誰ですか……?
「では、乾杯!」
「「「「「乾杯~!」」」」」
画材屋の二階、ロゼッタの家族が暮らす部屋のダイニングルームに着席しているのは、ロゼッタの両親、ロゼッタ、アレン様、ルグス、そして私だ。
画材屋に到着すると、バートンは私達と入れ替えで、デグランのお店へ向かった。「まさか副団長とナタリーお嬢さんまで来るなんて。驚きました」と言いながら。私自身、成り行きで店内に入ったものの……。とても驚くことになる。
アレン様と二人、店内を見て回り始めると……。壁に飾られた絵を見て、アレン様が話し出した。
「この画家は、今となっては貴族が取り合いですよね。ですが生前、彼の絵は、一枚しか売れていないんですよ」
「この絵の少年。とてもリアルです。一体誰をモデルにしたかと思うでしょう? でもこれはトローニーなんです。つまりモデルとなる人物はいない。顔などの部分的な習作のために、描かれたものなんですよ」
「こちらの絵は、大聖堂に飾られている絵画のレプリカですよね。元の絵は、額縁に合わせて描かれたことを、ご存知ですか? 額縁に収まるような絵を描くよう、オーダーを受け、描いたものなんです。額縁ありきで絵が描かれることも、結構あるんですよ」
アラン様は、なんと美術についても素養があることが、判明したのだ。
なんでこんなにいろいろと知っているのか、思わず尋ねると……。
「そんなに深い知識ではないです。公爵家の嫡男として、教養として学んだに過ぎませんから」
そう言うのだけど……。
ルグスがロゼッタの案内で、水彩絵の具の道具一式を購入するまでの間に、アレン様の話で何度「そうなんですか!」と言ったことか。
成り行きで店内に入ったつもりだったが、蓋を開けると、同行してよかった!だった。美術に関する私の知識は、かなり深まったと思う。それもこれもアレン様のおかげだ。
こうして私がアレン様のすごさを再認識し、ルグスの買い物が終わったまさにそのタイミングで、ロゼッタの母親が顔を出した。そしてこんな提案をしたのだ。
「良かったらみんなで、夕食を食べない?」と。
これにはルグスが一番大喜びし、アレン様と私は「わたし達もいいのですか?」という感じでお邪魔することになった。だがアレン様を知らない王都民は、いないと言っても過言ではない。ロゼッタの両親は、アレン様に握手を求め、いたく感動している。つまりアレン様が夕食の場に同席してくれることは、ロゼッタの両親にとって、かなり名誉なことだった。
ちなみに私は、ロゼッタの両親とも、何度か一緒に食事をしたことがある。よってロゼッタとバートンの友人として、普通にウエルカムで迎えてもらえた。
そして赤ワインが開けられ、ロゼッタはリンゴジュースで、それ以外はワインのグラスを手に、乾杯となった。
テーブルに並べられている料理は、ロゼッタの母親が仕事から戻り、一生懸命に作ったもの。ミートボール、豆のサラダ、マッシュルームとベーコンのキッシュ。デザートは、ジャムを添えた薄焼きのワッフルだった。普段、デザートなんて出ないと、ロゼッタはぼやいていた。今日はアレン様とルグスがいるから、頑張ったのだろう。
いただいた料理とデザート、どれも家庭の味と言う感じで、とても美味しい。アレン様は以前、家族を思い、作る料理には、愛情が加わっていると言っていた。まさに愛情を感じながら、食べることができたと思う。私は満腹になり、心を満たされたが、それはルグスもアレン様も同じようだ。二人ともとても嬉しそうに、食事を口に運んでいた。
私も勿論、楽しく食事をいただき、ワインを楽しんでいたのだけど……。
頭の片隅で、デグランのことが気になっていた。
でも今頃デグランは、バートンに加え、多くのお客さんに囲まれ、いつも通り笑っているはず。
大丈夫。
こうしてこの日は、ロゼッタの家で夕食をいただき、アレン様とルグスは馬車まで私を送ってくれて、終了だった。
◇
翌朝。
すっかり早起き癖のついた私は、またもいつもより三十分早起きをしていた。その結果、昨日同様、早めに準備も終わり、お店に着くことになった。お店の窓ガラスに映る私は、明るいモーブ色のワンピース姿だ。扉の鍵を開け、店の中へ入る。
まずは床を掃き、カウンターテーブルを拭き、次に窓をと思い、雑巾を手に窓の方へ向かうと……。少し離れた場所で、馬車が止まった。
「!」
馬車から降りてきたのは、デグランだ。
服装は、いつも通り。そして昨日見たのと同じ、ずだ袋を持っている。
さらにデグランは、馬車の窓を見上げた。
すると。
そこにまさに貴婦人という女性が、顔を出した。
緩くウェーブを描く、明るい茶色の髪。その横顔の鼻は高く、少し垂れ目の、アーモンド色の瞳をしている。色白だが、頬の血色はよく、コーラルピンクの鮮やかな色のドレスを着ていた。
デグランは胸に手を当て、優雅にお辞儀をする。
それを見たその女性は、慈しみのある微笑を浮かべていた。
誰……?
「キャンディタフト」では、見たことがない。
「ザ シークレット」のお客さんなのかしら?
カフェをクローズし、パブリック・ハウスのオープン準備をした後。デグランのまかないをいただき、そのまま飲んで帰ることも、相応にあった。よって「ザ シークレット」のお客さんで知っている人は、何人もいた。それに私がお客として「ザ シークレット」を利用していた時に、知り合った人もいる。「キャンディタフト」と共通のお客さんもいるわけで、結構な数のお客さんを把握しているはずだけど……。
あの貴婦人は、知らなかった。
年齢は三十五歳くらい、だろうか。
「!」
デグランがこちらを向いた瞬間。
思わずしゃがんでいた。
この時間、私は普段ならまだ店にいない時間。
そして昼間なので、お店の明かりはまだつけていなかった。
つまりしゃがんでいれば、店に私がいることは、デグランにバレない。そして二階の彼の部屋には、お店を経由しなくても上がることができた。
心臓がなんだかバクバクしている。
直感で、見てはいけないものを見てしまった気持ちになっていた。