く勢いで怒り、家から追い出した。異母姉は祖母に縋るも、炭鉱に送られた。勿論、祖母の手で。
実父の愛人は、異母姉が家にいた時点でお察しかも知れないが、既に亡くなっている。
自分宛ての慰謝料は貰ったが、全部学費に使った。進路で揉めて『家から学費を出さない』事を条件に認めて貰った。足りなくて奨学金制度を利用する事になったけどね。
自分が家を出るのは、同い年の従兄の邪魔になる事を考えてだったけど、祖父母は世間体を気にして何処かに嫁がせたかったらしい。父と異母姉が既にやらかしているのに、今になって世間体を気にしても意味は無いのに。
従兄は再来年結婚する。その婚約者の令嬢(同い年)は、ウザくて自分にマウントを取る事しか考えない残念なオツムを持っている。現在祖父母と伯父夫婦が従兄の婚約者の性格修正の為に、手を尽くしているが効果は無い。相手は侯爵家令嬢だけど、『出来が悪いなら婚約解消を受け入れる』と向こうから言われている。侯爵家の有責で、何時でも婚約解消して良いと言っているようなものだ。
従兄の婚約者は、親から見捨てられている事を理解していないので、婚約解消は近い内に起きそうだ。留年が確定しているしね。
頭の痛い我が家の現状には嘆息しか出ない。皿の料理を食べ切り会場に戻るか考えていると、背後から声を掛けられた。
「あ、こんなところにいたのか」
「どうしたの?」
やって来たのは従兄だった。自分は寮で暮らしていたので、従兄とは久し振りに会う。従兄には婚約者がいる。だが、今日の夜会には婚約者が参加資格を得られなかった為、隣にいない。と言うか、学院を卒業しないとデビュタントの夜会に参加出来ない決まりが存在する。この決まりが在るから、皆留年しないように頑張る。留年したら親から『勘当と退学をセットで貰う』暗黙のルールが在り、留年生の内九割は卒業出来ずにいなくなる。一代限りの準男爵家か没落寸前の下位貴族か親バカを持つ中位貴族の令息令嬢から、たまに留年生が誕生する。これが残りの一割だ。
「筆頭様と団長様が探していたよ」
「……また婚約話か。断ったのに」
「諦めた方が良いんじゃないか?」
「話を付けて来る」
「拳で付けるなよ」
「剣で付ける事になりそうだけどね。どの道回避は難しいよ」
「うわぁ」
従兄はドン引きした。知っていてもやっぱり引く模様。そんな従兄をテラスに残して移動する。途中、通りすがりの給仕に空の皿を渡す。会場内を歩いて探し、雛壇近くで見つける。探している人物の国内の地位を考えると妥当だ。
足音を少し立てて近づくと、こちらに気づいた。流石騎士団長だ。遅れて筆頭宮廷魔導士も気づく。
「おお、来たか」
「お呼びと聞きました。何か起きましたか?」
「いいや。隣国の外交官が来るから休憩室を勧めようかと思ってな」
「おや? もうそんな時間になるのですか」
夜会の時間配分は事前に知らされていた。だが、予定よりもちょっと早い。
「そうだ。予定よりも早くに着いてしまったそうでな」
「分かりました。そう言う事でしたら、休憩室に向かいます」
知らせてくれた二人に頭を下げて礼を言う。騎士団長が呼び寄せた給仕の案内に従い、休憩室に向かう。
……しかし、隣国の外交官の到着が予定よりも早い。変な事が起きる前触れじゃなければいいな。
先程は暈した会話をしたから、周囲には判り難いだろう。判る人には判るだろうけど。
到着した休憩室のテーブルには、料理やデザートを載せた皿が大量に置いて在った。ここで確実に時間を潰せって事か。ご丁寧に飲み物も充実している。利用者は自分一人だけどね。
椅子に腰掛け、小皿に取り分けた料理をフォークで突きながら考える。
この国は五つの国と隣接している。その五つの内の一つが獣人族の国だ。獣人族の国は、肥沃で広大な国土に大陸三指に入る穀倉地帯と、幾つもの大きな港町に、金山と銀山を始めとする豊富な鉱石資源を保有した、大陸有数の大国でも在る。
残りの四つの内三つは小国で、最後の一つは獣人族の国とほぼ同格の人族の国で、大陸に幾つか存在する、獣人族を蔑んでいる国の一つだ。先程の、騎士団長の話に出て来た隣国も、この国を指す。
今更だが、この世界には魔法が存在する。魔法を行使する為に必要な魔力を保持している人口の割合は、大陸全人口の約四割と言われている。無論、これには獣人族も含まれている。隣国は魔法至上主義の国で、属する貴族は皆、魔法が使える『魔法大国』だ。獣人族の国と違い、内陸国なので港が無い程度の違いしかない。
この国を中心に位置を時計回りに説明すると、十二時から五時の間に獣人族の国、五時から七時の間に二つの小国、七時から十一時の間にもう一つの大国、十一時から十二時の間に三つ目の小国、と言った配置だ。
ただし、六時から七時の間の小国が何かをやらかしたらしく、亡国までのカウントダウンが始まっている。それでも、今日の夜会に外交官を派遣しているから、まだ足掻く余裕は残っていそう。
幾つかの料理を食べ、フォークを置く。果実水が注がれたグラスを手に取り一口飲み考えを纏める。
他国の事よりも、自分の事を心配した方が良いよね。
結論を出してから果実水を飲み干す。一息吐き、最も近い獣人族関係の過去を思い出す。アレは最悪だった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
最後まで連続で投稿しますので、お付き合いいただけると嬉しいです。