モブはモブでも少し異色
「ナタリーお嬢さん。お店、開けないのですか?」
眼鏡越しのバートンの黒い瞳に見つめられ、私はハッとする。
デグランと一緒にいたあの貴婦人は、誰なのか。
それが気になり、手はグラスを布巾で磨いているが、心はここに在らずになっていた。
「もう、時間ですね。開けます!」
なんだか空元気な声をだしている気がするが、仕方ない。
ともかくいつもの時間に、お店をオープンさせた。
すると。
店頭のスタンド看板をじっと眺めている、小柄な男性がいた。
黒の作業服のような装いをしている。
黒髪に黒い瞳。眉はキリッとして、背筋がピンと伸び、とても姿勢がいい。さらに凛とした雰囲気を漂わせている。
「!」
バッチリ目線が合ってしまった。眼光は鋭いのだが、なぜだか怖くはない。私から視線を逸らすことなく、その男性は扉を開け、店内に入って来た。
「いらっしゃい……ませ」
バートンが一瞬戸惑いつつ、ゆっくりした口調で話し出した。
「あ、あの、言葉は分かりますか?」と。
私は見慣れているが、バートンもデグランもきっと初めてみたかもしれない。この男性、モブはモブでも少し異色。だって多分、日本人……だと思うから。よく見ると、着ている服は、作務衣に似ている。
「お気遣い、痛み入る。言葉については問題ない。既にここに住み、三年が経つ」
そう言うとその男性は、再び私に視線を戻した。
「初めまして。自分、精進料理『心』の店主の阿闍梨と申す。一昨日、こちらのお店の店主が店に来てくださったそうで。わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げられ、私もデグランもバートンもビックリだった。
精進料理のこと、阿闍梨のことも、デグランには話していた。
バートンは昨晩、デグランから聞いていたのだと思う。
その顔は「この人があの東方のお店の人か」という表情をしている。
「阿闍梨様、先日は大変美味しい料理、ありがとうございます。素材の味を生かした、実に素晴らしい料理の数々でした。私は東方の食文化を取り入れたメニューを出しているため、阿闍梨様のお料理に、とても興味を持つことになったのですが……。あ、申し遅れました。私は、ナタリー・シルバーストーンと申します。シルバーストーン伯爵家の次女です」
「シルバーストーン伯爵令嬢。これは……珍しい。伯爵家のご令嬢が、カフェを営業されているとは」
やはりそこ、そう思いますよね。
ということで簡単に自立を目指し、店を始めたことを説明する。
「ほうほう。この大陸に、そこまで強い自立心をお持ちの女性がいたとは。驚きだ。でも気骨があり、よいのではないか。そんなシルバーストーン伯爵令嬢が手掛ける、きな粉と黒蜜を使ったパンケーキ。ぜひ食べさせていただけないだろうか」
「勿論です。どうぞ、こちらへお掛けください。看板メニューのパンケーキと、アッサムティーをお出ししますね」
阿闍梨は「それで頼もう」と言い、スツールに腰かける。
バートンが手早く水の入ったグラスを出す。
「こんなに早くにお会いできるとは、思いませんでした。お忙しい中、ご来店いただき、本当にありがとうございます」
「いや、何。自分の店は、王都のはずれにあるが、それでも同じ王都。市場は王都の中心部にある。サツマイモやいくつかの野菜は、この大陸では見かけることがない。よって自分で栽培をしているが、それ以外は市場で仕入れることになる。よってここまで来ることなど、造作もないこと」
スツールに座っても、阿闍梨はピシッと背筋を伸ばし、とにかく姿勢がいい。
しかし。
僧侶と言えば、坊主のイメージが強い。でも彼は艶やかな黒髪を伸ばしている。胸元までの長さだった。
「シルバーストーン伯爵令嬢は、精進料理のことも知っていたと、聞いている。昨日、来店した王立コンランドアカデミーの講師も勉強熱心だったと、ボブ……唯一の店員の彼が言っていたが……」
そこで瞳を細め、私をじっと見る。
「精進料理を知っていた。それは本当のようだ。なぜなら精進料理は、僧侶に伝わると、シルバーストーン伯爵令嬢は、ご存知のようなのだから」
そうなのでコクリと頷くと、阿闍梨は黒い瞳を細めて笑う。
その笑顔は……なんだか慈愛に満ちている!
「僧侶と言えば、坊主ではないか。そう思われたのだろう?」
「そ、そうですね。ですがここは大陸の国。坊主頭は……目立ちますよね」
「王侯貴族の中には、坊主にしてかつらを被るものもいるとか。郷に入っては郷に従えと言う。自分も慣習に従うことにした」
ということは、この黒髪はかつら……? ブルネットは貴重と言われているのに。
「三年かけ、髪を伸ばした」
「なるほど。そうだったのですね。……絹糸のようで美しいです」
「ほう。シルクとは言わず、絹糸と申すか。本当に、東方への造詣が深いようだ」
そこでバートンがアッサムティーを出してくれた。
改めてティーフリーについて説明すると、阿闍梨は目を丸くして驚く。
「これまたなんと画期的な発想! 東方に詳しく、商売の才もありとは。そのような方が、この王都にいたとは。いやはや知り合うことができ、光栄だ。仏の導きに、感謝するしかない」
ここで何やら唱えるところは、ちゃんと僧侶っぽい!と思ってしまう。
阿闍梨は念仏(多分)を唱え終えると、改めてバートンが置いたアッサムティーの入ったティーカップを眺める。
「……これは!」
その黒い瞳を、カッと見開いた。














